百二十一
ルリさんは私の隣に腰を下ろし、ほんのり日焼けした脚を組む。結構短いスカートを履いているのだけれど、周りの視線はあまり気にしていない様子だ。
「何、聞きたい事って……? あ、分かった。パーティに入ってくれるのね?!」
ズイッと身を乗り出して顔を近付けるルリさんに、私はほんの少し身を引いた。引かなきゃチューされてた。
「そ、それはまだ考え中でして……」
「なぁんだ。カナさんが来てくれると私も助かるんだけどなぁ……」
ルリさんはトスンと元の位置に座り直し、チラリチラリ。と目配せをする。助かるのは戦闘要員としてでは無く、トイレ要員としてだけでしょうが。
「それで? どんな事を聞きたいの?」
「あ、『契約の石』についてなんですが……」
「『契約の石』……?」
「はい。ええっと……」
問題の石を見せようと、ゴソリゴソリ。とポケットを弄る私の手をルリさんが掴んだ。
「ちょっと待った。ここじゃマズイわよ、私の宿に行きましょう」
立ち上がってスタスタ。と歩き始めたルリさんの後を慌てて追い掛けた――
人混み溢れた大通りから、少し離れた場所にその宿はあった。一部を除いた一般的な宿は、一階部分が受付兼食堂になっており、二階以上が宿泊施設となっている。この『大河の汽船』もその例に漏れない。
店内はお昼時もあって満席で、普通に食事をしている者も居れば、昼間っから安酒を煽っている者も居る。ルリさんは応対に来ようとしたウェイトレスに、目的は上の階である事をジェスチャーしてさっさと階段に向かって行った。
ルリさんが泊まっている部屋は、本当に寝るだけの部屋という感じで、木製のベッドにチェスト。小さなテーブルが一つと椅子が二つ置いてあるだけ。それでも、物珍しさにキョロキョロしてしまう。
「そんなに珍しい?」
「ええ、宿屋の部屋なんて初めて見ました」
「え……ホントに?」
この部屋唯一の窓を、下から持ち上げて開けようとしていた手を止めて、私の方を振り向く。
「はい。泊まる機会もありませんし」
家賃の約三分の一が、一泊しただけで消えるのだ。部屋を借りている身としては泊まる理由がない。
「部屋を借りているんだからそれもそうか。でも、気分転換になって良いかもしれないわよ」
「そうですね」
「さて、それじゃ本題に入りましょう。……とその前に」
ルリさんはチェストに立て掛けていた杖を取ると、杖を垂直に立てて目を閉じた。
「悠久の空。温和なる風纏しもの。その力以て、この地に森閑を築け。静寂なる銀幕!」
ルリさんが呪文を唱え終えるのと同時に、目に見えない何かが私の身体を通り過ぎた――