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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第一章 新婚ストーリーは突然に
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三 家族が増えるのは結婚です

 嵐のような一日だった。

 二時間きっかりであの店を出た昨夜。そこから、どうやって帰ったのか正直覚えていない。気がつけば俺は自宅で寝ていた。

 人類は、帰巣本能が備わった者とそうでない者に区別されるらしいが、どうやら前者だったようで何よりだ。その昔、生ゴミを抱いて寝て保護された反省が、どうやら活かされたようだ。

 ――いや、そもそも昨夜は酒なんてほとんど飲んでいない。それどころか、飲んだ酒もその場で醒める勢いで、全く酔ってなどいなかったはず。自分は酔ってないと主張するのは泥酔者あるあるだが、これに限っては間違いない…と思うのだがなぁ。

 だんだん自信がなくなってきたが、まぁいいや、今日は非番だ。少しぐらい寝倒してもいいだろう。

 疲れが全くとれないまま、再び目を閉じる。できれば昨日のことは忘れてしまいたい…と思った。


「じゃあお願いします。はい、全部運びます。要らなさそうなものも全部」

「ちょ、ちょっと…」


 聞こえるはずのない声と騒音に飛び起きる。

 一部屋しかない俺の家。ベッドから間近に見える玄関は勝手に開け放たれ、屈強な男性三人と――――、ヨコダイさんがいる。

 男たちはいい体格だが、ヨコダイさんも背が高いな……ではない。


「何してるんですか!?」

「引っ越しです」

「はぁ!?」

「忘れたんですか? 結婚するのだから、ここに住むわけにはいかないでしょう?」


 …………。

 いや、確かにここは衛兵用の「独身」寮だ。それは間違いない。その通り。うむ。前提条件が違うのを考慮しなければ、だ。


「そのベッドも運んでください。それでー、弘一は?」

「は?」

「弘一も運んでもらう?」


 その瞬間、ベッドを運ぶ男がゲラゲラ笑いだした。こいつら、なんでも屋だな。

 というか、今のは面白いジョーク?

 ヨコダイさんが冗談を言ったようには思えなかったのは気のせい? いや、冗談じゃないから笑えるのか。



 それから一時間後、俺はとぼとぼと一人、街を歩いていた。

 ヨコダイさんの手際は恐ろしく、部屋の荷物が消えた途端に、独身寮の管理人がやってきて、鍵を取りあげられあえなく退去となった。いくら何でもおかしいだろ、と思うが、「結婚おめでとう」の一言でさよならだ。オッサンの脂ぎった笑顔付きで。

 いや、さよならと言っても、俺は衛兵のままだし、同僚が住んでるし、たぶんすぐまた顔は合わせる。だから名残惜しそうにしてほしいわけじゃない。ただ純粋に、この俺が突然結婚するという話を疑ってほしいだけだ。普通思うだろ、ああこいつは詐欺に巻き込まれている、とか。

 ―――――しかし。

 今日はここまで、引っ越しを請け負ったなんでも屋、管理人、それから近所の食堂のおばちゃんに会った。わけの分からないことに、おばちゃんまでも俺の「結婚」を知っていた。さすがに、誰に聞いたのか問いただしたが、答えは「みんなもう知っている」という曖昧かつ残酷なものだった。

 おかしい。余りにおかしい。

 そう思うが、俺自身も言われるままに部屋を出て、渡された紙に書かれた住所に向かっている。勝手に外堀を埋められ、別に操られているわけでもないのに、あの女の言うことに疑うこともなく従っている。何よりもそれが不可解だ。

 さらに言えば、行き先だ。

 これでも俺は一応衛兵で、門番という職業柄、キノーワの地理には明るい方だ。その上で、今から向かう先は、シラハタと書かれている。記憶が確かならば、あの辺りは貴族の屋敷が幾つかあるようなエリアだった気がする。護衛で二、三度しか行ったことのない、そう、俺のような貧乏人には用のない地区だったと思う。


 いろいろ釈然としないまま、やがてそのシラハタ地区に着いた。

 道幅が広くなり、高い塀に囲まれた屋敷が並ぶ通り。俺の記憶と変わらない。変わらない…ということは、こんな場所に引っ越すわけはない。恐らく、そこまで行けば案内してくれるのだろう。

 護衛の任務で訪れた伯爵家の前を通り過ぎ―――、前方で誰かが手を振っている。

 ああ、どうやらヨコダイさんのようだ。あそこからは自分で案内するということか。しかし、わざわざここを経由する理由は何だろうか…。


「待ちくたびれたわ、弘一」

「それは失礼。では案内してもらえるでしょうか」


 今日のヨコダイさんは、昨日のようなドレスではなく、白いシャツと水色のスカート。こうして見ると、若い。俺と似たような年齢なのだろうか。

 ただし、その格好が地味とは言いがたい。

 短めのスカートからのぞく長い脚。そして…、シャツを突き破りそうな、うむ、アレ、アレだ。口にしたら負けな感じがする。


「案内するほどのものじゃないけど…」


 苦笑するヨコダイさんは、まさか気づいてないよな? 気づいてるか。最初から警戒してるだろうし。

 それより問題が。

 先導役はなぜか前方の道路ではなく、目の前の門をくぐってしまったぞ。


「あれ、ヨコダイさん、そっちは違…」

「ごめんね弘一。急遽探した家だから、こんなのしかなかったの。そのうち、もっとちゃんとした所を探すから、今は我慢してね」

「あ……」


 えーと、ヨコダイさん、いったい何を言ってるんですか?

 門をくぐった先は、広大な庭、そしてどう見ても貴族の屋敷としか思えない建物。「こんなの」って、何をどう見ればそんな台詞が?

 疑問を口にする間もなく、ヨコダイさんはどんどん先に進んで行く。仕方なく後を追うと、曲りくねった道の左右に池があって、周囲は花が咲き乱れている。とても丁寧に手入れがされている。この屋敷が空家だった? まさか。


「普通なら何人か雇うんだろうけど、この町の勝手が分からないし、誰に頼んでいいか分からないのよ」

「…………」


 正面の頑丈そうな扉を開けながら、ヨコダイさんはつぶやいた。雇うというのは、屋敷の使用人…ということなんだろうな。常識的に考えれば、この規模の邸宅を管理するには、人手がいる。常識ではそうだが、そもそも常識では俺がここに入るはずがない。ヨコダイさんはさっさと入ってしまったが、本当に俺も足を踏み入れていいのか? 入るぞ? 本当に入るぞ?

 ………う。

 意を決して踏み込んだ瞬間、声が出そうになるのを我慢する。

 庭だけではなく、中も見事に豪邸だ。

 俺が知っている豪邸なんて、護衛で訪れた伯爵邱ぐらい。しかもあの時は、中に入ったわけではないから比較は難しいが、建物のサイズはこちらがやや小さめ。しかし柱の装飾も、あちこちに置かれた美術品も、衛兵とは異なる人種の住居であることを立派に主張している。当たり前のように俺の侵入を拒絶している。

 そう、お前がここに足を踏み入れるのは、泥棒になった時だけだ、と。


「先に二階に行くわね。弘一の荷物を置いたから」

「ええっ?」

「何を驚くの?」

「いや…」


 ヨコダイさん、いくら何でもそれは…と思いつつ、階段をのぼって二階の右奥へ。いちいち重そうな――重厚そうな、というべきか――扉を開けた彼女に続いて、中に入る。そして、とりあえず絶句して硬直した。

 当たり前じゃないか。

 天井の高い、独身寮より広そうな部屋。節のない木材が使われ、しかも丁寧に磨き上げられた床。レースのカーテンがかかった大きな窓。そんな部屋の中央に、さっきまで横たわっていた万年床が鎮座している。頼む、頼むからジョークと言ってくれ。


「一応、ここは物置ということで。必要なものは部屋に移してね」

「あ、ああ…って、部屋?」

「はい。新婚さんのお部屋ですよ、ア、ナ、タ」


 悪戯っぽく笑うヨコダイさんは……。そのまま記憶が飛びかけ、数秒立ち尽くしてしまう。

 ――――――――――かわいい。

 可愛い。可愛い! 可愛い! 可愛いんだよチクショー!!!

 なんなんだ、この生物は? やっぱり神だ、女神だ。何を着ても隠せない谷間まで愛おしい。いや、谷間だから? そんなことはどうでもいい、いや、良くない!

 そうだ。

 俺がうっかり騙されてここにいるのも、仕方ないんだ。納得していいのか、これ。


「この程度の部屋でごめんなさいね」

「……………」

「気に入らなければ、あのベッドと交換します」

「それだけはやめてくれ」


 そして「お部屋」に入った俺が、本日何度目かの絶句したのは、言うまでもなく見たことのない景色だったからだ。

 さっきの「物置」も、俺の知ってるどの部屋より立派だったが、ここはレベルが違う。というか、壁の方から何かに見られてる…と思ったら、まさかの竜の頭が掛けてある。

 どういう趣味だよ、と言いたくなるが、残念ながら俺はその意味を知っていた。

 竜に認められるような存在であれ。貴族の屋敷では、討伐された竜の頭を飾る。飾るのはもちろん、その家の主の寝室だ。だからここは貴族の屋敷の主の部屋だと確定したことになる。

 貴族でも主でもない俺にとっては、あんな死体に見つめられる部屋なんてただの罰ゲームでしかない。いや、それは今はどうでもいい。もっと大きな問題があるじゃないか。

 あるじゃないか。

 この部屋には―――、真っ白なシーツが掛けられた、ものすごく大きなベッドがあるじゃないか。一つだけ。

 一つ。

 そう、一つだけ。だから独身寮のベッドと交換可能…なわけあるか!


「まだ説明が終わってないけど、…疲れた顔ね」

「一生分ぐらい疲れたと思う」

「じゃあ死ぬまでもう疲れないってこと?」

「どんな屁理屈だよ」


 この状況でも、ふざけてくるのか。だんだん自分の口調が変わってくるのに思わず苦笑いして、それからふっと息を吐く。

 苦笑いなのか、それとも。


「今日はまだ予定があるから、元気出して」

「なぁ、その前に」


 いつの間にか緊張しなくなった自分に呆れながら、俺は問いかける。

 今はこの屋敷に、二人以外は誰もいない。それは本当は卒倒するほどの状況だというのに。


「改めて問う。ヨコダイさん、アンタは何者だ?」

「次の行き先で、少し分かるはずよ。弘一」


 どうやら今日も長い一日になりそうだ。

 昨日の昼までは普通に過ごせていたんだよな。そろそろ、この異常事態に突入して一日経つのか。というか、まだ一日経ってないのか…。


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