三位の男。
場所は執務室から移し、ここは煌びやかな装飾品が飾られた、迎賓室。とでもいえる場所。元職場ではあるが、流石にこんな部屋があるとまでは知らない。
「お茶をどうぞ」
「ん、ありがとう」
目の前に置かれたティーカップを手に取り、ズズズと音を立てて啜るエリシア王女。
「いやはや、まさか王女殿下がいらっしゃるとは思いもしませんでしたな」
アルカイックスマイルを浮かべ、汗を拭うルレイルさん。
「ところでアユザワさん。穴が開くほど見つめる理由をお聞きしても?」
「いや、ルレイルさんも驚いた表情するんだなぁって」
「私も人の子ですから、驚きもしますよ」
全然表情を崩さないものだからそういう仮面だと思ってたよ。
「それで王女殿下。此度の突然のご来訪はどういったご用件なのでしょう?」
「そんなの決まっているじゃない。コレよ」
テーブル上にゴトンと置かれたモノに皆の視線が注がれる。ソレから真っ先に視線を王女へと向けたのはルレイルさんだった。
王女がテーブルに置いたのは、おばさまから預かった鍵ではなく、小さな金のティアラだった。どっから持って来たんだ!?
「あ、間違えた」
伸ばした手がティアラへと届く前に、横からルレイルさんが掻っ攫う。
「すみませんが殿下、これはお渡し出来る品ではありませんので、返して頂きます」
「いやよ。渡しなさい」
沈黙が室内に満ちる。王女とルレイルさん。互いに見つめ合う姿はラブストーリーに良くある描写だが、その内容は全く異なる。王女からは威圧がダダ漏れし、それをアルカイックスマイルでサラリと受け流すルレイルさん。そしてその重圧に耐えきれなくなった者が一名。つまり私だ。
「あ、あの……話が進まないので本題に入って頂いても宜しいですか?」
ああん?! と鋭い眼光を向けるエリシア王女。その姿は、喧嘩を吹っ掛けられたヤンキーと変わらない。
「お姉様の言う通りですわ王女殿下。それはこちらの用件がお済みになってから、再度ご交渉されても遅くはないと思います」
あ、止めないんだ。
「ハァ、仕方ないわね。イクテュエス、リブラの倉庫を開けて」
今度は間違いなくおばさまから渡された鍵をテーブルに置く。それをルレイルさんが手に取った。
「ふむ、間違いなくリブラ様の鍵ですな。畏まりました。それではご案内致しましょう」
言って席を立つルレイルさん。王女から取り戻したティアラをソッとポケットに仕舞った。
布団も干したくなる様な穏やかな天候の下、大量の物資が運ばれてゆく倉庫群を歩いていた。先頭をゆくのは、アルカイックスマイルを右へ左へと振り撒きながら歩くルレイルさん。次いで、手を頭の後ろで組んで、つまらなさそうに歩くエリシア王女。そして私とリリーカさんが続く。
「まだなのぉイクテュエスぅ」
「もう少しですから我慢して下さい」
「さっきからイクテュエスって呼ばれてますけど、ルレイルさんの名前かなんかですか?」
元雇い主とはいえ、私が知っているのは彼が通商ギルド『アルカイック』のギルドマスターである事と、ルレイルという名前くらいだ。あと、そういう仮面としか思えないスマイル。
「いえ、違いますよ」
「え?」
「ルレイル=イクテュエス=パーソンズ。コイツ、これでも冠十二位の一員よ」
「ええ。お恥ずかしながら十二位の位を賜っております」
そんな事も知らないの? とでも言わんばかりでドヤ顔するエリシア王女。当のルレイルさんはアルカイックスマイルを照れさせながら頬を掻いているが、私は開いた口が塞がらない。この人が冠十二位?!
「考えてもみなさいよ。これだけの規模の倉庫なんて、民間のそれも単一ギルドで管理なんか出来る訳が無いじゃない」
い、言われてみれば確かにそうだ。広大な倉庫群に巨大な港。それを商会一つで管理出来る訳がない。他に運営している商会が無いからおかしいとは感じていたが、まさか国営だったとは……ハッ。て事はこの中で一般人は私だけっ!?
「どうかされましたかアユザワさん」
「い……」
「い?」
「今までの失礼な言動ぅっ! すみませんでしたぁっ!」
リリーカさんに次いで二度目の土下座。場所が外だけあって、若干飛び上がりからのぉ、土下座である。
「実に見事な土下座ね。至るまでのフォルムが美しいわ。こんなの見た事ない」
「ええ。ザンダさんも顔負けですよ」
「そうね。今度からこれを真の土下座とします。他は土下座に非ず。いい?」
何やら大ごとになった気がするっ!
その後、ルレイルさんの一言によって無罪放免となった私は、列の一番後ろをトボトボとついてゆく。
「見えました。あの建物です」
ルレイルさんが指差したのは校庭程の広さがある広場に、ポツンと建っている煉瓦造りの建物。周囲を金網で囲み、配置された警備兵が周囲に鋭い眼光を放っていた。
「アユザワさん。そこまで気にしなくても良いですよ」
「ですけど……」
「いいのよ。コイツはそんなの気にしないから」
エリシア王女の言葉にルレイルさんはコクリと頷いた。
「ええ、今まで通りで構いません。逆に畏れても困りものです」
「そうですか。有難う御座います」
心の広いアルカイックスマイルに感謝せねば。
「ところで、他に比べて随分と警戒が厳重ですよね」
「ええまあ。何しろ冠を持つ方々の倉庫ですからね、これくらいは当然といえます」
そうか。貴族中の貴族のお宝が入っているもんな。何かあったらルレイルさんが断首刑になりそうだ。
「問題はありませんか?」
「ハッ、特に問題は御座いませんっ」
扉の前で警戒していた兵隊さんがビシッと敬礼して応えた。
「ただ、未だヘミニス様がお戻りになられておりません」
「ふむ、そうですか」
「ヘミニス様?」
「タドガー=ヘミニス=ラインマイル。冠三位の男よ」
またしても貴族かっ。だけど、あれ?
「確かその人ってフォワールと手を組んでいる人だっけ?」
「その通りですわお姉様」
「どんな人なの?」
この場にいる中でその人の事を知らないのは私だけ。その人となりを知れば、少しは対策が立て易くなるかもしれない。
「「変なヤツ」人ですわ」
王女とリリーカさんが顔を見合わせてから出した言葉に、ルレイルさんも頷く。対策立てようもないじゃん。
「ま、立ち話もなんですから、積もる話は控え室でしましょう」
「え? すぐ入らないんですか?」
「ええ、ここは金庫の扉が開いていると控え室から先には入れない様になっているのですよ」
成る程、そういう仕様か。
「私アイツに逢いたくないんだけど?」
「王女殿下に同意しますわ」
倉庫内へ出入りする為には必ず控え室を通らねばならず、入り待ちがあると顔を合わせる事になるのだそうだ。そこまで嫌われもんなのか、ヘミニスさんは。
「そうは仰っしゃいましても、もう遅いようですが?」
「「えっ……」」
ご両人が振り向くのと同時に、金庫へ通じる扉が開け放たれる。金庫から出てきたのは、肩甲骨にまで届く銀髪を後ろで簡単に束ねている色白で痩せた男。医者が着ている様な白いコートを身に纏っていた。
「おやおや。これはこれは王女殿下では御座いませんか。相変わらず見目麗しい…………幼女体型ですな」
ボソリと呟いた最後の言葉を私は聞き逃さなかった。そしてこうも思った。コイツ、やべぇヤツじゃん、と。
「こんな所でお会いするとは、これはもう運命。赤い魔力線で結ばれているとしか思えませんっ」
「冗談は存在だけにしておいてくれないかしら?」
んっ。と小さく声を上げて身震いするヘミニスさん。今ので興奮しただとっ?!
「それにしても、とても珍しい組み合わせですな。リブラと共においでとは。リブラも相変わらず見目麗しい…………胸板ですな」
おまわりさーん。ここにちっぱい好きのロリコンオヤジがいますよーっ。
「そして、おや? 貴女とは初めてお会いしますかね」
「あ。ご挨拶が遅れ大変申し訳ございませんヘミニス様。私はカナと申します。縁あってリブラ様に同行させて頂いてる者です」
「ふむ、そうですか……」
ヘミニスさんは顎に指を添えて、顔から太ももまで視線を何度も往復させた。特に胸と太ももを重点的に見ていた。
「幼児体型のお二人とは違い大人の魅力溢れる見事なスタイル。フェロモン特盛でこれもなかなかにイイッ!」
「ちょ、なんですってヘミニスっ! もう一度言ってご覧なさいよっ!」
「おおぅ。王女殿下の怒るお顔。イイですなぁ」
食って掛かるエリシア王女に、ヘミニスさんは恍惚な表情でのらりくらりと躱している。もしかしてこの人、怒られる為にワザと言ってるの?!
「お話中の所すみませんヘミニス様」
「おや、イクテュエス。お前を呼んだ覚えはないが?」
「いえ、私はエリシア王女御一行様をご案内差し上げている身でして、王女殿下はなにやらお急ぎの様ですのでご歓談はお控えて頂けると幸いです」
「そういう事よヘミニス。分かったらとっとと退いて頂戴」
「ああ、イイですねぇそのお顔。そういう事でしたらご尊顔を十二分に堪能出来ましたし、退散するとします。それでは王女殿下、リブラ。そして、そちらのお嬢さんもまたお会い致しましょう」
恭しくお辞儀をして出て行くヘミニスさん。扉が閉じられると同時にその場に居た全員が揃ってため息を吐いた。二人の言う通り、確かに変人だったな。




