百六十六
奇跡ともいえる条件反射でリリーカさんを前へと押し出し、直後に鈍い痛みに襲われて顔を顰める。
「くうっ!」
熱く疼く腕。手でその部位を押さえるとヌルリ。とした感触が伝わった。これってマサカ……血?! そう認識した途端、全身から汗が溢れ出る。
「お姉様っ!?」
「逃げてリリーカさんっ!」
リリーカさんを隠す様に間に立ち、未だ闇の中にその身を埋める何者かに向かって睨み付ける。
「何者!? 何故私達を襲うの?!」
ソイツに問い掛けても返答は無い。コイツがどんな理由で襲い掛かったのかは知らないが、私の反応がほんの少し遅れていたら、リリーカさんの白くて柔らかい肌が穢されていた。
「明かりよ!」
リリーカさんから明かりの魔法が放たれる。その魔法は周囲の闇を打ち払い、闇の中に埋めていた何者かを光の下に晒し出した。って、アンタはっ!
「キノッピ!?」
闇に乗じ、私達を襲ったその人物は、フォワール卿の嫡男。マッシュルームヘアよりもキノコに近い髪型で、モヤシのように白くヒョロリとした身体。ソイツが赤い液体の付いた短剣を両手に持ち、その先端をブルブルと震わせながら粗い息を繰り返す。その顔は憎しみに染まっていた。
「お、お前達っ、ボクのパパに何をしたっ!」
何をした? コイツは一体何を言っているんだ?
「別に何もしてないわ! 勝負の後、フォワール卿とは一切会っていないもの」
「ウソを吐くなっ! ボクは騙されないぞっ! オマエが、お前達がパパを誑かして、毒を盛ったんだろうがっ!」
「毒?! 会ってもいないのにどうやって盛るのよっ」
「五月蝿いっ! 下賤の者がっ!」
嫡男は短剣を真っ直ぐに構え突っ込んで来る。私は、動けなかった。腕を斬り付けられた痛みとそして、恐怖。めった刺しにされた記憶が、私の足を竦ませた。
「木の精ドリアルド。契約に基づき我の元へ来たれ! 大地に満つるその力、鋼の如き根と成して彼の者の四肢を拘束せよ!」
リリーカさんの呪文が放たれると、地面から幾本もの木の根が飛び出し、フォワールの嫡男の手足を絡め取って地面に縛り付ける。
「クッ! クソッ、放せっ!」
拘束された嫡男は手足をバタつかせ、抜け出そうと尚も暴れていた。
「無理ですわ。如何に足掻こうと、アナタ如きでは抜け出す事は出来ません」
リリーカさんの言葉を理解した様で、嫡男は抵抗を止めて大人しくなった。それを見たリリーカさんは、ふうっ。とため息を吐いて私に向き直る。
「お姉様、お怪我は? 今スグ治療院に……」
怪我の確認の為に腕を取ったリリーカさんから慌てて腕を引き抜いて、私は背に隠した――