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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第五章 遺したもの、拾ったもの、壊したもの
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三十五 未来の共同管理者?

「おはよう、弘一くん」

「ん……って!」


 翌朝。目を開いた途端に大画面で飛び込んでくる…。


「二度寝しないで」

「これは二度寝じゃないからな!」


 頼むからいきなり顔近づけないでくれ。心臓が止まる。



「今日もお仕事頑張ってね、あ・な・た」

「へいへい」


 同じ部屋で眠ってしまった朝。

 誓って言うが、ただそれぞれのベッドで眠っただけだ。眠っている間に身体が勝手に動いたとかいうなら別だけど、今のところ、そんな特殊能力は有していないはず。

 ――――そもそも、あそこで涙を見せられてしまって、正直言えば何をどうしていいのか分からなかった。


 それでもあちらさんは、ものすごく機嫌がいいようだ。おかげでいつにも増して朝食は豪華だし、味も素晴らしい。なんだろう、こうやって既成事実を積み上げられていく感覚。


「今夜はイズミが来るから。それと、昼の間にウミーヤさんも」

「本当に譲るのか?」

「貴方が欲しいと言うなら、残しておくけど」


 俺はあの物置部屋なんて、扉を開けただけで、足を踏み入れたことすらない。だから、そんな殊勝な発言をするわけはないが、犯罪者に返すという行為にはやはり抵抗がある。

 あれ? そういえば。


「今気づいたが、どんな悪いことをしていたか聞いてないよな?」

「知りたい?」

「あ………。今夜にしてほしい。それから、お前が俺に語っていいと思うなら、教えてほしい」

「なら、イズミと一緒に聞くといいわ」

「……すまない」


 衛兵として、知っていいのか分からない部分もある。何だかんだ言っても、美由紀は俺よりずっと頭がいいから、ちゃんとそういう配慮もしてくれる、か。

 何が既成事実だ。

 既に、すべて頼りっきりだっていうのに。




 衛兵の仕事はいつも通りだ。

 ワースさんからも、特に話はない。というか、少なくとも次に子爵の荷物が来ない限り、南門では何も動くことはない。

 すべては平穏に過ぎていく…はずだった。


「聞けコーイチ!」

「何だよ、今度はどこの国の御令嬢だ?」

「ふっ。俺を誰だと思っている。いつまでもあんな嘘に引っかかるような男ではない!」


 カワモはいつも通り、平穏を乱してくる。いや、これが平穏なのか? 次から次へと相手を発見する、その旺盛な探求心には素直に感心する。

 なお、今度のお相手は商人の娘だそうだ。例によって、あの指輪を高々と掲げながら自慢されると、さすがにイラッとする。いっそ、俺の寝室が変わったことでも教えてやろうかとも思うが、それは一時の気の迷い、絶対にしゃべれば俺自身に甚大なダメージがあるだけだよな。


 そのまま一日は終わる。結局、子爵の一行は来なかった。まぁ、前回来てからまだ数日だから、いくら何でも早過ぎるのだろう。

 それとも、気づかれた可能性が? 例の書類は、今朝向こうに届けられたらしい。特に書類には何も細工はしていないが。

 五時に詰所を引きあげて、帰宅する。

 賑わう屋台街を眺めながら歩く。美由紀と同居してから、すっかりご無沙汰になってしまった。でも、王都の屋上で食べたのは、何だか妙においしかった。一度ぐらい、美由紀と食べに来るのも…って、何を恐ろしいことを考えてるんだ、俺は。




 ……………。

 そうして今、中央広場にいる。

 なぜ?

 少し帰宅が遅れても問題ないような時間だった。そんな理由?

 カワモが拝んだ相手をからかいに来た?


「俺一人の時には、出て来てくれるのか?」


 噴水の前。キノーワ神に話しかける。

 カワモの話がなければ、今日来ようとは思わなかっただろう。それに、何だかんだと神頼みの対象だと再認識したのも事実。


「まさか貴方に呼び出されるとは思いませんでしたよ。小牧弘一」

「俺も、神さまと話すなんて思わなかった。それで単刀直入に聞く」

「貴方は神と呼んでおきながら、そこに敬意というものがありませんね」

「管理者なんて呼ばれりゃ仕方ないだろう」


 そして会話している。

 いつからこんなに腹が据わってしまったんだ、と自分に呆れながら。


「まず、俺はアンタが連れて来た者なのか?」

「……そうだ」

「何のために?」

「この星のために」

「正気か?」

「正気だ。貴方だけではない。異なる文明の者を求めていた」


 俺がしゃべっている今も、周囲は多くの人が行き交っている。

 夕暮れも近い広場だから、子どもはいない。若い男女はいる。

 そして誰一人、こちらを見る者はいない。


「それなら、なぜ記憶を奪った」

「無用の混乱を避けるためだ」

「最初は…、中途半端に奪ったのだろう?」

「………その通りだ」

「勝手な話だな」

「そうだ。ただ…」


 神が語る真実?

 別に俺は、そこまでこの対話に価値をおいていない。


「ここに呼んだ者たちには、住処を移したいという希望があった。小牧弘一、貴方にもそれだけの理由はあった」

「……それは、同意したという意味か? そう憶測したということか?」

「……………同意は得ていない」

「なるほど、よく分かった。美由紀がアンタを許さない理由も」


 美由紀は信じられる女だ。だから、嘘をつかなければならない問題があるならば、黙って口にしない。

 それはそれでいいと思ってはいた。

 ――――けれど。

 前へ進むなら、得られる情報を遮断してはいられない。


「最後に、念のために聞く。神さま…管理者は、美由紀本人なのか?」

「何を言っているのですか、貴方は?」


 その時の返答は、本気で驚いているような声だった。

 やったぜ俺。神とやらを驚かせたぜ。

 なんてね。


「同一人物なのか、分身なのか…」

「……なるほど。小牧弘一。貴方は大したものです」

「誰だってそれぐらい考えるさ」


 管理者の策謀を美由紀が邪魔した。

 それは管理者の使った魔法か何かを、美由紀がすべて無効化した。その一方で美由紀は、管理者が行使した魔法を自らも行使した。

 もちろん、美由紀と管理者は互いを知っている。ここまで条件が揃えば、突飛ではあっても思いつかない話ではないはず。


 しばらく、無言の時が過ぎた。

 困ったことに管理者の姿は見えない。いや、目の前には石像があるけど、動きもしない像なんて、いないのと同じことだ。


「貴方は正直言えば、既に知りすぎている。それはミユキの責任でしょう」


 やがて、再び聞こえてきた声。

 さっきより少し低くなった。まるで怒っているように。神さまも怒るのか。そうか。


「私とミユキは、残念ながら別人です。ただし―――――」

「親戚か?」

「ミユキは、私が持っていた管理者の力の一部を奪った者。存在してはならない者…ですよ」


 ――――――なるほど、ね。

 その返答は、たぶん予想していた。ただ、知ってしまうことの重みを、今の自分はどこまで感じているのか。感覚として、それは掴めない。

 俺はそれでも、黙って引き下がることはできない。


「その論理なら管理者、アンタも存在してはならないんだな」

「私はこの星を委ねられた」

「俺なら…」


 一度大きく深呼吸して、告げる。


「俺なら、美由紀に委ねる」

「…一つの意見として承りましょう」




「ただいま」

「あら、何事もなく帰ってきたの?」

「帰ったらまずかったのか? ならもう一度…って!」

「ごめんなさい。あ・な・た」


 不穏な台詞を吐かれたので出なおそうとしたら、腕を引っ張られた。

 触られた瞬間にびくっとする。

 残念ながら俺にはもう分かる。彼女は朝のようにはしゃいで……などいない、と。


「管理者に会ったのね」

「さすがに分かるか。…カワモが新しい彼女を見つけたお礼に行った。聞いていただろ?」

「聞かないわ。聞きたいと思う?」


 管理者と美由紀の関係を確認した。当然その質問自体、同一なら美由紀に伝わると覚悟した上でのこと。

 それ以前に、離れていても俺は美由紀に保護されているのだ。管理者と接触する事態に気づかなければ、保護する意味などないに等しい。

 …そんな彼女でも、情報を遮断するのか。


「お前が管理者の力の一部をもっている。それは聞いた。だからお前を次の神さまに推薦しておいた」

「推薦って…」


 深刻な顔をしても仕方がないので、淡々と事実を伝える。

 実際、俺自身は何も感じていない。仮にそれが実現して、この星がどうなるのか? そんな難しい未来予測ができるわけないだろう。

 美由紀は、珍しい表情でこちらを見つめている。呆然とした、という感じの顔で。


「管理者も思ったでしょうね。貴方は恐ろしい人だって」

「そうか? 深く考えてないだけだ」

「確かに思いつきで動きすぎだけど」


 そのまま話は途切れた。

 美由紀は黙って夕食をテーブルに並べ、俺もそれを手伝う。

 そう言えば、これもカワモの妄想噺の定番だったな。新婚の二人は食事の準備をしながら…。


「良からぬことを考えてるの?」

「あ、いや」

「実行していいのよ。ああ、それとも今度カワモさんに教えてもらおうかな。こういう時は何をするものなのかって」

「そ、そ、それだけはやめてくれ!」


 悪戯っぽく笑う美由紀は、そっと俺の手を取って―――。


「これなら倒れはしないでしょ?」

「ギリギリ…だな」


 温かい感触。

 彼女は俺の手のひらを、自分の頬に押し当てた。そして目を細めながら恐ろしい台詞を吐くのだった。


「貴方と共同管理する未来…なの?」

「こ………この屋敷なら、そうかも知れないな」

「ふぅん」


 ようやく俺は、自分がとんでもない提案をしたことに気づく。

 いや、あれだよな? 俺は神さまじゃないから対象外だよな? 答えろ管理者!




「お姉様、ああ今日も会えて嬉しいです」

「いらっしゃいイズミ。貴方も可愛いわ」

「あぁん、お姉様…」


 身体も洗ってあとは寝るだけ…の状態になった深夜、例によってイズミが現れる。美由紀の…、二人の寝室の鏡がゲートになっている。鏡から異界に行く物語はいろいろあるが、ここをゲートにしたのは単なる気分で、ゴミ箱だろうが干からびた竜の口だろうがどこでもいいらしい。

 うむ。そこはかとなく悪意がこもった気がする。やって来るなりじゃれ合う様子を見せつけられたら、仕方ないだろう。


「あら、キノーワの看板だわ。ごきげんよう」

「部屋の中に看板は立てない」

「あら、キノーワの看板がしゃべったわ」

「…………」


 口喧嘩では勝てない相手なので、さっさと抵抗はやめる。美由紀に毒されて、日に日に口が悪くなっていく…と口にすると、何をされるか分からないので黙る。

 ちなみに、キノーワの看板は、よりにもよってワイトさんが美由紀に言ってしまった。おかげで、腹黒女二号に格好のエサを与える結果となったのだ。え? 腹黒女一号は誰だって? それは言えない。


「じゃあ今日の密談を始めるけど、弘一?」

「な、なんだ?」

「どこ見てるの? まだ鏡に用がある?」

「…………」


 分かってて言ってるだろう、美由紀。

 ここは寝室だ。俺も寝間着に着替えているが、美由紀はもちろん目に毒のネグリジェ、それだけでも十分にきつい。

 で。

 イズミもネグリジェ。おかしいだろ。若い男がいると分かって、なぜその格好なんだよ。


「弘一、貴方に見られても別に気にしませんわよ」

「そっちが気にしなくても俺が気にするだろ。お前なぁ、婚約者でもない男の前でそんな格好は…」


 その瞬間、枕が投げつけられた。

 はっとする。


「悪い。今のは俺が悪い」

「一般論として受け取っておくわ」

「早くいいお相手を探さなきゃ。イズミは可愛いんだもの」


 美由紀は余計なことを言いながら俺に頭を下げさせた後、和解の握手をさせようとする。

 何というか、あれだ、握手というのは男女が手を握ってしまうではないか…と、俺は無言の抗議をするが、無視される。イズミに嫌な顔を見せるわけにもいかず、苦し紛れの笑顔で手をのばす。

 イズミは平然と握手した。

 考えてみれば、伯爵令嬢。客人と握手するぐらいはお手の物だった。緊張して損した気分。



 そうして、改めて密談の時間。

 まずは美由紀が、現状を整理して教えてくれた。


「ギケイ閣下はショウカを後ろ楯にしているわ。その代わり、鉄鉱石などを向こうに送っているの」

「ショウカ? 余所の国に頼るのか」


 ショウカはイデワ王国と境を接する隣国。美由紀の巨大竜退治の時の四ヶ国の一つだ。

 イデワと特に仲は悪くないはずだが、裏ではそんな関係が…。


「閣下は王位奪取を狙ってるんでしょうけど、向こうは協力しないと思うのよね」

「それは希望的観測が過ぎないか?」

「希望的観測といえばそうだけど、今はどこも戦いたくないのよ」


 美由紀は二年前にショウカにいた時期があるらしい。イデワとは地続きで交流もあるから、もちろん似たような国だが、彼女にとってはイデワの方がマシだという。政治的な部分は、正直言って俺の理解を超える。とりあえず、イデワがマシというのは、以前も聞いた話だ。

 要するに美由紀の見立てでは、向こうから甘い話を持ちかけられて、資源だけ奪われているというところか。


 ギケイは王族のコネで、ショウカの王族に通じて話をもちかける。で、キワコーが実働部隊となって、鉱石などを密輸する。その際には偽の荷物を国内から調達した形にして、国境近くで差し替えている。ウミーヤは、その鉱山の持ち主だった。

 するとあれだ。俺たちは積荷の検査をすることで、偽物にお墨付きを与えていたことになる。まるで共犯者じゃないか…。


「まさか、衛兵側には共犯はいないよな?」

「さぁ。まさか弘一が?」

「ええっ」

「イズミは、もう少し演技力を上げてもらいたい」

「上げたらまずいんじゃないの?」


 むむ、そうか。衛兵側の内通者がいるとすれば、第一に俺が疑われるのか。そうだよな、俺がだいたい処理していたのだ。

 そして、あんな安直な手でごまかされていたという事実もいろいろ恥ずかしい。


「じゃあとりあえず、秘密会議には密偵が紛れているので、すべて相手方に筒抜けという前提で進めましょうか」

「さすがお姉様、その慎重さは見習わなくては」

「絶対に見習うなよ。誰だよ密偵って」


 いちいち顔に出る男に誰が密偵なんてやらせるかって。

 それ以前に、もしも頼まれたって断わるぞ。美由紀相手に隠せるわけないだろう。


「それで…、上にはいつ伝えていくんだ? 公爵には…」

「………………」

「密偵ごっこはもういいだろ?」

「お姉様、弘一が涙目になってますわ」

「惚れるでしょ?」

「いいえ、全く」

「その話題、要らないよな!」


 冗談はさておき、確実な情報と証拠を揃えて、公爵に送る。そして、後は向こうにお任せという感じのようだ。まぁそんなとこだろうな。

 こうしてギケイ失脚、晴れて婚約も破談、めでたしめでたし。そんなうまく行くか?


「うまくいかなければ、別の方法をとればいいんじゃないかしら」

「相変わらず怖いことを言う子ね、イズミは」


 にやりと笑うイズミを思わずまじまじと見つめてしまった俺は、その首から下に気づき、慌てて目をそらす。美由紀の七割ぐらいの大きさでも、世の中では十分アレだ。いくら何でも無防備過ぎるだろ。

 ただ――――。

 こいつ一人だったら、一緒にいるのは厳しすぎるが、今は隣にいるからな。

 いつの間にか、美由紀とそれ以外という区分が出来上がっている。それをイズミは感じとっているだろう。枯れた爺さんより安全な男がここにいる、と。


「ところで弘一。貴方は自分の身を心配した方がいいと思いますわ」

「はぁ?」

「密輸の問題が明るみになった時、貴方が情報源として疑われるのは当然でしょう」

「………………」


 イズミの指摘はその通りだ。というか、それは密偵説を裏返しに捉えただけ。向こうは俺…というより美由紀の実力を知らないのだから、最初に疑われるのは俺しかいない。おお、俺は狙われてしまうのか。


「全然慌てないのね、呆れた」

「我ながらそう思う」


 慌てようがないだろう?

 あの得体の知れない超常の存在から俺を護れるような女がいるのだ。王都で会った衛兵隊長や一級冒険職にも及ばない連中に襲われたところで、正直何も感じない。

 え? 虎の威を借る狐? その通りだぜ。


「お姉様…」

「弘一の心配なんて必要ないわ。イズミはやさしい子ね」

「はい……。あの…、今日はこのまま…」

「困った子ね。まだ弘一も潜ってきてくれないのに」

「お姉様…、いい匂い」


 ――――――――――――実況しないからな!

 ともかく、諸事情により会議は自然流会となった。今日の結論はあれだ、イズミはいっそ、カワモ辺りとお見合いでもしたらいいんじゃないか。いろんな意味で世界が変わるだろう、きっと。


※次の更新は4月になりそうです。ブックマーク、評価ありがとうございます。まだ途中ですが、感想もあればぜひ。

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