百三十三
開店前でお客さんが誰も居ない静かな店内に、ガタゴト。とした音が聞こえて来る。その音がオジサマの店の前で止むと、ヒヒン。と引き手の嘶きが聞こえた。以前はこの時点で裏口から逃げ出そうとしていたが、二回目ともなると落ち着いたものだ。
「どうやら、来た様だな」
背を向けていたオジサマが渋い声で言うと、来客を示すドアの鐘がガラランッと鳴った。それを鳴らした人物は、前回と同じ白髪を短く揃えた初老の人。そして同じく、嵌めた白手が白い軌跡を生んだ。
「リリーカ=リブラ=ユーリウス様、カーン=アシュフォード様。マリエッタ=アリエス=ティアリム王女殿下の命により、御迎えに参りました。御支度をお願い致します」
一礼をされて、ヤバイっと思った。鼓動が早鐘の様に打ち付け始め、嫌な汗が流れゆく。ここへ来て緊張!?
「おね……カーン様。ま、参りましょう」
リリーカさんもテンパっている様子で、顔が強張っていた。
「あ、ああ。では、行こうか」
左腕を差し出すと、リリーカさんがガッチリと腕を抱く様に掴む。その所為で、柔らかい胸の感触がガッツリと伝わる。『あの、当たってるんだけど?』『当ててんのよ』。といったシチュエーションなのだけれど、二人共そんな冗談をかます様な余裕は無かった。
ガラランッ。とドアを開けて、頭を垂れる使用人。手足が同時に出ている私達をおばさまが呼び止めた。
「ちょっとアンタ達、忘れ物よ」
「「……あ」」
あっぶね。妙な緊張の所為でまた忘れる所だった。
丘陵地の緩い上り坂を、馬車はガタゴト。と進んでゆく。最初に乗った時はガチガチに緊張をしていたが、二回目ともなるとだいぶ落ち着き、色々な事が分かってくる。
馬車での移動は苦労する。車体が小刻みに揺れて、硬い椅子にお尻が打ち付けられ痛くなる。そう聞いた事があるが、街中である為か、はたまた馬車の性能が違うのか。揺れも少なく椅子もフカフカで、このまま住みたい。と思える程に快適だった。
下層と中層を隔てる門を通過し、中層と上層を隔てる門を通り過ぎる。広い庭で庭師の人が剪定を行なっているのを横目に見ながら、馬車は屋敷の玄関前で停車した。カチャリ。と馬車のドアが開かれ、馬車から玄関までの間にズラリ。と並ぶ使用人さん達に目を見張る。白いエプロンに黒のドレス姿のメイドさんから、燕尾服風のスーツを身に纏うバトラーさんまで、よりどりみどりだ。
「お疲れ様で御座いました。大広間にて皆様がお待ち申し上げております」
皆様……? 嫌な予感が駆け抜けた。