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百七十三

「器に注がれし聖水よ……」


 契約の儀式が始まった。床に描いた紋様が、おばさまの声に呼応して仄かな青白い輝きを放つ。リリーカさんはその紋様の中心で跪き、神様に祈りを捧げるかの様に俯いていた。おばさまの口から祈りにも似た言葉が次々と紡がれ、その額には珠の様な汗が幾つも浮かび上がる。


「服せ! 汝の(あるじ)たる者に! 誓え! 聖杯に満たされた(あか)き水に! 汝は其の下僕成り!」


 おばさまの詠唱が終わった。


「さあ、リリー。それをお飲みなさい」

「はい、お母様」


 リリーカさんは祈りの手を緩め床に置かれた器を両手で優しく持ち上げると、私の血が混じる液体を飲み干した。


「んっ……」


 リリーカさんの手から離れた器がガラリ。と床に落ち、コロコロ。と転がって私の足で止まる。


「んぅっ……んあんっ!」

「リリーカさんっ!」


 跪いたまま天井を仰ぎ見、そのまま後ろに倒れ込んだリリーカさんの身体を受け止める。はだけた彼女の胸元には、円形の小さな赤い紋が刻まれていた。たぶんこれが契約の紋なのだろう。


「ふう、この歳になるとやっぱりキツイわね……。若い頃なら全然大丈夫だったんだけど……」


 どっこいしょ。と声を出して椅子に腰掛けたおばさまは、滝の様に流れ出た汗を拭き取っていた。


「これでリリーはカナちゃんの言う事を遵守するわ。もし逆らえば全身に激痛が走り、それでも尚抵抗し続けると死に至る。覚えておいてね」

「要らない……」


 声が震えていた。溢れ出た雫がリリーカさんの胸元に落ち、僅かに膨らんだ谷底へ消えてゆく。


「え……?」

「こんな……こんなの必要ありませんっ!」


 パキィンッ。と音を立て、リリーカさんに刻まれた文様が砕かれ霧散する。


「カナちゃん何をするの?!」

「お……姉様……?」


 目を覚ましたリリーカさんを、私は力一杯抱き締めた。


「私の心が折れそうになった時、闇の底から救い出してくれたのはあなたの笑顔だった。それを失う事が怖くて怖くて堪らなかった。秘密を知ったあなたの口からバケモノと呼ばれたら、私はもう絶対に立ち上がれない……」


 涙が止め処なく流れ落ち、恐怖に震える私の背中をリリーカさんは細い腕で優しく包み込む。


「大丈夫ですわお姉様。強制する力が無くとも(わたくし)の笑顔はお姉様に捧げます」


 私に向けられた向日葵の様な笑顔が、心に巣食う闇を浄化してゆく気がした。おばさまはふう。とため息を吐いて、座った椅子に凭れ掛かる。


「折角掛けた術が台無しになっちゃったわね。アレ、結構高位の術なのよ」

「ごめんなさい。おばさまにまで迷惑を掛けて……」

「別にいいわ。だって仕方ないじゃない? それはそうとおばさんもう動けないから、代わりに今日一日お店を手伝ってね」


 落ちる涙をグイッと拭き取り、私ははい。と頷いた。

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