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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第三章 闘う者、守護する者
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二十二 来訪者

「私も弘一は怪しいと思ってましたわ」

「話を聞いてたのか? イズミ」


 翌日の夜、三人で集まって密談することにした。

 美由紀はイズミに、自分の能力の一端を見せ、秘密裡に会う際のルールを示し合せた。まぁ要するに、イズミの部屋に連絡用の呪具を置いて、美由紀の能力で転送移動という段取りだ。伯爵には申し訳なく思うが、娘はいつか独り立ちする…って、何の話だよ。

 イズミは当然驚いた。とはいえ、既に美由紀が常識を超えた存在だと知っているから、控え目な方だったと思う。恐竜解体を目撃させてやりたいなぁ。もっと驚いてほしいなぁ…って、話が逸れた。

 ともかく、晴れて美由紀の秘密を知る仲となったところで、昨日の件とイズミの事件の推理を、かいつまんで話した。その結果がこれだ。俺の話なんかしてないだろ。


「貴方は自覚が足りないと思うわ、弘一。別に私は、お姉様が貴方を認めているから同席を許しているわけではないの」

「へいへいそうですか」

「お父様が貴方の経歴を調べたわ。キノーワの孤児院出身、二十歳で衛兵の試験を受けて合格、半年の訓練を受けて現在は城門詰め勤務、と」

「…そんな程度のことなら、わざわざ調べる必要もないだろう」

「この経歴から貴方のような男は生まれない。というより、経歴には嘘があると思うんだけど」

「はぁ?」


 しかし、イズミはまだ俺の話を続けやがる。

 どういう意味だよ。そもそも詐称できるような経歴じゃないぞ。もっとその…、内面の…、アレが好きとかだったらともかく。


「話がよく見えないけれど、つまりイズミは弘一に惚れた?」

「お姉様、それはありませんわ」

「あら」


 美由紀は美由紀で、介入しては余計に混乱させるだけ。どっから惚れた話に飛躍するんだ。

 …まぁ、絶世の美女二人に男が一人だけ。そういう方面に展開しても不思議じゃない。これが誰かの作ったお話だったらな。


「お父様も貴方を気に入ってるわ。うちで働いてほしいそうよ、いずれ執事見習いで…」

「親子揃って買いかぶりすぎだ。俺は衛兵の下っ端。褒められたのは勤務態度だけだぞ」

「適材適所って言葉もあるわ」

「……性癖の話でもして追い払ってくれよ、美由紀」

「あら」


 そもそも本当なのか疑わしいが、伯爵までおかしなことを言っているのか? 誰がどう見ても、美由紀のおまけで付き添っていただけだろうに。

 というか、あれか、このお姉様とやらに毒されたのか?


「孤児院では、多少の読み書きは教えてもらったそうね」

「まぁな。…って、それはどこでも同じだと思うが」

「そう。そこで習うのは、王都の学校なら一年分にも満たない程度の内容。だからこの国の教育格差は酷いものだと、お祖父様が生前口にしていたわ」

「立派なお祖父様だったのね。太郎兵衛様は」


 イズミはまだ探偵ごっこを続けているらしい。新しく手に入れたオモチャかよ、俺は。

 要するに、俺が読み書きが得意なのはおかしいと、そういう話なのか? 衛兵では上の方かも知れないが、イズミが言ったように、学校に通えればすぐに身につく程度のものだろう。

 まぁ、お祖父さんの嘆きは正しいと思うけどさ。


「イズミは、お祖父様のことをどこまで知っているの?」

「孫の中では一番可愛がってもらいましたわ。身体が不自由になってからは、いつも話し相手で…」

「それが十七とは思えない毒舌女を生んだのか」

「お姉様、蹴ってもよろしいですか?」

「いいわ、これでも回復魔法の使い手なのよ」

「そういう冗談は笑えないからな」


 そこから何となく太郎兵衛さんの話に。もちろん俺は大歓迎だ。回復魔法は別だけどな。

 まぁでも、十七の毒舌女というのは本音だ。やっぱり、年下を相手にしている感触はある。だからイズミは、女性というよりは妹みたいなものなんだと思う。妹がいないから断言はできないけど。

 本当の妹だったら、心配でしょうがないだろう。俺が知る狭い範囲でしかないけれど、キノーワで二番目の容姿で、いくら毒舌と言っても男性を見る目はない。誰に騙されてしまうのか、お兄さん毎日胃が痛いよ…って、俺は兄じゃない。


「生前のお祖父様は、とにかくいろいろ書き残す人だった。自分の記憶はデタラメだって言ってたの」

「ものすごい切れ者だったと聞いてるけど?」

「頭はものすごく良かったですわ。記憶力も全く衰えてなかったから、だから…、デタラメという意味は分からないままで」


 太郎兵衛さんの話は、しかし何だかさっぱり分からない。たぶんあれだ、切れ者の考えることは切れない者には理解できないって感じだろう。うむ、そんな気がする。

 美由紀なら分かるだろうか。いや、イズミだって頭はいいからな。


「そういえば、お祖父様が残したノートには、私の名前もあった。イデワ文字で書かれていたの」

「へぇ…」

「お姉様も弘一も、イデワ文字で書ける名前でしょう。珍しいとは思いませんか?」

「珍しいの? 弘一」

「まぁ…、珍しいのかな?」


 この疑問には答えづらい。俺の名前がイデワ文字で書けるというのは、美由紀がそう主張しているのであって、俺自身が使っているわけではない。確かに書けるんだろうが、根拠は弱い気がする。

 それ以前に、イデワ文字で書いたから何だ、と思う。ただの出所不明の俗字だろう?


「イデワ文字は謎だらけでしょ? お祖父様は生前その研究をしていたの。何も成果は表には出してないけれど」

「はぁ」

「表に出さなかった理由は?」

「一つは、表に出せるほど分からなかったからだと思います。お祖父様はとても悔しそうに話してましたから」

「そこまで熱心に調べてたのか」


 言いたくはないが、研究する価値のあるものなのかという根本的な疑問が拭えない。なのでイズミの祖父への評価も微妙になってしまう。

 いやまぁ、貴族の老人が暇をもてあまして調べていたというなら、それはその人の自由だが。


「もう一つの理由も聞いていい?」

「それは私の口から言うより、見ていただいた方がいいと思いますわ。お祖父様が書き残したノートは、私が引き継いでいます。今お見せしましょうか?」

「それは門外不出じゃないの?」

「門外不出だったのは、その…、何というか、恥ずかしい…からです」


 わずかに顔を赤らめながら、イズミはいったん自室に戻り、数分後に戻ってきた。今さらながら、すごい魔法だが、それよりも赤面するほど恥ずかしい内容って何だろうか。まさか性癖? まさかなぁ。己の性癖なんて、カワモ大先生でも書き残さないだろうし。

 ともあれ、彼女の手にあったのは、数冊のノート。表紙には「太郎平日記」とある。あれ?


「名前が…」

「私もよく分からないのよ」

「へぇ…」


 太郎兵衛じゃないのか? 明らかに違うが、自分の名前をまさか間違えないよな? まさか筆名? それにしては中途半端な感じがするけど。

 とりあえず表紙をめくって見る。

 ……………。

 汚い。

 正直、他の感想が思いつかないレベルで酷い。そもそも文字の方向もバラバラ、重ね書きまであるから、これを読み解くのは至難の業だろう。


「なぁイズミ、どこか読みやすい所はないのか?」

「……たとえば、ここは」


 一枚めくった所に大書されている。「我は自ら貴族となり、内部より貴族を破壊せん」と。

 …………………何これ。


「変わった人だったんだな」

「その変わり者に後継者と呼ばれましたわ。私は」

「……それは済まなかった」


 他もめくってみる。単に献立を記した箇所もあれば、来客の顔の特徴を記した部分もある。自筆と思われる人相書きもあるが、申し訳ないが人間とは思えない。こんな連中が尋ねに来たら、伯爵邱はモンスターハウスの異名をとるだろう。

 うーむ。最後の方は何だかわけが分からない。「バンババンと解決してやらねば」とか、爺さんが書いたとは思えないぞ。


「これは…、いつ書かれたものなんだ?」

「お祖父様が亡くなったのが二年前。その前年まで書いていたみたい」

「じゃあ、八十過ぎてバンババンって書いてたのか」

「私にそんなこと言われても困るわ」


 一通り確認して、伯爵家が秘匿する理由はある意味よく分かった。

 同意を求めようとして、美由紀がほとんど言葉を発していないことに気づく。慌てて彼女の様子をうかがえば――――、ものすごく怖い表情でノートを見つめていた。


「イズミのお祖父様が、モリーク家の…お祖母様と結婚されたのは、七十年ぐらい前なのよね?」

「そうですけど、それがどうかしましたか? お姉様」

「どうかしなかったと言えば嘘になるけど…、つまり七十年前にはお祖父様はこの国にいた、と考えていいかしら」

「お姉様?」

「イデワ文字を調べた箇所を見せて、イズミ」


 不穏な言葉を発した上で、そもそもノートを持ち出した理由に立ち返る。

 イデワ文字の記述はあちこちにあった。中でも、バンババンの直前に、まとまった形で書かれている。なぜか、異様に字がきれいだ。


「ここは…、私が代筆したの」

「ああなるほど」

「イズミは後継者。そういうことね」

「お、お姉様?」


 太郎平日記は、イデワ文字を次のようにまとめている。

 イデワ文字に相当する文字が、初めて使われ始めたのは百五十年ほど前。当時はたった一人しか使用した形跡のない文字で、落書き同然の扱いだった。

 やがて百年前になると、各地で使用例が発見されている。ただしそれは、最初の一人が書いていた文字だけではない。百年前の段階で、既に文字は二百以上存在していたらしい。

 現在の研究によれば、イデワ文字は確認されただけで千字を超える。これを個人が作ることは不可能だと、日記では結論付けている。


「思ったより謎の文字なんだな」

「そう。貴方がそんな感想をもらすのも、なのよ」

「はぁ?」


 イズミが指差した箇所を読む。なになに、イデワ文字の使い手には、誰かに習った者もいるが、先天的になぜか扱えたという者が少なくない…って。


「俺もそうだと言うのか?」

「それ以外に考えられる? 貴方は異常なのよ。お祖父様の書いたものを読める人間なんて、この国に何人もいないわ。謎の文字だけで文を書けた人なんて、お祖父様以外にいたのかすら怪しいのよ、分かる?」

「そ、それは…」


 伯爵令嬢の気迫で畳みかけられると、言葉も出なくなる。

 確かに―――、イデワ文字は記号として便利だから商人たちが使っていたりするが、それだけで文を書くことは滅多にない。あっても、記号を並べた延長の短い文程度。言われてみれば、ノートにびっしりイデワ文字が書き込まれているなんて珍しい。そして、そんなことを言われなければ気づかない自分は、もっとおかしい。

 まさか、こんな形で自分の秘密が明らかになるのか?

 いや、確かに自分でもよく読めるものだと思いはしたが。


「それで…、お祖父様のご研究は、どんな結論になったのかしら」

「ここに書いてありますわ。イデワ文字は、それを扱う文明の遺産である、と」

「謎の古代文明説か?」

「新旧の問題ではない、と分かってるでしょ。弘一」


 新旧の問題なら辛うじて理解できる、と言った方が正しい。消えた文明の遺跡…みたいな話はよく聞くからな。主になんでも屋方面から。

 百五十年の歴史しか確認できないのだから、むしろイデワ文明なんてものがあるなら、新しい側になってしまう。

 分かるけれど理解したくない、そんな状況。いや、もっと正確に言える…。


「お祖父様は…、太郎平さんは、きっと記憶が少しだけ残っていたんでしょうね。バンババンと」

「お姉様、それはどういう…」

「イズミは、それを説明できるでしょ? 理解はできなくとも」


 意味もなくおどけた調子の声。美由紀は既に何かを確信している。

 いや、もう俺だってこれからイズミが言うことは想像つくさ。決して理解することも、納得することもないというだけで。


「お祖父様自身が考えた結論はこうですわ。…………自分は、何か別の文明からここにやって来た来訪者ストレンジャーなのだと」

「その記憶を貴方に託したのね」

「やはり…、驚かないのですね。お姉様」

「当然よ、だって…」


 ああ、次の言葉は聞きたくない。

 しかし、俺もだいたいそう思いつつある。仕方ないだろう、あんな奴に遭った後なんだ。


「弘一も……私も、太郎平さんと同じ来訪者なんだもの」


※3章完結。誰もが予想していたと思いますが、ストレンジャーです。4章は王都へのトラベラー。お楽しみに。

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