三十八 馬車鉄道とお花摘み
当直から数日。
俺の仕事は、特に何も変わりはなかった。
例の手伝いの人は一日だけやって来たが、即日派遣中止になった。こちらとしては、いない方がマシな人材なので、中止になることは問題なかったけれど、その理由がよく分からないまま。
で、本日はいつもと違うわけだが―――。
「よし、準備はできたか!? 水筒と干し肉は持ったか! おやつは銅貨二枚までだ!」
「ワイトさん、子どものお出掛けじゃないんだから」
「じゃあ出掛ける前に一発、気持ちのいいのをやっておくぞ!」
「えぇぇ…」
やたら張り切っているワイトさんと、どうにか逃れたくてしょうがない部下たち。
本当に、この人はでっかい子どもだよな。
「いくぞー! キノーワの町にようこそ!!」
「キノーワの町にようこそ!!」
やけくそで叫んで、出掛ける先は西門の近く。要するに、馬車鉄道の駅ができる予定地である。
馬車鉄道が開通すれば、そこに新しい門を作ることになる。南門の人員は削減され、恐らく半分は新しい門の守衛にまわるという。タマスや王都の様子を見れば、それも仕方ないが、のんびりした南門の雰囲気が変わってしまうのは寂しい。
なお俺、小牧弘一は新しい門に移る可能性が濃厚となっている。
なぜなら、荷馬車の多くが馬車鉄道に移ることが確定的なので、書類担当はそちらに行くしかない。俺以外の担当者が見つかればいいが、望み薄だ。
「花盛りだな、いい景色だ」
「花じゃないですけどね」
「細かいヤツだな、コーイチは」
城門の外側を、巡視を兼ねて歩く。
雨の少ないキノーワで、貴重な麦畑が広がる。城門の外に造られた堀の水を利用している。五十年前の利用開始時には、城郭の水を農作に使うことへ、貴族からかなり反対があったらしい。その反対を押し切ったのが、例によって太郎兵衛さんだというから、いちいちすごい人だ。
太郎兵衛さんは、稲も持ち込んでみたという。ただ、水が少なすぎて成功しなかった。城郭の堀の水も無限ではないから、麦を育てるのがせいぜいのようだ。
のんびり散歩していた俺たちの前に、土砂が積み上げられた景色が見えてきた。
南門と西門の中間付近に、馬車鉄道の施設が造られる。周囲を低い土壁で囲った土地に、線路を敷き、停車場の施設を造る。城門は、元々緊急用に造ってあった小さな門を拡げる。タマスと同規模かと思ったが、かなり広い設備になりそうだ。
解説役はワースさん。ちなみに、大軍で城に攻め込まれる可能性があるので、鉄道を引くことに反対だという。なぜその人に解説させるのかは疑問だが、ワイトさんに務まらないことだけは諸事情により確かだろう。
「これがレールという。良質の鉄を使わなければできないもので、ガラワウドで造られている。コーイチはつい最近乗ったんだったな?」
「え…、はい。とても快適で速かったです」
「うむ。子どもの感想みたいで結構だ」
土ぼこりを手で払いながら、言葉には刺。ワースさん、なんだか当たりが強いぞ。厄介事に巻き込んだせいだろうが、ワースさんにも責任はあるだろう、と。
まぁ、別に冗談で言ってるだけだと分かるけどさ。それに、俺の感想が子ども並みなのは自覚している。ばいんばいんは言えないからな。
それから、作業担当者に一通り説明してもらう。
まだ完成までは数ヶ月あるが、既にレールはつながっている。ただし休憩施設などが未完成な上に、途中で馬車が行き違う設備もできていない。従って、一台の馬車が往復する形の試運転をしている状況。
それでも、めざとい貴族や商人は、荷物の輸送に使っているという。
試運転の馬車は、午後に出発して翌日の昼過ぎに到着。まだあまり時間が短縮できていないが、これは中間施設が完成していないため、馬を交換できないことによる。営業開始時には、朝出発で夕方には到着できる予定だそうだ。
なお、運賃は現在の乗り合い馬車の五割増し程度。相当に高い。
「我々が乗ることはまずないだろう」
「その予言は必要ですか? ワイトさん」
「完成してからガッカリしないように、先に言っておくものだ」
「やる前に負けることを考えるヤツはいないんじゃ…」
「おお、コーイチ、それを覚えているとはさすが俺の弟子だ」
「いつ弟子になったんですか」
アレが大好きという意味では師弟みたいなものだが。
ともあれ、情けない宣言は忘れておこう。俺も、自分の金で乗ることは絶対にないと思われるが、また美由紀に引きずられる可能性は高い。その際に、少しでも早く帰れるなら、それに越したことはない。
……………。
あれ、どこかで見たような…と思ったら、向こうから歩いてきた。
「おやコマキ様。いつもお世話になっております」
「コーデンさん、様はやめてください。……視察ですか?」
「ええ。出資者として常に確認しております」
コーデンさんは、執事服の上に作業服を羽織っていた。何だかちぐはぐな感じだが、当人は気にしていないし、歩き回る様子からみて、かなり慣れているようだ。
せっかくなので、衛兵と顔合わせしても良いかと聞いてみたら、問題ないということなので引き合わせた。と言っても、ワースさんやワイトさんとは顔見知りだったので、しばらく三人で話していた。
「コーイチ、貴様はなんてヤツだ。あんな紳士まで味方にしやがって」
「俺には、なぜ恨まれるのか全く分からん。というか何の味方だ」
カワモは何となくショックを受けていた。
まぁ、俺だって、イズミの件がなければ伯爵家の執事と顔見知りになることはなかっただろう。とはいえ、別にコーデンさんに便宜を図ってもらったことはないし、今後もあの人は伯爵家のために働くだろう。
むしろイズミ本人の方が衝撃だろうな。外面は完璧な伯爵令嬢だし、カワモの妄想に十分応えてくれるはず。毒舌に耐えるほど知り合わなければ…と言いたいが、案外うまくあしらう可能性もあるだろうか。何せ、俺よりは女性経験豊富なはずだし。
ああ、何て無意味な妄想なんだ。
なお、コーデンさんは俺たちに新情報を一つ残していった。
「鉄道はここから四方に延長する計画らしいぞ。これが開通してからの話だがな」
「へぇー」
「そうなったら安くなるんですかねぇ」
「さぁな…というか、運賃は変わらないだろ」
どちらかと言えば、大量の荷物を運ぶ方が主眼らしい。それこそウミーヤ氏が持っていた鉱山とか? 鉱石を運ぶとなると、馬車ではしんどそうだな。
美由紀は、いずれ動力が変わるとか言っていた気もするけど――――――と。
前方右手、停車場の車止めの辺りにいた人と目があった。思わず、反射的に会釈をしてしまう。すると相手も会釈をして、足早に去って行った。あれは…。
「なんで逃げたんだ? あれって、キワコー子爵んとこのオッサンだよな」
「我々の勢いに恐れをなしたに違いない」
みんな適当なことを言っているが、もちろん理由は分かっている。
というか、まだ追い詰められたりはしていないんだな。美由紀としゃべっていると、既に町を追放されたような気になってしまうが、実際のところは大した傷にもなっていない、か。
まぁでも、この件はまだ現在進行形だからな。つまり、俺もまだ狙われている、と。
その後は再び麦畑の中を歩いて南門に戻り、午後は普通に働いた。
こんな感じで働いて、屋台街を通り抜けて帰宅するのも、あとどのくらいだろうか。考えてみれば、新しい門の方が、家には近いんだよな。
「ただいま。今日は馬車鉄道の現場を見てきた」
「まだ糞尿まみれになってないからきれいだった?」
帰宅して、息をのむほどきれいで可愛くてアレがすごい女性に迎えられるのは、やはり嬉しい。嬉しいのだが、この会話は…。
「糞尿って、若い女性が口にしないでくれ」
「じゃあなんて言うの? お花?」
「そもそも口にする必要がないだろう」
馬車鉄道で真っ先に出てくる単語がなぜそれなんだ、と理不尽な仕打ちに一同驚愕、涙が止まらない。最初から出ていないが。
美由紀はにこにこ笑いながら、茶を淹れてくれる。貴婦人のような一連の動作と、会話が全く噛み合っていない。
「糞尿は大事よ。あれが散らばっているうちは、病人も減らないから」
「汚れるとかいう問題じゃないのか?」
「汚れるし臭いけど、病気の原因をまき散らしてるようなものなの。だからキノーワから馬車はなくしたいわ」
「…それも、元の世界で知ったことなのか?」
「そうね。ここではうまく伝えられないけど」
それでも、しつこく話題を続けられると、仕方がないのでつき合うしかない。
まぁどうやら、男の子が蹴飛ばして遊ぶような興味とは違うようだ。うむ。うちの庭で遊ぶ子たちには、遊びに来たいなら蹴るなと言ってある。
「この家がものすごくきれいなのは、そういう理由なのか」
「当たり前じゃない。子どもたちも遊びに来る家だし」
それにしても、糞尿をきれいにするのも、美由紀の記憶が絡むんだな。
俺は正直、彼女のきれい好きには驚いたものだが、もしかしたら俺自身もきれい好きだったのか? あまり想像できないな。
「ついでだし、後学のために聞いておくが、………どうやって処理してるんだ?」
「貴方と私の糞尿が混じり合って一つになって…」
「だからそこは言わなくていいだろ!」
女神の笑顔で何度も繰り返さないでくれ、と思うが、俺を困らせるのが目的なのだからどうしようもない。
それはさておき。
彼女が便所というものに並々ならぬこだわりをもっているのは事実。そして、うちの便所は、間違いなくこの星で最高の環境で、仮に開放したら、用を足す客の大行列ができるだろう。絶対にそんな行列は見たくないけど。
そもそも、この世界の便所は、貴族とそれ以外ではもちろん違う。
一般的な便所は、数軒の家で共同利用。もちろん家の外で、申し訳程度の屋根をつけた場所に、穴を掘って大きな甕を据え付けている。男女ともに、その甕に向けて発射するのだ。
当然、たまりにたまった糞尿が、悪臭をふりまく。少しでも抑えようとするならば、まめに回収するしかない。
回収業者は専門の人たちがいて、汲んだものを城外に運んでいく。それらは基本的には農地に送られ、肥料として使われている。
貴族の屋敷にも、便所はある。たとえばこの屋敷の場合、敷地内に三つ建物が建っているが、正門から見て一番奥の建物の隣に、おなじみの便所があった。
この家に連れて来られた最初は、そこを使うのか、ずいぶん遠いなぁと思ったのだ。
が。
美由紀は屋敷を購入して、真っ先に便所の改造工事をしたという。工事といっても、魔法でちょちょいのちょいで終わってしまうのだが。
で、屋敷の中、一階の中央付近の部屋の一部を区切って、そこに作ってしまった。
ちなみに、奥の便所は使用人のためで、そもそも主人のウミーヤ氏は使っていなかった。
一応、貴族の便所のなかには、建物内に作られたものも存在する。この屋敷にも、そのための部屋はあったが、新しい便所を作ると同時に潰してしまい、現在は開かずの間の一つになっている。
イズミの伯爵邱では、そういう便所が健在だ。
外に出掛けなくて良いという利点があるものの、屋内便所は、自分なら使いたくないと思うシロモノだ。そう、そこには甕ではなく手桶が置かれ、用を足したら使用人を呼んで、外に捨ててもらう。使用人はそれこそ、赤ん坊の世話をするように、死ぬまで主の糞尿をかぎ続けていく…と、想像するだけで気分が悪くなる。
ところが、美由紀が作った便所は違う。
扉を開けると陶器の便座が置かれていて、そこに座る。そして用を足す。便座の下には穴が開いていて、そこに落ちて行くのだが、相当な深さがあるらしく臭いはほとんどしない。しかも、便座にはまさかの呪具が取りつけてあり、水が流れるのだ。水は便座を洗うだけでなく、お尻も洗えてしまう。
正直、とんでもない便所なのだ。それこそ、イズミが用を足すためだけにやって来るほどに。
この便所の最大の謎は、穴の先がどうなっているかだった。
あまりに深いので、汲み取るのは難しい。しかも水を流すから、仮に地中深くに甕を設置しても、あっという間に溢れてしまう。
美由紀が将来的に考えているのは、町中に水を流す管を設置して、流した水ごと町の外に出してしまうものらしい。確かにそれは画期的だが、今すぐそんなことができるとは思えない。というか、現在の家の便所には何の管もない。
彼女が言う、その場しのぎの解決策は、…そう。
彼女が得意な魔法、それは分解処理。なので、地中深くの穴の先に、糞尿を分解する呪具を設置した。分解の詳細は俺にはよく分からないが、一切臭いもしない状態までバラバラにされた上で、屋敷の敷地の端にある小さな畑や、庭園の土に転送しているという。
ちなみに呪具そのものは一瞬で作れるようだが、美由紀にしか設置できない。取りつけも、処理されたものの行き先も、それぞれ個別に指定するからだ。そのため、現時点ではうちの敷地内の三ヶ所のみ。近々、こっそり伯爵邱にも設置するらしい。
…三ヶ所というのは、子どもの遊び場の側にも一つ作ったからだ。だから、うちと伯爵家以外でこの便所の秘密を知るのが、遊びにくる子どもたちということになる。今のところは口止めしているらしいが、いずれ伯爵に地下水路の件で動いてもらい、その際には逆に宣伝してもらうつもりのようだ。
実際に地下水路を造るのは、相当大変だろう。そもそもそれは、きれいな水を流す方と同時に造る必要があるらしいが、キノーワは水が乏しいのだ。
「タマスみたいに、誰かが川でも作ってくれないかしら」
「あれに頼むのか?」
「私は嫌」
「俺もそんな注文はしたくないな。むしろお前は…」
「できません」
「そうなのか、てっきり」
そもそもこの星は管理者の管理下にある。その大前提がある限り、美由紀にできるのは一時的な改変に限られるという。
で、現時点で美由紀の管理下にあるのは、美由紀の身体だけ。この屋敷、そして俺は、管理者の管理を美由紀が妨害している形だ。
「お前が神になるしかないな」
「なってどうするの? あれと争奪戦でもやるの?」
「代替わりすればいい」
「貴方ねぇ。五段の時だってものすごくもめたのよ」
聞けば、四ヶ国で認定する際、美由紀がどこに住むべきかで相当に議論があったらしい。冒険職登録はイデワだったが、他三国にしてみれば、いつでも自分たちを滅ぼせる存在を飼っているようなもの。四ヶ国を転居する案や、四ヶ国の境に住んでもらう案などが飛び出したという。境って、要するに巨大竜を倒した山の中じゃないかと呆れずにはいられない。
結局、探しているものがあるという理由で、美由紀はイデワに留まった。もしも見つからなければ、別の国に移動すると告げて、そして―――――、探し物を発見したわけだ。こうやって説明すると、俺はとんでもなく重い責任を負わされているような気がしてならない。
――――――ふっ。
ようやく糞尿の話題が終わったぜ。長い道のりだった。
「王都と連絡を取る手段って、何があると思う?」
「手紙と…、旅行者に頼むとか?」
「本気で言ってる?」
「申し訳ないが本気だ。まさかお前の魔法とか言うなよ?」
糞尿談義は終わり、時は過ぎた。現在の二人は、それなりに険悪な空気のなかで会話中。
どこでって? それはあれだ、世にも恐ろしい場所だ。恐ろしすぎるから、できるだけ無関係な話題でほどほどに機嫌を悪くして寝ようと努力しているのだ。
「こういうものよ」
「…………そっち、向かなきゃダメか」
「貴方のお顔が見たいなー」
いくら大きめとは言っても、同じベッドにいる。余所を見ていても、美由紀の匂いがする。はっきりと体温も伝わってくる。俺にとっては、眠る場所なのか気絶する場所なのか分からない。
それを承知で、なぜそんなことを言えるんだ。お前の血は何色だ。いや、できれば赤色であってください。
………。
…………。
……………。
美由紀の手にしているのは、細長い何かだった。何だか分からないから呪具だろう、と役に立たない想像はつく。
「お、俺は耐えたぞ。ということで説明頼む」
「何を耐えたのか知らないけど、最近使われ始めた魔道具よ。遠くの人と話せるのよー」
「何だよそのすごいの」
「これもねぇ、イズミのお祖父さんが思いついて作り始めたんだって。出来上がったのは亡くなった後だけど」
わざわざ後ろに谷間が見える位置で持たないでくれ…と思うが、正直言ってどこが目に入っても厳しいから必死に耐えるしかない。最初から見えていれば、少なくとも不意打ちされないからな。
で、謎の呪具…というか魔道具の材質はなんと、美由紀が解体処理した巨大竜の爪だという。魔法を弾いたという素材を逆に利用して、細長い筒に加工した上で、中に魔力を封じ込める。
美由紀を除けば、ほとんど使える者がいないらしい通信魔法を、互いに筒を持った者の間で再現させるようにした魔道具。聞いても原理はさっぱり分からない。
で、王都で筒に魔力を込めたのは、もちろん美由紀だった。なんと三十個も作られ、すべてに魔力が込められた上で、四ヶ国に七つずつ配られた。残る二つはここと…。
「イズミの所にも?」
「もちろん。設計者の家に寄贈するのは当然でしょ?」
モリーク伯爵から要求があったわけではなく、美由紀が主張した結果らしい。
国内で七つだけという条件では、地方の伯爵家まで行き渡るなどあり得ない。それに太郎兵衛さんは完成させられなかったのだから、権利を主張するのは難しかったと考えられる。
「お前の魔法の方が上位互換だよな」
「それはそれよ。あれは隠さなきゃならないんだし」
「なるほど…」
無駄に馬車旅行したのと同じで、人智を超えすぎた力は隠すしかない、か。
……………。
「誰に連絡したんだ?」
「公爵に決まってるでしょ」
「まぁ…、そうか」
ちなみに、イデワにある七つは、王都に四つ、第二の都市ガラワウドに二つ、国境近くの駐留部隊に一つ。本来の用途からすれば、もっと散らばった方が良いに決まっているが、貴族間にもいろいろあって…という状況のようだ。
キノーワには、数に入ってない二つ。伯爵は役所に置くつもりだというが、貴重品過ぎて置き場が決まっていないようだ。
で。
公爵には、密輸に関する情報が、口頭ではあるが一通り伝えられた。
美由紀はウミーヤさんから提出された書類を分析、荷物の付け替えの証拠は握った。さらに、ギケイからキワコー、ウミーヤと金が流れた証拠も手にしている。公爵にそれらを送り届けて、後は任せるという。
そう。そこにはキワコー家から盗んだ書類などは含まれていない。だから資金源が隣国だということや、武器を買い集めている証拠はない。
どんなに直接的な証拠になろうと、盗品という時点で信用されない。というか、公爵は立場上信用することはできない。
その代わり、資金源は他国で、ギケイ閣下は何かを集めている…と、あくまで推測として記しておいたそうな。
「そこからどうなるかは、公爵に委ねるから。良い報告があればいいけど」
「曖昧過ぎてどうしようもないんじゃ…」
「案外どうとでもなるんじゃないかしら。王族や貴族は、基本的に強引な人種だもの」
お前がそれを言うなと言いたくもなるが、貴族が自分勝手で強引なのは紛れもない事実。
証拠の不正入手と、貴族の勝手な正義は、どちらも表向きは問題行動だ。そこで美由紀は、立場上強引な真似を表に出せず、公爵にはそれが可能というだけの話。
「衛兵の方にも話がいってる?」
「伯爵のところに、コーセンさんから連絡があったそうよ。それで、キノーワのトップが伯爵家に呼び出されて、隊長から説教を食らったとか」
「なるほど。それで手伝いがいなくなったのか」
コーセンさんは公爵に近いし、身分も高い。地方の幹部では、逆らうのは難しいだろう。
まぁしかし、大した暗躍ぶりだな、美由紀は。
「後は貴方が逆恨みされて襲われなければ大丈夫」
「今さら俺を襲っても意味はないだろう?」
「感情で動かれれば分からないでしょ? あいつがいなければ…とか」
そこまで言われると、襲われるのが確定したみたいで嫌だな…と、ぼんやりと話し相手の方に目をやってしまう。
……………。
「今さら気を失うの? 可愛い弘一くん」
後の好事家はこう書き記したという。
うぶ毛が見えるほどの至近距離に、不意打ちで深い谷間を発見した男は、その深淵に吸い込まれるように意識を失った、と。そんなこと記すなよ。
※ちょっと息抜きの内容ですが、謎の魔道具、本当はどんな形だったんでしょうねぇ(棒読み)。詳しいことは40で、イズミも交えて明かされます。
ということで次の39で5章完結。一気に終わらせるので長いです。
 




