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#074b フリーダム&ミステリアス

「――うん、じゃあこれにします」

「ありがとうございます。ではお渡し前に軽く各部調整しますので、その間にあちらでお会計と自賠責の受付をお願いします」


 昼下がりの午後。

 クラスの皆とカラオケに行くこととなった俺は、それまでの間に予定していたミッションをひとつずつこなしていた。

 今は自転車の購入のためサイクルショップに寄っている。

 もちろん以前の自転車は何も問題なく今も乗れる。だからまあ贅沢と言えば贅沢なのだが、今回は改めて折りたたみの自転車を買ったのだ。


「――お待たせしました。このまま乗って帰られますか?」


 ほんの10分ほどで極端に車輪が小さいその自転車が店員の手によって押して目の前まで運ばれてくる。


「あ、いえ。近くで待ち合わせなのでついでに収納方法を見せてもらって良いですか?」

「かしこまりました。ここにあるレバーを引いて……」

「おお……!」


 実演してもらうと思ったより簡単。

 フレーム中央部分にあるレバーを引いてサドルを上に引っ張れば、それだけで自転車全体が縦に潰れて行く。

 まるでロボットアニメの変形シーンみたいだ。


「このバッグに入れると肩から下げることも可能です」

「ありがとうございます」


 飛行機に手荷物として持ち込めるタイプなのでやたら軽量でコンパクト。幅40cm、高さ60cmほどのやや大きめなバッグに収納された。

 その分だけ車輪の幅が狭く、おそらくさほどのスピードが出るわけじゃないがそれでも歩くことを考えたら何倍もマシだ。

 毎回都合よくタクシーを拾えるとは限らないしな……。

 これなら凛子カーにも問題なく入るだろうし、EOEの受付で手荷物として預かってもくれるだろう。

 通勤ラッシュ時とかでなければ電車にも問題なく持ち込めそうだ。


「よっし」


 これで移動手段がかなり選択肢豊富になった。

 またひとつミッションの大きな項目をひとつ潰せた俺は上機嫌で肩からわざわざ自転車バッグを下げたまま店を出た。


「あと……二時間はあるか」


 つい最初に空を見上げて時間を確認しようとしてしまう俺。

 改めて携帯(スマホ)の画面から時間を確認し、この後の展開をざっと考案する。


「うーむ。思ったよりサクッと簡単に決まったなぁ」


 そもそもここまで小型に折り畳める自転車自体が二種類しかなく、そこからより軽量さを理由にこれを選ぶまでたったの5分しか掛からなかった。

 あれやこれやと吟味してしまう自分の性格を考慮して、この自転車選びに二時間ほど用意していたものだから相当余らせてしまったわけだ。


「まあ、茶でも飲んでるか……」


 家に帰ってもたかが一時間ぐらいでまた繁華街のこっちまでUターンなんてバカバカしい。すぐ隣にある外資系のコーヒーチェーン店でゆっくりと時間を潰すことにする。


「――そういや集まってるかな?」


 コーヒーの良い香りが漂う店内はかなり賑わっててやや狭苦しいが、窓際のカウンター席が空いているのを発見。

 すみやかに席に着くと状況が気になってすぐに携帯を取り出す。


「どれど――……んんん?」


 危うく手にするアイスコーヒーを落とすところだった。

 ちょっと動揺してる俺はそのプラスチック製の容器をテーブルに置いて、もう一度携帯の画面を確認した。


「…………84件??」


 それはEOE非公式の野良マッチ専用掲示板『イーマチ』に表示されている数字のこと。

 もうちょっと言うと、俺の記事への書き込みってことだけど……。


「何これ?」


 ごく一部、ネタというかいたずらであり得ない内容の書き込みはあるものの、普通に募集へと応じている人がその84件のほとんどだった。

 そして遅れて自覚する。

 俺、ランク三位に位置する謎の人だった……!


「そっか……どうしよう、これ」


 ある意味で、数件の露骨なネタ書き込みは俺への有り難い警鐘だった。

 つまりこれは興味本位だったりあるいは情報収集・嫌がらせ・いたずらなど他意がある人達もかなりの確率でこの中に存在していることを意味している。

 当然中には悪意を持って――いやそれよりリアルの俺への観察目的とかで約束をすっぽかされ、ログインできないという展開こそが個人的に一番痛い。

 そして思い知る。


「なるほど……イーマチを使わず(がく)経由で俺を選ぶわけだ」


 ランキング常連のアクイヌスや剛拳王がわざわざ出向いてシロウトの俺を呼び、頭数を四人に揃えた意図がすごく理解できた。

 これは確かに面倒な上に不確定要素多過ぎて、とてもじゃないが募集なんてやってられない。


「せめて知ってる人でも――…………」


 画面をスクロールして84件の一覧を眺めていた俺は、不意にその動作を停止させる。


「……」


 知ってる人がいた。

 見覚えのある自画像アイコン。

 いや、まあ……確かにこの人なら他の誰より信用は置けるだろう。


「……フリーダム過ぎだろ、この人」


 そう言いながら『KANA』という名前部分をタップしてすぐに返信することにした。


「何やってんの、ランク一位」


 そういや初めて野良で募集した時も参加してくれたのはKANAさんだった。

 あの時は()()にも物凄く親切で優しい人に助けてもらったと心から感謝してたけど。


「……偶然じゃなかった、ってことか」


 本当にこのKANAさんが鳴門――いや、香田神奈枝という人だとするならむしろ必然だろう。

 たまたま俺がデフォルトの『香田孝人』という本名でキャラメイクしたことがこの発端となる。

 『久しぶりに弟の名前を見かけた姉が、コンタクトを取る』。

 ……うん。それはあまりにも必然な流れだった。


 『ぜひお願いします』。


 端的な一文を入力して送信、とするその直前に手が止まる。

 俺のこの募集に応じるということは……KANAさんは今、リアルに居るってことになる。

 あと、この返信は個人間のメッセージなわけで第三者は閲覧できない。


「IDは、以下になります。何かあればこちらに……と」


 自分のSNS用のIDを書き加えることにした。

 あの人になら、問題ないだろう。

 むしろEOEではないからこそ話せることもあるかもしれない。

 何より……確認したい。

 つまり俺はまだ疑っている。

 KANAさんが本当に、あの神奈枝姉さんであるのか、を。


「さて」


 送信ボタンを押した俺は、少しばかり緊張する。

 果たしてSNS越しの返信は来るのだろうか?

 数日後に優勝を掛けて戦う相手だけど……確率はそれなりにあると思う。


「……とりあえず、もうひとりのログインメンバーはどうしようか?」


 KANAさんは確定として、席を埋めるにはあとひとり必要だった。

 このまま保留では、真剣にEOEへログインしたい人たちに申し訳ない。

 その責任を感じてしばし考案してから――


「よし、それで行くか」


 ――おおよその、この後の作戦を決める。

 『私事により今夜のログインが困難になったため、募集を中断させてもらいます。沢山のご応募ありがとうございました。あまりに沢山なので個別にお伝えできず申し訳ありません』……とそんな文章を記事に入れて更新。KANAさんを含む全員を『拒否』として一斉に解除した。

 つまり全員にお断りを入れた形としたのだ。

 もちろんKANAさんは呼ぶ。

 しかしそれを記事として記録に残しては何かとマズイ。後々に『談合』とか『不正』とか言われかねないわけだ。


 ――ピコン。


「うっそ……早すぎだろ……」


 それは間違いなく許可申請の通知。

 岡崎もそうだけど、こういう人たちは普段ずっと携帯を片手に生活しているのだろうかと疑ってしまう。

 今なんて、掲示板の書き込みだぞ?

 PUSH通知とかないんだぞ?

 そこで俺からの個人メッセージを確認して、SNS上にIDを入れて検索。さらに俺への許可申請を入れるまでほんの数分で済ませたことになってしまう。


「もちろん許可しますよ、と」


 SNSの知り合い項目に『かなえ』という文字が加わった。

 途端――


 ――ピロロロ……ピロロロ……♪


「うおっ、と!?」


 聞き慣れないコール音。

 それは電話回線ではなくてSNS越しのボイスチャットの呼び出しだった。

 普段あまり使わないから大げさに戸惑ってしまう。


「は、はいもしも――」


 ――ブロロロロロロッッ……!!!


 まず耳に届いたのは、そんな爆音。

 紛れもなくそれは盛大なエンジン音だった。

 風を切るような音もそれに重なっている。


「ごめんなさいねーっ、今、運転中なの~!!」


 それに負けじと声を張り上げているのだろう。

 KANAさんの肉声が遅れて届いてきた。


「ははは……車止めてからで良いですよ?」

「そうなんだけどぉ……お姉ちゃん嬉しくて、ついっ♪」


 てへっ、と舌を出してそう。

 余裕でKANAさんの屈託のない笑顔が脳内再生された。


「孝人くん、ありがとう~!!」

「あ、いえ。こちらこそ申し込んでくれてありがとうございます。実はKANAさんとは久しぶりに話して――」

「――今、どこっ。自宅~っ!?」


 よほど急いでいるのか、珍しく声を被せてまでちょっと早口でしゃべっているKANAさん。


「あ、いえ。駅前にあるコーヒーの……ほら。ムーンバック――」

「――行く~っ♪」


 ――プツン……。


「へ」


 否応なし、とはまさにこのこと。

 いつも余裕ある風におっとりとしているKANAさんとしては珍しく端的にそう言うと、一方的にボイスチャットは終了となった。


「行く……って言ってたよな??」


 つまり、車でここまで来るということか。


「……出るか」


 店員に確認するまでもなく、駅前の狭い敷地内へと押し込むように存在してるこのチェーン店には専用駐車場なんかないだろう。

 そもそも店内も見渡す限り空いているテーブル席はないし、会うなら場所は変えなきゃいけないのが必然だった。

 ならば駐車する必要もないよう、店の前で待つのが常識に思えた。

 俺は立ち上がると足元にある荷物を拾って肩に掛ける。


「ん?」


 それは飲みかけのコーヒーを片手に持ちながらトレイをレジ横にある返却口へと戻している時だった。

 背後からどこか聞き覚えのある爆音が――


 ――ゴウゥンッ、ゴウゥンッ……!!


 たぶんそれはその車にとっては非常に上品な停止方法なのだと思う。

 しかし全個体(ASS)電池(EV)による電気自動車やハイブリッドが主流となっているこのご時世ではあまりにも異質過ぎて、周囲の視線を一気に集めていた。


「んなっ」


 俺は慌てて店の外に出る。


「孝人くぅーん♪ 来ちゃった~♪♪」


 KANAさんは嬉しそうに車内からぶんぶんと手を振って俺に知らせてくれる。爆音が収まった今現在も――いや、その時よりも遥かに大勢の人たちの視線が集まる。

 もはや通行人だけでなく、駆け寄ってくる野次馬まで散見できた。


「KANAさんその車……」

「えへへっ、ステキでしょっ♪」


 自慢の愛車を披露できてご機嫌みたいだ。

 いつもよりハイテンションなKANAさんは半分立ち上がるように身を乗り出して、俺にピースサインを見せてくれる。

 それら動作が車のボディによって阻害されることはない。

 何せオープンカーなのだから。


「え、ええ……ステキ……です、ね」


 やたら低い車体のおかげで、車に乗ったまま半分立ち上がるようにしているKANAさんを俺は見下ろしていた。

 真っ赤なイタリアンレッドが異様に輝いてて眩しい。

 ……正確な車種とか一切知らないけど、こんなのバカ高いに違いない。

 怖ろしいまでのセレブオーラに庶民の俺はおののくばかりだった。


「あらそれ……お店出ちゃったのぉ?」


 俺の片手に持っているコーヒーを指さす、残念そうなKANAさん。


「あ、はい」

「じゃあ乗って乗って♪ どこか場所を変えましょーっ♪♪」


 テンション高っ……!!

 戸惑いながら俺は車の後ろに回り込み、そのまま車道へと出る。

 そうしなきゃ、唯一空いている助手席には座れないからだ。


「あれ……えーと」

「はいっ」


 ドアを引く取っ手部分が見当たらず戸惑ってしまう俺。

 どうやら運転席側から開けることも可能なようで、それを察してくれたKANAさんの操作によって助手席側のドアが()()と開く。

 ガルウィング――いや、こういうのは『バタフライ』と言うんだっけ? とにかくTVでしか見たことないような特殊なドアの開き方がなされ、周囲から歓声にも近い声が届く。


「お、おじゃまします……」


 開けられるってことは、閉められることだと信じてそのままドアには触れず、慎重に慎重に肩に掛けていた荷物を座席下へと置きながら助手席に腰掛けた。

 まず驚くのは低いこと。

 そして思ったより硬くて両肩からのホールド感がすごいこと。

 もっとこういう席ってふかふかしているものだと思い込んでいた。


「……あ。どうも……」


 期待通り、自動でドアが上から降りてくる。

 間違って壊したら――と考えるととてもじゃないが勝手に閉められないので内心非常に助かった。


「あ、ぅ」

「ん? 孝人くん……?」

「い、いえっ。死んでも落としませんからっ……!」


 自分がコーヒーを手にしていたことに今さら気が付いた。

 いくら蓋がついているとはいえ、これはあまりにも愚かしい。

 おい香田孝人……これ零したりしたら死ぬぞお前!?

 自分の給料の何年分請求されるかわかったもんじゃないぞっ!?

 緊張のままコーヒーが入った容器を両手で包み、そして間違っても内装にぶつけないよう両(すね)でアザができそうなぐらいにガッチリと折り畳みの自転車が入ったバッグを左右から押さえ付ける。

 ……トランク、開けてもらえば良かった……。


「くすっ……それより――」

「え」


 週末昼間の駅前メイン通り。

 大勢の人たちが注目するその中心で、KANAさんはいきなりグラマラスなその身体を覆い被さるように俺の身体へと寄せて来て、瞬間、頭の中が真っ白になってしまう。

 緊張のあまり硬直しているこの身体に……ふにょん、と殺人的に柔らかい感触が届く。

 包まれるムスク系の大人っぽい香りにめまいがしてきた。


「――はい、ちゃんとシートベルトしてねっ?」

「えっ、あ、は、はいっ」


 気の回らない俺のためにわざわざKANAさんがシートベルトを引っ張って掛けてくれていた。

 ……って、何これ。

 肩から斜めへとタスキを掛けるように着けるようなよくあるタイプじゃなくて、左右から引っ張って中央の腹部で止める……まるでレーサーみたいな本格的なシートベルトに驚いてしまう。

 ああ、うん。これ、やってもらって良かった。

 こんなのコーヒー片手に持ちながらじゃ難易度高すぎる。


「じゃあ出発進行~♪」


 ――パァン……!


 KANAさんの車の前で群がるように写真を撮っている人たちへと知らせるため軽くクラクションを鳴らして、そして多くの人たちに見送られながらこの宝石のような輝く車は緩やかに発進した。


「う、わっ」


 こういう車って、もっとこう……ピーキーな動きをするものだと勝手に思い込んでいた。ちょっと踏んだら即100km/h、みたいな。

 でも実際はそのまったく逆。

 スケートリンクの上みたいだ。まるで滑るみたいなこれ以上なくスムーズな加速で上品に国道を走り抜けて行く。ただのその走行感覚だけで俺はつい声が出てしまったのだった。


「ねえねえ、孝人くん! どこ行こう~?」

「えっ!? どこって……!」


 激しいエンジン音と風を切る勢いに負けないよう、自然と声が大きくなる。


「お腹空いてる~?」

「あ、いえ!!」

「あらそう……残念っ♪」


 決して視線を正面から動かさないまま、小さく肩を狭めて自分の感情をジェスチャーで表現している。

 この車に乗り慣れているのだろう。すごくリラックスしてる感じで自然に操作していた。

 ひとつひとつが大人びてて、すごく洗練された仕草。

 ついつい眺めてしまう。

 指先の繊細な動作がセクシー……なんて表現したら失礼だろうか?

 このミステリアスな未知の雰囲気に呑まれてしまいそうだった。

 自分が子供に感じてしまって仕方ない。


「どこか行きたいところあったんですかっ……? あまり食べられませんけど、それでよければ喜んで付き合います……!」


 財布の中身は……うん。たぶん大丈夫か。俺の推測の範囲内であれば。


「わっ、嬉しいっ♪」


 初めてちらり、とこちらを向いて笑うKANAさん。

 恥ずかしそうにちょろっと小さく舌を出すと。


「お姉ちゃん、久しぶりに牛丼食べたくなっちゃったの~っ♪」


 こういうのもミステリアスと言っていいのかどうか迷うところだが……とにかくこの年上の綺麗なお姉さんは、トコトン謎な存在だった。



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