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違反の代償。

 換金も登録も無事に終えて懐具合が潤った私は、急ぎリリーカさんが待つ広場へと戻っていた。


「リリーカさんっ」

「あっ、お姉様っ」


 壁に背を凭れてつまらなさそうにシュンと俯いていたリリーカさんは、私を見るなりに向日葵の様な笑顔を満開にする。


「心配致しましたわ。もうご用事は宜しいのですか?」

「ええ。ただ、後一つ行く所が出来ちゃったんだけど、良いかな?」

「ええ、構いませんわ」


 そう言いつつも、その表情に若干陰りが見えたのは気の所為じゃ無い。だけど今度は放置プレイをするつもりは無かった。右手を差し出すと、リリーカさんは驚いて私を見つめる。


「一緒に行こ?」

「は、はいっ!」


 再び笑顔を満開にさせて、リリーカさんは差し出した手を取った。




 金融ギルド。元々は貴族の為の施設であったが、開港と同時に改革が行われて今は一般市民も利用が可能となっている。その為か店内はそこそこに賑わっており、私の様な市民や商人風の人達が窓口に向かって並んでいた。


「お姉様。あちらが空いているようですわよ」


 リリーカさんが視線で示すその先に、つまらなさそうに窓口に座る一人の女が居た。他の窓口はそれなりに人は並んでいるけれどその女の前には誰も居らず、行けばすぐに応対してくれそうなカンジではある。しかしヤツは件の女だ。また難癖付けられては堪ったモンじゃない。


「アレは無視で」

「そう、ですか」


 不思議そうな顔をするリリーカさん。後でその辺の話でもしてやろう。と思いつつ列の後ろへと並んだ。


「次の方ぁ」


 落ち着いた雰囲気の窓口嬢が、柔らかな声で呼ぶ。列の後ろに並んでいてもその回転率は恐ろしく早く、この後何処に行こうかとリリーカさんと話をしている内にあっという間に私の番となった。


「預金とカードへの口座登録をお願いします」


 お金の入った封筒と一緒に、作ったばかりのギルドカードを差し出す。カードに付着した血痕を見て、窓口嬢の口元がヒクついた。


「う、承りました。それではこちらのプレートに手をお乗せ下さい」


 カウンターの横に置かれたタブレットサイズのプレートと呼ばれる石板に手を置くと、掌全体を淡い光が覆う。


「アユザワ様ですね。ご用命は預金と登録で宜しいでしょうか?」

「はい」

「それでは少々お待ち下さい」


 窓口嬢はそう言うと、慣れた手付きで封筒から現金を取り出して機械にセットする。ボタンを押すとジャバババとお札を数え始めた。コレ、ルレイルさんの所で見たヤツだ。


「金額はこちらで間違いないでしょうか?」


 手の平で指し示す窓口嬢。金額を示す表示部には十二万と書かれていた。


「はい、間違いないです」

「それでは、登録口座に預金させて頂きます。併せてカードへの口座登録も行わせて頂きます」


 カウンターの向こう側だから何をしているのか分からないが、熟れた感じで手を動かす窓口嬢。


「お待たせ致しました。カードをお返し致します」


 渡したカードを銀のトレーに乗せて差し戻す窓口嬢。はっや。メッチャ早っ。並んでいた時間を除いても、五分程度しか掛かっていない。牛丼屋さん並みの早さだ。


「それではカードをお手に取って頂き、残高の確認をお願い致します」


 言われるがままにカードを持つと、真っ白で何も無かった表面に文字が浮かび上がり、右下に新たに加えられていた数字が並ぶ。ええっと、いち、じゅう、ひゃく……問題なく百十二万あるな。


「ん。確かに」

「では、お手続きは以上となります。ご利用有り難う御座いました」


 会釈する窓口嬢に背を向けて、壁際で待っていたリリーカさんの元へと歩き出した。


「お姉様はカードをお持ちだったのですね」

「まあ、ついさっき作ってきたんだけどね」

「ああ、それでこちらにいらした訳ですか」

「うん、そ。あんな事(空き巣)もあった事だし、たとえ僅かでも口座に入れておけば安心だからね」


 預けたお金は全然僅かじゃ無いけどね。


「さて、用事はこれでお終い。懐も温かくなった事だし、お祭りを堪能しましょう」

「はい。お姉様」


 その日、私達は日が暮れるのも構わずに、存分にお祭りを堪能した。




 ──翌日。昼食を終えた午後の昼下がり、祭りの喧騒を聞きながら一缶二百ドロップの紅茶を優雅に飲んでいると、ガラランッ。と玄関に吊り下がる鐘が鳴る。外と紐で繋がっているこの鐘が鳴るという事は、誰かが私を訪ねて来たという事だ。


「はーい」


 一体誰が訪ねて来たのだろう? そんな疑問を頭に浮かべつつも、足取り軽く玄関へと向かう。天気も良く、遊び倒した充実感が未だに残り、そして懐も潤っている。その上、二日目も滞りなく出たのなら、心も身体も軽くなるというものだ。


「どちら様で──」


 ドア向こうに佇む人物を一目見て、心の臓が飛び出しそうになった。


「おや? どうかされましたか?」

「い、いえ。ちょっとビックリしただけです」


 ドアを開けたら、色白の男が満面のアルカイックスマイルを浮かべていたら、私でなくても驚くと思う。


「そ、それで。通商ギルドのマスターさんであるルレイルさんが、私に何かご用なのでしょうか?」

「ええ、少しお話ししたい事がありまして」


 そう言ってソワソワし出すルレイルさん。チラリチラリと向ける視線は、室内へと向けられていた。入りたいんかこの人。


「あ。まあ、立ち話も何ですので中へどうぞ」

「え、宜しいですか? それでは遠慮無く」


 いや、遠慮して。



「粗茶ですが」


 一缶二百ドロップの言葉通りの粗茶をテーブルに置く。一口啜ったルレイルさんは、そのアルカイックスマイルが輝いた様に見えた。


「美味しいですね」

「有難う御座います」


 低価格の安茶葉でも、ひと手間加えると結構美味しくなるものだ。


「それで、お話というのは……?」

「え?」


 室内の小物を物珍しげに見ていたルレイルさんは、驚いた風のアルカイックスマイルで向き直った。


「ああ、こちらの事を詳細にお聞かせ願いたいと思いまして」


 そう言って懐から一枚の紙を取り出してテーブルに置き、それを見てギョッとした。その紙は、昨日売り捌いた銀鉱の売買書だった。


「確か全てウチに卸す契約だったはずですが?」


 アルカイックスマイルで問うルレイルさん。その笑みが、急に悪魔の笑みへと変わった気がしてならない。


「あ、あの……これは。その……」


 一気に血の気がひいてゆく。何て言い訳を? どんな言葉で言い繕えば? 頭の中でグルグルと文字が巡る。


「……まあ、良いでしょう。何をどう言い繕うが、契約違反には変わりありません。よって、違約金として二百万ドロップをお支払い頂きます」

「ありません」


 ガクリと項垂れながら、私は勇気をもってそう答える。


「……そうですか。それでは、そのカラダで支払って頂くしかありませんね」


 ハッとして顔を上げると、そのアルカイックスマイルが淫らに見えた、気がした。




「あぁん……もうらめぇ……」


 ベッドに倒れ込んで四肢を投げ出すと、火照った身体に冷えたシーツが心地良い。次第にウトウトとし始め、ハッとして頬をパシパシと叩いて強制的に意識を取り戻す。見上げる天井は私の知らない天井だ。


 私は今、通商ギルドアルカイックの寄宿舎に居る。あの後、違約金は私のカラダで支払う事が決定し、早速実行させられたのだけれど、久々の肉体労働。たった半日働いただけでこのザマだ。この先が思いやられる。


「約一年、か……」


 口座に入っていた十年は遊んで暮らせるだけのお金はもう既に無い。残金は働いて返す事で承認して貰ったが、下っ端の給料は月一万二千ドロップで、丸々返済に充てたとしても完済するまでに七年もの歳月が掛かる計算だ。


 しかし幸いな事に、規約違反をしたのと同時に交わした契約は破棄されていて、持ち込む銀鉱も八千ドロップの固定では無くなっている。これは地味に有難い。何しろ週イチ頻度の出現率にもかかわらず、労働賃金よりも高い買い取り額だ。そして、月イチ頻度で現れると思しき金鉱もある。


 銀鉱の買い取り額は一万五千で金鉱は八万だった筈。質の劣化で多少値段が下がったとして、最高でも一年以内に返済は完了する。その後は無罪放免自由の身だ。


「こうなった以上は仕方ない。頑張って返済しよう」


 くぅ。と鳴ったお腹を抱え、節々に違和感を感じながら食堂へと向かった。

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