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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第三章 闘う者、守護する者
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二十一 俺とお前と

「私は貴方に困っているのです。そう、………ミユキ」


 キノーワ神の石像が立つ広場で、突然響いた謎の声。

 なんだ? これがキノーワ神なのか?

 もしもそれが本当なら、すごい奇跡。いつもガラガラの教会が大賑わいになるほどの…なんてね。


 本能的に察知している。この声には何もありがたがるような要素がないことを。

 いや、本能…なんてものじゃない。隣で殺気を放つ美由紀が、すべてを物語っているのだ。

 俺に向けられたものではないのに、あの時のように胸が苦しくなるほどの殺気が。


「困っている? 私もそうよ」

「………」

「管理者、と呼べばいいかしら」

「ええ、貴方には本当に困ったものです。その身体で何をしたいのやら」


 管理者? なんだそれ。美由紀は声の正体を知っているのか?

 ふと気かつけば、一時は無人になった噴水の側に、子どもたちが戻り始めている。何も変わらない広場の景色が回復し始める。顔見知りの衛兵が向こうから歩いてくる。どうしたらいいか分からず、身体が硬直したまま黙っていると、その男は横を通り過ぎた。俺に気づいた様子もなく。

 ………これは?

 あの時、イズミの事件と同じなのか?

 ということは、やはりこの声が犯人だったのか? ということは神さまが?


「ミユキ。貴方のおかげで…、いえ、貴方の思惑通りにでしょうか。最後のイベントは散々でしたよ。もっとも、不満の声を聞く機会ももうありませんがね」

「終わらせるのね」

「終わらせる? 貴方のせいで続けられなくなった、それはよくご存じでしょう?」

「勝手な言い分よ。あんなものを始めたことを詫びるべきでしょう」

「な、何を言ってるんだ? 美由紀」


 会話が続いている。というか、美由紀はこの相手を知っているのか?

 イベント?

 終わらせる? 何を?


「そこの方は…、なるほど、今の貴方はキノーワの良き働き手なのでしょう」


 すると、謎の声は俺に語りかけてくる。

 男なのか女なのか分からない。しかし、気味が悪いほどにはっきり伝わる声だ。


「か、会話できるのか? 誰なんだお前は?」

「ミユキが邪魔しなければ、この星はもっと良くなったことでしょう」

「バカなこと言わないで。貴方は許せないことをした!」


 脳に流れ込んでくるような声に、意識が薄れかけたが、怒鳴り声で目が覚めた。

 美由紀の表情は、今までに見たことのないもの。激高している。この何者かに対して。


「許せない? それは私もそう思っていますよ、ミユキ。もはや取り返しのつかないことになった責任は、貴方にあります」

「取り返しのつかないことをしたのはどっちかしら」

「フフフ…。今は争う気にはなれませんね。ただ、貴方にとって今の状況は悪いことなのですか? ミユキ」

「ふざけ…ないで…」


 謎の声は、言いたいことが終わると消えた。もちろん、何の姿もないのだが、ここから去ったという感覚は確かにあった。

 美由紀は…、青ざめた顔で荒く息を吐いている。

 物理的に攻撃を受けたわけではない。ただ彼女は…、怒っていた。初めて見るその姿に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。





 屋敷に戻った俺たちは、そのままソファーに腰をおろす。

 美由紀は、あれから一言も発していない。

 無敵と思っていた世界に、同等以上の敵が現れた? そんな力の問題ではないだろう。

 ヤツは美由紀を知っていた。美由紀も…、およそは分かっていた。

 俺にはほぼ何も分からない。ただ、あれはそうだ。イズミの事件に関わると知っていながら、彼女が口をつぐんでいた部分なのだと、それだけは確信できる。


「弘一。私は嘘をついていた。そういうことよ」

「…………お前には嘘をつく理由があった。そういうことなんだろ?」

「…………………」


 らしくない姿でうつむいている。

 そんな姿は…、いつもより小さく見える。


「俺をここに住ませたのは、あいつから護るためだった。そう考えていいんだな?」

「…そうよ」

「管理者というのは、もちろん本当の名前じゃないよな?」

「たぶんね。…でも、他の呼び名は知らないわ。会話できるなんて思わなかったから」

「じゃあ美由紀はどこまで知っていたんだ? あれを」


 別に今さら責める気はない。美由紀は本当に俺を護ろうとしていたんだ。

 そうは思いながらも、矢継ぎ早に疑問を投げかけ続ける自分。まるで責めているようじゃないか。

 だが、美由紀は次第に元気を取り戻しているように見える。

 問われれば答えてしまう性格。結局、口が達者なのは生まれつきなのだろう。


「この世界には外側がある。外側からは、私たちの姿が見えるけれど、こちらからは見えない。そんな関係で」

「あいつは、外側にいるのか?」

「あの声がどこに立っているのかは分からない。外側は…、別に神さまでもなんでもないから。外側からここが覗かれているのは、あいつの仕業でもある、というだけ」

「むむ…」


 外側。そう言えば、前にも美由紀は何か言っていた気がする。

 これまでなら、荒唐無稽で済んでいた話。しかし、思い当たる節がなかったか?


「たとえば、お前の言う外側から、俺たちに対して接触はありうるのか? もしかして、イズミの一件はそういうことなのか?」

「いい推理ね。さすが弘一、あいつも一目置く男だわ」

「ふざけるなよ。あれは俺のことなんて歯牙にもかけてなかっただろう?」

「嫌な話だけど、あいつは貴方が何者なのかは分かっていたわ。そしてたぶん、私が側にいる理由も知っている」


 ようやく笑顔を見せたな。

 何だろう。このわけの分からない状況の中で…、いや、今はそのことは考えない。きっと冷静な自分ではないはず。

 でも仕方ないんだ。美由紀は笑っていてほしい、そう思うから。


「抽象的な言い方になるが――――、あれはお前より上なのか?」

「私は上だと思ってるけど、向こうはたぶん同格という扱いかな。私に攻撃はできないみたいだから」

「可能だったら、お前は攻撃対象になるってことか?」

「排除すべき対象なのは間違いないでしょうね。貴方も…」


 俺も?

 語尾を濁したが、どうもさっきから美由紀は俺も同類だと言いたげだ。

 悪いが、俺には何の力もない。そもそも、それがあるなら保護される必要がないだろうに。


「ここからのつぶやきは独り言。弘一に話した、という事実ができるとまずい気がするから」

「………」


 ああ、独り言をつぶやいただけなのに、誰かに盗み聞きされているわ。うかつなことをして、私は謝罪しなければ…などと、美由紀は文字通り独り言をつぶやいている。ものすごく不自然な演技で。

 当然、釣られてものすごく声を出したくなったが、必死に抑える自分。俺を当事者にしない配慮だというし、とりあえずは我慢しておかなきゃ。


「イズミは、イベントのお手伝い役」

「はぁ!?」

「今、私は独り言をつぶやいているわ。きっと誰もここにはいないわ」


 ………白々しい台詞。要するに、反応して声を出すな、ということか。

 しかし、声を出さずに耐えられるだろうか? 最初の一言で、既にツッコミを抑えられないというのに。


「こちらからは見えない外側の人たちは、イズミと仲良くなろうとする。条件を満たしてイズミがその人の元に来たら、情報を教えてもらう資格を得る」

「…………」

「そうして情報を教えてもらったら、イズミとの接触が終わって、その人たちは別の対象…イベントに移動する。その繰り返し」

「………………」

「それはイズミに、一定期間だけ与えられた役割。伯爵令嬢イベントが終了すれば、彼女は解放される」


 何を言ってるんだ?

 わけが分からないままに、腹は立つ。イズミは外側のヤツらのおもちゃなのか? それも、アレが仕組んだというのか?

 美由紀があくまで、勝手な独り言をつぶやいただけ。だけどそれが嘘だと思えるほど、今の俺は無知ではない。勝手な独り言は、起こっている事象を無理なく説明できている。


「以上、独り言終わり。あー、いい独り言だったわ」

「声出していいのか?」

「いいわ」


 一仕事終えた顔で、息をつく美由紀。

 これを知った上で、一人で抱えていた。そういうことになるのか。


「なぁ美由紀。今の話は…」

「弘一は衛兵の訓練でやらなかった? どこかに隠された指令を発見して、お宝を見つけ出せ、とか」

「…………………」


 もやもやした部分をどう聞こうかと思ったが、見事な補足説明だ。

 今さら言うことじゃないが、口から生まれた女だな。


「それって、ゲーム、だよな」

「そうね」

「見えない人は…、ゲームをしてるってことだよな」

「そうね」


 俺たちの世界の外側で、誰かがゲームをしている。そのゲームは、この世界の人間を巻き込んで行われている。

 無茶苦茶だ。

 だが辻褄は合う。

 イズミと話していた謎の声が求めていた「暗号」。それは伯爵家に関わるものではなく、イズミが答えた形跡もなかった。

 だが、「暗号」が外側のゲームに必要というなら話は別だ。イズミは何かを伝えるが、その対象は俺たちの世界ではないから、声は聞こえなくとも良い。そして「暗号」も、当人が意味を知っている必要はないだろう。

 いや、そもそもイズミはただ伝達の役を与えられ操られただけ。彼女に「暗号」を聞くという作業が、指令の一つだったのかも知れない。


「イズミに伝えるべきじゃないか」

「…伝えてもいいと思う?」


 知らないままではかわいそうだ。

 だが、彼女に伝われば、あれの敵になってしまうだろうか。それよりも…。


「イズミが危険な目に遭わないなら、教えてやりたい。それはお前次第だが」

「あの子のこととなると熱心なのね、弘一は」

「か、からかうなよ」

「冗談よ。弘一は私の伴侶だから」


 拗ねたりごねたりしながらも、イズミに伝えることで見解は一致した。

 一応、知ればトラブルに巻き込まれる可能性があると警告した上で、彼女が望めばという条件をつけておく。恐らくイズミは望むだろう。操られたことを知っているだけでなく、俺たちを使って抵抗しようとしたほどの者なのだから。


「本当のことを言えば、最初からイズミには伝えるつもりだったわ」

「信用しているのか?」

「それはもちろんだけど、もっと重要なことがある。彼女の名前は…、お祖父様につけてもらったそうよ」

「はぁ…」


 そこに何の意味があるのか、さっぱり分からない。

 ただ…。


「もしかして、同類なのか?」

「かも知れない、というだけ」


 これほど重大な事案を、曖昧な推測だけで話しはしないだろう。

 正直、俺には自分と美由紀が同類という前提すら理解できないから、何も判断はできない。そして今は確かめる気にもなれない。


「それで…、弘一」


 用件は済んだ気がしたが、美由紀の表情はまた曇っている。

 ああ、今日は大変な一日だ。


「私の正体は聞かないの?」

「いずれ話してもらう。でも今日は疲れた。もう頭が回らない」

「出て行きたかったら、止めないわ」

「なぜそんな話になる?」

「得体の知れない女でしょ?」

「得体なんか、元から知れなかっただろ」


 ワイトさんやカワモと、くだらない話をしていた毎日。

 そんな日常にいた自分が、どうしてこんな頭のいい女といい争えるのだろう。


「お前が怒っていた。その理由の一部が俺なんだと分かった。それで十分だ」

「それは別に…」

「それに俺は、胸の大きな女が好きなんだ」

「今それを言うのね。卑怯な…、私の大切な人なのよ、貴方は」


 別に日常が失われたわけじゃない。くだらない話をしている毎日には、俺とお前の毎日も含まれるようになった。それだけのことだ。

 自慢の性癖だって、もちろん何も変わっていないさ。


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