百七十一
「私、完全に女の子ですからね?」
「あら。例えば、の話よ」
そう言っておばさまはニッコリと微笑む。
「それはともかく、人と魔王さんですら歩み寄る事が出来るんだから、人同士ならちゃんと分かり合えると思わない?」
私も分かって貰えると信じたい。しかし、ローザ=フリュエールが見せた恐怖に染まった表情と、震えながら発した『バケモノ』という言葉が、その考えを打ち消してゆく。
「私もそう信じたいのですが、二度も怖い目に会って少し人間不信気味でして。今こうして居られるのも、リリーカさんのお陰なんです」
壊れ掛けた心に力を与えてくれたリリーカさんの笑顔、見ず知らずの私に良くしてくれたおばさまの優しさ、そして無愛想だけど照れた姿が可愛いオジサマ……。その総てが失われた時が怖い。
「そう、リリーに秘密が漏れるのが怖いのね。あの子の笑顔が失われるのが耐えられない」
「……はい」
「だ、そうだけど?」
「え……?」
おばさまが向けた視線を辿るとそこには、リリーカさんが仁王立ちで立っていた。
「お姉様が如何な秘密を持っていようと、私はお姉様からは決して離れませんわ」
「り、リリーカさん?! 出発した筈じゃあ……!?」
「カナちゃんの事が心配で心配で船をキャンセルしたのよ」
リリーカさんは頬を膨らませてツカツカと歩み寄り、カウンター席から立ち上がった私と対峙する。そして、その瞳が瞬く間に涙で溢れて私の胸に飛び込んだ。
「お姉様……私はずっと心配しておりました。けれど、こうして無事な姿を拝見出来、安心しております。もう、お怪我は宜しいのですか?」
「え、ええ。て、手持ちにポーションが有ったからそれを使ってなんとか……」
「そうですか。それは良かったですわ」
苦しい言い訳にリリーカさんはニコリ。と微笑んだ。そんな物など持ち合わせていないのは、その場に居て知らない筈は無い。だけどリリーカさんは、明らかにウソだと分かっていて話に乗っていた。
「り、リリーカさん。おかしいと思わないんですか?」
「思っておりますわ。お姉様」
「だったら何故……」
「前にもお伝えした通り、私はお姉様から打ち明けて頂ける事を、今も信じております。その日まで余計な詮索はしないと決めたのです。ですが、恩人であるお姉様の身を案じるくらいは宜しいではありませんか」
胸に熱い想いが込み上げる。誰かに信じて貰えている事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。
「有難うリリーカさん。でも……でもね、ダメなのよ……。これを知れば、リリーカさんは必ず私を避けるようになる。だから、話す訳にはいかないの……」
「先程も言いました。私はお姉様から決して離れない、と。それを信じて頂けないのでしたら、信じて頂けるようにするしかありませんわ」
「それって……?」
「私に契約の紋をお刻み下さいませ」
け、けいや……って、ええっ?!