七十四
「黙って服をお借りしてすみません。これには深い訳がありまして」
「別にお姉様が謝る事ではありませんわ。お父様の服を持ち出したのは私なのですから」
カウンター席に腰を下ろすと、おばさまが水を運んで来る。リリーカさんはそれを一気に飲み干して、駆け付け一杯をこなしたオッサン張りのプハァを披露した。
「フォワール卿にも良い加減ウンザリしますわ。しつこいったらありませんもの。アレはもう、ローウルフと何ら変わりませんわ。だから今日一日、お姉様に恋人役になって貰ったのですわ」
フォワール卿を遂にアレ呼ばわりか。
「ローウルフ……?」
「コレと定めた獲物を執拗に追い掛けて、疲れて動きが鈍った所で襲い掛かる魔獣だ」
コトリ。とオジサマがコーヒーを置く。淹れたての良い香りが鼻を擽った。へぇ、そんな獣が居るんだ。
「お父様、お母様はどう思っていらっしゃるの?」
「別に母さん達は、リリーがその気ならヨルヴでもカナちゃんでも良いと思っているのよ」
何故ソコで私の名が上がる……?
「え、お姉様と……?」
ちょっ! なに頬を染めてんのっ?!
「それにしても、カナちゃんカッコイイわねぇ。昔のお父さんを思い出させるわぁ」
「え? そうなんですか?」
「ええ、剣を振るう姿に見惚れて回復魔法を忘れるくらいだったわ」
おばさま。ソコ忘れちゃいかんでしょ。それにしても、歳を重ねた今もこれだけカッコイイんだから、若い頃はもっとカッコ良かったんだろうなぁ……
「お姉様。ヨダレが出てますわよ」
「おっと」
言われてジュルリ。とヨダレを啜る。ソシャゲに登場するイケメンを思い浮かべてたよ。
「ヤダ。おばさんドキドキしてきちゃったわ」
それは更年期障害なんじゃ?
「どう? お父さん。今夜あたり……」
「ん? ああ、今日は忙しいから後でな」
今日『も』ですよね。オジサマ。
「私がお姉様と……。それも良いかもしれませんわね……」
三者三様の思いを馳せながら、豊穣祭六日目の夜が更けていった――
リリーカさんに見送られ、オジサマの店が見えなくなった所でその記憶が途絶えている事から、ソコで何かがあったのだろう。後頭部に何か強い衝撃を感じたが、今は痛みなどは微塵も感じなかった。
ガチャリ。ギギギギィ……。何処からともなく錠が外された音がし、重そうな金属音が石壁で出来た空間内に響いた。私の方へと近付いてくる足音は複数。ガチャ、ガチャ。とした金属音。コツ、コツ。とした靴の音。そして、ペタ、ペタとした……獣が歩く音?
程なくその者達の正体が明らかになる。目の前に現れた者達の姿を見て、驚きのあまりに瞬きも忘れてその者達を見入っていた――




