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ジェンヌの模倣。

 下層と中層を隔てる壁。豊穣祭七日目を告げる垂れ幕が風にそよぐ城壁には、見上げる程の大きな門戸が備え付けてある。外堀には綺麗な水が湛えられ、川魚が群れを成して泳いでいた。


 有事の際には上げるのであろう跳ね橋を渡り、大きな門戸の横にある小さな扉。その横に建てられた小屋へと歩いてゆくと、警備に充っている衛兵さんが持つ装飾槍が、私達の行手を遮った。


「失礼ですが、身分を証明出来る証の提示をお願い致します」

「それは必要ありません。(わたくし)、リリーカ=リブラ=ユーリウスがこの者の身の潔白を証明致しますわ」

「ハッ! 大変失礼を致しました『リブラ』様。して、こちらの御仁は何方様ですか?」

「こちらはカーン=アシュフォード様。(わたくし)婚約者(フィアンセ)ですわ。遥々東方からいらしてくれましたので、街をご案内差し上げている所ですの」

「そうですか。いや、祭りの間は警戒レベルを上げる様にとの通達が御座いまして、気分を害されたのでしたら大変申し訳ありませんアシュフォード様」


 東方の辺境地に領土を持つ田舎の貴族カーン=アシュフォード。それが私に与えられた役だ。コッソリお借りしたオジサマのかほりが付いた服を着込み、セミロングの髪を襟元で束ねて貴族の若様風に仕上げてある。鏡に映った自分を見て、思わずカッコイイと胸をときめかせたのは内緒だ。


「いや、任務である以上馴れ合いは無用ですよ。不審人物が侵入せぬ様にしっかりと頼みます」

「お心遣い痛み入ります。それではどうぞお入り下さい。それと、キュアノス中層へようこそアシュフォード様」


 衛兵さんが手の平で指し示すと、バッテンに下されていた装飾槍が上げられ、小さい門戸が開けられる。大きい方(あっち)じゃないんだ。


「では参りましょう。カーン様」

「ああ、楽しみだ」


 リリーカさんが私の腕をガッチリとホールドする。慎ましやかな膨らみを感じつつ開かれた中層への扉に向かって歩き出した。



 キュアノス中層域。多くの貴族が住うこの地には下層とはまた異なった光景を生み出していた。家屋の建築様式は下層とあまり変わらないものの、使われている材料が素人目にも違うと分かる。下層でよく見掛ける露店は何処にも無く、お店は総て店舗として家屋内に存在していた。店舗に据え付けられたガラスも表面に若干の歪みが見えるものの元の世界と遜色なく、ちゃんと店内を見渡す事が出来る。


 お店の種類は下層とあまり大差は無い様子。お肉屋さんや八百屋さん、雑貨屋さんに武器屋さん服屋さん等が在るが、前半は外から見ただけでは分からないが、後半のお店は明らかに品質が違うのが見て取れる。純銀の鎧って、こんなもん誰が買うんだ? しかもめっちゃ高いし。


 その他、暗くなれば魔法の明かりが灯されるという街路灯が規則正しく立ち並び、道路も起伏が無い程に平らになっている。しかし滑らない様にとちゃんとした細工が施されている。何よりも、ゴミ一つ落ちていないのが驚きだ。


「如何ですか? 初めての中層は」

「凄いね。ゴミ一つ無いよ」

「ええ。人を雇い、日に何度も清掃を行なっているのですわ」


 言ってクスリ。と笑うリリーカさん。


「どうかした?」

「いえ、普通は真っ先に景色に驚かれると思うのですが、ソコに気付かれるなんて流石はお姉様だと思いまして」


 ゴミ一つで大騒ぎをする貴族も居るのだとか。


「さて、まずは何処へ行こうか?」

「そうですわね。取り敢えず軽くお食事でも如何でしょうか? オススメのお店をご紹介させて頂きますわ」

「それは楽しみだね」


 何処か浮かれた感じのリリーカさんの手に引かれ、軽食屋さんへと向かった。



 案内された軽食屋さんはとても小洒落たお店だった。パリのカフェの様なオープンエアな座席ではあるものの、テーブルも座席も高級な素材を用いていて一流ホテルのテラス席のよう。お客さんはお昼時にも拘らず殆んど居らず、私達を含めて五人程。二人は夫婦の様で、仲睦まじく食事を取っている。もう一人はお爺さんで、私達とほぼ同じタイミングでお店に来た人だ。


「いらっしゃいませ。こちらがメニューとなります」


 そう言ってメニューを差し出した店員さん。モデルの様な高身長でスラリとした良スタイルのイケメンさん。何より目立つのは、私のソレよりも長く、ピンッと尖った耳。そう、彼はエルフなのだ。エルフを見たのは二度目だけれど、皆イケメンなんだねぇ。


「ボーッとして、どうかなされました? カーン様」

「え?」


 リリーカさんの声にハッと気付き、イケメン店員に気付かれぬ様、ジュルリ。とヨダレを吸い取る。危ない危ない、今の私は男だったんだ。


「ここのオススメは『キュレーヌ』ですわ」

「はい。当店自慢の品で御座います」

「じゃあ、それを──リリーカもそれで良いかな?」

「はい」

「では、二つ」

「畏まりました。少々お待ち下さいませ」


 恭しく礼をして店内に戻っていく店員さんを見送り、楽しみでワクワク感が抑えられずに空へと目を向ける。真っ青に広がる雲一つ無い空。時折頬を撫でる涼やかな風が夏の終わりを感じさせる。そして視線を下ろすと微笑みながら私を見つめているリリーカさんが居た。穏やかなひと時だ。ソレがやって来るまでは。


「お待たせ致しました。キュレーヌで御座います」


 高級そうな皿に乗せられたふた切れのキュレーヌ。パイ生地の器の中に様々な具材を入れてオーブンで香ばしく焼き上げたソレは、元の世界で言う所の『キッシュ』だ。ナイフとフォークを使って口の中に放り込むと思わず身体がビクンッと反応した。瞳孔を開いたままでリリーカさんを見つめながら口を動かす。サクッとした歯応えにチーズのコクと野菜の甘みが口一杯に広がって、幸せまでもが広がってゆく。食事が美味しいと人は笑顔になるんだね。


「如何ですか? ここのキュレーヌはキュアノス一と云われておりますの」

「|ひょっへはほひほうでふぅ《ホッペタ落ちそうですぅ》」


 目で見て楽しませ、歯応えでも楽しませ、そして味も絶品。まさに一粒で三度美味しい一品。こんな食べ物があるなんて、世の中広いなぁと痛感した瞬間だった。



 絶品料理に舌鼓を打ち、お腹も膨れて軽食屋さんを後にした私達は、中層観光を続けるべく歩き出す。目的は、リリーカさん任せなので知らない。


「ハァ、美味しかったぁ」

「ご満足頂いた様で何よりですわ」


 うむ、余は満足じゃ。


「そういえば、あのキュレーヌ。値段は幾らなの?」


 イケメン店員に渡されたメニュー。あれには料理の全てに値段は記載されてはいなかった。


「世の中、知らない方が良い事も御座いますわよ? カーン様」


 そう言われると余計に気になるじゃないか。あの絶品料理。材料さえ手に入れられれば、自宅で作る事も出来るかもしれない。オジサマにご馳走して胃袋をガッチリとキャッチだ。


「六千ドロップですわ」

「なぁっ?!」


 崩れ落ちる。オジサマとのスイートな食事風景が、私の中で音を立てて崩れ落ちた。ガラガラガラ、と。


「ろっ、六千!?」


 一ヶ月分の生活費だとっ?! いや、いやいやマテマテ。二人で六千だよね? それなら納得だよ。ふた切れで六千なんてアリエナイ。


「はい。使われている食材は、小麦粉からチーズ、野菜に至るまで総て一級品です。それを複数種、ブレンドさせておりますので、一人分の値段としては妥当ですわ」

「なん、だと?」


 砕け散る。修復中だったオジサマとのスイートな食事風景が、砕け散って無に帰した。門を……たった一つ門を潜っただけで、この違い。だったら、あの門の向こうはどんな世界が広がっているんだ!?


 私の見つめる先には、再び城壁が存在していた。中層と上層を隔てる壁。その先は王族が住う地であり、呼ばれた者のみが立ち入りを許可される地だ。


「あれが国王陛下の居城ですわ。カーン様」


 空へと向かって聳え立つ幾つもの物見塔。外壁に真っ白な石材を使用している所為か某テーマパークのお城にしか見えない。


「さ、次へ参りましょう」

「えっ?! もう!?」


 私の驚きの声にも止まる事なく、リリーカさんはホールドした腕を引いてゆく。


「はい。目的はアレではありませんので」


 君主の住む家をアレ呼ばわりか。


「それに、ここはアレの屋敷に近いので」


 アレの屋敷。と聞いて、成る程と納得した。メアン=サヒタリオ=フォワール。リリーカさんと息子を結婚させ、リリーカさんが持つ第七位の地位を手に入れようと目論む(リリーカさん談)男だ。


 中層でも王城にほど近い土地には冠十二位(ナンバーズ)の屋敷が立ち並ぶ。北に十二位の人の屋敷があり、時計回りに一位、二位と続く。正に時計と同じだ。


 今私たちが居るのは八位の人の屋敷付近。九位のフォワール邸に近い。それがリリーカさんが事を急ぐ理由だった。ちなみに、七位のオジサマはここに住む事を拒否したので無人の屋敷のみが建っている。けれど、庭などの手入れはキッチリ行われているそうだ。勿体無いオバケが出るなこりゃ。


「さ、カーン様。本当にお見せしたいのはここからですわ」


 リリーカさんに引かれるがままに、木材と石材を組み合わせて建てた家々の間を駆け出した。

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