似た者の親子。
黒く丈夫そうな木材と、白く高価そうな石材を使って建てられている家々の間を歩いてゆく。裏路地とはいえ路面は石畳で舗装が成され、通りと同じ様に滑らない様に加工がされている。そして、ここにもゴミ一つ落ちてはいないのが驚きだ。
「──ところでリリーカさん。迷子になってない?」
右へ左へと行くのは分かるが、時折右右や左左といった同じ方向に曲がっている。これじゃあ、同じ距離を行ったり来たりしているのと変わらない。
「そ、そんな事ありませんわ」
僅かにブレた声に、あコイツ迷ってんな。と思ったのは言うまでもない。まぁ、目的地まで一本道で地図を描くおばさまの娘だし、特殊能力を受け継いでいてもおかしくは無いな。
リリーカさんの手に引かれ、このまま別の世界に連れて行かれるんじゃないかと思い始めた頃、目的地であろう場所へと近付いた様子だ。その証拠に、無口になりかけていたリリーカさんの表情が急に明るくなり、ウキウキ気分で私を引っ張ってゆく。それはまるで、散歩に出て嬉しくて堪らない大型犬の様だ。
「着きましたわカーン様」
案内されたのは小さな公園だった。中央に置かれた噴水では、女性像が肩に担いだ壺から絶えず水が流れ落ち、石ではない別な素材で作られたガゼボには、匠な装飾が施されている。そして、最も目を見張るのはその景色。
どうやらこの公園は下層と中層を隔てる城壁の上に設えてあるらしく、大河の対岸にある天空へと聳える一本の棒、『アルギオの塔』は勿論の事、その根本で栄えた街並みもよく見えていた。
遠方の街並みが見えるくらいだから直下の街並みも当然の事ながらよく見える。祭りで沸き立つ下層域には大勢の人でごった返し、大通りで蠢く黒い頭は台所でお馴染みのGを連想させる。人がGのようだ。と某大佐の名台詞が、ちょこっとだけ修正を加えて思い出された瞬間だった。
「良い眺めだね」
「はい。山の稜線に日が沈む景色や、星空が近くて好きですわ」
「あの人達もその景色を見に来たのかな?」
公園に来た時には既に居た人達。二人は夫婦なのか仲睦まじく、もう一人は老人で杖に顎を乗せてベンチで座ってい……あれ? デジャヴ?
「いいえ、あの者達は他に目的が有る様ですわ」
「へ? どうしてそんな事が──」
「──分かるのかと不思議にお思いでしょう。あの者達は、私達がお店を出てからズッと後をつけて来ていたのですわ」
「つ、つけていた?!」
ぜ、全然気付かなかった。道理で何処かで見た事あると思ったらお店に居たカップルとお爺ちゃんか!
「路地でまけると思っていたのですが、シッカリ先読みされていた様ですわね」
じゃあ、路地で迷ったと思っていたのは、追手をまく為だったの?!
「そうなんだ。迷子になっているものとばかり思っていたよ」
「こっ、子供じゃないのですから、私が迷子になるなんてあり得ませんわ」
失礼ですわね。と言いながらふいっと目線を逸らすリリーカさん。嘘ハイケマセンヨ。
「それにしても一体誰の差し金なんだろう? 心当たりはある?」
「そんなの決まっているではありませんか。フォワール以外に考えられませんわ」
「これはこれは、この様な場所でお会い出来るとは奇遇で御座いますな」
野太い、それなりに歳をいった様な声に振り返る。タイミング良く、狙い澄ましたかの様に姿を見せたその人物は、お相撲さんよりはややスッキリとした体格をしていて、毛根が破滅に向かおうとしている頭をした男。
恐らくは高級な絹であろうゆったりとした服を身に纏っている所為かタケノコの様にも思える。そして、その背後からひょっこりと顔を出すキノコ。その組み合わせに某スナック菓子が脳裏に浮かんだ。何だっ! そのマッシュルームヘアどころの騒ぎじゃないキノコ傘の頭髪はっ?! ご丁寧に濃い目の茶髪とか、シメジかっ、オマエはシメジかっ!?
「ご機嫌麗しゅう御座います。リブラ様」
「チッ」
フォワールが下げた毛根が破滅に向かっている頭と、それに習って頭を下げたキノコ傘の頭に向かって舌打ちをするリリーカさん。こらこら。
「何か御用ですか? フォワール卿」
「いえいえ、暇潰しにと散策をしておりますれば、見知ったご尊顔をお見かけ致しまして、これはご挨拶をせねばと思い馳せ参じた訳でして……ところで、そちらのお方はどちら様ですかな?」
チラリ。と視線を向けたフォワールに、私は指先を肩口に当てて会釈する。
「申し遅れましたフォワール卿。私はカーン=アシュフォードと申す者。リリーカの婚約者で御座います」
「「ふぃっ?!」」
挨拶する私に二人は揃って驚いた声を上げる。お。思っていた以上に良い反応だな。
「して、卿の隣に居る御仁は何方様でしょうか?」
「ん? ああ。こいつは私の息子でね、名をヨルヴという。ほれヨルヴ、挨拶をしなさい」
「……はい」
フォワールに促され、渋々といった感じで一歩前に進み出たヨルヴは、肩口に指先を当て会釈してみせる。その際、頭のキノコの傘がぷるんっと前後に揺れて思わず視線を逸らした。あっぶな、吹き出す所だった。
「フォワール家次期当主、ヨルヴ=サヒタリオ=フォワール。どうぞよろしく」
「これはご丁寧に有難う御座いますヨルヴ様。『妻』共々、今後ともどうぞよしなに」
再び肩口に指を添えて会釈する。
「妻? 『リブラ』様を妻と仰るには、些か早計ではありませんかな?」
「いえ、決して事を急いでいる訳では御座いません。私が今回キュアノスに赴いたのは、祭りという事もありますが、彼女の父君にご挨拶をする為で御座います」
「そんな馬鹿な。田舎者が冠七位の御方と夫婦になるなどと──」
「とは申されましても、私の父上とリリーカの父君とは旧知の仲。遠き日に交わされた約定ではありますが、結ばれた約定を果たす事が出来る。と、我が一族も大変喜んでいる次第です」
これも事前にリリーカさんと取り決めをしていた設定だ。カーン君の父親とリリーカさんの父親とは冒険者時代の仲間で、子が出来たら互いに結婚させようという、約束をしたという作り話である。
「り、『リブラ』様はそれで宜しいのですかっ?!」
「勿論ですわ。私、カーン様をお慕い申し上げておりますの」
言って私の腕を取り抱き締めるリリーカさん。慎ましやかだが、膨らんだ感触が腕に伝わる。嫌っている人物に回答を求めるのは悪手じゃありませんかね。
「……クッ」
手の平を拳に変えてブルブルと震わせていた腕をだらんと下げ、フォワールはガックリと肩を落とした。
「左様で御座いますか。……申し訳御座いません『リブラ』様。急用を思い出しましたので今日はこれで失礼致します」
「え? ちょっ、パパ?!」
そう言ってトボトボと歩き出すフォワール。その場に取り残されたヨルヴが慌てて後を追う。いい歳こいてパパってアンタ……
彼等が立ち去る、その後ろ姿を眺めていた。フォワールは何かを考えているかの様に地面に視線を落とし、息子のヨルヴはそれを心配そうに見ながら歩いてゆく。見送る私の手をリリーカさんはキュッと握り締めた。
「り、リリーカさん?」
「お姉様、手が震えておいでですわ」
「……うん。怖かった」
貴族とは権力という虎の威を借る狐。そんなイメージを持っていた私だが、リリーカさんと出会ってそうじゃない貴族も居るんだと考えを改めてはいた。だけど今回、アレと会ってアイツはイメージ通りの貴族だと本能で悟った。あの瞳、私をジッと見つめていた瞳の奥に他者を蔑む様な輝きを放っている。女のカンがそう私に告げていた。
「リリーカさん。あのフォワールってどんな人なの?」
「え? それをお聞きになってどうなさるおつもりなのです?」
「ええっと、今後何かの役に立つかなって」
「そうですか。それでは立ち話もなんですし、今日はお父様のお店に戻りましょう」
山の稜線に消えゆく陽の光を眺めがなら、そうだね。と頷いた。
ガラランッ。聞き慣れたドアベルの音、そして店内から漂うコーヒーの香りが、私の緊張を解いてくれる。店内には、早めの夕食を食べに来たであろうお客さんが三人ほど居り、その姿からして商人の様だ。
「いらっしゃ──」
ガチャンッ。とした音と共に、商人さんが静まり返る。その音を発生させた人物は、私を見つめたままで石像の様に固まり微動だにしなかった。あ、しまった。男装したままだった。
「うっ、ウチのリリーカを宜しくお願いしますっ!」
深々と頭を下げるおばさま。丈が短い制服を着ているものだから、音に驚いてコッチを見ていたお客さん達が一斉に目を背けた。パンツまで見せるなんてパニクってるなぁ。
「違いますよ。私ですおばさま」
「え? チガイマ=スヨワタ=シデス様……?」
ミドルネームのスヨワタって何?
「何を仰っているのですかお母様。良く見て下さいまし、お姉様ですわよ」
リリーカさんの言葉におばさまは、えっ。と驚き、私を穴が開くほど見つめる。おばさま近いですって。
「カナちゃんって、男だったのね」
違うわぁぁっ! ビーチ店で水着を着させておいて何故そう思うっ?!
「……それ、オレの服」
そして、ボソリと呟いたオジサマの声を私は聞き逃さなかった。




