九十二
中層と下層とを隔てる城壁を抜けた途端に、人の数が桁違いに増える。豊穣祭も半分を過ぎたが、噂を聞き付けた吟遊詩人や商人達等が続々と集まる頃で、これからがピークを迎えるのだという。
「わぁ、ひとがいっぱぁい」
目をキラキラと輝かせ、マリーちゃんは右へ左へと忙しそうに首を振っている。一瞬動きが止まるその先に、食べ物屋さんがあるのは気の所為では無いだろう。
「さて、何処へ行きたい?」
「んーとねぇ……マリー、サーカスみたいっ」
「サーカス……?」
「サーカス一座は、ここからですと東側の方になると思います」
「東側……ね。じゃあ、マリーちゃん――」
柔らかくて仄かに温かい小さな手の平が、私の右手をギュッと握り締める。迷子にならない様に……と言うつもりだったけれど、この娘はちゃんと分かっている。賢い子だなぁ。
「お姉ちゃんも」
「え……? あ、はい」
一瞬躊躇いをみせたリリーカさんも、差し伸べられたマリーちゃんの手を握る。こうして私達はサーカス一座へと向かった――
「なんかさ、こうしていると夫婦の様に見えるよね」
「え? ええ、そうですわね」
午前中とはまるで別人と思える程、リリーカさんの反応は鈍い。鈍いというか、何かを警戒している? でも、一体何を……?
「ふーふ? お兄ちゃん、お姉ちゃんとふーふなの?」
「んーん、まだだよ。でも、将来はふーふになるんだ。ね、リリーカ」
「カーン様。矢張り私はマリーさんをお帰しになる方が宜しいと思いますわ」
「えーっ、マリー嫌ぁ」
リリーカさんの言葉に、マリーちゃんは頬をぷっくりと膨らませてソッポを向いた。
「まあまあ、折角ここまで来たんだし、サーカスくらいは見ていこうよ」
「……仕方ありませんわね」
「やったぁっ、お姉ちゃん大好きぃ」
「良いですか。サーカスだけで御座いますからね。それを見られたらお戻りになられて下さいまし」
「うんっ」
リリーカさんの言葉遣いが気にはなったが、マリーちゃんが見せた過去最大級の破壊力を持った笑顔で、そんな考えは吹き飛んだ――
広い敷地に設営された大きなテント。周囲に置かれた引き手の居ない荷馬車。身の丈程の大きな球に乗り、何本もの短剣を宙に舞わせているジャグラー。そして、ポッカリ開いた入り口に向かうヒトの群れ。私の知っているサーカスの風景がここにあった――
ってか、人多っ!




