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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第二章 惑星のパサージュ
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十二 深夜の密会は覗かれるのがお約束

 伯爵御令嬢イズミさん、謎の外出騒ぎ。事態は思った以上に深刻らしい。

 無断外出を止めるのが仕事の守衛たちが、まさかの開門で、あっさり彼女を外に送り出してしまう。

 そして彼女が出ると、ご丁寧に門前の様子を確認して、彼らは門を閉めようとしている。


(ど、どうすんだ美由紀)

(どうもこうも、予定通り行動を起こしたのだから、予定通りに尾行。貴方の大好きな覗きですよー)

(俺は正々堂々と眺める主義だ)

(さすが我が伴侶ね)


 この非常時に軽口叩いてる場合か、と思うが、基本的に俺は付き従うだけなので、任せるしかない。

 美由紀に腕を引っ張られて、閉まりかけた門を通る。守衛たちは俺たちにも、なぜか気づいていないように見える。


「ちょっとだけ認識阻害の魔法を使ったわ。私たちが通り抜けたことに気づかないだけの。あ、もう声出していいからね」

「イズミさんも、彼らに同じことをやったのか?」

「したのはイズミさんじゃないわ。それは分かってるでしょ?」


 分かってるというか…、そんなはずはないだろうとは思うが。

 というか、イズミさんじゃなければ誰の仕業なのか。門番の彼らが自主的に門を開けるはずはないし、かといってあの場にいたのは守衛とイズミさんと俺たちだけ。え? まさか…。


「まさか私が犯人とか言い出さないでしょうね」

「まさかそんなことがあるはずはないなぁハハハ」


 うむ、さすがにそんな自作自演はないだろう。ないよな? 言いたくはないが、事件の直後に同じことをやってのけたら、疑われても仕方がないのだ。

 なお、俺たちがあれを目撃できたのも、美由紀の能力のおかげらしい。つまり、周囲の人間には自身の存在を察知させず、しかも門番を自由に操る力。それは凄腕の魔法使いを何人か集めても、簡単にできる技ではないはずだ。

 美由紀なら…とはもう言わないぞ。美由紀は何というか、美由紀という生物だ。



 イズミさんの姿をギリギリ確認できる程度の距離で、二人は尾行する。

 やがてシラハタ地区を抜け、城門近くの屋台街に差し掛かる。既に屋台の営業は終わっているが、まだ片づけをしている店もあり、それなりに人が動いている。

 ………………うーむ。

 イズミさんは、歩いている何人かとすれ違い、中には道を除ける相手もいた。つまり、確実に存在を察知されている。

 しかも彼女は、ど派手な紫色の夜会服に身を固めているのだ。

 いくら暗がりで色が分かり辛いとはいえ、屋台街とは全くそぐわない異様な景色。それなのに誰も気にとめる様子が見られなかった。


「これも…、魔法か何かで操られているってことか?」

「どういう原理なのかは分からないけど、彼女を認識させないよう、何かの力が働いているんでしょうね。せっかくきれいな衣装なのに」

「そういう問題じゃないだろ」


 わけが分からない。とりあえず、今のところイズミさんに危害が加えられてはいない。認識されないなら、襲われることもないのは確かだな。

 その後、彼女は屋台街の先、つまりは俺の職場の横を通りがかる。詰所の連中からもはっきり見える位置を通過する。


「うーむ、衛兵もダメなのか」

「貴方だけ姿を見せてみる?」

「何のために!?」


 こんな所で突然出現したように見えたら、文字通りの不審者じゃないか。

 しかし、俺の身がどうなるかは美由紀次第。急に緊張感が襲ってきたぞ。


 幸か不幸か、全く立ち止まることもなく城門前を通り過ぎたイズミさんは、東北方向に続く道を歩いていく。

 その先はビワーラ地区。普通の住宅街なので、用のない人が立ち入ることはあまりない。俺はまぁ衛兵だから、東門に用がある時には通り抜けるぐらいだな。彼女の行き先もそっちなのかな……っと。


「止まった?」

「…ようね。ここはどこ?」

「どこって、見ての通りの広場だ。名前なんてあったかな」


 南門と東門を結ぶ道の途中にある小さな広場で、イズミさんは突然立ち止まる。地元民以外が訪れることもない場所で、ガス灯が一基だけ立っている。かなり暗い空間に、二人掛けのベンチが幾つか置かれているだけで、深夜の今は人影もない。

 彼女は、左手奥のベンチに腰かける。背後に一本の大木がそびえていて、他に目立った何かはない。ベンチもありふれた木製で、ドレス姿の御令嬢には全くそぐわないが、もはやそんな感想は要らないか。

 腰掛けたのは、イズミさんだけ。

 相手と待ち合わせなのか?

 しばらく離れたところから覗いていたが、誰かがやってくる様子もない。


「感づかれたか?」

「さぁ…。私の探知には何も引っかからないけど」


 そもそも相手が美由紀並みだとしたら、こうやって隠れているつもりの姿も見られているだろう。ああ、何だか恐ろしい現場にいるんだな。怪人と一緒にいるせいで麻痺しているが。

 イズミさんは、周囲の様子を気にする素振りもない。

 親に内緒で男と会っている線は、どうやら完全に消えたようだ。


「ちょっと能力使うわ。一緒に聞く?」

「遠慮する」


 十分ほど待った辺りで、痺れをきらせて動き出したのは美由紀だった。案外忍耐力がないものだと思う。こいつを十分以上待たせたら、命の危険が迫るということか。

 まぁそれは冗談として。

 美由紀には、耳の感度を上げて遠くの音を聞くという能力があるらしい。さらに、他者と感覚共有もできるという。相変らずデタラメな力だ。

 とりあえず、街中のノイズを聞かされるなんて冗談じゃない。俺は普通の人類だから、そういう盗聴は怪人にお任せする。きっとコイツなら、ノイズ程度ならどうにかするだろうし。

 美由紀は目を閉じ、邪魔をしないように俺は口を閉じる。

 しばらく、ただ沈黙が続く。

 黙ってベンチを眺めているが、相変らずイズミさんは一人で座ったままで微動だにしないのだ。


「男の声がする」

「えっ?」


 ベンチまではかなりの距離。どこかのノイズを拾ったのでは…と思ったが、美由紀の耳は高性能、確実にイズミさんに聞こえた声だという。

 もちろん、男の姿などどこにもない。あるのは木とベンチだけ。


「彼女は誰かと話しているのよ。ああ…でも、話しかけられているだけかな。よく聞こえないけど……、暗号って言ったような」

「暗号? 何だよそれ、まさか伯爵邱に盗みに入る気か?」

「それはないと思う」


 そもそも金庫の番号を娘に教えるはずがない、と言われればそうか。

 しかし、ならば何の暗号? 相変らず何も分からないまま、時間は過ぎていく。他にも声は聞こえるらしいが、聞き取れる単語がないらしい。

 やがて、ゆっくりとイズミさんは立ち上がった。

 そして――――、美由紀は突然走り出し、イズミさんの身体を抑えつけ、その顔に手のひらを押し当てる。何? いきなり何するんだ?


「イズミお嬢様、そろそろ目覚めの時間ですよ」

「え…、え? ええっ!?」


 どうやら美由紀はイズミさんの目を覚ましたらしい。

 正気にかえったイズミさんは、目の前の景色に頭が追いつかないようだ。

 仕方がないので、そのままさっきのベンチに座らせ、美由紀が彼女の手を握った。パニックに陥った彼女はしばらく震えていたが、やがて落ち着きを取り戻し始める。


「ここは…、貴方が連れてきたわけではなさそうですわね」

「記憶にないのね。いつまで思い出せるかしら? ゆっくりでいいわ、まずは落ちつきましょう」

「ええ…」

「大丈夫よ。私が護るから」


 美由紀はイズミさんを抱かかえるように支え、手を握ったままで、いつもより低めの声でささやく。まるで子どもをあやす母親のようだな、と思う。そんな思い出はないが。

 その間の俺は手持ちぶさたなので、念のためにベンチと背後の木を観察する。何か声が出るような装置が隠されていないか…と調べたが、特に怪しいものは発見できなかった。

 イズミさんの記憶は、夜会服に着替えた辺りで途切れていた。それ以降、ここで美由紀につかまるまでのことは何も思い出せず。もちろん、男と会話した記憶もない。


「暗号…と聞こえたけど、何か心当たりはあるかしら?」

「いえ……。もしも金庫や宝物庫のことでしたら、解除の方法は父や執事が扱っていますわ。私に聞いても無駄でしょう」

「でしょうね。ということは…」


 そこで美由紀は険しい表情になり、そのまま口を閉じた。

 イズミさんは急に不安になったらしく、美由紀の手を胸元でぎゅっと握りしめる。ううむ、俺は何を実況してるんだ。


「心当たりがあるのでしょう? 教えてくださいませんか、お姉様」

「ふふっ。あると言えばあるの。だけどそれは冗談としか思えないはずよ」

「それでも構いませんわ」

「そうね。貴方は当事者だもの、時と場を変えて、いずれお話ししましょうか」


 誰だよお姉様って。元からそうだとは言え、完全に俺は蚊帳の外に置かれてしまった。

 …………。

 ふと冷静になってみると、目の前の暗がりでは、ものすごい美人姉妹が寄り添って手をつないで語らっている。まさしく、性的な興奮を覚える状況でござるな。

 こんな状況でどうやって興奮するんだよ。

 とりあえず、急に現在の任務がリアルに思えてくる。そう、覗きだよ、覗き。


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