六十九
リリーカさんがパン屋さんのドアを開けると、カラランッと来客を知らせる鐘が鳴る。
と、焼きたての香ばしい香りが私の鼻孔を擽る。柔らかく優しい香り。下層でもパン屋さんは在るが、香りだけで満足してしまう程のパワーは持っていない。だからといって不味い訳じゃ無いんだけどね。でも、ここに並ぶパン達は、下層で見掛けるモノと明らかに違って見えた。
「ようこそいらっしゃいました」
ベーカリーユニフォームに身を包み、『アルカイック』の責任者を思い出させるかの様な笑顔で以って、右手を自身の左肩に添えて軽いお辞儀をする男性店員さん。
イケメン顔以外の身体的特徴は、顔の横に付いているピンッと尖った耳。つまりは、この店員さんはエルフなのだ。
「チュロルをお一つ頂きますわ」
チュロル……? そういえば、日本でそんなチョコレートがあったな……。それにしても、森の種族エルフが作ったパン、か。一体どんな味がするのだろうか……?
「畏まりました。焼き上がるまでに少々お時間を頂きます。そちらのテーブルにてお待ち下さいませ」
手の平を天井に向け、窓際に置かれている真っ白な材質の木で出来た、アンティーク調のテーブルを指し示す。リリーカさんがテーブルに近付くと、エルフの店員さんが椅子を引いて座るのを待つ。ちなみに、私の方は無い。まあ、今の私は男だからね。
「ありがとう」
「ただ今お茶をお持ち致します」
再び右手を肩に添えて軽くお辞儀をすると、店員さんは奥へと引っ込んで行った。
「お待たせ致しました。ローズティーで御座います。それと、こちらは新商品のマフィンです。お召し上がり下さいませ」
お茶って言うからお手軽なモノかと思っていたが、出て来たモノはガッツリティーセットだった。これが無料だなんて信じられないわっ。
「美味しいですわ」
「有難う御座います」
「ただ……ちょっと甘い気が致しますわね。茶葉を別な物に変えた方が宜しいと思いますわ」
「貴重なご意見有難う御座います」
「カーン様は如何ですか? 率直な感想を……」
「ふぉっへはおひほうふぇふ……」
あまりの美味しさに、緩みきっただらしない顔をしていたのだろう。リリーカさんと店員さんは二人揃って顔を引きつらせていた――




