十八 気晴しのお出掛けは憂鬱を誘うのがお約束
※ほぼ番外編、2章終わりです。
伯爵令嬢…というか、猫かぶり女イズミが去った翌日。
非番!
今度こそゆっくり休みたい。部屋から一歩も出たくない…と思ったが、残念なことに美由紀の誘いを受けてしまう。
妙齢の婦女子からのお誘い? しかし、そこは心配する必要がない。何せ冒険職事務所からの依頼任務だからな。
これまた所長から直で来た依頼だ。別に俺が関わる必要は全くないのだが、付き添えと言われて断わる気も起きなかった。
「依頼を複数受けるのは禁止されてる、と聞いたが」
「さすがキノーワの生き字引、愛しの弘一ね」
「そんな何重にも皮肉を効かせることか」
ダブりは禁止、それは冒険職の信用に関わる話だから、今回の依頼を公にはできない。
ただし、もう一つの依頼、つまりイズミに関するあれも秘密裡のもので、解決してもしなくても表には出ない。だから、簡単に足がつきそうな依頼でも重複可能なのだろう。
しかし、こんな依頼が必要になるほど…。
「既にキノーワ名物になってるから、どうにか継続的に仕入れたいそうよ」
「獲りすぎるといなくなってしまうだろ。元は大人しいのに、ちょっとかわいそうだな」
「同業者がやらかしそうだし、年に一度とかに限ったらどうかって伝えてる。アラカさんも同意見」
そう。
依頼はシンプルに「恐竜狩り」。いや、狩りというか、食肉の提供だ。
以前のアレで美由紀が討伐した五頭は、いろいろな形でキノーワに衝撃を与えていた。
五つの傷一つない生首は、貴族が争うように買い求め、悪趣味なベッドルームの飾りに化けた…が、まぁそれは予想の範疇だった。
問題は肉だ。説明するのも恐ろしいが、後学のために語っておこう。
美由紀は五頭の首を切り落とした直後、体内の血を革袋に瞬間移動で転送していた。五頭分の大量の血だけを、冒険職事務所の倉庫にしまってある備品の袋に直接転送してしまったのだ。
次に内臓も抜き取って、同じく倉庫に転送。ここまでは、所長に無断でやっていた。
とんでもない所業だが、血も内臓も、新鮮ならば引き取り手はある。すべて魔法で処理されたから、傷もなく鮮度もばっちり、しかも不純物分離済み。食肉卸が驚愕して、すべてを買い取った。
普段は庶民向け食材にまわるわけだが、特に良い部分は高級レストランに引き取られ、特別メニューとして消費されたらしい。俺は頼まれても食べたくないけどな。
五頭の胴体そのものは、さすがに無断とはいかず、そもそも事務所では置き場もない。アラカ所長が食肉業者の組合に声をかけ、そちらの倉庫を借りることになった。
なお、組合には討伐者や輸送手段を尋ねないよう釘を差したらしい。今のところ、業者が美由紀に目をつけた様子はないから、一応守られてはいるのだろう。その代わり、窓口役のアラカ所長は相当せっつかれ、今日の事態になったわけだが。
大方の予想通り――そもそも予想できるのは俺しかいない――、美由紀はあの巨体を五頭いっぺんに倉庫へと転送した。しかし、問題はここからだ。骨だけを分離して、倉庫の隅に転送。続いて、中の肉だけを転送。あっという間に、着ぐるみのような皮だけ残った。
あとは、肉を幾つかの部位で切り分けて終了。骨は素材として引き取られ、頭がないだけで完全な形の皮は、これまた皮革の業者を驚かせたらしい。
で、肉はこれまた高級レストランへ。ただし、あまりに量が多いので消費しきれず、結果的に町の食堂すべてに行き渡った。円月殺法のソテーにも紛れた…どころか、堂々と恐竜ソテーの名で提供されたから、俺はしばらくキノーワで肉料理を食べなかった。
悲しいことに、俺はその五頭の最期を目撃した。そして、強暴なモンスターがあっという間に分解され、売却される一部始終を知っている。
俺には彼ら――ついつい五頭をそう呼んでしまう――が他人とは思えない。そう、美由紀がその気になれば、自分だって一瞬で食肉処理されてしまうのだから。
「良からぬことを考えてるでしょ」
「悲しい過去を思い出していただけだ」
「本当に?」
「……恐らく、お前の想像する過去じゃないぞ」
本日の狩猟にかける時間は、往復込みで三十分しか予定されていない。その上、依頼書には行き先すら書かれていないという非常識なものだ。もちろんそれは、勝手に探してくれるだろうというアラカ所長の厚い信頼の証である。
その信頼に応えようと、今日は北門にすら行かず、部屋から直接瞬間移動で飛ぶ。
どうせ内密の依頼だから、衛兵にも内緒にした方がいい。それを衛兵の俺が言うのはアレだが、下手に知られると、彼らがトラブルに巻き込まれそうだ。知らぬが花ってやつだ。
「今日もいい天気ね。お散歩日和だわ」
「こんな血なまぐさいお散歩があってたまるか」
ともかく、モンスター出現の一報はどこにもない。行き先の指定がないから、とりあえず以前の狩場――討伐地である――に飛んでみたが、見つからず。仕方なく、美由紀の探知能力を使いながら移動を繰り返すことになる。
ちなみに探知能力は、原理は分からないが一応「魔法」ではないらしい。冒険職だけでなく、衛兵にも使えるヤツはいる。まぁそういう知識として学んでいる能力と、目の前の女が使うそれには大きな隔たりがあるわけだが。
だいたい、見つけ次第に瞬間移動で目の前に移動するのだから、相手のモンスターたちにとっては悪魔の所業にしか思えないだろう…って、またモンスターの代弁をしてしまった。
どっちにしろ、付き添いの俺はただ移動を繰り返させられるだけ。何度目かの移動先に、まぁ何というか、恐竜はいた。いたが、何頭かの集団がのんびり草を食べている牧歌的な光景だった。
「まさかこれを殺るのか?」
「さすがに良心が痛むわ」
お前に人の心が残っていて良かったと、口にしかけたがどうにか我慢する。
結局、それからさらにしばらく探しまわって、ようやく凶暴化しかけた一頭を発見。既にここがどこなのかも分からない。曇り空だし、遠くに見たことのない山がそびえているし、イデワ王国領なのかすら怪しい気がしてならない。食肉のために大陸をまたに掛けてモンスターを探す、本末転倒な事態になった。
「また見なきゃいけないのか」
「弘一」
「何だよ」
「別の方法を試すけど、気を確かに」
そんな脅しが必要な方法しかないのか…と思うが、食肉は殺害に始まるのだ。せめて不幸にも変成してしまった彼の冥福を弔おう。明日は我が身と。
しかし、美由紀の「別の方法」は、常軌を逸していた。いや、前回も完全に常軌を逸していたが、あれがかわいく思えるほどに。
殺害は一瞬だ。そう、それ自体を瞬間移動による転送で済ませてしまう。まず首の辺りの空間が歪んだように見えて、次の瞬間には足元に生首が転がっていた。とうとう斬りもしなくなったのだ。
そして、分解される。
骨と内臓と皮を魔法で分離して、所長指定の倉庫に転送。皮を剥がされ、真っ赤な肉が剥き出しの見るもおぞましい状態になった身体は、支える骨もないので倒れていくが、地面に着くまでのわずかな間にバラバラにされ、同じく転送された。もう目の前には血の一滴もない。
殺害、解体処理、輸送までを、手も触れずに合わせて数秒で済ませる女。これってもう、逆らったら人類滅亡だよな。
「お昼は魚でも食べる?」
「正直、芋だけでいい」
食欲もすっかりなくして、げんなりして帰宅。ああ、これからは流行るかも知れない、恐竜解体見学ダイエット。
なら見に行かなければいいだろうって?
これはたぶん、人類の代表としての意地だ。そして、死に行く者への同情と共感だ。何言ってんのか自分が分からなくなったので、今はそっとしておいてくれ。
「お姉様、弘一、よく来たわね! 今日はいい肉が手に入ったらしいから、二人にもごちそうしてあげるわ!」
「……………」
因果は巡る。
娘を救ってくれてありがとう、そう言って伯爵に呼ばれた先で、素晴らしい肉に巡り逢ってしまう。
鬼か、お前は!
しかし、イズミにそれを言ってもしょうがない。そして伯爵に見られている以上、逃げられない。ああ、ナイフで簡単に切れる柔らかさ、肉汁たっぷり、口の中で甘みとうまみが溢れていく…。
「お肉食べて泣くなんて、弘一って普段は何を食べているのかしら」
「きっと素晴らしい調理に感動しているのよ。弘一は昔からそういう人だから」
平然と食事を楽しむ悪魔め。お前の血は何色だ―――って、また思い出してしまった。
※19と20は第3章に移ります。ご愛読ありがとうございます。




