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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第三章 闘う者、守護する者
20/94

十九 家庭の事情

※第3章始まります

 おぞましい肉料理祭から二週間。

 キノーワの町は平穏だ。

 イズミの身にも、あれからは何も起こっていない。一応は依頼達成扱いとなり、アラカ所長と面会の上で報酬を受け取ることになった。というより、伯爵家はあの肉料理祭の時点で達成されたと思っていたわけで、ここまで延びたのはこちら側の事情だった。


「伯爵家からは、約定の二倍支払うと申し出がありましたが」

「必要ありません。むしろ、何も解決していないのだから、本当なら受取拒否したいほどです」


 今日の美由紀は、何を思ったのかゴテゴテ、ヒラヒラのドレス姿に、ヴェールまで垂らしている。イズミと違うのは色合いと胸のサイズだけ…という格好で、冒険職事務所の正面受付にやってきたから大変だった。

 というか、ラヒータの通りを歩いている時から大騒ぎ。なんでも屋がまさしく黒山の人だかりで、しかし誰も近寄りはしない。全身を赤色で固めた令嬢風の彼女は、本物以上に近寄りがたい迫力があって、あのゴーシすら遠巻きに凝視していた。隣に不釣り合い極まりない俺がいるのに、だ。

 …………そうした美由紀の心情は、もちろん俺には全く分からない。いや、本当はこんな令嬢スタイルが彼女のいつもだったのかも知れない。そんな気もするし、まさかそんなはずはない、とも思う。相変わらず役に立たない自分だった。


「イズミ様に危害が加えられることはない、と聞きました。一応、解決はしたのでしょう?」

「彼女の身の安全だけは確保できましたが、それだけですから」


 受け取る我々よりも、依頼側の条件の方が良いのだから、ごねた所で大した問題にはならない。なので二人のやり取りは平和裡に進んでいる。

 そして報酬をすべて拒絶すれば、困るのは板挟みにあった所長だ。彼女も、所長に恨みはないだろうし、最終的には約定通りの額を受け取るだろう。

 ただ、拒否したい気持ちは分かる。実際、解決したわけではなく、単に向こうが攻撃をやめただけ。イズミの身の保証とは、要するに今後も彼女を自分の保護下に置くと言っているに過ぎない。


「伯爵からは、あまり詳細は聞かないよう言われているが、一つだけいいだろうか、ヨコダイ様」

「答えられる範囲でしたら」

「次はあると思いますか?」

「……ある、と考えるのがよろしいかと」


 アラカ所長が心配しているのは、同じような事件が今後も起きるのか、という点。これに関しては、美由紀の認識で間違っていない。

 向こう側の目的は不明。そして、こちらは個別に妨害することはできたが、自動化された集団催眠のような状況をどうやって発動しているかは謎のまま。向こう側の正体も、手がかり一つない。

 所長がそこで明かした事実。

 似たような事件は、方々で起きていたらしい。

 イデワ王都、他の都市、あるいは余所の国と、世界各地で似たような事件が起きていた形跡がある。実際には、それぞれが機密扱いで、ほとんど詳細は分からないのだが、どうやら共通するのは「一定期間おかしな行動をして、解放される」ことのようだ。


「すべて無事だった、と考えていいですね?」

「恐らくは、ですが」


 危害が加えられたなら、否応なしに表沙汰になってしまう。だから無事だったはず、と所長はつぶやく。

 イズミも無事だったといえばそうだから、もしも同一人物の犯行ならば――――、それこそ世に疎い令嬢を弄んで笑う愉快犯? よく分からないな。


「コマキ君、同一犯と言えるかは分からないぞ」

「なぜですか?」

「調べた範囲で最も古い記録は…、今から百年以上前だ。八十年以上前と思われる例が、分かった範囲でも五例はある」

「そ、それは…確かに」


 この国の人間の平均寿命は七十歳に届かない。百年前に活動した者と、今回の事件の犯人が同一という可能性は低い…か。普通の人間ならば、だが。


「なぁ美由紀、たとえば魔法で寿命を延ばす方法はないのか?」

「考えたこともないけど、多少は可能でしょうね」

「そ、そうなのか? ヨコダイ様」

「残念ながら…、所長が期待するようなものではありませんよ」


 相手が凄腕の魔法使いと考えれば、人類の常識が通じない可能性はある。そう思って、同じく人類の常識が通じない女に聞いてみたら、所長がなぜか食いついた。

 いや、食いつくのは当然か。

 寿命を延ばす、それが可能なら夢の魔法だ。誰もが求めるに違いない。

 しかし、美由紀が語った「多少」は、所長を満足させるものではなかった。病気を早めに察知する能力、病気の肉体を回復する能力…、それらは天寿を全うする効果があるが、老衰を止められるわけではないという。


「長寿については、専門家に任せるしかないでしょうね」

「まぁそうか。すまないヨコダイ様、要らぬことを聞いてしまった」

「いえ…、誰だって死にたくはありませんし」


 所長も人の子って感じで、俺の中での好感度が上がった。いや、何の意味もない好感度だけど。

 …それに、美由紀はまだ何か隠してそうだ。既にその能力が「魔法使い」などという生やさしいものではないと知っているから、彼女の説明には違和感がある。だが、それは所長の前で表明する内容ではない。


 報酬を受け取って、二人は事務所をあとにする。

 一階に降りると、いつも騒がしい待合に、いつもの倍以上の冒険職が集まっていて、直立不動に近い姿勢で俺たちを見送った。何か大きな依頼でもあったのかと思ったが、どうやら美由紀の勇姿を目に焼き付けるために集まっていただけらしく、俺たちが事務所を出てすぐに、呆けた顔の連中が通りに溢れていった。

 そんなにアレか? 確かに美由紀はどんな格好でも刺激的だけど、今日の衣装が特別だとは思わない。これも慣れというものなのか。



「そういうことですから、一度お姉様に見ていただきたいの」

「本当にいいの? 私はきっとこう言うわよ。弘一の方がずっと格好いいって」


 帰宅してお茶を飲んでいると、前触れもなくイズミが訪ねて来た。一応、コーデンさんが付き添って来たが、屋敷に入るなり彼女は追い返してしまう。二時間後にまた来るようにと伝えて。

 まぁ伯爵邱なんてすぐ近所だから、一般人の感覚なら別におかしくもない。ただし、数日前まで文字通り深窓の御令嬢だった女性が、付き添い一人で余所の家にひょいひょいやって来るとは。有言実行、確かにやる時はやる女らしい。

 ちなみに、俺たちの帰宅時とは違って、今は庭で子どもたちが遊んでいる。彼らは毎日のように美由紀と話しているから、下手な冒険職よりも耐性はある。それでもまぁ、砂遊びをしていたら場違いな重装備の女が現れたので、軽く騒いでいたのは仕方ないだろう。

 ヴェールで顔を隠したイズミは、子どもたちに積極的に愛想を振りまきはしなかったが、気にする様子もなく歩いていた。子どもたちにとって、彼女はどんな存在になるのだろうか。

 ……………。

 え? 話をそらすなって?

 美由紀の与太話にいちいち反応したら負けだ。それぐらいの知恵はあるのだよ。


「イズミが自分で確認するわけにはいかないのか?」

「王都に向かう口実が必要よ。貴方、何か思いつくかしら」

「…ストレートに、婚約者に会いに行くというのは?」

「それは了承したようなものじゃない」


 それにしても、なぜイズミがここまで婚約解消にこだわるのか。話を聞いていくと、まぁいろいろ面倒くさい事情も見えてくる。

 婚約が決まったのは、今から十年前。まだイズミが七歳、相手は五歳だった。

 縁談話は、相手側から持ち込まれた。現在のイデワ国王には弟が三人、その末弟ギケイ閣下の次男ザイセン殿が婚約相手になる。

 一応は王族に連なる一人。ただし国王自身に複数の王子がおり、ギケイ閣下の継承順位は低い。さらにその次男となれば、よほどのことがない限り王位がまわることはないだろう。

 王弟は侯爵待遇だが、それは一代限りと決められているので、ザイセン殿がどうなるかはこれからの活躍次第。王弟の次男坊は王都の学校で学び、有能ならば官僚に、イマイチならば近衛兵の名誉職に…という感じらしい。うむ、明日には忘れそうな知識だ。本当に自分の住む国の話なのか?


「一応、ウチはお金だけはあるから、王族と血縁になる代わりに援助しろって話なのよ。私も家を継ぐわけじゃないし、お互い許婚としてはゆるい関係だと思うわ」

「閣下も…、言いたくはないけれど、あまり活躍はされていないようね」

「もっとはっきり言ってよろしいですわ、お姉様。無能な野心家と」

「そこまでかよ」


 ギケイ閣下の評判は、キノーワまでは何も伝わって来ない。というか世界が違いすぎるから、衛兵レベルには伝わらないというのが正しいだろう。

 伯爵家はもちろん、きっちり調べているという。で、美由紀は王都にいた時期があり、貴族の一部とは面識もあるらしい。その二人の説明を聞く限り、縁を結びたくなる親子ではなさそうだ。

 自分の派閥を作って、宮中での発言力を高めようと日々画策している王弟。子どもたちを方々の有力貴族にあてがい、資金力で支持者を増やして、大逆転で王位を狙う。典型的な小物王族のやり方だが、残念ながら期待したような支持は得られていないという。

 そもそも、閣下の派閥が存在するなんて思っているのは当人だけで、周囲は適当にあしらっている、と。


「つまり、そんな一族に加わるのは嫌だと」

「それはどうでもいいわ。親は親、子は子でしょ?」

「なら、美由紀がものすごく褒めれば、可能性はあるのか。それこそ…」

「お姉様が、弘一以上なんて言うわけないでしょ。諦めなさい」


 ぐぁ…。第三者に言われるとダメージが大きい。

 どっちにしろ、俺を基準にする時点で、美由紀の見解など意味がない。そう、言いたいのはそれだけだ。


「お祖父様が…、たぶん反対されていたのよ。それがなければ、もう結婚していたでしょうね」

「入婿で立場が弱かったはずじゃないのか?」

「そうですわ。…ただ、これに関しては、お父様もあまり積極的ではないから、会う機会も設けていただけませんのよ」

「理由はともかく、三代の利害は一致していたというわけね」

「ええ。先方からは催促の使者も来ているのに、王都は遠いとか、学校が忙しいだろうとか白々しい言い訳までしてましたわ」

「へぇ…」


 婚約から結婚まで、決まった年数があるわけではない。それでも貴族の政略結婚の場合、十五歳までには式を挙げるのが普通のようだ。相手が十五歳というイズミは、かなりギリギリと言っていいだろう。

 とりあえず、父親も敵というわけではないんだな。それでも容易に破棄できないんだから大変だ。こんな事実を知っていれば、没落した名家の令嬢と親しくなったと言って当直をサボったカワモも、もう少しは慎重に行動できただろう。

 うむ。余計な事実まで公表してしまった。

 なお、没落した云々は自称で、会うたびに家名が違っていたそうだ。カワモはこう言っていた。追っ手から身を護るため、偽名を名告らなければならないに違いない、と。追われているような女が、自分は令嬢だと名告るわけないだろうに…と、さらに余計な事実だった。



「王都にはいずれ顔を出す用もあるから、相手の様子も覗くだけなら覗いてみるわ。もちろん、私はただ見たままを伝えるだけよ」

「ありがとうございます、お姉様。報酬は…」

「要らないわよ。可愛いイズミのためだもの」


 なーにが可愛いだ。なーにが……って、睨まれたぞ。さすがに顔に出たか。

 ともかく、美由紀は手を貸す気のようだ。となると、俺も巻き込まれる可能性が高いか。いや、この場に参加させられた時点で、逃げ道はない、と。

 まぁいいけどな。

 これは事件じゃないし、最終的に判断するのはイズミと伯爵家だ。いくら怪人の美由紀でも、間接的な関与しかできない。

 それよりむしろ問題は、王都に行く用があるらしいという点そのものだぞ。彼女に一人で勝手に行ってもらい、留守番できる…とは思えないよな。


「お姉様の厳しい目で、見定めていただきたいですわ」

「厳しい目ねぇ…」

「弘一は分かってないわ」

「はぁ?」


 俺としては、男性を見極めるという依頼ほど、美由紀に向かないものはないと思う。それは根拠のない俺に対する高評価を聞かされた人間なら、一律に感じるものだろう?

 しかし、なぜかイズミはそこに異議を唱えるのだった。


「貴方が基準だから、信用できるのよ」

「それは、お前が俺ぐらいしか若い男を知らないからだろ」

「違う」

「いや…」

「お姉様が貴方を選ぶ。それは当然だと言ってるのよ」


 ………どうしたんだよ。何か頭のネジが抜けたんじゃないのか?

 唖然とする俺を無視して、イズミは美由紀の腕にしがみつく。


「大丈夫。お姉様の伴侶に恋したりはしませんわ。私はその…、もっと背が高い方が好みですの」

「ザイセンさんの背が高かったら、どうするの?」

「あくまで条件の一つです…」


 令嬢風の女に令嬢がしがみつき、アレに顔をうずめて匂いを嗅いでいる。何というか、考える気力を奪う景色だ。とりあえず、今は何もしゃべらないでおこう。

 だがイズミ。いくら男性に縁がないからって、その評価はないぞ。何だか悪い男にコロッと騙される未来が想像できて心配だ。

 悪い男…で、カワモの顔が思い浮かんだのは内緒だ。いや、さすがにカワモに騙されるはずはない、と思うけどな。

 それにあの男は、あれでも多少の危機回避能力はある。本物の令嬢は自分には荷が重いと思い知らされ、あの没落令嬢は偽物だったと気づくはず。おお、それならむしろ会わせたいぐらいだ。


※4日間連続で公開します。

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