百十三
木製のドアから生えるノブに手を掛け、王女は振り向く。
「それじゃ、開けるわよ」
ゴクリ。期待と緊張で溢れた口の中のモノを嚥下する。王女が掴んだドアノブをゆっくりと捻って扉を押し開いてゆくと、その全貌が露わになる。そして私達は、倉庫の中に収められていたモノを呆然と眺めていた――
私達が目撃したのは、約一メートル四方の木箱。それが、ひー、ふー、みー、よー……五つ。
「五箱!? これだけ?!」
「他には無さそうみたいね……」
何つー空間の無駄遣いだ……
「で、でも。も、問題は中身ですわお姉様」
確かにリリーカさんの言う通りなんだけど、広い倉庫に五箱ぽっちの木箱しかないんじゃねぇ……。リリーカさんが一番ダメージが大きそう。
「わ、私はこちらの箱から見ますね」
リリーカさんは木箱の一つを指差して、慌てた様に歩み寄ってゆく。落胆が大きいのだろう、後ろ姿がすっごく悲しそうに見えた。
「じゃ、私はアレを見ますか」
マリエッタ王女はリリーカさんの左隣の箱を目指す。そして私は右隣り。
「ロクな物が無いわね……」
木箱にはギッシリとモノが詰められてはいるが、漁って出てくるモノは高価値には程遠いモノばかり。オジサマが使っていたであろう鞘から抜く事も出来ない剣、引っ張り出したらポキッと折れた杖。これはおばさまのかな?
後は干枯らびた薬草や変色して紫色になっているポーション。何の植物かも分からない種子。なんてモノもあった。ん? この小瓶は……? 薄っすらと文字が残っている。『一匙一晩中』。……何でこんなモンがあるのよ。
「こっちは終わったけど、別に大したモノは見当たらないわね」
そう言う王女の後ろには、箱から出したモノが散乱していた。これは違うアレも違う。と投げ捨てていた様だ。人ン家のモンをアンタは……。
「あれ? これは……?」
地面に転がる容器を見つけ、これは価値があるモノじゃ? と思いながら拾い上げる。それは、蓋も何も見当たらない水晶の様な容器。その中には黒い靄の様な何かが揺蕩っていた。
「ああ、それは『契約の石』ね」
「『契約の石』……?」
「そうよ。中に封じられた精霊と契約を結ぶ為の石」
へぇ……。じゃあ、これを使って契約をすれば、私も魔法が使えるのかな……?
「でも、止めておいた方がいいわね。こんな色の魔力塊見た事も無い。何が封じられているか分からないし、契約に失敗したら待っているのは『死』よ」
「そ、そうなんだ……」
「あっ……」
小さく呻いたリリーカさん。王女と共に彼女に視線を向けると、リリーカさんは凍り付いた様に動かなかった――