百六十一
白髪の使用人さんに案内され、私とリリーカさんは応接室へと通された。座り心地で高級と分かる、アンティーク調のカウチソファ。大理石と思しき石材で出来た対座テーブルの真上には、煌びやかなシャンデリアが薄暗くなった室内を明るく照らし出している。夫人は現在、冠七位の御方の前で乱れた服装は失礼だから。と、いう理由で席を外していた。
「お姉様、一体どういうおつもりですか?」
出された紅茶を口に含む私を、リリーカさんは横から睨み付けている。
「別にフレッドさんが出した結論に異を唱えている訳じゃ無いわ。夫人は最愛の人を突然失って、情緒不安定になっているだけよ。だから、話を聞いてあげる事で気持ちを少し落ち着かせてあげるの」
「なるほど……」
「それに、そうする事でリリーカさんの株も上がるでしょう?」
女という生き物は強かに思われる反面、非常に脆い部分を持つ。突っ撥ねるよりは親身になって聞いてあげる方が効果的だろう。
「ですがお姉様。これだけはお約束して下さいまし。危ない事に首を突っ込まない。と」
「も、勿論よ」
私ってそんなに危なっかしいの!?
ガチャリ。とドアが開けられ、二人の女性が姿を見せる。一人は男爵夫人であるマチルダさん。そしてもう一人は、二十代後半と思しき顔立ちで、その顔は何処と無くマチルダさんに似ている人。この人が娘のシンシアさんか。
「お待たせして申し訳ありません『リブラ』様。こちらは私の娘、シンシアで御座います」
「お初にお目に掛かります『リブラ』様」
シンシアさんはボリュームのあるスカートを持ち上げてカーテシーを行い、マチルダさんの後に続いて席に座った。
「では早速ですが、お話をお聞かせ頂きますか?」
男爵夫人はコクリ。と頷き、男爵が死に至った経緯を話してくれた。
豊穣祭が開催されて一週間が過ぎた頃、男爵は夜な夜な魘される様になり、心配になった夫人が尋ねた所、何らかの夢を見ていたがそれを覚えてはいなかったらしい。
「主人は平気だ。と申しておりましたが、日に日に痩せ細る姿にいたたまれなくなり、療術師に頼んで施術をして頂いたのですが……」
「効果が無かった、と?」
「はい。そして主人は、執務室で眠る様に亡くなっていたのです」
話を聞いた限りでは、夢を覚えていない以外は、別におかしな点は無い。睡眠不足による無理が祟ったのなら、フレッドさんの睡眠不足による過労死。という結論も至極当然と云える。
「お話を聞く限りでは、特に問題になる様な事では無いと思われますが?」
「いいえ『リブラ』様。主人の身体に変調をきたす直前、主人は一匹の獣を連れて来たのです」
夫人の言葉に、『リンクス』の顔が頭に浮かんだ。