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オジサマの娘。

 ──朝。目蓋を通して伝わる陽の光に意識が覚醒する。空き巣に遭ったばかりの不安な夜も、川の家でのバイト疲れ……オジサマとおばさまが居てくれたお陰で、安心してグッスリと眠る事が出来た。顔を撫でて通り過ぎてゆく風は、未だ夏ですと言わんばかりに生暖かい。でも、窓なんて開けて寝たんだっけ?


 ふすぅ、ふわわっ。ふすぅ、ふわわわっ。


 奇妙な音と共に顔に当たる生暖かな風は窓からやって来る風ではない。恐る恐る目蓋を開いて目の前のモノを視認し、そのまま限界まで開かれる。


「ぴょっ!」


 驚いたとはいえ奇妙な声を上げてソレと距離を取り、背後の壁に頭と背中を打ち付ける。酔って目が覚めたら隣に男の人が寝ていた。というのは稀にある話だけど、美少女が寝ていたなんて話は聞いた事がない。


 やや茶色掛かった長い髪に、寝ていても整っている小さな顔立ち。白くて細い綺麗な指は触れればポッキリと折れてしまいそう。確実に美少女と云うべきパーツを持った人が知らぬ間に隣に寝ていれば、誰しも夢ではないかと疑うだろう。だけど、打ち付けた頭にズキズキと伝わる痛みは、目の前の事象が夢ではない事を告げていた。


「だ、誰?」

「……んんぅ」


 私の声に反応し、もそりと身悶える美少女。閉じていた目蓋がゆっくりと開かれ、寝惚け眼で私を見つめて微笑んだ。


「あ。お早う御座いますお姉様。それでは、お休みなさいませ」


 寝惚けたまま再び目を閉じた美少女。直後、クワッと目をカッ開いて勢い良く起き上がる。


「貴女何方ですのっ!?」

「それはコッチの台詞よっ!」

「何を仰っているのですかっ?! (わたくし)の部屋に勝手に入り込んでいるのは貴女でしてよっ! それに、それは(わたくし)のパジャマですわっ!」


 ビシリッと私の鼻先に指差す美少女。今、『私の』って言った……? じ、じゃあ。もしかして、この子がオジサマの娘!?


「貴女、どろぼーさんですわねっ!」

「え。い、いや。違っ──」


 私の言葉を聞きもせず、ベッドから飛び降りた美少女は机に立て掛けてあった杖を手に取って私に向かって構えた。


「ちょ、待って! 私は──」

「問答無用ですわっ! 風の精霊シルフィーヌっ」


 美少女が呪文詠唱の様な言葉を発すると、密室内に風の流れが生まれる。ビリビリと肌に伝わる嫌な感じに、慌てて美少女に飛び掛かった。


「契約に基づき、我の元へきムグッ!」


 片方の手で私に向けられていた杖を逸してもう片方で彼女の口を塞ぐ。生まれかけていた風の流れが徐々に弱くなり、元の無風状態に戻ると、嫌な感じが消えた。


「──つッ」


 感じた痛みに手を離す。見れば指にクッキリと歯型が付き、血が滲み始めていた。か、噛んだ?! コイツ、噛みやがった。


「卑怯ですわよっ、準備が整うまでちゃんとお待ちなさいっ!」

「無茶言わないでよっ! アレ相当ヤバイ奴でしょうっ?! 何で律儀に待ってなきゃならないのよっ!」


 今からアナタを魔法で攻撃するから、ジッとしててね。なんて、我儘にも程があるっ!


「それに、私はどろぼーじゃ無いわ。ちゃんと話を──」

「聞く耳持ちませんわっ! 風の精霊シルフィーヌ契約に基づき我の──」


 ああっもう! 融通が効かない子だなっ!


「──はんっ」


 可愛い声が出た。再び唱え始めた彼女の詠唱を妨害しようと手を伸ばし、敏感な所を突いてやったら可愛い声を出した。同じ女だからよく分かる。実は私もココが弱いのだ。それは彼女も同じだった様で、腕で小さな胸を隠すようにしながら真っ赤な顔をして潤んだ瞳で睨み付ける。


「こ……」


 ……こ?


「このへんたーいっ!」


 脇腹突いただけで変態扱いとは理不尽なっ!


 彼女は持っていた杖を大きく振りかぶり、私の頭へと振り下ろそうとしたその時、開けられたドアに顔をモロ打ち付けて床へと崩れ落ちていった。そして、そのドアを開け放ったおばさんが心配そうな表情で私を見つめる。


「カナちゃんどうしたの? やけに騒々しいけれど……」

「あ、その。そこに倒れている女の子が突然襲い掛かってきまして」

「女の子……? アラ。あらあらまあまあ。リリーじゃないの。ホラリリー。こんな所で寝ていると風邪を引くわよ」


 そこに寝かし付けたのはおばさまだけどね。でも、助かった。


 床に転がる娘さんをベッドへと運び、ふぅ。と一息。そして、戻るのが遅いとおばさまを迎えに来たオジサマと共に、ウンウンと魘されている娘さんを見下ろしていた。


「やっぱりこの子がお子さんでしたか」

「ええ。だけど、この子ったら一体いつの間に帰って来たのかしら?」

「朝起きたら隣で寝ていたんですが……」

「まあ、そうなの? 玄関は鍵を掛けておいた筈なんだけど……」


 だから窓から入ってこんな事になったんじゃないか?


「んんぅ……」

「アラ。目が覚めたようね」

「アラ、お父様お母様。お早う御座います。お二人揃って何か──」


 起き上がってにっこりと微笑んだ娘さんは、オジサマ達の後ろに居た私を見て言葉を詰まらせ、ビシッと指差した。


「あ、貴女。まだ居らしたのですねっ?! この(わたくし)が今すぐに叩き出して差し上げますわっ!」

「あ、あのね。話を聞いて──」

「どろぼーさんの話を聞いても仕方ありませんわっ! って、つ、杖。(わたくし)の杖はっ!?」

「杖……? ああ、はいはい。コレね」


 膝の上に乗せていた彼女の杖を、はい。と差し出すおばさま。ちょ、ソレ渡しちゃダメでしょっ!


「お二人共、そこから離れてっ。風の精霊──痛っ!」


 三度(みたび)呪文を唱えようとする彼女を止めたのは、オジサマの拳骨だった。


「お前、客人に何をするつもりなんだ」

「え、お客様……?」


 頭を摩りながらキョトンとした表情でオジサマを見つめる娘さん。その瞳には涙が揺蕩っていた。結構痛かったらしい。


「そうなのですか?」

「ええ、そうなのよ。お母さんが紹介したアパートで空き巣の被害に遭っちゃって、一人じゃ怖いだろうから泊まらせたのよ」

「え、空き……えっ!?」


 驚きの表情で私とおばさまに視線を往復させる娘さんに、ようやく理解して貰えたと胸を撫で下ろす。


「ごっ、ごめんなさいっ。(わたくし)てっきり……」

「分かって貰えればいいのよ。見知らぬ誰かが部屋に居たら、怖いもんね」

「ええ。てっきり、(わたくし)の匂いが染み付いたパジャマを盗みに来たのかと……」


 どんなドロボーなのよソレ、ピンポイント過ぎるだろ。それに、染み付いたとか言うな。着ている私が気持ち悪いわ。


「それにしてもリリー。帰って来るなら手紙くらい寄越しなさいよ。朝ごはん、昨日の残り物しか無いわよ」


 朝からあれを食わすのか……?


「何を仰っているのですかお母様。(わたくし)はキチンとお手紙を(したた)めましたわよ」

「アラそうなの? お母さんは見てないわよ」

「ああ、もしかしてアレか……」


 オジサマの言葉に、皆の視線が集中する。


「何かご存知ですのねお父様」

「ああ。昨日、店の方に届いていた便箋があったな。カナちゃんの空き巣騒ぎでスッカリ忘れていた」

「ソレですわっ!」


 娘さんはオジサマをビシッと指を差す。しかし、私はそれどころでは無かった。お、オジサマが初めて私の名前を呼んでくれた……心臓が高鳴っちゃったよ。




 オジサマ達と娘さんと共に四人で朝の食卓を囲む。テーブル上には、昨日の残り物に加えて新たに別な料理が乗っており、全体的な量は昨晩と変わらない。見ているだけで胸焼けしそう。


「お母様の手料理なんて、久し振りですわ」

「一杯あるから沢山食べてね」


 箸が進まない私とオジサマをよそに、モリモリモリとその量を減らしてゆく娘さん。この小さい身体の何処に入っているのか不思議でならない程の見事な食いっぷりだ。


「あら、お食べにならないのですか? これなんかコクがあって美味しいですわよ」


 お皿を引き寄せてニッコリと微笑む娘さん。その笑顔に向日葵の花を垣間見る。


「え、ああ。有難う」


 昨日食べたんだけどなぁ。と思いつつ、娘さんに勧められるがままにぼちぼちと箸をつけ始めていると、ボトリとお肉の欠片がテーブルに落ちる音。それを落としたおばさまが、遠い目をしながらこちらを見ていた。


「おばさま、どうかしました?」

「え、ああ。ごめんなさいね。まるで本当の姉妹みたいに思えちゃったわ」

「じゃあ、お姉様ですわね」


 手を胸元で組んで熱い眼差しを向ける娘さん。その言い方は百合っぽいモノを連想するんだが。


「やっぱり、もう一人くらい欲しいわねぇ……」


 おばさま、朝から家族計画的な話は止めませんか?


「ねぇ、お父さん。今晩──」

「ああ、今日は上層に行かないといけない日だからな。遅くなるから先に寝ててくれ」


 年甲斐もなく恥ずかしそうにモジモジとしながらオジサマににじり寄ったおばさまだが、オジサマは表情を変える事もなく華麗に回避していた。

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