二十七 王都の寓話
「ここまでは予定通り。弘一は疲れた?」
「予定通りに疲れた。過去最高に疲れた。もう帰っていいか?」
「明日も早いからすぐ寝なさいよ。それにしてもベッドが二つあるなんて、気がきかないわね」
「聞けよ」
キノーワの屋敷より一回り広い部屋。四方にはよく分からない装飾品が飾られ、壁の上の方には例によって竜の生首、いや、乾いてるから乾き首が吊るされている。趣味がいいのか悪いのか判断しかねるな。
王都には高級な宿もある。しかし、俺たち…というか美由紀は、ハンライ殿下の賓客として滞在するわけだ。
夕食の場では、どちらが王族か分からないような扱い。それは美由紀が偉そうにふるまったのではなく、殿下が必要以上にへりくだっていたという意味だ。腫れ物に触るような扱いとも言えるが。
五段冒険職という、取扱注意な存在。
その実力の片鱗を知っている俺にしてみれば、この扱いが大袈裟とは思わない。そもそも、四ヶ国連名の認定という時点で、イデワ国王が勝手に処分することもできない。彼女の心証を良くして、どうか国内で問題を起こさないでくださいとお願いする状況なのかも知れない。
もちろん一方で、権力争いがあるならば後ろ楯になる。私の後ろには恐ろしい女がついている…と、本当にそれをやったらどうなるか分かったものではないが。
王族といえば、俺たちが王都に来た裏の理由は、ハンライ殿下の弟の一人、ギケイ閣下に関するものだ。
ただし国王の弟が何人もいる中で、ハンライ殿下は現時点の継承順位が太子に次ぐ二番手。十番手以下のギケイ閣下とは扱いが大きく違う。
その上で、ハンライ殿下は現国王派。太子へ予定通りに譲位されれば、自身の王位は遠のくことになるが、むしろ積極的に後押しする側らしい。王になることよりも、重臣として政治を担う方を望む、と。
良いことなのか悪いのか、俺には何も分からない。
とりあえず、美由紀は殿下をそれなりに評価しているようだ。他国との折衝役が多く、そのせいで彼女とも縁があったという。実務能力に長けていると褒めていた。
「殿下は…、弟の息子の許婚の話をご存じだろうか」
「政略結婚なのだから、把握はしているでしょうね。あまり仲は良くないから、口出しはできないだろうけど」
「仲が悪いのかよ」
「むしろ、良いと思う?」
実務能力に長けた兄と、イズミが無能と断言した弟。普通の兄弟でも、反りが合わないだろう。しかし、そこは血縁、予想を裏切ってもらっても構わないというだけだ。
翌朝。
王都二日目は二人で食事をして、着替える。殿下は早朝に出掛けてしまったという。
ともあれ、事前の打ち合わせ通りに二人は動く。用意された馬車に乗り、向かった先は王宮だ。もう逃げようがないが、そもそも逃げる気力もなくなっている。何というか、そういう能動的な判断ができる状況は終わってしまった気がする。
俺の服装は昨日と変わらないが、少しだけ髪型に気合いが入った。というか、殿下の使用人たちにいいようにいじられた。元々長い髪でもないから、間違い探し程度の差だけどな。
美由紀は…、あえて言うまい。それでも言わなければならないか? 申し訳ないが、着ている衣装の細かいところは説明できない。口にできるのは、可愛いってことだけだ。
うむ。
こんな貴族のゴテゴテ姿なのになぜ…と思うが、可愛いんだ。強いて言うなら、重装備のせいでアレが目立たないから、胸より顔に視線が行ってしまうのかも。でも、顔だけでそう思うわけでもないし…って、俺はバカか。何の青年の主張だ。
坂を昇って行った先に、王宮は広がっている。
殿下の邸宅も、広い意味では王宮の一部になるから、それほど距離はないが、高さが違うと印象も違う。その上で、初めて見る王宮の印象は、大きいなぁ、という身も蓋もないものだった。
仕方ないだろう? キノーワしか知らない男に何を期待しろっていうんだ。比較の対象なんて、あの屋敷ぐらいなんだし。
はっきりしてるのは、あちこちに立っている衛兵が何となく怖いことだな。俺たちみたいに愛想を振りまく仕事じゃないんだろうが、あれならキノーワの門番稼業の方が楽しいぜ。
「久しいのヨコダイ殿。……そちらがコマキコウイチ殿か。良い伴侶じゃの」
「陛下よりお褒めにいただき光栄ですわ」
そうして、移動していると思ったら陛下の前にいた。おかしな表現だが、要するに予想外の場所で面会となったわけだ。
庭園の中央にある東屋。なぜかそこに人がいる…と思ったら陛下で、隣にハンライ殿下がいる。少し離れて、キジョー公爵も立っていた。
他にも十人ほど。もちろん見知らぬ人ばかりだが、陛下の斜め後方に並んでいる。
「皆さんにも紹介します。コマキコーイチ、私の永遠の伴侶です。この人がキノーワで衛兵の仕事をしているので、私もそこで暮らすことになりました。ただし、私は衛兵ではないのでご心配なく」
「コ、コマキコーイチです」
自分の名前は言ってみたが、反応は薄い。そしてこちらとしても、それ以上何を言っていいのか分からず。永遠の伴侶って何だと、美由紀に言いたいことはいろいろあるが。
…………。
面倒なので詳細は省くが、ここに並んでいるのはイデワ王国の大臣たちと、他国の公使だった。それだけの面々が集まるのが、なぜ東屋なのかという辺りに、美由紀の扱いの難しさが表れている。
国王と面会するのだから、場所は王宮。しかし宮殿内に招いて、正式に会ってしまうと、他国と問題が生じてしまう。ただでさえ自国に家を買ったという状況で、これ以上、美由紀がイデワ王国に加担しているとみられては困る。だから非公式な場で、しかも他国の人間を同席させたというわけだ。
美由紀の挨拶にも、その辺の配慮はいろいろ滲んでいる。イデワのためだけには働かないと、イデワの王の前で宣言するというのもすごい話だ。
とてつもなくデリケートな存在。その状況を知っていながら、躊躇なくキノーワに屋敷を買った彼女には、相応の覚悟があったことになる。その覚悟の大元が俺だという、そこがますます理解不能になってしまう。居並ぶ面々の会話は、ちっとも頭に入って来なかった。
「まさかご結婚なされるとは。ヨコダイ様のお話をうかがって、一同嘆き悲しんでおりますよ。いえ冗談。同じ衛兵として誇らしいですな、コマキ殿」
「いえ…、こちらも隊長にお目にかかれて光栄です」
なんだかんだと、面会は一時間ほどで終わる。
王宮を出て、次に連れて行かれた先は高級レストラン。立派な身なりの男性がいたが、もはや緊張するどころかほっとする。
「時間があればぜひお手合わせ願いたいですが…」
「隊長さん、弘一は腕に自信がないらしいですよ」
「もちろん、それならヨコダイ様で構いません」
「最初から私とやる気でしょうに」
衛兵隊長のコーセンさんは、ずいぶん美由紀と親しそうだ。というか、戦いたくて仕方ない様子。
話を聞くと、どうやら十年間無敗を誇っていたコーセンさんが唯一敗れた相手らしい。美由紀の剣技ってそれほどなのか、と今さらのように驚かされる。
正直、俺が見たのは魔法使いとしての彼女だけ。それだけでも人間とは思えないのに、剣で戦ってもすごいのか。というか、そこまでの力がないと五段なんて話にはならない、ということだな。
隊長と美由紀は、キノーワに戻る前に一度手合せすることを約束していた。美由紀は苦笑いだったけど、まぁこれも予定通りなのだろう。
そして滞在二日目の夕食は…、まさかの形になった。
冒険職の本部に立ち寄って挨拶した後、近くの店に入る。既にそこには大勢の冒険職が集まっていて、よく見ると店の奥に何か書いてある。
う………。
「結婚おめでとう」と書いてあるよ。これは…。
「俺たちの誇り、ヨコダイミユキちゃんと、キノーワの若き彗星、コマキコーイチ君の結婚を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
なんだよこれ、誰が若き彗星だよチクショー。敵の総本山で、イヤミたっぷりに祝福を受ける。
居並ぶ面々は、正直言って俺でも半分ぐらいは名前を知っている。国内に数人しかいないはずの一級が三人、残りは全員が二級。これだけの面々が一堂に会したら、何かしでかすと警戒されても仕方ないほどの顔ぶれだった。
ただし、全員が束になっても美由紀には手も足も出ないそうな。何というか、雲の上の話過ぎて理解が追いつかない。
それでも――――、美由紀が本業で認められていて、好意的に受け入れられていることにはほっとする。冒険職の姫君を奪ったという俺に当たりが強いのも、彼女が信頼されている証なのだろう。
「皆さんは…、その、美由紀と一緒にお仕事をされたことがあるんですか?」
「あ―――。これはしゃべっていいのか? ミユキちゃん」
「別にいいわよー。どうせ王都で話すつもりだったし」
それなりに酒が入ったところで、せっかくなので話を聞いてみる。一級の一人タイゾさんは、美由紀に確認してから、ここにいる冒険職が全員参加した大事件について語ってくれた。
ちなみに、大事件なのに俺は聞いたこともない。堅く箝口令が敷かれた理由は、その内容を聞けば容易に想像できた。
今から約二年前。イデワ王国の北西は、四つの国の国境が接する山岳地帯となっているが、そこにモンスターが現れた、という情報が入った。モンスターは複数体、かなり大型だという。
対象がはっきりしているから、本来は軍を派遣するべきだが、何せ国境なのだ。モンスターがどこの国で暴れるとも分からず、外交問題に発展する可能性がある。そこで後方にそれぞれの国が軍を配置した上で、前線には各国から精鋭の冒険職を派遣するという妥協策がとられた。
冒険職も、それぞれの国から認可されている。とはいえ、軍に比べればその関係は薄い。一応、イデワ王国領が主な戦場になりそうだということで、キジョー公爵を名目上の司令官に据えて、四ヶ国の冒険職が共同作戦をとることになった。どこかの国に雪崩れこまれた時には、「お前のとこの冒険職も関わっただろう」と責任逃れできる体制ともいう。
「…そんなことができるのかって顔してるな。コーイチは正直な男だ、気に入ったぞ」
「いえ、そんなつもりはなかったのですが」
あったけどな。自国ですら協調しない連中が…と思ったのは事実だ。
とはいえ、集められた冒険職は、それぞれの国の二級以上のみ。その辺になると、引っ越しの手伝いみたいな雑用を請け負うことはまずないから、ある程度は統制も取れるらしい。
「ミユキちゃんが来るってだけで集まるぐらいだぜ。冒険職も捨てたもんじゃないだろう!?」
「え……、ええ」
それは誇ることなのかと思うが、大人なので口には出さないでおく。
話を戻す。当時は二級だった美由紀は、後詰で回復魔法の担当となった。回復魔法の使い手は少なく、また若い女性ということもあって、その配置には誰も反対しなかった。前線で自分が活躍して名を挙げようって人が多かったという話もある。
モンスターは、結局五十頭ぐらい集まっていたらしい。一頭を除けば対処できるサイズ。と言っても、恐竜が十頭はいたというから、苦戦しながらどうにか数を減らした。
「回復魔法を使ってる時点で、ミユキちゃんは一級確実だったな。全員にかけ続けるなんて、常識外れもいいところさ」
「甘いな、俺は段に行くと直感したぜ」
「俺も俺も」
例によって等級の問題は、そもそも感覚的な部分が多すぎてよく分からない。一方で、美由紀ならその程度のことは軽くやってのけるだろう、とも思う。
はっきりしているのは、美由紀は能力をできるだけ隠そうとしたらしい点だ。
凄腕冒険職たちの手で討伐されたモンスターたち。
しかし、中央にいた一頭が問題だった。
それは、見た目は恐竜に似ているものの、サイズが違ったという。恐竜十頭分より巨大で、しかも知能も高く、取り囲んで死角から攻撃という手法は通じなかった。
また魔法に対する防御力があった。冒険職の中には、炎や氷の魔法を使う者も数名いたらしいが、彼らの攻撃魔法もほとんど効果がなかった。
近づくこともできず、魔法も効かない。八方塞がりになった時に、平然と獲物に近づく影があったわけだ。
「この先は…、気を確かにもてよ」
「大丈夫です。その言葉で予想つきましたから。一応、恐竜の処理は見たので…」
「おぅ、それは大変だったな。肉が食えなくなるだろ?」
「もちろんです。皆さんもそうだったんですか?」
「当たり前だ! そこの当人を除いてな」
……………もう説明するまでもないだろう。美由紀はその巨大竜を解体した。
攻撃魔法が通じず、弓も槍も刺さらない身体。その巨体は、断末魔の声もあげられずに一瞬で絶命した。巨大な内臓と脳が、取り囲んでいた冒険職たちの目の前に突然落ちて来た。巨大な心臓は、落下の衝撃で半ば潰れながら、まだ動いていたらしい。冒険職の数名は、それを見て卒倒したという。モンスターの解体を経験している面々がそうなのだから、俺ならそのまま還らないかもしれないな。
美由紀は例によって一歩も動かないまま、作業をこなした。肉はきちんと四等分されて各国の倉庫に転送、続いて皮と骨が分離され、三十秒後には巨大な骨格標本と着ぐるみになっていた。あまりの光景に、しばらく歓声をあげる者もいなかった。そしてこの一件が、五段認定の決め手になったそうな。
「内臓料理は今もダメだな」
「あー俺も。肉は半年食えなかった」
「皆さん、苦労されたんですね」
「弘一は話を合わせなくていいの。儲かったでしょ? みんな」
いや合わせるだろ。あの気分を味わった仲間と出会えた喜びを、分かち合わずにはいられないだろう。
……まぁそれ以上続けると、本気で怒りだしそうだからやめておく。
巨大竜については、単独で倒した美由紀が大半の権利を持ち得たが、権利の半分は四ヶ国に譲った。食肉など、冒険職には扱えない部分だ。譲ると決める前から送り届けていたわけだがな。
一方で、優秀な素材である骨や皮、薬用にもなる内臓の一部は、参加した冒険職に譲渡された。彼らは自分たちで使う分を確保した後、残りを商人に委託して共同で売りさばき、山分けしたという。もちろん正規の依頼だから、報酬ももらっている。命がけの依頼が、予想外の形で終結。その代わり、あの凄惨な現場は、いろいろな意味で隠されることになった。
なお、美由紀は最終的には四ヶ国すべてから報酬を受け取った。五段認定も、四ヶ国が行った。巨大竜よりずっと恐ろしい人間として認定された証が五段だった。
「そのお金を、キノーワでぱーっと使ったのよ。格好いいでしょ?」
「ミユキちゃんならすぐ儲けられるだろう?」
「弘一に養ってもらうから大丈夫」
「無茶言うなよ」
五段は基本的に、勝手に依頼を受けることはできないらしい。その割にはほいほい引き受けているような気がするけど、表に出た依頼は恐竜退治のみ。あれはキノーワに世話になるからという挨拶代わりなので、一応許可されたようだ。
本当は、四ヶ国それぞれで仕事を請け負う必要があるのだろう。というか、キノーワに家を構えた以上、他三国の仕事をするのはほぼ義務に近い状況なのではないか。なんだか先が思いやられるなぁ。
「ちょっといいか。コーイチ君」
「あ、はい。えーと、タクセイさんですよね」
「自己紹介程度で名前を覚えているとは大したものだな」
「まぁ、職業柄…」
ひとしきり飲み食いした頃、奥の席にいた人に呼び止められた。
タクセイさんは王都に住む二級の冒険職で、巨大竜騒ぎの時には美由紀と同じ後衛にいたらしい。
「ミユキちゃんがイデワに来た時のことも知ってるぞ。聞きたいだろ?」
「は、はい、それはぜひ。ただ……、俺が聞いても大丈夫ですよね?」
「公然の事実を知るだけなら問題ないだろうさ」
「それは確かに…。お願いします」
美由紀は、巨大竜の騒ぎが起きる二ヶ月ほど前に、王都の冒険職事務所にやってきた。その時は、何の職業の証明も持っていなかった。当然、冒険職ではなかったという。
五級の証明書を作っていたら、事務所にたむろしていた連中に絡まれた。そこで何を思ったのか、彼女は連中と模擬戦をしたいと言い出したらしい。しかも、自分を倒したら好きにしていいと条件をつけて。
無茶苦茶な話だが、それが通ってしまうのが冒険職だ。だから何でも屋とバカにされるんだよ…という愚痴はおいといて。
美由紀と対戦したのは合わせて十人以上。
そして美由紀は、三時間近くの試合中、一切自分から攻撃はしなかったという。
十数人はひたすら美由紀を攻撃する。美由紀は一歩も動かずに盾一つで対応、傷がつけばひたすら自分の身体に回復魔法をかけていく。いつの間にか大勢の観客に囲まれながら、模擬戦は続く。三時間後には攻撃側が疲労で倒れてしまい、彼女は平然と立っていた。
「最後は国のお偉いさんまで来てたぜ。もちろん俺も見物人さ」
「何を考えてるんだか…」
「それから数日後には、回復魔法の使い手として二級認定。同時に二十四時間の監視下に置かれたわけだ」
「美由紀にも監視がついていたんですね」
「なんの役にも立たなかったけどな」
タクセイさんは監視の一人だったらしい。自嘲するように笑うが、まぁ彼女が相手なら当然だ。
一応監視者は、美由紀が問題行動をしていないかを確認して、逐次事務所に報告していた。素行不良ではなかったから、巨大竜の一件に参加できたわけだ。
まぁ、仮に素行不良があったとしても、優秀な回復職を参加させないはずはない。そして彼女は基本的には常識人だから、無茶苦茶な真似はしていなかったと思う。
「君なら、ミユキちゃんがなぜそんな戦い方だったか分かるだろう?」
「まぁ…、人が死なないようにでしょうか」
「そうさ。連中は巨大竜の一件には参加させられなかったから、どこまで彼女の凄さを分かったかは知らないけどな」
もっとも、顔色一つ変えずに回復し続ける彼女に、絡んだ連中は十分に恐怖を感じていたという。
というか、それを恐怖で済ませてしまうのが既におかしい。本場の冒険職の世界は、そもそも常識が通じないようだ。キノーワの呑気さが懐かしい。
「なんだお前もいろいろ吹き込んでるのか」
「人聞きの悪いことを言うなタイゾ」
そこにタイゾさんも合流。一級と二級には天と地ほどの差があるらしいが、二人は気安い関係のようだ。聞いてみると、前衛と後衛は役割が違うし、よく組んでいる仲間だという。
そもそも冒険者のランクは、前衛の方が上がりやすい、とも聞いた。派手な活躍はやはり評価につながりやすいのだ。
「ミユキちゃんが後衛でいきなり二級になったのも、相当凄いことなんだぜ」
「まぁそれも過小評価だったけどな」
「…あの力を評価できる人間なんていないですよ」
なるほど…と思いつつ、俺は一つの疑問を口にした。
タクセイさんが教えてくれた話の、最初の部分だ。
「美由紀は、ここで初めて冒険職になったんですよね? 他の国で既にやっていたわけでは…」
「そうだ。他の国ではやってないな。例のあれで集まった時、余所の連中の誰一人としてミユキちゃんを知ってる奴はいなかった」
「イデワにすげー美人の回復職がいると噂になってたな」
「いや、知ってる奴はいたぞ。コリエの連中だ」
四ヶ国の一つ、コリエ王国の冒険職に、美由紀と顔見知りの人がいたという、新情報…なのか分からない話も出た。なんと食堂で働いていたらしい。あの美由紀が…とか口にすると後が怖いので黙っておく。
ただ、冒険職でなかったということに変わりはない。むしろ、その根拠が補強された形になる。イデワに入国するまで、あれだけの力を持っているのに使う機会はなかったと考えていいだろう。
……だから、分からないのが回復三時間のあれだ。
彼女が能力を隠して生きていたのだとすれば、イデワに移った途端に突然隠さなくなったことになる。目立たずに生きていた女が、急に自ら目立とうとしたのはおかしいのでは、と素直に口にしてみるが、二人の反応は意外だった。
タイゾさんが言うには、冒険職になる人種には幾つかあって、その中で一番多いのは手っ取り早く金を稼ぎたいという理由だという。
そもそも国境を越えて来る時点で、多くの場合は何かしら問題を抱えている。突然豹変するだけの理由にはなる、と。
「もちろんミユキちゃんが、余所の国でどんな問題を抱えていたかは知らないさ。それを詮索するのはコーイチ君の特権だろう?」
「そうだな。というかコーイチ君はミユキちゃんにずいぶん遠慮しているのだな」
「まぁ…、何しろだいぶ身分も違いますから」
「その割にはきっちり呼び捨てしてるじゃないか? 畏れ多くてできないぜ」
「畏れ多い相手をちゃん付けしないと思いますが」
「コーイチはあれだな、屁理屈が好きな男だな」
話題が嫌な方向にズレ始めたので、適当にごまかして席を離れる。お前らは夫婦に見えないと言われて、それが美由紀の耳に入ったらどうなるか想像がつかない。
……いや、そんなことはもう分かっているか。
だいいち、自分の結婚相手のことを他人に聞く時点でおかしいんだ。
「そろそろ王都に慣れた?」
「慣れるとか慣れないとかいう話じゃなかったと思うが」
「その返しができるなら大丈夫ね」
心配してるのかよく分からない台詞。
深夜に殿下の屋敷に戻った二人。バタバタした一日の予定がどうにか終わったのは、日付も変わってからのことだった。
「長い夜の始まりよ。疲労はとってあげるから心配しないで」
「裏稼業の始まりか」
美由紀の過去の話も聞きたいが、それは別の機会でもいいか。
王都にやって来たもう一つの目的を果たすため、深夜の会議が始まるのだった。
※我ながらおかしなサブタイトルだと思う。




