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未知との遭遇。

 ──朝。一日ぶりの快眠を堪能した私は、大きく伸びをしてからベッドを抜け出し、木製の枠で出来た窓を開け放つ。


 昨日と同じく、熱気によって街並みは揺らいでいるが、冷気の幕のお陰で暑さは微塵も感じられない。こんなボロアパートにまで冷房完備しているとは実に有難い話。でなければ、とうの昔に干物になっていた事だろう。


 その私は、冷気の幕によって熱風から変換された涼やかな風を受け、人が殆ど居ない通りを眺めて首を僅かに傾げていた。


 ややオレンジ掛かった青い空に、黒い鳥の様な生き物が三匹で飛んでいる。くぅ。と鳴るお腹。なのに体力は充実していた。そして何より、東向きであるこの窓の何処にも太陽が無い。そこでハッと気付いた。


 もう夕方じゃんっ! と。




「まさか、一日寝ちゃってたとは……」


 寝癖を付けたままで頭を掻き毟り個室へと足を向ける。そこそこに輝きを放つ白磁の器に腰掛けて、時計なんて代物はあったっけ? と、頭を傾げる。


「時計なんて見た事無いなぁ……皆どうやって起きているんだろう? うーん」


 考え事をしながらも、にゅるりっ。と顔を出すアレ。直後に訪れたゴトリとした音に、頭の中の考え事が吹っ飛んだ。


「え……」


 今日は木地日(もくちび)。日本で云う所の木曜日にあたり、今までの経緯から毎週姿を現す銀鉱は明日の金地日(きんちび)の筈。だけど、アレとは違った重そうな音は確かに聞こえたし何より、アレ独特の香りが漂わない。


「ま、まさかそんな……」


 膝の上に置いた手をブルブルと震わせ、ゆっくりと腰を上げる。そして、大きく深呼吸をしてから振り返る。正面から徐々に視線を降ろしてゆくと、そこそこに輝きを放つ白磁の器の中には一際輝く物体が鎮座していた。


「な、なんですとぉぉっ!?」


 足元にパンツがストンと落ち、それに躓いてドアに背中を打つ。その痛みを感じる暇も無く知覚する衝撃映像。白磁の器に盛られていたのは、週イチで姿を見せる(しろがね)の物体ではなく、黄金色に染まった未知なる物体だった。


 立て掛けてあるモップを手に取り、棒の部分でそおっとつつく。棒を伝わり確かな手応えが感じられた。──硬い。そのままグッと押し込むと、形が崩れる事無く片側が浮き上がる。ゴトン。──重い。その事実に、その場にペタンと座り込んだ。冷たい床の感触が臀部を伝わって来るが、今はそれどころじゃない。


「な、何なのよこれは。今日は何か特別な……」


 私はある事にハッと気付いて個室から飛び出し、壁に貼られたカレンダーを見る。日本で云う所の八月を示す壮月(そうつき)と書かれているカレンダー。しかし、それは昨日までの事だ。それを一枚ペラリと捲り上げると、長月(ちょうげつ)と記載されたページに燦然と輝く一の文字。


「ま、まさか。よね……」


 ページを捲り上げたままの腕が震える。それはあくまで私の推測であって確証は無い。しかし、それ以外に思い当たる事もないのも事実。銀鉱が週イチで出現する事を踏まえて、さっきのが姿を現すその周期は──


「ま、毎月こんなものが産まれてくるのか……」


 ガクリ。とその場に膝を落とし、呻くように呟いた。



 ──翌朝。目蓋を通して差し込んだ日の光に意識が覚醒する。ゴロリと寝返りを打って室内に目を向けると、木製の質素なテーブル上には、黄金色の物体が日の光を受けて輝いていた。


「夢じゃ無かった」


 再びゴロリと仰向けになり腕で目を覆う。


「どうしたもんかな……」


 産まれてくる(鉱物)に罪は無い。問題は処分に困る、の一点のみ。換金して銀行に預けてしまえば良いのだろうけど、犯罪者を見る様な視線を注がれるのが堪らなく嫌だ。


「どうして処分に困るモノが出るのよ。どうせだったら始めからお金が出てくれれば良いのに」


 それはそれで、ある意味使いづらそうではあるけどな。


「仕方がない。ルレイルさんの所に持ち込むか」


 銀鉱の一件では出どころまでは詮索しないと確約してくれた彼だけど、それがこの鉱物にも適用されるのかが心配。だが、このまま放置しておく訳にもいかない。『よし、それじゃ行ってきますか』と、ベッドから抜け出して支度を整え、黄金色に輝く鉱物を布で包んで部屋を後にした。



 ゆるゆると流れ行く大河から吹き上げる涼やかな風が、全身を撫でて髪を踊らせる。昨日までの熱さは何事も無かったかのように息を潜め、日本と変わらぬ気候に何処か懐かしさを感じていた。去年の今頃は、やや時期を過ぎて人が少なくなった浜辺で元カレと甘いひと時を過ごしていたが、今は何もかもが初体験の世界に居るのだから、人生って分からないモノだ。


 対岸の街から天高く聳える一本の棒を眺めながら物思いに耽っていると、ゴンゴンゴンと音を立てた魔導貨物船が通り過ぎて行った。


「お早う御座いますぅ。今日はぁ、どの様なご要件でしょうかぁ?」


 相変わらず間延びした声を出す、通商ギルド『アルカイック』の受付嬢。ウエーブ掛かった茶髪をゆらゆらと揺らしながら、店の名に恥じないアルカイックスマイルを浮かべている。


「アユザワですけど、ルレイルさんはいらっしゃいますか?」

「アユザワ様ですねぇ、アポイントはぁ、お取りでしょーかぁ?」

「あ、いいえ。取っていません」

「そうですかぁ、少しょーお待ちくださぁい」


 間延びした声とは裏腹に、俊敏な動きで奥へと引っ込む受付嬢。戻って来ると再びアルカイックスマイルを浮かべる。ずーっと笑顔って地味にキツそうだな。


「お待たせしましたぁ、マスターのルレイルはぁ、出掛けておりますぅ」


 うーんそうか。ルレイルさんは不在なのか。コレ(鉱物)、どうしようかな……って、今なんと!?


「ま、マスター?」

「はいぃ。ルレイルはぁ、当ギルドのぉ、マスターですぅ」


 道理でハンターを緊急雇用したり契約書を作成したり出来る訳だ。あのアルカイックスマイルは只者ではないと思っていたが、まさかギルドのマスターさんだったとは。


「あの、何時戻って来るか分かりませんか?」

「はいぃ、特にぃ連絡を受けていないのでぇ、何時戻るぅのかはぁ、分かりませんー」

「そうですか……」


 それは困った事態になった。何時戻って来るのか分からない以上、日を改めて出直すしかない。でも、黄金色の鉱物(こんなもの)を頻繁に持ち運びするのも不安で仕方がない。


「あのぅ、マスターにはぁどの様なご用件でしょーかぁ?」

「え? ああ。ある物を買い取って貰いたくて来たんです」

「それでしたらぁ、私がぁ対応しますがぁ」


 正直不安でしか無い。だけど、何度も持ち運びするよりはマシかな。


「それじゃあ、お願いしようかな」


 カウンターにゴトリと置いた包。その結び目を解くと、中から黄金色に輝く鉱物が現れ、周囲がざわりと俄に騒がしくなる。


「こ、これはっ……」


 美少女が持ち込む品などたかが知れている。とでも思っていたのだろう。出された品を見て流石にアルカイックスマイルを維持できなかったらしく、笑顔が引き攣っている。この人、驚くと間延びしないのね。


「ホウ。これはまた立派な物ですな」

「うわっ!」


 突然、真後ろから掛けられた声に、驚いて飛び上がる。振り返ると、コレを見ても揺らぐ事の無い不動のアルカイックスマイルがソコに在った。


「ちょ、驚かさないで下さいよっ」

「これは大変失礼しました。取り敢えずここでは何ですので、奥へどうぞ」


 黄金色の鉱物を元通りに包み直したルレイルさんに案内され、商談室へと通される。そして、ソファに腰掛けて直ぐにルレイルさんが口を開いた。


「少し不味い事をなさいましたね」

「不味い……?」

「ええ、この様な物を一般に晒すとは。先日痛い目を見たのをもうお忘れですか?」


 言われて、換金ギルド『ポーン』の受付嬢の顔が浮かんだ。


「すみません、軽率でした。でも、何かあれば助けて下さるのでしょう?」

「ええ、報酬さえお支払い頂ければ。それでも、絶対ではありませんが」


 なんじゃそりゃ。お金払うんだから絶対守ってよ。


「あの時の事を正直に申し上げますと、かなりギリギリだったのですよ」

「ギリギリって。簡単に見付けてくれたじゃないですか」

「ええ。しかし、貴女が街の外へと連れ出されなければ、我々も気付く事は出来ませんでした。そして、街道を行ったのか、森の中に入ったのか。その二択も運良く当てられる事が出来ましたし、現れた魔物がグリズリーであった事や、襲われるのが最後であった事も幸運と言えるでしょう。より強力な魔物。若しくは、チンピラよりも前に襲われていたのでは我々にはどうしようもありませんでした」


 アルカイックスマイルを崩さすに言うものだから怖い。でも、改めてそう言われてみると、森の中で出会ったのが熊さんだった事。そして、熊に代わってお逃げなさいと言ってくれたイケメンエルフ。私は相当な幸運に恵まれていたらしい。


「とまあ、そんな訳ですので、今後暫くは目立った行動はお控え下さい。邪な考えを持つ者の目に止まっては、貴女の身が危険に晒される事になりますので」

「……そうですね。分かりました」

「分かって頂けたのなら幸いです。それでは、お持ちになった物の鑑定を致しましょう」


 ルレイルさんはアルカイックスマイルを輝かせて、奇妙なネーミングが付けられた鑑定機を取りに隣室へと消えていった。

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