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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第二章 惑星のパサージュ
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十三 お姉様と呼ぶ相手はだいたい他人なのがお約束

 大きな木の下のベンチでイズミさんを確保した俺たち。ただし、俺は何もしていない。

 美由紀はしばらく彼女の手を握って落ちつかせていた。そうして、歩けそうな程度には回復した彼女を見て、伯爵邱に戻ることになった。

 道中の様子は………、正直言って思い出したくない。

 美由紀はイズミさんを軽々とお姫さまだっこして、悠然と街路を歩いていく。イズミさんは顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で美由紀を見つめ、そして俺は一人離れた傍観者。どうしてこうなった。

 そもそも、イズミさんは一人で歩けるはずだ。一部始終を見ていたが、彼女はただ二十分ほど町を歩いて、ベンチに座っただけじゃないか。


「ありがとうございますお姉様。ああ、凛々しくて素敵なお顔」

「イズミは大変な目に遭ったのよ。可愛い貴方を護るのが私の役目なの」

「お姉様の…匂い」

「…………」


 何を見せられてるんだ、いったい。道中は美由紀の認識阻害の魔法がかかっているから、目撃者は俺一人。いっそ、俺の認識も阻害してくれよ。

 というか、美由紀も悪のりしすぎだろう。まぁ、けんか腰より仕事はやりやすいけどさ。

 屋敷に戻る…というか、門前は既に大騒ぎになっていた。箝口令を敷いているというのに、伯爵も外に出ていて――――、戻って来た二人を見て唖然としている。そりゃそうだ。

 まぁ何だ。

 だからって、俺がお姫さまだっこしたら生きて帰れそうにないし、良かったじゃないか。

 他人が驚くのを見たら、こっちは冷静になれた。そうなのだ、俺には何も引け目を感じることなんてない。その代わり、役にも立ってないけどさ。


「ありがとうございました、横代様………と、小牧殿」

「いえ…、何も解決はしていませんから」


 なかなか降りようとしなかったイズミさん。玄関扉の前で地面に足をつけた時の無念の表情は、思わず目を背けたくなるほどだった。

 いや、愁いの表情は一般論でいえば美しいものだ。守衛は普通に見惚れていただろう。美由紀の小芝居に呆れている人間でなければ。


「守衛が門を開けたことで、彼らを責めないでくださいね。皆さんは何らかの力で操られていました」

「そのようなことが…」


 ともかく、伯爵を交えた四人で今夜の出来事を再確認する。

 イズミさんは何者かに呼び出された。そして彼女の邪魔をしないよう、守衛も、町ですれ違った人々も何らかの精神支配を受けていた。彼女はベンチに一人で座り、そこでは姿はないが「暗号」を求める男の声があった…と。

 伯爵家の人々が、娘の失踪に気づいたのは三十分ほど前。恐らく、美由紀がイズミさんの催眠状態を解除した頃だろう。


「私も少しは魔法を習った身だが、そのようなことが可能であろうか、横代様」

「申し上げにくいですが……、この国にこれだけの魔法を使える者はいないでしょう」


 お前を除いては、な。

 美由紀が犯人でないことぐらい分かっているが、要するにそれぐらい超常の存在にしかできない。対象を定めて催眠状態にするならともかく、誰が来るか分からない往来で、彼女を認識したという記憶だけを消す芸当など、そう簡単にできるはずがなかった。

 ということは、自動的に次のような推論に至る。

 美由紀のようにデタラメな力をもつ存在が他にもいる。しかも、声が本当なら男だ。アラカ所長の話によれば、今は五段どころか初段すら他には存在しないはずだから、そいつは陰に隠れていることにもなる。


「申し訳ありません、お姉様。やはり何も思い出せませんわ」

「いいのよ。私も貴方を止められなかった。危険な目に遭わせてしまったわ」

「だ、だが何もなかったのだな? 横代様」

「大丈夫です、ねぇ弘一?」

「えっ、あ、あのー」

「なんだ、何かあったのか!?」

「ベ、ベンチに座っただけです。一人で」


 圧が強いよ伯爵。

 なんで俺に話を振るんだよ…とも思ったが、これでも目撃者だからな。その割には、今のは不審者への訊問そのものだったけど。

 不本意とはいえ、伯爵が自ら呼び込んだ悪い虫なのだ。警戒する気持ちは分かる。しかし、もう少し俺を信じてほしい。

 イズミさんは確かに非常に魅力的だが、伯爵令嬢という肩書きの重さもひしひし感じるし、個人的には受け入れがたいことだが美由紀の方が圧倒的に可愛い。それに美由紀の方が、胸も一回り凶悪だ。あー、俺って最低な人類だな。


「お姉様。不安ですわ、私」

「そうね…」


 とりあえず確認すべきことは終わった。今晩はこれ以上の何かは起こらないだろうから、俺たちは退出すればいいのだが、もうすっかりアレな人になってしまったイズミさんは、美由紀を引き留めようとする。

 赤く火照った頬、とろんとした目で美由紀の腕にしなだれかかる娘を見て、伯爵の顔はひきつっている。しかし、相手が女性だからなのか、積極的に引き離そうとはしない。その代わり、どうにかしろという視線を感じる。

 一方、「お姉様」も俺を見て…、おおっ、見ろ! 美由紀が、あの怪人が困った顔をしているぞ! これは大勝利の予感がするな。


(笑ったわね。覚えてなさいよ)


 自分で蒔いた種だろう! たまには精神的優位に立ちたいんだ。


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