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初めての依頼。

 当てにしていたサーカス一座が空振りに終わり、オレンジ色の柔らかい明かりが灯る街中で休憩がてら夕食を摂っていた。


 香ばしい香りについ釣られて購入したのは、何と蒲鉾っぽい串焼き。魚をすり身にして棒に巻き付けて焼いているのだから蒲鉾と言っても差し支えない。違いは川魚を使っている点だけれど、焼きながらタレを塗り込んでいる為か特に変なクセもなくて美味しい。それを二つ購入して一つをカゴに入れてやると、『にぃ』ちゃんがそれに貪り付いた。


「お前の飼い主は何処にいるんだろうね」


 世界を旅するサーカスの団長が何本も腕を生やしてでも欲しがる珍獣だ。本当の飼い主は嘸かし心配している事だろう。


「元の世界なら似顔絵作って電柱にでも貼っておくんだけど……」


 この世界に電柱なんて物は無いから店先に貼って貰うしかないが、コピー機なんて便利な物も無いから一枚一枚手書きで書かないといけない。非常に面倒だ。理想は一枚で大勢に見て貰える場所に貼る事なのだけれど……


「そういえば、アソコがあったっけ」


 買い食いしながら通り過ぎた人の出で立ちを見て、その条件を満たすのはソコしかないと立ち上がった。



 冒険者ギルド。その施設は実に分かりやすい場所に建てられていた。下層の南門を潜り、丘の上の王城まで緩やかな登りが真っ直ぐに続く大通りを遮る様に建てられている建物が目的の場所。開け放たれたままの入口からは人が頻繁に出入りを繰り返し、時折ワッと笑い声が漏れる。


 こちらに来て半年にもなるのに、ここに入るのは意外にも初めて。建物自体は四階建てだけれど、ロビーは二階までの吹き抜け構造によって天井は高く、体育館程の広さがある。


 ギルド内には冒険者と思しき人達が大勢居て、テーブル席に座り酒を酌み交わす人達や入手した素材を鑑定して貰っている人。掲示板の前に立ってしきりに顎髭を整えながら熟考している人などが居た。中には女性冒険者をナンパしている人なんかも居て、もれなくビンタを貰っていた。


 左手には受付のカウンターが並び、右手に掲示板が並んでいる。奥の方はどうやら休憩所の様だ。私はまず右手の掲示板に向かい、『にぃ』ちゃんの捜索依頼が出ていないか確かめる。


 掲示板には大小様々な大きさの貼り紙が貼られている。それが、魔物の討伐依頼。薬草等の採集依頼。そして失せ物の探索依頼。と、三つに分けられていて実に分かりやすい。


 私は失せ物探索依頼の掲示板の前に立ち、『にぃ』ちゃんの依頼が出ていないか見て回る。


「結構数があるわね。えっと、なになに……『私の前から忽然と消えた彼氏を探して欲しい』?」


 アンタそれ、捨てられてないか?


「こ、コッチは……『お腹の子の父親を探して下さい』?」


 心の中を探した方が良いんじゃないかなっ。


「ロクな依頼がないわね……」


 後は財布を紛失しただの指輪を失くしただのと、物ばかりが貼られていて動物関係が見当たらない。そんな中で『ねこ』と書かれた紙を見て、おっ。と小さく呻いて掲示板に詰め寄る。


「『この中にねこが隠れています。探して下さい』?」


 ……それ、ここに貼る様な事か?!


 念の為他の掲示板も見てみるが、『にぃ』ちゃんに関係しそうな依頼は無かった。


「うーん、やっぱり依頼を出すしかないかな……」

「お嬢さん、何かお困りかい?」


 掲示板を眺めながら思案していると、つい先程女性冒険者に殴られた手形をクッキリと頬に残した男が声を掛けてきた。


「とある探し物があって、同じ依頼が出ていないか見てただけですよ」

「ふーん。なあ、その探し物の依頼オレが受けてやってもいいぜ。その代わり──」

「お断りします」

「即答かよっ」


 そりゃあ、話をしながら私の身体を舐め回す様に眼球を動かしていれば、何が目的か安易に分かるというモンだ。


「探し物は依頼としてギルドに提出しますから」

「だから、それはオレが受けるって。何なら無報酬でもイイぜ」

「お断りします」

「二度目の即答っ」


 なあ、なあ。と尚もしつこく言い寄る男を無視し、黙ったままでカウンターの受付嬢の下へ赴く。


「いらっしゃいませ。どの様なご用件でしょうか?」

「えっと、討伐依頼を出したいのですが」

「討伐、で御座いますか?」

「はい。この人がしつこいんで討伐して下さい」


 勝手について来ていたナンパ男にビシッと指を差してやる。


「なっ?!」

「なるほど、畏まりました。それでは──」

「んままっ待て待て! 分かった。オレが悪かったよっ! ったく、可愛い顔しておっかない女だぜ」


 男はブツブツと呟きながら、床板を踏み抜く勢いで離れて行った。人生初の討伐を完了だ。


「それで、本当はどの様なご用件でしょうか?」

「あ、分かっていましたか」

「ええ、最近多いですからね」


 この人にとっては日常茶飯事なのだろうな。


「本当の依頼なんですが、この子の飼い主を探して欲しいのです」


 持っていたカゴをカウンターに置き、受付嬢だけに中を見せる。毛が無くなるまで撫で回したくなる様な見た目の『にぃ』ちゃんだが、こう見えても珍獣だ。流石に他の目に付く様な真似はしない。


「あら、可愛いコですね。ご依頼はこのコの飼い主捜索。という事で宜しいですね?」

「はい」

「では、こちらの用紙に必要事項をご記入下さい」


 受付嬢がカウンター上に置いた用紙には、依頼者の名前、探し物の特徴、そして報酬の記入欄があり、名前を書いた所で羽ペンの動きを止めた。


「特徴……」


 ふと、カゴの中の『にぃ』ちゃんを見つめる。『ネコの様な獣』。それ以外の言葉が出てこない。


「何でしたら似顔絵でも構いません」

「似顔絵……」


 私に絵を描かせたならば類稀なる才能を発揮する事になる。動物を描けばミミズに手足がくっ付いた様になり、人物画を描けば小さな子供が夜トイレに行けなくなる様な絵となる。つまり私は絵が下手クソなのだ。キャラ弁なんか夢のまた夢なのだ。


「わ、私が代筆しましょうか?」

「ほ、本当ですか?! 是非お願いします!」


 書きかけの用紙を受付嬢に渡す。受付嬢は引き出しからペンを取り出し、『にぃ』ちゃんを眺めては描き、描いては眺めてサラリサラリと軽快に描き進めてゆく。その作業は実に手慣れたモノだった。


「こんな感じで如何でしょうか?」

「凄い……」


 出来上がった似顔絵に、感嘆の声が漏れ出た。流石に鏡とまではいかないものの、『にぃ』ちゃんの特徴を的確に捉え、且つ可愛く描かれている。額縁に入れて部屋に飾っておきたいくらいだ。


「では、報奨金の設定をお願いします」

「あの、依頼を出すのが初めてで、こういうものの相場って幾ら位なんですか?」


 失くした財布や指輪は百とか百五十だったが、素材収集では『筋肉質の猪(マッスルボア)』が五千。『マンドラゴラ草』が七千と中々の値が付けてある。


「報奨金は依頼の難易度や危険度で上下します。あまりにも安いとリスクが大き過ぎて見向きもされません。ご依頼は飼い主の探索ですから……八百ドロップくらいが相場になると思います」


 なるほど。そういう事なのね。


 私はどうしたものかと考え込む。『にぃ』ちゃんは『ハンバナニル』という、ここいらでは見ない珍獣だ。オジサマから聞いた話では捕獲難度はSで希少価値が高く、捕獲報酬も相当な値段がするという。その額は恐らく数百万くらいになるだろう。でも流石にそんな値を付ける訳にもいかない。


「あの、これって飼い主と話し合いで決める事って出来ますか?」


 そもそも、飼い主を探す為に依頼を出すのだ。探し当てた飼い主と話し合って報酬を決めて貰った方が話は簡単。勿論私も、『にぃ』ちゃんの食費などを請求するつもりでいる。


「ええ、勿論それも可能です」


 受付嬢の言葉を聞き、報酬欄に飼い主と応相談と書き入れて提出した。


「はい、確かに承りました。お受けした依頼は、緊急依頼ではない限り規定時間に張り出されます。本日の張り出しは終了していますので、明日朝になりますね」


 明日の朝、か。明日は祭りの最終日であり、リリーカさんの今後の人生を決める大事な日。飼い主が名乗り出てもそれが分かるのは午後になってしまう。


「分かりました。ではお願いします」

「飼い主さんが現れると良いですね」


 微笑む受付嬢に頷き返し、『にぃ』ちゃんと共に帰路へ着いた。

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