百二十
豊穣祭も残り二日。狂った様な盛り上がりを見せる街中を、人の波にもみくちゃにされながら進んでゆく。
「にぃ」
「出ちゃダメだよ」
波の圧力で潰されぬ様、シッカリと抱えるカゴの中で『リンクス』がつぶらな瞳でジッと見つめている。
あれから色々と考えていた。あの時、この獣は鑑定中の青い光に触れていた。そしてもしも、あの鑑定機が故障では無かったとしたら……
このカゴの中にその三億が入っていると知れば、隣を歩いているこの人達が暴徒と化して私に襲い掛かり、『リンクス』の奪い合いが始まる。考えを巡らす度に、そんな未来ばかりが浮かんでは消えていき、その都度冷や汗が流れ落ちた――
宿探しは難航を極めた。行けども行けども『タイヤキ船』などという宿屋が見つからない。
「タイヤキ船だぁ? そんな宿なんか無かっぺよ」
「タイヤキ船? いいえ知らないわ」
「タイヤキ船ー? この辺じゃ聞かない宿名ねぇ……。ところであなた、ウチのお店で働かなぁい? 美人さんだし、スタイルもなかなかね。すぐにナンバーワンになれるわヨォ。お客さんの身体を洗うだけの簡単なお仕事だからぁ、どうかな……?」
違ったっ! 最後のはいかがわしい方の宿屋だったっ!
そんなこんなで力尽き、お昼も回った所だし昼食とする。ケバブの様なお肉にヤキソバ風の麺料理を購入し、空いていたベンチに腰掛けて、おまけをして貰ったそこそこの盛り合わせを『リンクス』と二人で分け合った。
「はぁ……」
見上げた空は青々として、どこまでも広がっている。長閑なひと時、このひと時がずっと続けば良いのに。そう思いながらボーッとしていると、突然陽の光が遮られた。
「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね」
聞き覚えのある声の主は、垂れ下がる髪を耳へと掻き上げて私を見下ろしていた。
「ああ、丁度良かった。ルリさんに相談したい事があって、タイヤキ船に行こうとしてた所なんですよ」
「タイヤキ船……?」
不思議そうな顔をするルリさんに、私は頭を激しく上下に振る。
「そうです。以前カーリィさんからタイヤキ船に泊まっているからって聞いて……」
「それって『大河の汽船』じゃないかしら」
「……え?」
「た、い、が、の、き、せ、ん」
ルリさんの言葉に、私の顔が火を吹いた様に火照り出した。あ、穴があったら入りたいとはこの事かっ。……恥ずかしい。