八十五
向日葵の様な笑顔が、今日も私に向けられていた。これが私の最後の砦。それを失わない為にも、新たに増えた秘密も含め全てを隠し通さなければならない。
「どうかされたのですか?」
首を傾げて上目遣いで私の顔を覗き込む。そのあまりの近さに、思わず一歩身を引いた。
「え、いや。何でも無いよ」
「そうですか。お疲れの所申し訳ありませんが、今日も一日お願い致しますわ」
彼女の『疲れ』という言葉に、驚いて鼓動が高鳴った。いつも通りに振る舞った筈なのに、見透かされてしまった様だ。もしかしたら、両親から受け継いだ冒険者のカン。とやらが囁いたのかもしれない。
「こちらこそ宜しく。ゴメンね、寝起きで全然準備出来てなくて。上がって待ってて」
「はい。それでは、お邪魔致しますわ」
リリーカさんを部屋に通し、お茶を出してからシャワーを浴びる。ボサボサの髪のままで纏めても、貴族っぽくは見えないからだ。
シャワーを浴び終え、タオルで髪を拭くのもそこそこに、胸に晒しを巻いてオジサマから正式にお借りした服を着込む。これでカーン=アシュフォードの出来上がりだ。
「お待たせ。それじゃ行きましょう」
「お待ち下さい」
よっしゃ、レッツゴー。と思った私にリリーカさんが待ったを掛ける。
「御髪がまだ濡れておいでではありませんか。そのままでは風邪を引いてしまいますわ」
そう言ってリリーカさんは私に向かって杖を構える。
「風の精霊シルフィーヌ。契約に基づき我の元に来たれ」
杖の先端の周囲に、黄緑色をした可視の風がクルクル。と回り出して球体を形作る。パン。と割れた球体の中から一人の妖精が姿を見せた。
「大気に満つるその力以て、柔らかな風と成して彼の者を包み込め」
優しい風が私を包み込んだ。ゆるゆると流れる風は、濡れた私の髪を宙に留めて弄ぶ。妖精が消えると、乾いた髪がふわり。と降りて来た。
「すごーい。便利ね」
髪が乾くまでに三十分は掛かっていたが、これならば数分で済む。
「そのままジッとしていて下さいまし、整えますわ」
「うん、有難う。ねぇねぇ、私も魔法を使ってみたいんだけど、どうすればいいの?」
私からの問い掛けに、リリーカさんは言葉で無く、背中から優しく抱き締めた。
「お姉様。この数日お姉様の身に何があったのか、もうこれ以上お聞き致しません。お姉様自ら打ち明けてくれると信じて、リリーカは何時迄もずっとお持ちしておりますわ」
耳元で囁かれたその言葉に、涙が揺蕩い景色を歪ませた――




