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#072c 麻痺

「――あ、香田きたきたっ!」

「ん? みんなどうしたの、扉の前で並んでたりして」


 岡崎を連れて宿屋の二階に降りると、206号室の前で凛子・未・深山の三人が並んで出迎えてくれていた。


「にゃははっ。香田が遅くて……ねぇ?」

「はい。何かあったのかなってみんなで心配しちゃって……」

「……レイカ。その『何か』って、何?」

「えっ」


 そんなことをワイワイと賑やかに会話している三人。


「――んむ? どったの、岡崎?」

「えっ、あ、いやっ!?」


 真っ先に岡崎の様子がおかしいことに気が付くのは、やっぱりこの中で一番仲の良い凛子だった。


「……コ、コーダに襲われそーになっちゃってさぁ~!」

「いや岡崎。そのぎこちない嘘はまぎらわしいからやめてくれ」

「に、にししっ」


 あーあー、ダメだこりゃ。

 このメンバーの中で嘘つくのが一番下手なの、間違いなく岡崎だ。


「さっきは驚かせてわるかったよ」

「え。あ、ううん……!」

「ほら、部屋入ろうか」

「へーいっ!」


 後ろを歩いていた岡崎がそれでいつもの調子を取り戻したのか、俺を追い越して部屋の中へと真っ先に入って行く。


「…………むむぅ」


 岡崎のが第六感的な勘の良さだとするなら、凛子のは完全に人間観察による洞察力の賜物だろう。岡崎を追う視線が何かを鋭く探っているようだった。

 さながら浮気をしてないか探る奥さんのようである。


「ねえ……兄さん」

「ん? 何だ?」

「どうしてあの人のところへ、わざわざ迎えに行ったのですか?」

「どうしてって??」


 質問の意味がちょっとわからない。


「チャットで呼べば、それで済むのに」

「……ああ、確かに!」


 あまりにリアル過ぎるからだろうか?

 ついここがゲームだって認識を失ってしまう時があるなぁ。


「ははは。じゃあ部屋に入ろうか」

「……はい」

「はい!」

「うんっ」


 俺の言葉へと素直に応じて三人も部屋に入って行く。


「まあ結局……なるようになった、という感じか」


 未に指摘されるまで気が付かなかったのは事実だけど、でももし岡崎のところに迎えに行くのが面倒だったり気が重いと感じていたなら、きっと自分でも『あ、チャットがあるか』とその点に気が付いていたと思う。

 つまり、無意識に岡崎とふたりきりになることを望んだのだろう。

 そして必然的に俺は内に秘めていた感情を岡崎にぶつけた。

 ……たぶんそういうことだ。


「香田~っ?」

「あ、はーい」


 焦れた凛子に促され、俺も遅れて自分の部屋へと入る。


 ――パタン……。


 扉を閉め、ずらり並んでる俺のメンバーを一度見回すと俺から話を切り出すことにした。


「ではさっそくだけど、明日からのチームの動きについて話し合いたい」

「あいあい!」「はい……」「はいっ」「へーい!」


 ほぼ同時に全員から返事が届く。

 皆が集中して耳を傾けてくれているこの状況が、妙に嬉しかった。


「まず明日からの四日間、未は最果てのダンジョンに籠ってレベル上げに専念するらしい」

「……はい」

「未。みーの説明によれば死ぬと稼いだレベルが消えてしまうらしいから、欲張らず定期的にダンジョンから出るようにな?」

「わかってます……面倒ですがそうします」

「どうせどこかで寝なきゃダメなんだから、いっそ毎日この宿まで戻ってきたらどうだ?」

「いえ。集中したい……時間が惜しいです」


 まあ、それはわからないでもなかった。

 純粋にダンジョンとの往復の時間が掛かるのもあるが、何よりここに戻ってくると皆と雑談したりでなんだかんだ時間を浪費してしまいそうなのだろう。

 ……もちろん深山を妨害しない、という強制力も地味に働いているのだろうけどね。


「それで、凛子」

「ん?」

「もし凛子さえ良ければ、未と可能な限りダンジョンでいっしょにレベル上げをして欲しい」

「えっ……う、うんっ……いいけど」

「ありがとう。得たポテンシャル値はすべて敏捷性(アジリティー)に入れてもらっても良いか? チームで素早い移動ができる人がいないと、想定外の展開の時に対応できず詰んでしまいそうだ」

「あいっ! かしこまりましたーっ!」


 いつもみたいに海軍式の敬礼なんかしてくれる凛子。


「ありがとう。俺がピンチの時、どうか助けに来てくれ」

「――っっ……こ、香田っ、上手過ぎぃ!!」


 俺を助ける展開でも脳内でシミュレーションしているみたいだ。凛子がデレデレの笑顔で俺を褒めてくれる。


「前にも言ったけど、ウチのチームの最後の切り札は凛子だ。これは回避性能を向上させて生存確率を高めるという意味でもあるから、決して俺をかばって死んだりしないようにな?」

「うー……」

「約束」

「はぁいぃ……」


 口を尖らせて渋々了解してくれた凛子だった。


「よし、じゃあ次に深山」

「はいっ」

「明日だけは未・凛子といっしょにダンジョンに潜って、可能な限りでレベルを上げて欲しい」

「はい。ポテンシャル値は……持続に?」

「ああ、『持続』に全部入れて欲しい。帰ってきたら俺と合流して、その後は大会までいっしょに魔法の制作を進めよう」

「……はいっ!」


 うん、良い返事だ。


「んむ? ……合流したら……?」

「ああ、明日はちょっと野暮用でここを留守にする」

「えーっ! どこに行くのっ!? 私も――」

「――凛子は、ダンジョン」

「うーっ……で、でも香田ひとりだとぉ……」

「安全なところだから大丈夫だよ。念のため岡崎も同伴してくれるし」

「はえっ!?」


 そう間抜けな返事をしたのは岡崎。


「ダメか?」

「あーえー……ダメじゃないけどぉ……アタシじゃコーダのボディガードにはぁ、ちょっと役不足って感じぃ?」

「うん、そうそうっ!」


 それを言うなら『力』不足、な?


「いや、アイテム類を全部あらかじめ深山に預けるからそれで充分だ。別に襲われたってゲームなんだから単純にログアウトするだけだろ? 気持ちは嬉しいが、そんな大げさに心配する話じゃない」

「うー……はぁい……」


 そう、単純にログアウトするだけ。それだけ。


「ありがとう」


 うつむく凛子の頭を撫でながらチラリと岡崎のほうを見ると、案の定『にしし……』なんて無理して不自然に笑っていた。


「よし、じゃあ岡崎。さっそく行こうか」

「う、うんっ」

「えーっ!? 今からーっ!?」


 素っ頓狂な声を張り上げて今度こそはっきりと不満を示す凛子だった。


「うん。今から向かう」


 ここの窓から月は見えないが……たぶん今は、午後11時過ぎぐらい。

 さっきまで予定外に岡崎と話し込んでしまったこともあり、もうそんなに時間は無さそうだった。


「……ヤだ……」

「凛子」

「ヤだ……香田と……全然お話してないっ……」

「ごめん。そうだな、凛子には負担を掛けて申し訳ない」

「私……香田といっしょ、がいいっ……」

「ごめん。未といっしょに行って?」

「うーっ……!!」


 口を思いっきりへの字にして、涙を目尻いっぱいに溜めて、悲しそうに訴える凛子。


「凛子――」

「――あ」


 実はこういうの、苦手なんだ。

 電車で見かけるたび、内心舌打ちをするぐらいだ。

 見ている深山の気持ちも考えると、なおさら。


「んっ」


 でもだからこそ――になるのかな?

 俺は片膝を床について屈み込み、寂しそうにしている凛子の唇を皆の目前で自分から奪った。

 我慢を強いるにはちょっと安い報酬だろうけど、今はどうかこれで我慢して欲しい。


「……じゃあ凛子がダンジョンから帰ってきたら、その日はずーっといっしょに居よう。それで良い? 許してくれる?」

「は……は、ひ……」


 そういやそうだった。

 俺から凛子へと能動的に何かをする、というのは凛子から求めてすることとは全然違う意味が生じるのだと思い出す。

 『香田が私なんかにするわけないじゃん!』っていう、アレだ。

 おかげで効果てきめんだったらしい。

 すっかり骨抜きになってヘロヘロ状態の凛子だった。


「ありがとう」

「ちょっ、だ、だめっ、に、二回なんてそんなっ、も、もったいな――」


 俺の顔がまた近づいてきて、察したらしい。

 バタバタと暴れてる凛子のあごをそれでもくいっと強引に捕まえて、再び唇を重ねた。


「――ん、んんんっ」


 皆の呆れ気味な視線もなんのその。存分に凛子の唇を味わう。

 ……うん。これは俺の中でも異例の出血大サービスだな。


「……ふ、ふえぇぇ……っ……」


 解放した途端、真っ赤になってちょっと泣き出している凛子。

 その頭へとダメ押しでポンポン、と軽く手を置くと俺はゆっくり立ち上がった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「……はい。いってらっしゃい」


 唯一、真意を理解している深山が俺から全アイテムを受け取りながら、なんとも申し訳なさそうに眉を下げてそう見送ってくれた。



   ◇



「ねぇ~……コーダぁ……マジでやんのぉ~……?」

「やる。頼むよ岡崎」


 ここは宿屋からちょっと離れた誰も通らない路地裏の一角。

 頭上の、狭い建物の隙間からは大きな月が覗いていた。

 間違いない。もう間もなく午前0時となりそうだ。


「へぇーい……えーと……『えくすとら』の、これだっけぇ?」

「そう。そこから決闘(デュエル)モードの項目を探してくれ」

「……うん、あった」

「設定は、デスをON。痛覚を最低にしてくれ」

「うん……後はぁ?」

「報酬を――そうだな、『勝者に経験値10000を渡さなければならない』とでもしておこうか」

「ぎゃあっ!? い、いちまん~っ!?!?」

「ぎゃあってお前……女の子がなんつー悲鳴を……」


 まあ、気持ちはわからないでもないか。

 レベル2のプレイヤーからすれば思わず叫ぶほどのとんでもない数字。

 たぶんレベルは……少なく予想しても20~30は一気に上がりそう。


「コーダぁ……そもそも経験値を他人にあげるなんて、できんの?」

「可能だ。凛子がそれを過去に証明している」


 そう。凛子は以前、えくれあにひたすら経験値を渡し続けていた。

 つまりEOEでは金銭と同じように、経験値もまた譲渡可能なのだ。


「じゃあそれ、深山姫にあげたらぁ……?」

「まあそれも考えたけど、でも深山は現在さほどレベルアップを必要としていない。チーム全体のことを考えると、与えるならやはりレベル上げが困難な岡崎にだろう」


 本当の本当は未がベストなんだけど、でもアイツは受け取らない。

 ゲーマーのプライドが絶対に許さないだろう。間違いない。

 むしろ小一時間ぐらいのお説教を食らいそうだ。


「で、でもさぁ……何か悪いっつーかぁ」

「いいから! ほら、さっさと始める! もう時間がないっ」

「はぁーい……」


 間もなく俺の目の前に『決闘デュエルモードに招待されました』と表示が現れた。

 それをアクティブにすると自動的に操作モードに入り、すでに設定されている全項目がずらり一覧として目前に並ぶ。


「さてさて……」


 後は『確定』のボタンを押すだけだが……ここでもし承認ウィンドウを呼ぶ必要があれば、おしまい。

 痛覚100%で俺は死を受け入れなければならなくなる。

 ――まあ、それはほぼ間違いなく杞憂だが。


「よしよし」


 『確定』ボタンをアクティブにすると予想通りそれだけで決闘デュエルモードは起動した。

 ……何てことはない。未が決闘デュエルモードを受ける時、承認ウィンドウを呼ぶ視線の動きが見られなかったことから必要ないことが事前に予測できたわけだ。

 たぶんEOEのシステムは、能動的に自分から重要なことを決定する時――あるいは、他人へと過度に干渉するような時にだけ、承認ウィンドウでの最終確認を行うデザインなのだろう。

 死んでしまったらログアウトできるけど、自分からログアウトするには承認ウィンドウが必要という事実も、その推測を肯定してくれている気がした。


『3……2……1……』


 淡々としたアナウンスが耳に届く。


『――デュエル・スタート……!!』


 ビーッ、という機械音と掛け声が鳴り響き、決闘(デュエル)モードが開始された。


「よし、じゃあサクッと()ってくれ」

「…………マジでやらないと、ダメ?」

「何を今さら。安心しろ、決闘(デュエル)モードの中では痛みはほぼないし、見た目もグロテスクにならない」

「そ、そおいう問題じゃなくってさぁ……コーダはどうなのっ?」

「どう、って?」

「……ぶっちゃけ、怖くないのぉ?」

「怖いよ?」


 いくらゲームとはいえ、腹を刺されたりしたらそりゃ気分良いもんじゃない。


「やっぱ怖いんじゃんっ!? やっぱやだぁ……アタシ、コーダ殺したくなぁーいっ!!!」


 口調は軽いが、しかし本気で嫌そうだ。

 大抵のことには理由も聞かずに応じてくれる岡崎からすれば、この抵抗ってよっぽどなレベルだろう。


「しかしなぁ……俺はログアウトしたいわけで……」


 うーん……と少し悩んでしまう。


「じゃあいい。自殺するよ」

「うぎゃあっ!?」


 俺の発言はインパクトあったらしい。慌てて岡崎は背中を向けて両手で目を覆った。


「だから別にグロくないって……」

「あーあーあー!! アタシなーんも聞こえなーいー!!」


 悲鳴でも上げることを心配しているのだろうか。

 俺の発言に声を被せて今度は両耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。


「……」


 まあもう問うまい。

 岡崎が手伝ってくれないなら、俺が淡々と自分で()るまでだ。


「……あ。ダガー……」


 しまった。深山に全アイテムを預けてしまっていたんだっけ。

 じゃあやっぱり岡崎に――


「――いや、これはこれで良い実験になる、かな?」


 俺は右手を上げて、出すアイテムを選ぶ。

 前言撤回しておこう。

 深山に渡したのは()()()()()()()()全アイテム、だった。


「一本ではちょっと足りないかな?」


 俺は決して他人に渡せないアイテム――誓約紙のb~eをポップさせる。

 白い5mほどの柱が4本、宙に浮いている。

 これでおよそ600kgほどか……まあ充分だろう。


「よっと」


 そのまま俺はより確実に死ねるよう、仰向けに地面へと寝転がる。

 頭上には浮かぶ白い4つの柱。

 ――自分の分身である自分の誓約紙で、自分を殺せるのか?

 これはこれでちょっと興味があった。


「あ……深山の言う通りだな……ははは……」


 俺はゆっくりと手を伸ばす。

 震える指先が白い柱のような誓約紙の底に触れた、その瞬間――


「俺、ちょっと……死ぬことに麻痺(まひ)、してるかも」


 ――具現化した計600kgの紙の塊が、俺の頭部を一瞬で潰した。



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