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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第五章 遺したもの、拾ったもの、壊したもの
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三十九 私刑執行

 ある日の夕食後。怪我も病気もない。極めて健康だ。

 昼間は衛兵の制服を着て、いつも通りの仕事だったが、今は着替えて、特徴もないシャツとズボン。隣には、これも普段着の美由紀。普段着なのに胸のボタンが飛んでいるが、飛んでいるのが普通だったりするのでいちいちツッコミは入れない。というか、できるだけ見ないようにしている。


「さぁ、これからシケイに行くよー。こういう時はね、こう、つま先立ちでお尻を横に突き出して…」

「何だか分からないが不安になるのでやめてほしい」

「こっちの世界でも、きっと流行ると思うけどなー」

「シケイを流行らせてどうする。というか、今日は殺さないだろ?」

「え? 誰を?」


 …………。

 緊張感のかけらもない美由紀との会話は、毎度のことながら疲れる。その辺に散歩のノリで殺戮されてはたまらないので一応聞いてみた。

 冷静に考えてみれば、殺戮する対象はたぶんいない。いないのだが。

 今から出掛けるのは、ギケイの武器庫その他。最低でも武器は処分、それ以上はどうすべきなのか分からない。たぶん美由紀も、到着してから考えるつもりだろう。雰囲気でだいたい想像がつく。

 その曖昧な予定が、どことなく不安を残してしまう。

 もちろん、今からは超常の力全開でいく。本気の美由紀は、散歩のついでに国の二つや三つは簡単に滅ぼせる。それだけの力を、ちゃんと制御してくれるのか。



 で、いきなり武器庫に飛ぶ。

 どうやら場所を知らなくとも、武器庫というだけで移動できるらしい。


「不思議ね」

「何が? お前の化け物みたいな…」

「じゃあ堪能したら?」

「ぐぇ…………、や、やめ…てく……れ」


 不用意な台詞を吐いた衛兵の身体は、怪人が指先を向けただけで浮き上がり、風車の羽のように空中で回転したそうだ。ああ、吐き気がするぜ。

 当たり前だが、そんな目にあったら立っていられない。へたり込んだ俺の隣に怪人はしゃがみこみ、背中をさすった。今度は触れられた瞬間に気分が落ちつく。ちぇ。何もかもお前の思い通りだな。


「それで、話を続けていいかしら」

「…………」

「拗ねないでよ。あとで…」

「今は遊んでる場合じゃないんだろ? さっさと終わらせて帰ろう」

「はーい」


 きりがない。美由紀はどう見てもはしゃいでいる。超常の力を解き放てる機会なんて滅多にないし、彼女にはそれだけ普段鬱屈としたものもたまっているのだろう。

 落ちついたところで、彼女の違和感について確認する。


「ここって、グローハの街中にある倉庫よ。それに、何かしら隠蔽されてると思ったけど、何もないわ」

「ずいぶんと不用心だな、ギケイさんは」

「そういう問題じゃないでしょ。これで気づかれてない方がおかしい」


 ギケイの武器庫は、どこにでもある普通の倉庫だ。

 今は真夜中だけど、美由紀の能力で隅々まで見渡せる。そこには石灰と書かれた布袋や肥料らしきもの、さまざまな作業具が置かれ、それらと並ぶように武器も積まれている。偽装どころか、木箱にすら入っていない。

 倉庫に出入りするのは、ギケイ家の関係者だけではないはず。これでは見つけてくださいと言っているようなものだ。つまり、この世界の探知能力や魔法とは違うところで、武器の存在を隠しているということか?

 いや、しかし…。


「武器は探知できるのか? 使ってる人じゃなくて」

「大量の金属が集まってるぐらいは、王都に探知できる人がいたと思うわ」

「それだけではなぁ…」


 一応、まだ見つかっていないだけ、という可能性はある。

 そもそも王都の城門は貴族にゆるい。ギケイは端くれといっても王族だから、積荷をしっかり調査はしなかったはず。少なくとも、ここに積み込まれたばかりならば、現時点での雑な扱いは目をつぶれなくもない、か。いや、俺は別に「うまく隠してほしい」わけじゃないが。

 とにかく、そこを悩むのは後回しにして、まずは武器を確認して、処理する。

 倉庫には槍の他に、発射装置付きの弓、大量の矢、そして…。


「へぇ、銃もあるんだ」

「知ってるのか? 美由紀は」

「使ったことはないわ。私たちがいた世界では、必要なかったから」


 …………。

 つまり、これも俺は知っているはずなのか。

 いや、銃というものは、もちろん知っている。

 魔法使いがわずかにいるだけのこの世界で、戦いの主力は飛び道具だ。弓矢よりも殺傷能力が高い銃は、各国が開発を進めている…らしい。

 衛兵が使うことは基本的にないが、南の城門にも数丁は置いてある。カワモは演習で使ったこともあったはず。

 ただ、どうも知っているものとは形が違う。


「これは、その…元の世界の知識でもいいが、新しいか古いか、お前に分かるか?」

「どれどれ、ではお姉さんがちょっと調べてみよう…って、これは?」

「な、何だよ」

「あるはずのない銃、よ」


 美由紀が本気で驚いた顔をみせた。どうやら深刻な事態のようだ。

 そこで、まずは回収することにする。美由紀の異次元カバンの中に、倉庫の中身をすべて放り込んだ。それ自体は、美由紀の転送能力で一瞬で終わった。というか、あの量を入れても平気なんだな。

 その代わりに、カバンからごそごそと何かを出し始める。


「これは…」

「三年間集め続けた苦労の成果よ」

「とてもそうは見えないが」


 錆び付いた剣、折れ曲った矢、誰が拾うのかと言いたくなるようなガラクタの山。

 きれいさっぱり持ち去っただけでは、ギケイ叛乱の証拠も消えてしまう。だから代用品なのだろうが、このゴミ捨て場の景色を見て、叛乱と考える奴がいたら、そっちの頭が心配になる。


「この世界を知るために、何でも回収していたの。もうその必要はないし、一石二鳥ね」

「お前がゴミを処分できて良かった、という部分だけは同意するけどな」


 その辺の証拠云々はどうでもいい、と思っているのかも知れない。どっちにしろ、俺には何の解決策もないので、この場はこれで終わり。

 続いて、他の場所にも武器がないか確認する。あ、確認するのは美由紀で、俺はただ隣に立っているだけ。

 探知能力を最大に上げると、二箇所に存在が確認された。

 一つ目に移動してみると、もう一つの武器庫だったので、即座に回収する。そして二つ目は…。


「屋敷の中に一丁だけあるみたいね」

「自分用に取っておいたんだろうな」


 探知にかかった先は、ギケイの屋敷だった。すぐに潜入。例によって、呪具の結界も守衛も役に立たず、いきなり本邸の扉の前に移動。必要な魔法は最初から使っているので、そこで乱暴に扉を開けようが誰も反応しない。

 というか、最初から中に移動すればいいと思うのだが、なぜか美由紀は大仰に扉を開け放った。たぶん、やってみたかったんだろう。なんか妙な格好もしていたが、見なかったことにする。


 探知に引っかかった部屋には、すぐに辿り着いた。

 そこはギケイ本人の寝室の隣らしい。寝室には本人も在室らしいが、哀れなことに侵入者に気づいていない。侵入者が言う台詞じゃないか。

 美由紀は既に隠し場所を確認したらしく、まっすぐ収納棚に向かっていく。そして開けようとして、突然止まった。


「誰?」


 そこは人が隠れるような場所ではなさそうだが…と後を追う。

 すると棚の上には、一丁の銃と………、鳥のような何かがいる。いや、これを誰って言ったのか?


「弘一。気配をちょっと戻すわ」

「そんなことをしたら…」

「この部屋限定で。部屋には結界を張ったから、外は気にしないで」

「…それなら、俺からは何も言うことはない」


 念のため、身構える格好だけはしてみる。残念ながら何の武器も持っていないし、持っていても俺の腕では役に立たないが。

 数秒して、羽がばさつく音がした。どうやら目の前の生物が動いたようだ。


「何かいるの?」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「しゃべった!?」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」


 思わず大声が出てしまったぞ。

 改めて眺めて見ても、それは鳥だ。屋台で串焼きにして食べるようなあれだ。やや色が黄色っぽいのが珍しいが、野生でも羽の色はいろいろあるらしいから、化け物と気づくのは難しそうだ。


「えーと、怪しい奴でーす」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「泥棒でございますわ」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「そうです。私が変なお姉ちゃんです」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「…もういいだろ、美由紀」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」


 どうやら、決まったセリフを返すだけらしい。止めないといつまでも遊んでそうなので、近寄って触ってみる。


「いてっ!」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「焼鳥になりたいか!」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」


 こいつ、本物の鳥だぞ?

 本物なのに人間の言葉をしゃべる。しかも決まったセリフだけ。いったいどういうことだ?


「美由紀。こいつの見当はついているのか?」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」

「今から確認してみる」

「貴様。我の元に現れるとは何奴だ!」


 埒があかないので再び気配を遮断すると、バカの一つ覚え鳥は黙った。

 さて…。

 美由紀は鳥をつまみ上げて、その身体を確認し始める。

 見る限り、どこにでもいる鳥。飼育場から逃げて来たと言われたら、誰でも納得するだろう。

 そして美由紀の探知能力では、何かの呪具の存在は確認できない。従って、あの台詞を呪具でしゃべらせているわけではないという。


「ああ、なるほど」


 そこで何かに気づいた美由紀は、鳥がいた棚に、銃とは別に何かがあることに気づく。

 そして、銃をカバンに収納、さらに鳥も収納した後、奥の小さな箱を手に取った。


「弘一にあげる。私たちの結婚記念?」

「ふざけてる場合かって」


 見つかったのは指輪だった。それも、何となく見覚えのあるものだ。


「もしかして、冤罪だったんじゃないか?」

「……管理者がゲームを作らせなければ、こんなものは生まれなかったのよ」

「そりゃそうかも知れないが」


 美由紀の見立てでは、恐らくこれはイベントの一部なのだろうという。つまり、邪悪な指輪が人々を操り…という話で、その邪悪な指輪そのものだと。

 フーヤさんから買い取った指輪と、ほぼ同型だ。ということは、指輪は管理者が与えたわけではないはずだが、なぜ奴は謝罪したのだろう。美由紀の言い分はさすがに無理がありすぎだ。


「王都の指輪は、管理者が与えたってことかもな」

「どうでもいいの。あれは毎日謝っていれば」


 どうにもこの件では美由紀が冷静になれない…というか、なる気がないので困る。

 もちろん、この場で検討するほど重要な問題ではないのだろうが。


「どうするんだ? 帰るか?」

「少しだけ様子を見たいわ」


 そう言った美由紀は、指輪をカバンに入れると、最初の倉庫に移動した。

 そして――――。


「どっかーん」

「うわっ!」


 突然屋根が吹き飛んだ。どうやら魔法でやったらしい。

 そして、すぐに周囲がざわめきだした。認識阻害はしていないらしく、しばらくすると衛兵もやって来た。俺たちは、自分たちの身体だけ認識されないようにして、倉庫の側で人々の様子を見守った。


「どれだけ待てば良さそうだ?」

「さぁ。私みたいな能力だったら破壊するまでもないし、それなりの探知能力があれば、もう来てるはずだけど」


 そう。念のために、他の怪しい存在がいないか確認している。一応、ギケイを指輪が操っていたという説明は成り立つが、指輪を隠れ蓑にした誰かの仕業という可能性は捨てきれない。

 そうして一時間。

 その間に、ギケイ本人も倉庫に現れて、頭を抱えていた。しかし、集まった衛兵たちに対して、倉庫が燃えたとわめいているが、中身の話はしなかった。

 もちろん、衛兵に対して、まさか叛乱するための武器庫だったと説明はしないだろう。だが、ギケイの反応はそういう隠し事のある様子でもなく、単に自分の所有する倉庫が壊れたという嘆きだけにみえる。


「指輪の影響が消えたら、叛乱を企てた記憶も消えたみたいね」

「そうなのか、な」

「こうなると、密輸の記録は残るのかしら」


 残らないと、婚約解消の決定打にならないかも…と美由紀はつぶやいている。この状況でそんな話をしている場合ではないと思うのだが、恐ろしい女だ。

 結局、この場に怪しい存在は現れなかった。美由紀を上回る能力の持ち主もいないと判断して、撤収する。

 なお、倉庫は破壊したが、破片はすべて倉庫の内部に落ちているし、屋根以外は傷ついていない。美由紀なりに気を使ったようだ。




 そうして、王都に散々な混乱を招いて、俺たちは何事もなく帰宅した。

 うむ。文字にしてみるとひどい話だ。


「イズミが来る前に、まずはこれね」


 そうして美由紀は、まずあの生物を取りだした。

 鳥だ。

 どこをどう見ても、鳥だ。


「弘一はいつになったら私を抱いてくれるの?」

「な、な、な、何を言うんだ!」

「…………返事がないわね」


 いきなりとんでもないことを叫ばれて、自分の顔が真っ赤になったのが分かる。

 そして、それが単にあの「貴様」を確認するためだったことも。全く油断も隙もありゃしないな。

 ――――――え?

 いつになるんだって? 知るか。


「で、どうする? 食べる?」

「い、いやそれはちょっと」

「野鳥じゃないから放せないわ。それともどこかの鶏舎に連れて行く?」

「最終的には同じ運命を辿るんだよな?」


 別に情が湧いたわけでもないが、そもそもあそこにいた時点で食肉目的の鳥ではないと認識してしまった。仕方ないので、今日のところは庭に放しておくことにした。

 貴族の屋敷の庭に檻はないが、そこは美由紀の結界で対応する。子どもたちの遊び場とは、離れた場所にした。

 いつの間にかこの屋敷も結界だらけになった。俺を保護する結界、遊びに来る子どもたちのための結界、他にも施設老朽化を防ぐとか、庭木の保護とか、いろいろ掛けられているようだ。


「次は…、仕方ないからあれに聞いてみましょうか」

「今行くのか?」

「イズミも連れて行くわ。謝ってもらわないと」


 どっちかと言えば、今日に関しては指輪の冤罪の方が中心になりそうだと思うが、美由紀は自分に問題があるとは思っていないよな。




 やがてイズミが現れる。

 あくまで今日もお忍びだから、寝室からこっそりやって来たが、ちゃんと夜会服を着込んでいる。良かった。美由紀なら平気でネグリジェのまま歩きかねないし。


「何か言いたそうだけど、外に出るとは伝えてあるからね」

「そ、そうか」

「それはいいのですがお姉様、いったいどこに行くのですか?」

「そっちはなぜ伝えないんだ?」

「秘密にした方がワクワクドキドキするでしょ?」

「しなくていいですわ…」


 まぁすぐに分かることだし…と、俺は意地悪ではないぞ。うむ。




「昨日の続きよ、管理者」

「……待っていました。今日は三人ですか」

「え? え? ど、どこからこの声が?」


 イズミの反応が新鮮で何だか楽しい。ここまで内緒にした甲斐があったというものだ。

 いかんな。俺は意地悪ではないぞ。うむ。


「イズミ。これが貴方のお祖父様の敵よ」

「………あの」

「太郎兵衛殿の子孫ですか。申し訳ないことをしたと思う。私はこの星のために良かれと考えていましたが、今は反省しています」


 そんなわけで対面したわけだが、いきなりヤツは謝罪してきた。予想外の展開だ。

 まぁ、自分は悪いことをしたつもりはないと言っているけどな。


「こうなることぐらい分かっていたくせに。偽善者」

「美由紀。今はイズミと話してるだろ」


 案の定、美由紀は立腹しているが、そこは押し留めなければなるまい。

 イズミにはイズミの立場がある。


「貴方が…、お祖父様をここに呼んだのですか」

「そうです」

「お祖父様は、この世界にとって良き来訪者でしたか?」

「……………」

「呼んだ者の責任として、それを知るのは貴方の仕事ではありませんか?」

「…………確かに、そうです。済みません、これから努力しようと思います」


 そしてイズミは、立派に対峙してみせた。

 いつものふざけた毒舌女とは違う、後継者としての姿。なんだろう、ちょっと感動したよ俺。


「ごめんなさいお姉様。これでは日和見過ぎますか?」

「イズミがそう決めたなら、それでいいわ。貴方のお祖父様のことだもの」

「さて。美由紀は話しづらそうだから俺からしゃべるぞ」


 女性二人が、神像の前で抱き合う様子を尻目に、今日の出来事をヤツに伝えておく。

 ついでに、管理者なんだから分からなかったのかと聞いてみたが、普段は不干渉なので知らないと返答があった。今日の現場は、美由紀が張った結界のために分からないとも。


「アンタなら、美由紀の結界を無効化できるんじゃないのか?」

「今は敵対していないのに、それをやる意味はありますか?」

「つまり、敵対すれば無効化するわけだ」

「そちらはきっと抵抗するでしょう」

「当たり前じゃない。弘一と普通にしゃべってるんじゃないわよ」

「美由紀はちょっと黙っててくれ」


 要するに、破れてもかけ直されれば、堂々巡りになるということか。美由紀も妨害はできるのだからお互い様、つまり二人の能力は基本的に同等だ。


「で、今日の戦利品は指輪だった。美由紀、出してくれ」

「なぜ弘一が音頭を取ってるの?」

「お前じゃ話が進まないからだろ」


 頬を膨らませながら、美由紀は指輪を取りだした。正直言って、ふくれっ面はものすごく可愛いが、今は口にしないでおく。

 石像の前に指輪をかざす。相手がどうやって見るのか分からないけれど、俺たちの姿は視認しているのだから、今はこうでもするしかない。


「交代よ、弘一。ここからは私が話すわ」

「…………」

「弘一がかざした指輪は、イベントのストーリーにあったものだと思う。邪悪な指輪に操られ、善良な貴族が叛乱を起こそうとする。みんなで協力してそれを阻止しよう。そんな感じかしら」

「善良…」

「………それらしいイベントがあったことは知っています」

「武器庫にあった銃、それから弩。どれもこの世界の武器じゃない。ゲームの側にあったもの。指輪も含めて、こちらに存在するはずのないものが現れている。これについての見解を聞かせて」

「……なるほど」


 美由紀はさらっと説明したが、イズミはもちろん、俺もよく分かってなかった内容が含まれていた。

 ゲームはこの世界を舞台に使いながら、世界に影響を与えず外側で行われている。イズミの時の説明と、今の話は明らかに違う。ギケイは実際に操られ、そして持ち込まれた武器は、密貿易の相手から買ったものではなく、あってはならない外側のものだった?


「ミユキ。貴方には心当たりがあるでしょう」

「ない…と言えば嘘になるわ」


 そこで彼女は、不意に俺の方を向く。

 何?

 というか、何だよ、その弱々しい気は。これじゃ気絶もしないだろうに。


「貴方には、本当の意味で破壊してもらわなければいけません」

「管理者にやってほしい。それが私の本音」

「それはできません。私…管理者が管理できるのはこの星だけ。せいぜい、あの星から転移させる時に力を貸せるぐらいで、あの星で活動を続けることはできません」

「そう…」

「ミユキなら…、できるのではないですか?」


 …………。

 以前から、管理者が言う「ミユキ」には違和感があった。

 なるほど。それは分体を取り込んだ現在の彼女の名だったんだな。

 ―――――いや。

 もちろん現在の彼女は、目の前の美由紀。俺にとって区別する意味はない。


「私が引き受けるとすれば、条件がある」

「…うかがいましょう」


 いつの間にかつないだ手に力を込めて。


「弘一を私の管理下に置く。そして、彼の記憶は、返してもらう」

「…………すぐには返事はできません。私にも、できることとできないことがあります」

「できないなら、今後もイベントがこの世界を破壊するたびに、自分で動けばいい。私は協力しない」

「美由紀、それはダメだ。衛兵の俺から頼む」


 とっさに声をあげてしまった俺は、美由紀に睨まれた。

 それ以上は何を言っていいのか分からず、つないだ手を握り返す。彼女は大きくため息をついて、再び石像に向き直った。


「弘一。交渉中にそんなこと言われたら台無しよ。要求を認めさせていくには、少しぐらい脅してから譲歩するものでしょ?」

「脅しだろうが何だろうが、言ってほしくないことはある。だいいち、そんな見え透いた嘘で騙せるかって。お前はこの世界を壊されるのを、黙って見ているようなヤツじゃないだろう」

「台無しよ、本当に…」


 そのまま、しばらく声は途切れた。

 仕方なく俺もため息をついて、ふとイズミの姿が視界に入る。イズミは…、やはり見たことのないような表情で、美由紀…と、俺のことも見ていたらしく、目が合った。仕方がないので苦笑いしたら、似たような顔で返された。


「ミユキの希望は承りました。こちらも長年放置してきた負い目はあります。小牧弘一、貴方の記憶が戻せるよう努力しましょう」

「俺自身は、戻ることがいいのか分からないが、美由紀がそれを望んでいるのだから、かなえてほしい。美由紀はずっと苦しんでいる。それは忘れないでほしい」

「弘一…」


 この際だから、正直な気持ちを伝えておいた。

 美由紀には悪いが、今のこの俺にとって、過去の記憶はそこまで欲しいものではない。だから、それを奪ったこいつにも、それほどの恨みはない。あるとすれば――、美由紀を苦しめたことへの恨み、だろう。

 長い長い対話は、これで終わった。

 こちらはやるべきことをやるだけ。まぁ、そっちは美由紀任せで、俺はただの付き添いにしかならないわけだが。



「今日は弘一を見直しましたわ」

「俺もイズミを見直したぞ」


 伯爵令嬢に上から目線で告げることではないが、素直にそう感じた。

 一度も会ったこともないまま世を去った太郎兵衛さんに、いろいろ思うところもあって、だから後継者としてのイズミは応援したくなる。


「私だけ株を下げた格好ね」

「そ、そんなことはありませんわ」

「下がってなんかないだろ。お前はやさしいからな」


 あれがいなくなっても握ったままの手。

 そろそろ恥ずかしくなってきたけれど―――。


「ところで、これだけは聞いておきたい。答えてくれ、美由紀」

「何よ、あらたまって」


 記憶を取り戻さなくとも、俺は物知りになった。過去の自分の姿は思い出せなくとも、手をつないだ彼女がどうやってここに辿り着いたのか、ある程度想像がつくぐらいには。

 だから、この先のお前。いや、あるいは…、俺とお前は。


「ゲームを破壊するために、お前は元の世界に戻る。いや、帰るってことだろ? それなら、ここに戻ってくる必要はない」

「もしかしてお姉様は、弘一も連れて帰られるのですか?」

「…………………」


 その時の美由紀は、これまで見たこともないような、悲しそうな表情だった。

 記憶を取り戻させて、元の世界に帰る。その目標とは結びつかない表情。俺は、そしてイズミも、この状況が理解できなかった。


「確かに元の世界に行くけれど、私はここに戻ってくる。いえ…、私はここでしか暮らせないから」


※第5章完結。いよいよ佳境、「奪還」の真相が明らかに。ついでにイズミの学校デビューに向けた話も進みます(学校デビューは「奪還」後になりますが)。

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