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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第一章 新婚ストーリーは突然に
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二 呼び出しを食らったら注目の的です

 今日も平和なキノーワの町。

 誰が現れるか分からない門番稼業。それでも危険な目にあうこともなく、一日は終わった。

 そう、肉体には何の危害も及んでいない。肉体には。


 独身寮と名付けられた長屋に帰宅した俺は、荷物を放り出すと、再び外に出る。

 行き先はキノーワの中心街。ゼントー地区の中央通り…と、手元の紙を見る。

 キノーワは人口十数万、この辺に散らばる町の中では一番人口が多い。西の山の鉱山資源と、南の農地、そして隣国に最も近い立地のおかげで商業も盛んだ。それなりに私腹を肥やした貴族も、大儲けした商人もいるから、繁華街にはいくつかの大きなレストランがある。その一つに俺は呼び出されている。

 誰にって? そこは察してくれ。


 貴重なガスを灯したしゃれた街灯が並ぶ中央通り。正直、普段の俺には全く縁のないエリアだ。

 家族のいない俺の夕飯なんて、近くの居酒屋で一杯ひっかけて、謎肉の唐揚げでも食えば十分だからな。あ、謎肉というのは文字通り謎の肉だ。家畜と、討伐されたいろんなモンスターの肉を適当に混ぜ合わせた、安くて臭い絶品グルメってやつだ。役に立たない豆知識だ。

 やがて、目的地に到着する。色つきガラスに覆われた、町で一番高級なレストラン「セーゲン」。俺も門番として、何度か他人に薦めたことはあるが、自分が入ったことはない。

 だいいち、俺にはこういう店に入る衣装すら持ち合わせていない。なんで店に入るのに着飾る必要があるんだ、おかしいだろ…と理由なき反抗に憧れる、ただの貧乏人だ。

 追い出されることを覚悟の上で、今は衛兵の制服をそのまま着ている。薄汚れているが、一応これなら許されるという話もあった。同僚の情報で、どこまで信じていいか分からないけれど。


「いらっしゃいませ。本日はどのような…」

「こちらにヨコダイ…という方が」

「…お連れの方ですね。ご案内いたします」

「あ、ありがとう」


 小綺麗な制服姿の店員は、俺を見て何かの視察かと勘違いしたようだ。まぁそうだろう、この格好でこの店に食べに来るヤツはいない。

 しかし、名前を告げた後の動きは早かった。

 もしかしてアレか、門番やってる小汚い格好のヤツが来るとか伝えてあったのか?


「お連れの方がお越しになられました」

「ありがとう。じゃあ料理と…、スパークリングを」

「承知いたしました」


 不審者を見るような視線の中を、目を合わさないように歩いた先。店の奥まった位置のテーブルには、…さっき城門で遭遇した「不審者」、ヨコダイさんが座っていた。

 手短に店員に指示を出したヨコダイさんに、俺は向かいの椅子に座るよう促され、仕方なく腰をおろした。

 どう見ても場違いだ。

 とてつもない居心地の悪さに、思わずうつむいてしまう。


「急に呼んでごめんなさい、コーイチ。いろいろご予定もあったでしょうに」

「いえ…、正直何が何だか分かりませんが、予定はなかったので大丈夫です」

「そうですか、それは良かった」


 さっき初めて会ったヨコダイさんが、なぜかまた、俺を下の名前で呼んで笑顔を見せた。しかも相変わらず呼び捨て。

 あまりにあり得ない状況に、緊張しすぎて卒倒しそうだ。それに、目の前の笑顔はとんでもない破壊力だ。


「よ、ヨコダイさん。さっきも言いましたが、俺はあなたとは初対面です。誰かとお間違えではありませんか?」

「いえ」

「こんな高級な店にお招きいただく理由はありません。俺はただの衛兵、どうか…」

「今の貴方は町の安全を守っているのでしょう? この店の皆さんが楽しんでいられるのも、そのおかげです。へりくだる必要がどこにあるのですか?」

「え、えー…」


 俺は困惑していることを分かりやすく伝えようとしたのだが、思いがけない反論を食らう。

 いや、俺だって衛兵が嫌なわけじゃない。守ってやってるなんて大それたものではなく、生まれ育った町の役に立ちたいと思っている。だからヨコダイさんの言う通りなのだが―――。


「とにかく、コーイチが元気そうで安心しました」

「ま、まぁ元気なのは確かです」

「給仕が来ましたよ。さぁ、まずは乾杯しましょう」

「え…、ええ…」


 どう考えても会話の流れがおかしい。理解できない。逃げ出したかったが、目の前にはグラスが置かれ、ヨコダイさんはそれを手にするよう促している。店内でこれ以上争うのは無理だ。渋々グラスを持って、乾杯した。

 衛兵になってから、一度ぐらいしか口にした記憶のないスパークリングワイン。できればじっくり味わいたかったが、この状況では難しそうだ。


「どんどん食べてくださいね。あ、支払いはもう済ませてますから」

「そ、そうですか」


 旅人だから先払いの方が向こうも安心する…とかヨコダイさんはつぶやいているが、相変わらず俺は困惑したまま、しかしものすごいスピードで皿を空にしている。腹が減っていて、料理がうまそう。この状況では、頭が働かなくとも食事はできるらしかった。

 ただし、うまそうだと感じてはいるけれど、その美味しさは頭に入ってこない。

 ヨコダイさんに、間近でじっと観察されている。それが分かっているから、俺は正面を向くことができない。

 ちらちら目に映る姿ですら、既に現実感がない。艶のある長い髪に、透き通った肌、大きな瞳。同じ人間とは思えない。いや、男女の違いとかそういう問題以前に、だ。

 思えないのは……、顔だけではない。

 さっきはコートを着ていたから分からなかったが、ヨコダイさんは脱いでもすごかった。

 黒っぽいドレスは、特に華美というわけではない。しかし、正面に座るとものすごいものが目に入ってしまう。谷間! 底が見えないほどの深い谷間に、周囲のテーブルの視線も集まっている。

 そうなのだ。

 目の前の女神のような相手にだけ緊張していれば済むなら、まだ良かった。

 店内の紳士淑女から一斉に注目されるこの状況はなんだ。ヨコダイさんには憧憬のまなざし、そして俺には奇異と軽蔑の視線…。


「あのー、ヨコダイさん」

「はい」


 この針の筵のような状況に気づいてほしい。

 しかし、そもそもヨコダイさんは気づいていないのか? 気にしていないだけ?


「そ、そろそろ事情を話していただけませんか?」

「事情?」

「俺を呼び出した理由です。まさか晒し者にするためじゃないでしょう?」

「晒し者? この町の守護者に、今の私では不釣り合いですか?」

「いや、あの…」


 さすがに少し苛立ってきた。見え見えの戯れ言をいつまで繰り返すのか。

 そこまでして、俺を騙したいのか? それならこんな衆人の注目を集めるような真似はしない。

 じゃあどんな世間知らずのお嬢さん…とも思うが、それも違う。

 そう。貴族のお嬢さんという感じはしない。しないが、こういう店になじんでいる。裕福な商人の娘か何かなんだろうか―――と。


「ではコーイチ。今までの観察も含めた上でお話ししましょう」

「観察?」

「はい。食事の様子を見れば、その人となりが分かる。何も不思議なことはないでしょう?」

「ま、まぁそれは…」


 ヨコダイさんはいきなり態度を変え、おどけた調子に変わる。

 しかしまぁ、言いたいことは分かるのだが、そんな素振りはなかったので少し反応に困る。ああ、そう言えば見つめられてはいたよな。

 まぁ…、何かの目的があって近づいた? それが分かるならいいだろう。

 そう思ったのだが。


「コーイチ。さっきも言った通り、私は貴方を助けに来た。貴方を…、いつか取り戻しましょう」

「ええ? な、何を…」

「つまり、例えばこういうこと…です」


 相変わらず理解できない単語を並べたヨコダイさんは、小さな財布をテーブルに置いた。

 もちろん見覚えはないが、特に何の変哲もない財布。それを開くと、中から金貨が一枚。おお、金貨なんて手にしたことがない、この人は金持ちなんだな…と。

 え?

 何これ?


「こ、これはいったい?」

「分かりませんか?」


 分かるわけないだろう。叫びたくなるのをぐっと抑える。

 財布からは金貨が…、既に数百枚はあふれ出ている。そもそも入るはずのない枚数。思わず財布を取りあげて、中を覗いて見るが、空っぽだ。なのに、ヨコダイさんが手にすると、再び大量の金貨が出てくる。テーブルを覆い尽くし、周囲の床に落ちて積り始めた金貨の山。

 そうか。俺は何か幻覚を見せられているんだろう。間違いない、だって周囲の客も気にしていないじゃないか。


「コーイチ、いえ、小牧弘一。あなたは忘れさせられている」

「はぁ? いや、どう考えても人違い…」

「だと思い込まされている。そういう状況だと分かりました。それから相変わらず、大きい方が好みなのね。そこは変わってなくて安心しました。だって…」

「あ……………」


 オマケのように性癖まで指摘され、いたたまれなくなって視線を反らす。

 わけが分からない。手品の後は言い掛かり? なんなんだ、この女は。

 しかし俺は、それ以上の反論ができなかった。

 目の前の女性が余りに魅力的で、というか、俺の好みだから? いや、違う。好みどころか理想そのものと言っていいほどだが、本能的に危険を感じている。もはや詐欺とか美人局とかそんなチャチなものではないレベルで。そこまで警戒しているのに、何も声にならない。

 おかしい。この場でこの女が巻き起こしているすべてが、俺を狂わせようとしているような…。


「と、とりあえず俺にはアンタが何を言ってるのか分からない」

「そうでしょうね。好みの問題以外は」

「そ……、その上で聞きたい。仮に、仮にだ、そう、仮に俺が何かを忘れているとして、それがアンタに何の関係があるんだ?」

「そう…」


 俺は言葉をつないだ。それは必死だった。性癖なんてどうでもいいんだーっと、青年の主張をするかのように。

 するとヨコダイさんは、一度大きくため息をついた。いかにも失望した表情で。

 俺はそんな反応を見て、少しだけほっとした。

 勝手に巻き込んで勝手に失望するなんて理不尽極まりない。しかし失望してくれれば、これ以上巻き込まれずに済む…と思った。

 しかし、それは甘かったのだ。


「弘一」

「な、なんだ」

「もちろん独身ですね?」

「あ………ああ」


 いきなり今度は何を聞くんだ。そして、「もちろん」とは何だ…とは言わない。俺が所帯持ちに見えたら、その方が怖い。

 しかし、彼女の口元が次に動いた時、そう、その時不思議なことが起こった!


「結婚しましょう!」

「はぁ!?」


 あ、頭がいかれているのか…と、今から怒鳴らなければならない。瞬時に俺はそう判断した…はずなのに、またもや声を失ってしまう。

 当たり前だった。

 女神としか言いようのない女性が、笑顔を向けている。俺に。そう、俺に。しかも谷間も全開だ。正直、その迫力だけで理性なんて吹き飛んでしまう。自分で言って情けなくなる。


「今日が記念日だね。嬉しい」

「いや…、あの……」

「この身体のおかげかな…」

「……………」


 しかし、いくら何でも無茶な話。冗談だよな? こんな軽く人生の一大事を決断しないよな?

 満面の笑みと胸元の闇をできるだけ見ないように、テーブルの上の料理を口に運んでいく。あーおいしい、夢のようだ、もしかしたら夢だ、ああたぶん夢だ―――――。



 この時はもちろん、ヨコダイさんの奇怪な行動の意味なんて分かるはずもなかった。

 しかし、彼女の言葉は一つとして冗談ではない。ピンクの唇に吸い込まれそうな感覚のなかで、そこだけはなぜか確信していたのだ…と思う。


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