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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第五章 遺したもの、拾ったもの、壊したもの
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三十六 とりあえずの叛乱準備

 今朝の屋敷は、少し寒かった。

 最近陽が昇るのが遅くなって、めっきり寒くなりました…ではなく。


「なんで今ごろ不機嫌になるんだよ」

「女の子は理不尽なものなんです!」


 なーにが女の子だ、とは決して口にしない男の子である。

 そもそも美由紀の機嫌が悪いのは、昨夜イズミと一緒に眠ったためだ。そのせいで、俺の寝起きを眺められなかったという、口にするのもどうかと思われる理由だ。どう考えても、それは昨夜イズミを帰さなかった当人の責任であって、俺は全く悪くない。むしろ良かった。

 すぐ隣のベッドで、絶世の美女二人が抱き合って寝ているというのは、普通なら耐えられない状況だ。それでも、こちらに来ないと分かるだけマシ。あとは目を閉じて耳を塞げば実害はない。おかげで安眠できてしまった。

 恐らく、そんな御機嫌な俺の様子が、美由紀を時間差不機嫌にした要因の一つなのだろう。


「さぁ、今日もキノーワの町のために頑張るぜ」

「今夜は私のために頑張ってね」

「ぐぁっ…」


 気が遠くなった。こいつ、わざと気を強めただろ。責めようにも、振り向いたら気絶しそうで身動きが取れない。

 頼むよ。俺だって少しずつ変わっているんだ。相変わらず情けない野郎だけどさ。




「ワースさん一人で良かったのでは?」

「こんな厄介事に当事者を呼ばないわけがないだろう」


 いつものように詰所に出勤した俺は、ワースさんと仲良く町を歩いている。ああ、こう表現すると美由紀に怒られるんだろうか、気になる。

 行き先は衛兵のキノーワ統括支部。町の中央にある、例の一年に一度しか行かない場所だ。ワースさんから上司に内々にあの件が伝えられ、本日は晴れて二人が呼び出された。呼ばれなくともキノーワは晴れてる…とか、冗談は要らないって? そうか?


「で、どうなんですか? 怒られそうなんですか?」

「別にそんなことはない……ような気がするな」

「聞かなきゃ良かった」

「そういうのは心の声にしておけ」


 呼び出しという点で、嫌な予感しかしないからな。まぁグチグチ言っても仕方ない。

 南門から中央の支部までは、一箇所に噴水広場があって、あとはまっすぐに街路がのびている。道幅は広い。そのまま中央広場まで、この町の行政上の重要施設が続く。


「ワースさんは、どこをどう変えればいいと思ってるんですか?」

「えぇ? ああ、あれか、うむ」


 一瞬驚いた表情のワースさんを見て、言葉が足りなかったと反省。

 だが、すぐに気づくと、あちこち指差しながら急に雄弁になった。

 戦記ものの物語を読むのが好きなワースさんにとって、町とは、防衛戦のために作られなければならない。そう考えた時に、キノーワは全く使えない都市だ。城門から大きな街路がまっすぐ中央まで続けば、敵の大軍がそのまま突っ込むことも可能。これでは防衛戦も何もない…というわけだ。

 ワースさんの理想は、迷路のように入り組んだ路地に、隠された拠点を設置して…と、まぁ俺でも思いつきそうな感じだ。そして、その理想が実現されれば、この町はものすごく不便になる。


「商人とワースさんは相性が悪いんでしょうねー」

「戦記小説と商人は相容れないものだな」

「ものは言いよう…というか、もう着きましたよ」

「お前が無駄話ばかりするからだ、コーイチ」


 いつの間にか中央広場を過ぎて、支部の建物に着いていた。

 まぁいいか。ワースさんのおかげで、余計なことを考えずに済んだ。いや、ワースさんのおかげなのか?



 …………。

 ……………。


 支部で何があったか、別に細かく聞きたくもないだろう?

 俺も面倒くさいので省略する。ただ…。


「衛兵も案外信用できないんですね」

「上司として反論したいが、残念ながら同感だな」


 とりあえず、あの件は我々が調べるから、お前たちは任務に戻れ―――。

 とても好意的に説明すれば、そういうことになる。

 しかも支部からは、業務補助の人員まで派遣される。至れり尽くせりだな。


「あの時も、ワースさんが選んだわけじゃないですよね?」

「俺はお伺いを立てるだけだぞ。中間管理職ってのは大変なんだ」


 まさか、あの書類を放り出した奴を再び送り込もうとはなぁ。

 というか、あの人は共犯なのか? 違うだろうな。もしも共犯者だったら、あれだけは自分で処理して去ったはずだ。ということは、単なる監視役のつもりなんだろうけど、正直言って役に立つとは思えない。


「気分転換に、キノーワ防衛の方策でも考えましょうか?」

「絶望的過ぎて、気分転換にならんな」


 ため息をつきながら街路を歩く。

 防衛戦なんて絵空事であってほしいが、衛兵がこれではなぁ…と、却ってモヤモヤする。




 その日は結局「業務補助」は来ず、俺たちはいつも通りに仕事をした。

 そして六時過ぎに帰宅。

 途中で何だか不審な気配を感じたが、気のせいだったかも知れない。


「ただいま。今日は疲れた」

「おかえりなさい。愛しのあ・な・た」

「な、な、なんだよ」


 いつも通りに屋敷の扉を開けると、なぜか美由紀は駆け寄ってきて、そして俺の手を取って自分の頬につけた。そのあまりの行動に、俺の頭は思考を止めた。

 ……………。

 語り手が思考を止めると、話は進まなくなるわけだ。



「とりあえず、本日の報告をするぞ」

「はい」

「相手側はもう気づいて動いている。衛兵にも息のかかった奴はいる。以上、報告終わり」

「一日でそこまで分かってしまうなんて、さすが弘一ね」

「当事者なんだから当たり前だろ」


 彼女の態度は相変わらずよく分からないけれど、俺は腹が減っていたから、伝えるべきことを簡単に伝えて、スープを飲む。いつもながら、口に入れた時にちょうどいい、絶妙の温かさ。

 たかが食事に、こんな大魔法を使っていて、そしてそれが当たり前になっていること。冷静に考えてみれば、とんでもない話だ。


 ―――――魔法というもの。

 そもそも使えもしない俺は、これまでは曖昧に知っていただけだったが、王都でいろいろ教えてもらった。


 そもそも王都で会った衛兵隊長や一流の冒険職などは、全員何かの魔法が使える人たちだった。というよりも、魔法が使えなければ、あの地位にはなれないと考えた方がいい。

 多くは回復魔法、また暗闇で明かりをともすような魔法、水を出す魔法などで、戦いに使えるような力を持っているのは、イデワ王国全体でも数人だ。基本的には国軍に所属、冒険職は三人の一級だけ。まぁ、美由紀を数えなければ、だが。

 不幸中の幸いといえるのは、魔法が使えるかどうかは、必ずしも先天的なものではないということだ。とはいえ、全く脈がなさそうな所から、努力でどうにかするのはほぼ無理と言っていいようだが。


 それらを知った俺が、改めて思うこと。美由紀の能力は、完全に次元が違う。

 そもそもこのスープ。ずっと、保温だと思っていたが、それは全くの誤解だった。いや、誤解していたままの方が良かったとも思う。

 ―――――――保温ではない。時間が止まっているのだ。

 こんな力を持っていることは、間違いなく俺しか知らないはずだ。時間を操れる能力なんて、あまりに危険。そんな能力を食事に使うなど…。

 …………。


「ずいぶん今日は難しい顔ね」

「いろいろ考えることがあるからな」


 信頼している。美由紀に対して、それだけは確かだ。

 もう俺は普通じゃないのかも知れないな。




 昨日に続いて、夜遅くにイズミがやって来た。今日もしっかりネグリジェ。その魂胆が透けて見えるようになったら、衣装の透け具合なんて気にならなくなった…などと口にはしない。要らぬ反撃を招くだけだし。

 そして――――。

 今夜は自分の部屋で寝るようにと、美由紀に告げられた。その瞬間のイズミが、まるで死刑判決を受けたような表情だったのは、さっさと忘れてしまいたい。

 俺の側室だとか適当なことを言ってるが、どう考えても美由紀の正室狙いだろ、こいつは。


 そんなわけで意気消沈の伯爵令嬢が揃ったところで、俺からは本日の首尾を、さっきと同じく簡単に伝える。続いて美由紀から。


「とりあえず、こんな感じね」

「お姉様、さすがです」

「お前を敵にまわすとこうなるんだな」


 ベッドの上に無雑作に放り出されたのは、キワコー家にあった契約書類一式。どんな盗賊も、こんな手口は使えまい。

 そこには、ギケイからの書簡も揃っている。そして、鉱石を売り払った代わりに、彼がショーカから得ようとしたものの名も書かれている。


「弓矢、鎧に盾、武装ばっかりか」

「じゃあ弘一くんに問題。いったいこれらは、何のために購入するのでしょうか?」

「ふざけてる場合かよ」


 自国の王族が、隠れて武器を買い漁っている。そこから導き出される推測なんて一つしかない。思ったより事態は深刻なのかも知れない。

 しかし、イズミは心配…というよりは、不思議そうに書類を見つめている。


「お姉様。あの無能な閣下に、叛乱なんてできるでしょうか?」

「無能な閣下って、言い方…」

「できないと思うわ。無能ですもの」

「いや、だから」


 二人とも言いたい放題だった。

 美由紀が心配していないのは、まぁ分からなくもない。いざとなれば自分が乗りだす…というなら、俺だって心配しない。イズミは侮りすぎな気がするが。

 で、現時点での美由紀の分析は、以下のようになる。

 まずギケイの人脈と人望では、叛乱を起こすほどの人数は集まらない。そして、これらの武器を揃えても、国軍にも衛兵にも太刀打ちは難しい。その上、既にウミーヤが離脱、キワコーもお金を得れば同じく離脱が濃厚で、どちらもギケイが王になることなど望んでいない、と。

 さらに、武器を提供しているというショウカの側も、ギケイが王になることは望んでいないと断言する。


「なぁ美由紀。いくら無能でも、もう少し賢く動くんじゃないか? 叛乱できそうもないのに武器だけ集めるって、取りつぶしてくれって言うようなものだろ?」

「そうね。貴方、頭いいわね」

「……やはり弘一は、コーデンの下で働くべきですわ」

「どこからそんな話になるんだ」


 誰だってそれぐらい分かるだろう、と美由紀を見る。そして、ネグリジェのすき間からアレが見えそうになっているのに気づき、慌てて天井を向く。悪趣味な竜と目が合って、おかげで萎えた。ありがとう、ついでに安らかに眠れ。

 勝算のない、稚拙な戦略。協力者は全員裏切る可能性大。

 そこで美由紀は――――、全く予想していなかったことを言い出した。


「一つ、疑ってることがあるの。もしかして、これもイベントじゃないかって」

「イベント…って、イズミがやられたあれか?」


 まさかザイセンが夜な夜な抜け出して…って、何だろう、想像すると気持ちが悪い。やっぱりあれか、イズミとザイセンでは好感度が違う? いや、そんな問題じゃないだろ?


「まさかイベントが一種類だけだと思ってる?」

「思うも何も、あれがイベントだったというのは、お前にしか分からないだろ」

「まぁ、今はそうかもね」


 どうやら伯爵令嬢…みたいなものとは別に、王国に危機が…的なやつもあるという。迷惑極まりない話だ。いや、しかし…。


「イベントというのは、こちら側に影響を与えないんだよな?」

「本来はそう。でも今はたぶん、壊れた状態だから」


 例の「神」が散々だったと告げたのは、イズミのイベントを美由紀が妨害したからではないらしい。

 既に「ゲーム」は壊れている。

 壊れているのに、予定されたイベントだけは開催される。そこから問題が生じているのではないか、と。


「ギケイさんが密輸でお金儲けすることと、武装して叛乱を企てることは別だったのかも」

「うーーむ」

「もっと複雑な経緯があるかも知れないけど。どっちにしても、イベントが絡む部分は私が調べてみるしかないわね」

「ということは、またあれとも敵対するのか」


 正直言って、あれ――神――と美由紀が関わることはあまり賛成できない。彼女が冷静でいられず、しかも唯一勝てない相手なのだ。仮に同じ能力だとしても、向こうの方が経験豊富。心配だ。


「貴方を本当に取り戻すまで、私はあいつと戦う」

「お前が危険な目にあうなら、取り戻さなくてもいいだろ? だって今の俺は…」

「あのー、お二人とも、もう一人ここにいるのをお忘れではありませんか?」


 ………イズミが苦笑いしながら、こちらを見ていた。

 はは…は…。俺は何を言おうとしているんだ。


「イズミにもお相手が必要ね。探してあげようか? それとも…」

「自分の目で探してみたいです、お姉様」


 うまくごまかしたな、美由紀。おかげで余計な目標が一つ増えてしまったが、イズミを籠の鳥状態から解放するのは、既に既定路線だからな。

 そして、どうやって解放するのかも、ほぼ道筋は見えている。イズミは太郎兵衛さんの後継者なのだから、太郎兵衛さんが創立者の学校、キノーワアラシ学園に入学すればいい。

 一応、あそこは十歳から入学する学校らしいが、最上級生は二十歳。さらに優秀な学生は、研究補助として在籍できるようだ。イズミが二年通って、研究補助まで進む頃には、きっと男女の知り合いも増えているに違いない。

 もちろん、創立者の孫でしかも後継者だ。そんなあからさまな権力者が入学したら、学校側が困る気がする。いやしかし、イズミは俺と対等に接するような女だし、その辺は心配ないだろうか…っと。

 いつの間にか、女性二人の視線がこちらに向いている。


「昔から、弘一ってお父さんみたいなこと言う人なのよ」

「同感ですわ。なんだか親に叱られてるみたいで…」


 そ、そんなことあるわけないだろ…とは口に出せず。心の中で検討していたはずだが、どうやら声に出ていたようだ。

 おせっかいか? おせっかいだな、確かに。俺なんか及びもつかない怪人と、聡明な伯爵令嬢だ。俺がぐちぐち考えなくとも…。




「では今夜はこれで戻ります。お姉様、今夜は仲良くなさってくださいね」

「いい子ね、またおいでなさい」

「はい、お姉様」


 結局、俺が余計なことをぶつぶつ言ったせいで、話が途切れて終わってしまった。

 イズミは特に抵抗することもなく、帰って行く。いや、抵抗はしなかったが、美由紀としばらく抱き合っていたけどな。同性同士って、そんなに抱き合いたいものだろうか。少なくとも俺は、衛兵の誰とも抱き合いたくはない。どうでもいい?

 そうだ、どうでもいい。

 どうでもいい話をしていることには、もちろん理由がある。


「弘一はやさしいの」

「そんなことはない」

「やさしくしてほしいの」

「………………………」


 いったい何を言っているんでしょうか。

 キノーワの看板は、ここに置かれているだけなのだよ。


「お……、おやすみ。美由紀」

「ふふ。私より先に眠って大丈夫なのかな?」


 何かまだ声が聞こえてくるけど、俺は知らない。そう、先に寝てしまえば何も起こらない。そうだろう? そうであってくれ。


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