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百七十二

 『紋を刻め』。突然そんな事を言い出したリリーカさんの目には、固い意思の光が宿っていた。


「け、『契約の紋』!?」


 それって一体なんぞや?!


「『契約の紋』ってのはね、(あるじ)の命令を強制的に従わせる『呪紋』の事よ。その強制力は絶対で、逆らえば痛い目を見る事になるの。最悪、死に至る場合もあるわ」


 奴隷商が扱う『服従の紋』よりも更に強力な術だという話だが……


「お母様ならソレをご存知の筈」

「リリー、本当にそれで良いのね?」


 おばさまの言葉にリリーカさんはコクリ。と頷いた。


「分かった。リリー、ドアに準備中の札を掛けて、カナちゃんと奥に来て頂戴」

「はい。お母様」


 準備中の札を掛ける為、ドアへと向かうリリーカさんの手を取って引き留める。


「ど、どうしてそこまでするのよ……」

「お姉様に信じて頂ける為ですもの」


 ズキリ。と、胸の奥で僅かな痛みを感じる。


「だからって。こんな事をしてまで……。おばさまの言う通りだとしたら、リリーカさんは一生私の奴隷みたいになっちゃうんだよ?!」

「望む所ですわ」


 リリーカさんは向日葵の様な笑顔でそう答えた。胸の奥で感じた僅かな痛みが、顕著になる。『準備中』の札を掛け終えたリリーカさんは私の前に立ち、佇む私の手に触れる。


「さ、行きましょう。お姉様」


 リリーカさんの手に引かれ、奥の部屋へと足を踏み入れた。


 十畳程の広さがあるこの部屋は、普段は休憩所兼更衣室に利用されている。壁際に並んだクローゼットには、現在おばさまが着ている様なミニスカの制服が収められている。


 そのおばさまは、スカートのフリルを右へ左へと忙しなく動かして床に奇妙な紋様を描いていた。


「カナちゃん。線、踏まないでね。リリー、台の上にある器にカナちゃんの血を少し入れて頂戴」

「分かりましたわお母様。さ、お姉様こちらへ」


 これから、何が行われるか知っている筈。なのにその足取りには迷いが微塵も感じられなかった。


「お姉様、少しチクっとしますわよ」


 指先に走る僅かな痛み。でも今の私には、そんな痛みなど無いに等しい。滴り落ちた赤い液体が、器に湛えられた何かの液体に溶けて広がるのをただ眺めていた。


「お母様、こちらは準備出来ましたわ」

「はーい、ちょっと待ってね。コッチももうすぐ終わるから」


 紋様を描く作業を続けながら、おばさまは応える。やがて、紋様を描き終えて立ち上がったおばさまは、制服の袖で額の汗を拭う。


「ふー。さて、それじゃ早速始めましょう。リリー、円の中心に」

「はい、お母様」


 リリーカさんは描いた文字を踏まぬ様、臆する事なく中心へと進んでゆく。そして、儀式が開始された――

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