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冒険への誘(いざな)い。

「殿方に飲ませても効果抜群ですぜ?」


 ニヤリ。と笑みを作るお店のご主人。だが、それは嫌悪感を抱く様なソレとは違い、あくまで商売人としての表情の様だった。


「いえ、私は便秘解消の薬が欲しくて」

「ヘイ毎度っ。それで、どっちにしやす?」


 カウンター上にトン。と置かれた箱が二つ。一つはキチンと包装された箱。もう一つは包装がいい加減な箱。


「これって違いはあるんですか?」

「勿論でさぁっ。コッチは一般で使われている低価格の便秘解消薬」


 ご主人が包装がキチンと成された箱を持ち上げて、トンと下ろす。


「そんでもって、コッチがウチで調合した薬で、ちょいと値が張るが効果は抜群でさぁっ」


 包装がいい加減な箱を持ち上げてトンと置いた。安い方は十包入って三百ドロップ。おおよそ食事一回分の値段。高い方は三包で千ドロップ。高過ぎね?


「悪い事ぁ言わねぇ、コッチにしときな」


 ご主人が差し出したのは勿論高い方。


「サービスでひと匙一回分付けっからよ」

「じゃ、コッチにします」


 ご主人の余計な一言で、十包三百ドロップの薬を即決した。要らんよそんなモノ。




 ご主人に明朗な声で見送られ、陽がほぼ落ちて黒と橙の見事なコントラストを打ち消すかの様に魔法の灯で彩られた街中を、私は部屋にルリさん達は宿へと歩いていた。


「カナさんって便秘だったの?」

「ええまあ。二時間粘ったんですけどね……」


 出なくて。と言うとルリさんはハア? といった顔をした。


「何言ってるのよ。二日三日出なくても問題無いでしょ?」


 いや、実はあるんですよ。色々と……


「前にダンジョンに潜った時は大変だったんだから」

「ダンジョン……?」


「そうよ。したくても出来ずに我慢するしか無いんだもの。皆の前でする訳にもいかないし、離れた場所に行ったら魔物と出会(でくわ)すし。散々だったわ。その上、地上に戻ったら今度は出なくなっちゃってね。仕方無く下剤を使った事もあったわ」

「そんな事があったんですか……」


 冒険者稼業も大変なんだな……


「何だよ、言ってくれれば側に居てやるのに」


 ゴスリ。とルリさんからの鉄拳が後頭部へ飛び、カーリィさんが前へとつんのめる。


「痛ってぇなぁ。何すんだよ」

「アンタがデリカシーの無い事言うからよ」

「今更恥ずかしがるなよなぁ、一緒に風呂まで入ってるのによ」


 まっ。お二人共そういうご関係でしたか。


「それは子供の頃の話でしょっ!」

「え? じゃあ、お二人は幼馴染みなんですか?」

「ええ、厄介な事にそうなのよ」

「厄介って……」


 シュンと項垂れるカーリィさん。ルリさんの立場から見れば、素性も知らぬ私に力を貸そうとしたのだから厄介には違いないだろう。


「そうでしょ? 何もしなきゃ襲う事も無いスモールビーの巣に手を出すし、リトルアントの蟻塚を蹴飛ばした事もあったわよね」

「うう……はい。ボクは厄介者です」


 ルリさんより少し高い背のカーリィさんが見る間に縮んでゆく。『まったく』と呆れ顔でため息を吐くルリさんだったが、その顔は慈愛に満ちていた。何だかんだ言って好きなんだねカーリィさんの事。


「あ、カナさんカナさん」

「え?」


 アレ。と指差して示すルリさん。その先には、魔法の明かりが灯されたランタン等がズラリと並び、まるで光のレールが敷かれているかの様。それが丘の中腹に在る下層と中層を隔てる城壁まで緩やかに昇っていた。


 その城壁も、赤や緑、青といった色取り取りの明かりで照らされ、煌びやかに彩られている。


「きれい……」


 心の底からそう思えた。普段は見る事の出来ない街のもう一つの姿。意図せず作り出された光の粒は、元の世界の夜景と変わらない。しかし魔法で灯された光は、ネオンとは違って何処か暖かみを感じられた。


「人が作った光も良いもんね」


 隣で同じ光景を眺めているルリさんが呟く。


「でも、前に行った洞窟もこれ以上に良かったわよ」

「洞窟ですか?」


 洞窟といえば、暗くて息が詰まりそうに青臭く、湿ったイメージしか湧かない。


「ええ。薬草の採集依頼で入ったんだけど、どうやら光石の鉱脈があったらしくてね。こう、天井にバアっと星空の様に輝いていたの」


 身振り手振りでそのさまを表現するルリさん。洞窟の中で星が瞬く。そんなイメージで良いだろうか?


「ところで、コウセキって何ですか?」

「ああ、光る石って書いてコウセキって読むの。周囲の魔素を取り込んで光っているらしいわ」

「へぇ、そんな石が有るんですね」

「魔術士には厄介な石だけどね」


 背後でカーリィさんが『はうっ』と呻く。『厄介』というフレーズは、少なからずとも彼にダメージを与えたらしい。


「何でですか?」

「私達魔術士は、体内の魔素を消費して術を発動するんだけど、光石が密集している場所だとその魔素が奪われてしまうの」

「それって……」

「そ、魔術士の天敵ね。術の元が取られちゃうんだから」

「じゃあ、どうすれば良いんですか?」

「魔物に出会(でくわ)さない様に祈りながら離れるしかないわ」


 ほぇーっ。冒険者も命懸けなんだなぁ。


「ちなみにね。光石は牢屋の材料としても使われてるわ。罪人が魔法で逃げない様にね」


 なる程。石の持つ特性を上手く使っているんだね。


「でも、私も見てみたいですね。洞窟の夜空を」

「じゃあ、私達と一緒に行かない?」

「……へ?」


 突拍子もないルリさんの言葉に、私の目が点になる。


「い、いえいえそんなっ! 私、魔法なんて使えませんし、戦いだってした事無いですしっ!」


 女の戦いならあるけれど、争いからは程遠い平和な場所からやって来たのだ。足手纏いになる事は確実だ。


「そんなの覚えれば良いだけよ。魔法だって、初級でも使い方次第で十分に通用するわ」

「ですけど……」

「それに、男二人に女一人って結構肩身が狭いのよ。あなたが来てくれるのなら、私も大手を振って威張れるわ」


 今でも十二分に威張ってる気がしますが?


「トイレも一緒出来るしね」


 そう言ってウィンクをかますルリさん。私はトイレのお供かっ!? とはいえ、まだ見ぬ素敵な景色というのにも惹かれている自分が居る。


「ま、お祭りの間は滞在するつもりだから、考えておいてね」


 じゃあね。と手を振り、『厄介』と言われたダメージから回復を果たしていないカーリィさんを引きずる様にしてルリさん達は去っていった。




「えっ!? 冒険者とはどんなものかって?」


 注文したサラダと野菜スープをカウンターに置いて、おばさまは私からの質問にオウムの様に返す。


 ルリさん達と別れた後、出ないクセに腹は減るんだと思いつつオジサマのお店へと立ち寄った私は、オジサマ達が元冒険者だった事を思い出して、その辺の事を聞いてみようと思い立った。


 祭りの開催が近い事もあってか店内は客さんで一杯で、オジサマの横顔を凝視出来る特等席も埋まっていた為に、今は仕方なくカウンター席に座っている。正面から見るオジサマも悪くない。ちなみにおばさまは相変わらずミニスカで給餌している。


「そうねぇ、おばさんよりはお父さんに聞いた方が良いかもしれないわ。ホラ、男と女じゃ感じ方も違うだろうし。ちなみにおばさんはね、お父さんと一緒に居られただけで幸せだったわ」


 そんな惚気話は聞いてません。そして、恥ずかしがるおばさまに、オジサマはチラリと見てすぐに、磨いているコップへと視線を落とした。


「どうでしょうか?」

「……覚悟が要るぞ」

「覚悟、ですか?」

「ああ。冒険者を一言で言うと『一寸先は闇』だ」


 キュッキュとコップを磨く音だけが聞こえる。騒がしかった店内だったが、いつの間にか静寂に支配されていた。


「今日を生き延びても明日はどうなるか分からない。入念に準備をしても常に命の危険に曝される。大切な仲間が倒れる光景を何度も見て来た。魔物に捕われ、犯され、殺された女も、な。楽にしてくれと懇願する仲間に刃を振り下ろした事もある」


 キュッキュとコップを磨いていた音が止む。ゴクリ。と固唾を飲んだ音が何処からか聞こえて来た。あるいは私が発したものか。オジサマはコップに向けていた視線を私へと移し、ニヤリと笑みを作った。


「それでも、止められ()ぇんだよなぁ。言葉など要らない圧倒的なまでの存在感がある景色。お宝を見付けた時の高揚感。事を成し遂げた時の達成感。それを苦労を共にした仲間達と分かち合って喜び合う為にオレ達は冒険者をしているんだ」


 店内が爆発したかの様に声が上がる。お客さんは皆立ち上がり、誰が出したのかお店に置いていないお酒を振る舞い始める。そこかしこで乾杯の声が届き、店内は異様な盛り上がりに包まれた。……ってか、アンタ今お店のマスターだろ?


「バカよねぇ、男って」

「そうですね」


 おばさまの言葉にクスリと笑って応える。こういうのは悪くないな。うん。

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