百二十五
「決意……ですか」
「うんそう」
私はルリさんから一緒に旅に出ないか? と誘われている事を思い出した。そして、その答えの期限が差し迫っている。けれど、私の気持ちは未だ定まっていない。
街の外にはまだ見ぬ世界が広がっている。白銀に輝く砂浜。星空の下に居る様な錯覚を覚える洞窟。対岸の街にある『ホルロージュ』も見てみたい。だけど、この街と見知った人達。何より、オジサマと離れると思うと寂しい。
「……」
「じゃあいいわ」
「え?」
「今回は諦める」
私の表情からそう読み取ったのだろう。そう言ってルリさんはため息を一つ吐いた。
「あーあ。同性が増えると思って喜んでたんだけどなぁ……」
チラリ。と目配せをするルリさん。全然諦めた様子じゃ無いじゃないか。
「ごめんなさい」
「いいって。外は怖いもんね。……私がそうだったから」
「え……」
「私ね、サバイバーなの」
「サバイバー……?」
知らない単語だ。
「魔物に囚われて運良く生還した人達をそう呼んでる」
「あ……」
そういえばオジサマが言っていた。女達を捕らえ、子を成す為の苗床にする魔物が居る、と。運良く助け出されても、心が壊れてしまって普通の生活もままならない人達が居る、と。それがサバイバー……つまり生還者。
「私もね、助け出されてしばらくの間は外が怖くて仕方がなかったの」
そうか……彼女も私と同じく死よりも辛い思いをしたんだね……
「もし、二人が私を介抱してくれなければ、私は今も家の中で無気力に過ごしていたでしょうね……」
ルリさんは、『リンクス』の頭を撫でながら窓の外に向かって遠い目をしていた。恐らく、無気力だった頃の自分を見ているのだろう。そして、視線を私に戻してニッコリ。と微笑んだ。
「でも今はすっごく充実しているわ。世界はこんなに広かったんだって毎日驚く事ばかりよ。あなたもこんな街で一生を終える人じゃ無いわ」
抱いていた『リンクス』をテーブルの上に置き、代わりに私の手を握るルリさん。
「だからカナさん。私達と共に旅に出ましょう」
握った手の平と、私を見つめるその瞳から、彼女の熱意がヒシヒシ。と伝わってくる。だけど私は……
「ごめんなさい。私、まだ……」
そう答えると、ルリさんは手を離して椅子に凭れ掛かる。
「うーん。このテもダメかぁ。我ながら良い演技だったんだけどなぁ」
「……へっ?」
え、演技?!
「じ、じゃあ……今までの話は全部……」
「それはホント。私がサバイバーだって事も、数年間無気力で過ごしていた事も……ね」
ルリさんはバチリ。とウィンクをかまし、無邪気に微笑んだ。