表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神は俺を奪還する  作者: UDG
第五章 遺したもの、拾ったもの、壊したもの
35/94

三十四 なくて七癖

 深夜まで残業した翌朝。せめて時間ギリギリまでは寝かせてほしい…という切なる願いは、簡単に打ち砕かれたのであった。


「とりあえず着替えて。手伝おうか?」

「恥ずかしいのでやめてほしいと懇願します」

「何を今さら」


 女神の微笑みで起こされた俺は、いろいろあって一人で着替えたい気分だった。分かるだろ! 男なら分かるだろ、あの湧きあがる熱いマグマをっ!

 …………。

 青春の主張をしている場合ではなかった。急いで着替えよう。

 当たり前だが、今日も門番だ。さすがに制服ぐらい一人で着れるぜ、やったぜ俺。



「お初にお目にかかる。ウミーヤという」

「え、あ、あの、小牧弘一…です」


 下に降りてみると、まさかの来客だった。

 というか、ウミーヤって、その、あれか?


「キノーワには昨日来られたそうよ。伯爵家にはこれからでしょう?」

「ええ。幸い、門前払いにはならずに済みそうです」

「伯爵もご心配なさってましたから、きっと喜ばれるでしょうね」

「はは…、お恥ずかしい話ですな」


 俺が職場に行くまでのわずかな時間、ウミーヤ元子爵と朝食を共にした。

 そう、隣でむしゃむしゃとパンや卵焼きを食べているオッサンは、この屋敷を立てた主だ。破産して屋敷を売り払って姿を消したという元主。その際に爵位も剥奪されたと聞いている。

 今の身なりは、こざっぱりとしたシャツとズボンで、どこかの商人みたいな姿をしている。背丈は美由紀よりやや低いぐらいだが、妙にひょろ長な印象なのは、たぶん頬が痩せこけているからだろう。

 食べっぷりをみても、ちゃんと食事を取っていないように見える。


「はは、しかし君が住んでいるとは思わなかったよ、コマキ君」

「えっ? お…、私のことをご存じでしたか?」

「門番でいつも書面を担当していただろう? 知らないはずがないさ」

「そ、そうですか」


 しかし、やつれている感じではないよな。頭もしっかりしているし。

 ちなみに、元子爵は基本的に南門を利用しなかった。領有していた鉱山などは西の方にあったから当然なのだが、時々書面だけまわって来たのを憶えている。ふざけるなよと思ったものだが、あれはもしかして子爵が意図的にやらせたのか? そんな悪い目つきをしている。


「まぁヨコダイ様と君が住むというなら、この家も本望だろうさ」

「置かれたままの収集品はどうしますか? ウミーヤ様」

「ヨコダイ様、どうか様付けはおやめください。それに、ここに残したものは屋敷の一部、願わくば末永く可愛がっていただければ」

「倉庫の中は、まさか屋敷の一部ではないでしょう? そちらに置くだけの場所があるなら、運んでもらってもいいですから。ウミーヤさんの新居への贈り物、でどうですか?」

「そ、それは……」


 屋敷を取り返しに来たのかと思ったが、どうもそういう気はないらしい。昨夜と今朝と、美由紀との間では平和裡に交渉が進んでいるようだ。

 美由紀が言っている収集品とは、一階にある開かずの間の一つを埋めている木箱のことだ。何が入ってるのか分からない大きな木箱が多数。一応、美由紀の能力で、呪具みたいなものはないと確認したが、はっきり言って邪魔でしかない。いや、二人しか住んでいない現在の屋敷では、半分ぐらいの部屋は開かずの間だし、本当は邪魔だとも思っていないが。

 元子爵は、あの木箱も屋敷の一部として売却したわけだから、現在の所有者は美由紀ということになる。だから、引越祝いという名目で返還しようという。

 ウミーヤさんは目を見開いて、大きくうなづいていた。どうやら彼にとっては価値があるらしい。こっちは厄介払いできるし、言うことなしだ。

 ………。

 いつの間にか、この屋敷を俺は自宅と認識していたんだな。いや、これも今さら、なのか。




「昨日は噴水の広場で祈って来たぜ。せっかく指輪ももらったからな」

「あそこで祈ると何かあるのか?」

「コーイチはいいよなぁ、拝む必要もなくて」


 所変わって、楽しい職場。今日も勤労に励む我々である。

 カワモ大先生が、例の噴水で何を祈ったかは聞くまでもないし、特に聞きたくもない。そう言えば、美由紀も何か願っていた気がするが、そちらも思い出したくない。

 そもそも、拝む相手はあれなんだろう? カワモの願いなら聞いてくれるのか? 人類にとっての頼れる存在だとは到底思えないが…。


「ではカワモ、新たな出逢いに期待して整理してくれ」

「何の出逢いだよ。菜種油か? 岩塩か?」


 たまっている書類を片づけていく。何だかんだと、いいコンビだ。文句を言いながらも、手慣れた様子で仕分けてくれるから、こちらの作業効率も上がる。


「俺がいない間も手伝ってたんだろ?」

「いや。一人でできると言ったからな、奴は」


 俺が留守の間に派遣されていたのは、四十歳ぐらいの事務職だった。いや、俺も引き継ぎで顔は合わせている。気難しい雰囲気で、いかにも事務作業の鬼って感じの人ではあった。

 ただ…、いろいろな事情で仕事はうまくいかなかったようだ。

 カワモたちを使えなかったのは、ある意味では仕方ないのだろう。畑違いの門番、それもほとんど面識もない相手を指揮下に置くのは難しい。それに、俺たちは何となく役割分担しているだけで、誰かに命じられているわけじゃない。同じようにふるまうのは不可能だ。

 まぁもう一つ、イデワ文字に苦戦したらしいが。荷札のイデワ文字は独特だから、ただ文字を知っている程度では対応できないだろう。


「こんな文字、俺だって読めるけどなぁ」

「言っておくがカワモ、これが読めると本当のイデワ文字が読めなくなるぞ」

「本当のねぇ…。失われた文明の何たらだっけ?」

「お前の好きなやつだろう? 生き残りの姫には遭ってないのか?」

「ちっ、コーイチはいいよなぁ」


 書類に書かれているのは、商人たちが勝手に形を変えた文字ばかり。勝手に…というか、半分は暗号みたいなものだから、交わる機会がなければ覚えようがない。そして、これに慣れてしまうと本来の文字を忘れてしまう。

 ……………。

 確かに、こんなことを言える俺はおかしい。何が本来の姿なのか? この世界には、そもそも確かめる術もなかった。それこそ、生き残りの姫でも見つからなければ。

 今は…、姫はいないが怪人はいる。

 そして、もしも俺が過去の記憶を取り戻したなら、二人目になるだろう。相変わらず、自分に亡くした過去があるなんて、想像もつかないが。


「あれ?」

「なんだコーイチ。糞尿を放出する気にでもなったか?」

「もよおすたびに驚くのか、俺は。というか糞尿って言うな」


 ふと目にとまった書類に、何か違和感が。

 しばらくじっと見つめて、気づく。


「やばいぞ、カワモ…」

「なんだ? 漏れるならさっさと行けよ」


 カワモの渾身のボケも無視してしまうほど、重大な問題に俺は気づいてしまったぞ。

 さぁ困ったな。これは俺には解決できそうもない。


「ちょっとワースさんを呼んできてくれ。大至急だ」

「お、おう」


 俺の表情を見て、ようやく冗談を言う場合ではないと気づいたカワモが、走って上司を呼びに行く。

 その間に、処理を終えた書類の束から、ひとまとまりを取り出した。


「どうしたコーイチ。厄介事じゃあるまいな?」

「厄介事です。俺には判断できない性質の」

「…帰っていいか?」

「先に帰った方が勝ちでいいですか?」


 ともかく、上司の判断を仰ぐということで、ワースさんに二つの書類を並べて見せる。

 この二つは、ちょうど日付が二週間違う。積荷の主は同じ。そして…。


「出所と数は、一段ずつずれています」

「ふうむ…」


 そうなのだ。積荷の種類も、どこから運ばれたかも違うのに、数字の列は同じ。こんな偶然があるだろうか。

 それも、一段ずれているのがさらに怪しい。二週間空いていれば、いつもなら数字の列まで覚えていない。その辺を狙った、意図的な偽造書類なのではないか。


「しかし、この書類は…」

「キワコー子爵ですね。不本意ながらお…私も、貴族がどれほど厄介かは実感してきたので、あとは上司に丸投げします」

「堂々と言い切ったなお前」


 見逃せない問題ではあるが、一度だけでは根拠が薄い、という結論になった。偶然の一致だと言われれば、それまでだし。

 その代わり、該当の書類は控えを作っておく。次の書類を確認して、また検討するという話。


「貴族の中ではいい印象でしたが…」

「門番に悪い顔はしないだろう。そういう目的があるならな」


 ワースさんは、どうやら元から好印象ではなかったようだ。うーむ。

 …………。

 よし、忘れよう。

 そうだ。貴族のいざこざに巻き込まれては困るじゃないか。特にあれだ、我が家の怪人に知られたらどうなることか。




「弘一、隠し事があるなら少しは隠した方がいいと思うけど」

「え? 何のことだ?」


 とにかく、衛兵の仕事で見つかった些細な問題。そんなものを家庭に持ち帰らないのは、できる社会人の基本という感じで、全くそんな素振りは見せなかったはずだったが。


「左手で首を触る癖があるって、気づいてない?」

「…………今知った」


 美由紀にあえなくばれてしまう。

 そんな癖は本当にあったのか? 魔法で何か探ったんじゃないか? そう思いたくもなるが、指摘された瞬間に左手が首を触っていたのは紛れもない事実。そんな場所を普段から触るような俺ではない、とも断言できる。

 ああ俺は、隠し事の一つもできないのか。


「どうしても知られたくないなら、聞かないわ」

「それじゃあ、やましいことがあるようにしか思えないだろ」

「そう思う人もいるかも知れないかなー」


 ………完敗だった。

 で、生命の危機と引き換えに隠す気も起きないので、すべて打ち明けた。現状はあくまで様子見だと、何度も念押ししながら。

 美由紀は、別にからかうわけでもなく、大人しく聞いていた。

 エプロンをつけた彼女は、あそこが目立たなくなるので、こちらもわりと落ちついて話せる。その代わり、実はエプロン姿は…、そう、絶望的に可愛い。表現の方向が間違っている気がするが、怪人がその瞬間だけ天使になったような感覚だ。時々目が合うと微笑んでくれるのが、これも天使だ。

 以前よりも慣れたせいか、微笑まれただけで気が遠くなることはない。どちらかと言えば、美由紀が放つ気を抑えてくれているんだろうが、いつまでも成長しない人間ではいけない…って、今はそんなことはどうでも良かった。


「衛兵の問題に手を出すほど、私は正義心に溢れていないから心配しないで」

「引っかかる言い方するなよ。まだ様子見だって」

「ただ、こちらはこちらでキワコー子爵のことは調べると思う。朝のことと関わるから」

「朝のこと…」


 すっかり忘れていた自分に呆れる。ウミーヤさんのことか。

 というか―――。


「あれは仕事の依頼だったのか? 美由紀」

「あのお方は挨拶に来ただけ。別に爵位にこだわりもないそうだし、私に頼むことはないと思う」

「ならどういう…」

「弘一。汚職も不正も、キノーワという小さな町にはおさまらないもんなのよ」

「前途有望な若者を送り出すみたいに言うなよ、頼むから」


 要するに、ギケイとの絡みらしい。ギケイ、キワコー、ウミーヤと、貴族間にいろいろあって、ウミーヤさんは追い落されたってことか?


「言っておくけど、ウミーヤさんは共犯者よ。途中で嫌になって逃げただけで」

「そうなのか。同情して損した」


 ギケイの密輸問題は、イズミの親のモリーク伯爵も、ある程度は把握している。ただし、三者が協力して大規模な不正を行っていたことは、さすがに知らないらしい。

 というか、何かの依頼でもないのに、なぜウミーヤさんがしゃべったのかという疑問が湧く。しかし、そこを指摘しても美由紀の返事は曖昧だ。つまりまぁ、そういうことなんだな。

 犯罪者でも貴族ならおとがめなし。それが貴族。美由紀はそんな奴にお宝を返そうと言ってたのか。なんだか腹が立ってくるぞ。


「それで、これからどうするつもりなんだ? まさか破談の材料にして終わりってわけはないだろう?」

「それ以上やったら私刑になるけど、いいの?」

「………いや。衛兵の端くれとして、それはさすがに」


 心のどこかに、私刑でもいいという思いもある。俺はそれぐらい、美由紀を信頼している。

 だけど、私刑は最終的には世界を崩壊させる。何をどうしたって、美由紀「だけ」に許すなんて選択肢はない。私刑だらけの世界なんて冗談じゃない。

 まぁ、そこは分かってるんだし、俺がどうこう言うことじゃないか。


「然るべき人たちに委ねられるよう、ちゃんと考えてるから」

「そうか。…なら良かった」


 相手が大物だから、対処できる存在も限られる。

 要するに、俺たちが王都で世話になった人たちだろう。


「安心するのは、委ねた後でいいと思うよ」

「お前は有言実行の女だろう?」

「ずいぶん評価が高いのね。なら頑張る代わりに、私からも提案していい?」

「無茶なヤツはやめてくれ」




 ――――――――しかし。

 口から生まれた女は、どんな対話でも利用するのだっ!

 だっ!!


「これは…」

「今さらでしょ。ずっと同じ部屋にいたじゃない」


 俺のベッドが、美由紀の部屋に移されていた。ぴったり二つ並べられている。これはもう…拒否できる状況ではないらしい。

 そりゃ確かに、旅行中は同じ部屋で寝泊まりしたさ。ただなぁ、王都ではいろいろ緊張し過ぎて、悶々とする前に疲れて寝てしまっていた。あれは特殊な状況なんだよ。


「やっと貴方の寝顔を眺めていられるのね」

「いや、それはできれば…」


 勘弁してくれ…と言おうとして、その先が出なかった。

 相変わらず谷間がはっきり見えるネグリジェで、ベッドの上に腰かけている美由紀は、泣いていた。

 シーツに水滴がしみをつけるほど、涙をこぼしていた。


 そんなバカなことがあるかよ。

 意地悪く笑顔を見せてくれよ、なぁ。


※5章開始です。しがない衛兵が陰謀に巻き込まれて、大変な目にあうのかもしれませんね(棒読み)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ