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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第四章 イデワ王国の地平
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三十三 帰って来た衛兵

「よく帰ってきたな兄弟! 王都の女は良かったか!?」

「久々に会った同僚に最初にかける言葉がそれかよ」

「ヨコダイ様、またお目にかかれて光栄です。ああ何と美しい!」


 ともかく、キノーワに帰還した二人。俺は翌日には衛兵勤務に復帰した。

 なお、今朝はまさかの同伴出勤だった。うむ、よく知らない言葉を使ってしまったが、店のねーちゃんに職場まで送ってもらうことだとカワモに聞いた。あれ、逆だったか? まぁいいや。店のねーちゃん扱いしたら、どんな目に遭うか分からない女だし。

 美由紀が同行した理由は言うまでもない。あれを渡すためだった。

 言うまでもないというか、あれをお土産にする時点で正気とは思えなかったが、彼女はワイトさん、カワモ、そして詰所にいた面子のなかで独身連中の指に、自ら挿していったのだ。

 もちろん結婚指輪ではないので、適当な指に通している。そもそもサイズも測ってないし、大半の奴は小指にしかはまらなかった。

 ちなみに、美由紀は他にもシャツなどを持参していた。ワースさんのように結婚している人には、まさか指輪を贈るわけにはいかないから…と、わざわざ用意していたものだ。マメな性格なのは感心する。むしろ、全員にシャツで良かった気がするが、ワースさんは指輪を物欲しそうに眺めている。


「こんな高価なものをいただいてよろしいのですか?」

「弘一がお世話になっている皆様ですから、どうかお気になさらず」


 指輪は新品のように光り輝いている。そして値段は確かに高かった。

 元々、指輪というものは高い。冒険職用の呪具には、金属板を無理矢理折り曲げたようなとんでもないものもあるが、それでも手持ちの呪具よりは高い。小型にして細工した手間賃が加算されるためだ。

 結婚指輪という風習もあるが、そういう指輪なんて基本的には貴族や金持ち商人ぐらいしか買えない。だから、指輪として形になっているだけでも、高価なものという形容は間違っていない。謳われるような効果は期待できないにせよ。

 ワイトさんも、まさか本気にしてないよな?

 カワモは…、ほっとこう。女性に指輪をはめてもらったという出来事に感動して、おお見よ、あの男が涙を浮かべているぞ。冗談だろ? 冗談だよな。唖然としているうちに、美由紀は去って行き、その後も詰所ではしばらく呆ける独身男たちの姿があったという。


「なぁ、やっぱりお前は死刑だな」

「隊長、やはり死刑にすべきです!」


 美由紀が魅力的なのは認めるさ。王都でも別格、並び立つ者なんていないさ。

 というか、キノーワは王都に全然負けていないぞ、たぶん。だからその胡散臭い指輪の力も借りて、女漁りに精進してくれ、カワモ。



 久々の勤務。余所の門番の仕事をいろいろ見聞してみると、キノーワの門番はそれなりに特徴的だと感じる。

 荷物検査は、間違いなく余所より厳しい。というか、余所では見せることしか求められていない感じだが、ここでは書面の検査が中心だ。たぶん目的が違うのだろう…とカワモに言ってみたが、首を傾げられた。


「じゃあ聞くぞカワモ。書面は何のために確認するんだ?」

「町に危険なものが入らないように…は、おかしいのか。ああそう言えば、町の商人を守るとか言ってたなぁ」

「誰が言ってたんだ?」

「うーーーん、誰だっけ?」


 どうやら支部の事務所で聞いた話らしい。そこそこ有力な情報だが、カワモは興味を持てなかったらしく記憶が曖昧だ。いや、ロクに考えもしなかった俺に、カワモを馬鹿にする資格はないが。

 念のためワイトさん…ではなく、ワースさんにも確認してみる。人選についての詳細な説明は避けたい。


「簡単な話だ。キノーワの商会からは、不自然な物の出入りを常に確認されているからな」

「不自然というのは、量が多いとか少ないとかですか?」

「まぁ俺たちに分かるのはその程度だな」


 キノーワは、他の町に比べて貴族と商人の力が拮抗しているらしい。余所では、貴族なら顔パスで検査なしなんてこともあるそうだから、思った以上に大きな違いなのだろう。

 もっとも、貴族側もしたたかで、中には在庫確認をさせる…って、要するに俺がやらされる書面じゃないか。うむむ。



「俺も王都に行ってみてぇなー」


 午後になっても仕事は山積み。

 そしてカワモは、ずっと指輪を気にしている。どうにか左の薬指にはめようと頑張っているが、はまるとすれば貴様が餓死する時だろう、とは口にしない。俺はやさしい同僚であった。


「馬車鉄道が通じたら行けるんじゃないか?」

「西門の方に出来るってやつか? というかコーイチは乗ったのか?」

「乗ったぜ。もうあれに乗ったら馬車なんて乗れないな」

「馬車鉄道は馬車じゃねぇのか?」


 絶妙に話が通じないのは、どちらかと言えば俺のせいか。まぁ、あんまり真面目に伝える気がないのも事実。ばいんばいんとゆさゆさとか説明しないだけマシだろ?

 カワモはタマスには何度も出掛けたと言っている。そもそもこいつの両親はガラワウドの生まれで、そこにも二度行ったらしい。王都に一度往復した程度の自分が、自慢するのも烏滸がましい。

 イデワ王国第二の都市ガラワウドは、海に面した港町。キノーワからは、馬車で二十日かかる。カワモは去年の夏に祖父母の家に帰省したが、その時には二ヶ月仕事を休んでいる。そう、二ヶ月休んで、戻った後は自慢話をいつまでも聞かされたのだ。

 なお王都グローハとガラワウドの間には、既に馬車鉄道が通じている。だから王都を経由すれば、カワモは馬車鉄道に乗れたわけだ。実際には相当遠回りになる上に、馬車鉄道は普通の馬車より運賃が高いから、薄給のこいつが選ぶはずはなかったが。

 ―――というか、今回の二人旅は、どれだけ費用がかかったのだろう。

 そして、美由紀の自己負担の割合は? いろいろ考えると恐ろしい。それだけ方々に借りを作ったってことだし。



 久々の勤務は、当直でもないのに夜遅くまで残業する羽目になった。何のことはない、大量の書類が積み上げられていたためだ。

 ワースさんは最初は隠そうとしていた。自分が頼んで事務職を派遣してもらった結果だから、自身で処理したかったようだが、とてもじゃないが一人でどうにかなる量ではない。

 どうやら、応援の事務職員は全く役に立たなかったらしい。そもそも扱う書類が違うからな。


「コーイチはウチの看板だな」

「ワイトさんにも言われましたが、ちっとも嬉しくないですよ」

「何日かかりそうだ?」

「皆さんが手伝ってくださるなら、数日で終わります。別に目新しいものはなさそうですから」


 まぁ俺にとっては見慣れた書類。半月分と口にすれば気が遠くなるが、毎日増えて行くものでもないし、どうにかなるだろう。たぶん。

 書面が遅れた詫びはワースさんがするそうだから、こちらは仕事、と。


(今日は遅いわね。あ、な、た)

「わっ!」

「ど、どうしたコーイチ」

「い…いえ。失礼しました、何でもないです」


 いきなり話しかけるのやめてくれよ。心臓が止まるかと思ったぜ。

 というか、これって距離は関係ないのか。何だろう、ますます監視されてる気分になるなぁ。


(残業だ。あと二時間ぐらいかかる)

(えーーー、なんてね。お仕事頑張ってね)

(あ、ああ)

(会わせたい人がいたんだけど、明日にしてもらうわ。気をつけて帰ってね、弘一くん)

(え? 誰? おい?)


 勝手に会話は途切れた。会わせたい人って誰だ? 美由紀の口調は深刻そうではなかったが、全く想像つかない。おい、せめて名前ぐらい教えろよ…と呼びかけてみるが、何の反応もなかった。

 ………。

 仕事するか。イズミでないことだけは確実だが、まぁどうせ大した相手ではないだろう。



 ―――――と、この時の俺はまだ、これから起きる事件の予兆をつかむこともできずにいた。

 とでも言えば格好いいだろうか。

 まぁあれだ。生きてりゃ何かしら事件は起きるんだよ。



 ―――――と、この時の俺は忘れようとしていた。

 美由紀に捕まった「事件」すら、未だ現在進行形だったということを。


※4章完結。5章と6章でイズミの破談がどうにかなって、「奪還」は達成される見込み。お気楽なお話ですが、美由紀の正体にはまだ紆余曲折あります。そして、糖分は頑張って高めるぜ。

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