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#071c 愛しい未との曖昧のない日々

「めでたし、めでたし、と」


 自然と笑顔がこぼれる。

 内心で恐れていた未からの心の告白が、当初予想していたよりずっとマイルドで可愛らしい内容だったことに俺は心から安堵した。


「……未も毎日してます」

「ん? 何を?」


 ――だから本当に俺はこの時、その言葉が何を指しているのかまったく理解できず安易に質問をしてしまった。


「兄さんを穢す、おかしな妄想を」

「ちょっ……お、お前っ」

「異常ですか?」


 俺の胸の中の未は顔を埋めていて、瞳の色が見えない。

 その言葉の真意が読み取れない。


「……コメント、難しいけど…………いや、異常ではないと思う」

「ちなみに、もちろん性的な意味です」

「そこまでマネしなくていいからっ」


 つまりこれは、恥ずかしがっている未を見て喜んでいたドSな俺への報復攻撃なのだろう。さっき俺から『何度もおかしな妄想をしそうになった』と伝えてしまったあの赤裸々な言葉を、今度は未が意図的に持ち出しているようだった。


「――ぅ……あ……」

「? 苦しそうですが……どうしました?」

「言いたくない、言いたくないっ」


 それも本音のひとつであることは間違いなかった。

 何度も繰り返し口にして、それで必死に意識を逸らす俺。


「正直に言ってください。その口を使って具体的に教えて()()()です」


 未は俺の胸の中から顔を出し、そう要求してくる。


「さらに上乗せで強制力を重ねてきやがった……」

「そんな解説とかまったく必要ないです。ほら、教えてください」


 二重に働く俺への強制力はあまりに強烈で。


「ぐっ……未の妄想……どんな内容、か……知り、たい……なっ、てぇ」


 数秒間も持たず、俺の口はあっさりとそんな本音を告げてしまう。


「そうでしたか……はい、ではぜひ聞いてください」

「……聞くの、怖い」


 これもまた本音。

 矛盾している俺の心の二つの側面が露呈していた。


「二言目には『兄妹だ』『家族だから』とうるさい兄さんを力づくで乱暴に抑え込み……馬乗りになって兄さんを穢すんです」

「……っ」

「兄さんは口ではダメだって、やめろって言うけど……でも身体は違う反応をしてくれるんです」

「い、いやそれ……だからEOEでは無理だってっ!」

「はい、ただの未の妄想ですから」

「……っ……ぐ」

「どうしましたか」

「……少し、気持ち、悪くなってる」

「――……はい、そう…………です、ね」

「え? あ、違う! 違うぞっ!?」

「もういいです……つきあってくれてありがとうございました……」

「未っ!! ちゃんと話を聞いてくれっ!!!」

「っ!」


 ふたり並んで座っていたベッドから立ち上がろうとする未の腕を掴み、俺は慌てた声でとっさに叫んだ。


「真逆だから、それっ!!」

「…………どういう、意味……ですか?」


 その瞳には困惑と絶望と悲しみと不安と少しの期待と……読み取れないほどの色々な感情が浮かんでは消えていた。


「興奮したのっ!! ちゃんと順を追って説明したかったが、まず真っ先に未を安心させたくて結論から伝え――うるさいっ、ちょっと解説の俺、邪魔だから黙れ!」

「……???」

「だめだ! それだけはだめだっ、未にこんな酷い勘違いをさせちゃだめなんだ!!」

「兄さん……?」

「ごめんっ、心が動揺してて、まとまってなくて……今、落ち着くっ」

「……はい」


 俺は一度大きく息を吐き、恥じらいも常識も倫理も何もかもをかなぐり捨てて、ちゃんと未に説明することにした。

 いや。本心からそう思い、自動的に口にする。それはもちろん――


「――愛しい未の心を守りたいから」

「愛しい……」

「まだちょっと心が散らかってるな」


 まだちょっと心が散らかってるなと判断した俺は、軽く何度か頭を振って時間を作り、冷静になる。


「EOEでは、その……男の部位が存在してないから、酷く性的に興奮したりすると身体が混乱して結果的に気持ち悪くなったり、苦痛が自然と湧き出てくる。それで俺の口が勝手にその時の状態を解説しただけなんだ」

「そう……なんですか?」

「今って真実しか言えないんだろ? なら、疑うなよ」

「あ…………はい」

「だからね、真逆。俺は未の妄想の話を聞いて、興奮しちゃっただけ」

「興奮……未に、興奮」

「こんなの恥ずかしいけど……でも未に伝えなきゃいけない。伝えたい」

「はい……伝えてもらってます」


 変な解説風な会話も次第に慣れてきた俺たち。

 未の身体を抱きしめているその力を少し強めて、言葉を続けた。


「意図せず勝手に口にしたことだけど、でも結果的に誤解させるようなことを伝えて……未に悲しい気持ちを与えてしまって本当に悪かった……」

「いえ……その」


 未も未で、少しばかり内心では取り乱しているのだろう。

 さっきから単発の言葉がやけに散見できる。


「…………それで、どうなんですか……?」

「どうって?」

「…………未は……気持ち悪い、の、ですか?」

「? 今、誤解だったって伝えただろ?」

「でも……その……」


 胸の中の未が、俺の瞳を真っすぐに見つめる。まるで――


「――まるで救いでも求めているかのようだ」

「はい……そうです」

「あ、悪い」

「いえ。何回でも聞きたいんです……確認したい。不安で不安で仕方ないんです……ごめんなさい」

「いいよ、じゃあ何度でも言うよ。気持ち悪くない。すごく可愛い」

「可愛い……ですか……嬉しいです。でも……どれぐらいですか?」

「どれぐらいって……数値化できないだろ?」

「おかしな妄想をしてしまうぐらいですか」

「う……そ、そうだな……あれ? 雲行きがなんか――」

「――具体的にどんな妄想ですか、それ」

「あー。お腹すいたなぁ、なんて無理やり言うと思考がどこかに逸れたりしないかなぁー!」

「……酷い誤魔化し方ですね」

「まったくもって俺もそう思う」

「それで?」

「……はぁー……きっついなぁ……勘弁してくれないか……」

「しません。今度は兄さんの番です」

「交代制かよっ」

「顔を見ないであげますから……さっさとあきらめて言ってください」


 そう俺のシャツに再び顔を埋めながら言ってる未。


「それ……実はただのテレ隠しだろ?」

「いいから。どんな妄想をしましたか」

「うー……ううぅ……」


 最後の最後まで抵抗を試みた俺だが。


「……未って、眠るとどんなに声を掛けても揺すっても起きないだろ?」

「ああ……そういう系ですか」


 もう伝わってしまったらしく、断言されてしまった。


「そういう系だよっ……ねっ……ぐっ……ぅ……寝てる、未、にぃ……いたずら……とか、したいって……ぇ……か、勘弁、してくれぇぇ……」


 悲鳴みたいな声で告白すると、待ってましたと言わんばかりに未が俺のシャツから顔を上げ、冷めきったいつもの顔で。


「……いやらしい」


 バッサリと言い捨ててくれる。


「ああそうですねっ!!」

「ああ、気持ち悪い……すごく気持ち悪い」

「……ごめん」

「こんなに興奮してて……兄さんに気持ち悪いって嫌われてしまいます」

「い、いや? そんなことないからなっ!?」

「今度寝ていたら……ぜひそれをお願いします……」

「だからっ、身も蓋もないっ!」

「寝ている未に……兄さんが……」

「勘弁してくれっっ」

「……知らない間に妊娠してしまうんですね?」

「俺、そこまで言ってないけどっ!?」

「兄さん、どうしましょう」

「どうしたっ」

「……すごくムラムラしてきました」

「コ、コメントするのが難しいことばかり言わんでくれ」

「兄さんは?」

「だーあーっ!!!!」


 俺は未から離れて慌てて自分の口を塞いだ。


「む、ぐぐぐっ……んぐ、むむ……っ……」

「無駄だと思います。だって――」

「ああくそぉ……ム、ムラムラ、してるっ、よっ……!!!」

「――ほら。『ただちに話さなければならない』という誓約ですからね。単にモゴモゴしているのは決して『話す』という行為ではありません」


 拒否することすら、許されない。

 相手が疑問と感じたあらゆることを本音で答えなければならない、曖昧さが一切許されない真実だけの世界の厳しさを、改めて思い知る。


「あ、あのなぁ! 女の子がムラムラとか、そんなこと言うなよっ!?」

「もちろんこんなこと言うのは、兄さんにだけです」

「俺にもダメッ!」

「……もう手遅れだと思うのですが」

「未が誓約紙を出せば今すぐ消すから手遅れじゃない!」

「そうですね。なのでもう二度と兄さんの前に誓約紙を出しません」

「ぐっ……」

「自爆ですね。黙って未を騙せばいくらでもチャンスがあったのに……」

「黙って騙せる環境にないだろっ」

「……面白い」

「ああ、そーですかっ……まったく未は……恥ずかしい、という気持ちはないのかっ……?」

「もちろんあります。さっきは顔も見せられなかったじゃないですか……」

「そういう話じゃなくてっ、性のことでっ!」

「もちろん恥ずかしいです」

「なら――」

「――だから興奮します」

「だーかーらぁー……身も蓋もない……」

「兄さんはその言い回しが好きですね」

「単純に心の余裕と語彙(ごい)がないだけだよっ」

「兄さん……ひとつだけちゃんと伝えたいことがあります」

「ん? 何?」


 改まった感じで未が突然そう切り出してきた。


「未にも……性欲ぐらいあります。人間ですから」

「そ、そうだな」

「に…………人形、じゃないです」

「っ!」

「不安だし……怖いし……恥ずかしいし、ムラムラもします……未は決して人形じゃない、から」

「そうだな。確かにそうだ」

「それを兄さんに知って欲しいんです……未が人形じゃないってことを」

「……」


 少しだけ間を空けて、俺も気持ちを切り替える。

 大昔……未を傷つけたその一言は今も彼女の心に深く突き刺さったままだと改めてそう感じた。


「あの時は……すまなかった。ごめん。本当にごめん」

「はい」

「……足りないな」

「足りない?」

「あ、いや……これはただの本音で何かの意図のある言葉じゃない。えーと……そうだな……愛しい未を傷つけたことへの謝罪としては、これはちょっと足りないなって、そう心から思ったんだ」

「愛しい……」

「さっきも反応してくれていたが……もしかしてその表現、気に入ってくれたのか?」

「はい……とても大切にされている感じ……伝わってきます」

「そうか、それは良かった。もちろん未のこと、人形とか思ってないからな? 強いて言えば、人形のように完璧に整ってて美しいってぐらいだから」

「もういいです……兄さんからそう人形人形連呼されると……痛いです」

「あ、ごめんっ……!」


 もうどうしていいのかわからず、自分の胸に手を当てて苦しんでる未の肩を抱き寄せる。

 するとすぐに、未の小さなつぶやきが耳に届いた。


「このEOEという世界……好きです」

「え? ずいぶんと唐突だな」

「だってここだと……未に、触ってくれます」

「ああ。触るよ。沢山触りたい」

「はい……沢山触られたいです」

「もうこれぐらいの告白では俺の心はあまり動揺しなくなったな」

「また解説ですか」

「ははは。どうやっても止められないらしい」


 笑って誤魔化す俺だった。


「未……人間です」

「うん」

「兄さんは……未のこと……もっと人間だって思ってください」

「思ってるよ」

「思ってない」


 未の鋭い視線が俺へと向けられる。


「もちろんどんな非難も受け止めるつもりだけど……でもどうしてそこまで言われてしまうのか、ちょっと心当たりがなくて戸惑ってしまうな。どうにかして未からヒントを聞き出すことはできないだろうか?」

「これはまた酷く解説的ですね」

「元は心の中の声なんだから仕方ないだろっ?」

「普段からそんな風に考えて過ごしているのですか……疲れませんか?」

「……普通じゃないのか?」

「さあ? 少なくとも未はそんな解説的な意識はあまりありません」

「そ、そうか……」

「それより、未が人間であることを早く理解して欲しいです」

「お、おう」

「心当たりがないとか、信じられません。あれだけのことをしておいて」

「……気が付かずどんなことしちゃったわけだ? 昔の俺??」


 はぁ……と深いため息を俺の胸の中で漏らす未。


「昔って……まだ……五日前のことですが」

「思ったより最近だった!?」

「まったく……すごく腹が立ちます……」

「ごめん。それで?」

「リンを家に呼んだ時のことです」

「ああ……うん、確かにあれは五日前ぐらいか」

「兄さんの部屋に未を入れるとか、正気ですか……?」

「え? だ、だめだったのか?」

「当たり前です……人を何だと思ってるんですか……人形じゃないんですよ? ちゃんと感情のある人間なんですよ……?」


 そこまで言われても、正直まだピンと来ない俺だった。


「参った……ごめん。まだよくわかってない……」

「はぁ……『昨夜、大変だった』って翌朝言ってたの、覚えてますか?」

「え。言ってた……かな。ごめん、覚えてない」

「ごめんごめんって……気安く謝りますね?」

「ごめ――……すまない。どうやら本気で怒っているっぽい未だな」

「また飽きもせず冷静に解説ですか……」

「そこは許して欲しい。自動的なんだよ……それでどう大変だったんだ? 未は夜型の生活だったから『俺のベッドじゃ眠れない』とかそういう話でもないだろうし……俺のパソコンのキーボードが使いにく――」

「――いい加減にしてください」


 ピシャリと言い切る前に封じられてしまった。


「情けない」

「まったくです……そう、大変だったんです……」


 少し声のトーンを落として、目を伏せる未。


「……三回、しました」

「ん?」

「……三回もしました」

「は?」

「そんなことも察することができないんですか? まったく本当に鈍感で無自覚な救いようもない馬鹿ですね、兄さんは……!」

「ちょっと言い方がリアル寄りになってきたな、未」

「恥ずかしいんです……未だって人間です……察してください……!」

「お、おう……ごめん――未でも……するんだ?」


 ぱしっ、と慌てて口を手で塞ぐものの、どう考えても手遅れだった。


「悪い。忘れてくれ」

「いえ、忘れません」

「こんな酷い質問、無理に答えなくていいから」

「どうしてそんな酷いことを言うんですか……?」

「え」

「聞かれたい。兄さんに聞いて欲しい……のに」

「非難と怒りと恥じらいと……ああ、もう何色しているんだかぐちゃぐちゃでさっぱりわかんない瞳をしているなぁ、未のやつ」

「また解説ですか……しますよ……未だって人間ですから。好きな人の部屋で一夜自由にしていいだなんて言われて……平常を保てるわけがないじゃないですか……いかがわしいことのひとつもしますよ!」

「そういうものか?」

「何を他人事のように涼しい顔して語ってるんですか……兄さんだってパソコンの中にいかがわしい画像とか沢山入ってるじゃないですか」

「いっ!?」

「気が付かないとでも思ってますか……本当に馬鹿ですね。管理者権限のついているパスワードを未に教えるだなんて。そんなの根掘り葉掘り全部調べられるに決まってるじゃないですか……」

「…………確かに」

「妹だからって無条件に信用し過ぎです。未だって人間です。好きな人のことぜんぶ知りたいと思う、普通の人間です……!」

「はい……」

「まったく……あんないかがわしい画像……いやらしい」

「う、ぐ。そ、それこそ俺だって健全な人間なわけで――」

「だめです。兄さんがあんなので興奮するのはだめです。許しません」

「――ムチャクチャ言ってくれるなぁ!」

「勝手に消すのはさすがに忍びないので……保存されているDドライブ自体にパスワードを掛けて記号化しておきました」

「充分酷いぞ!? ――え。パスワード……?」


 未とふたりきりになった時、最初に告げられた数字の羅列を思い出す。


「そうです……もう忘れましたか?」

「い、いや。未の生年月日だから忘れるはずもないけど……」

「嬉しいです」

「じゃあ20130303で、アクセスできるのか?」

「いえ。あれはDドライブ用のパスワードではありません」

「なんだよそれ?」

「Dドライブ用のパスワードを得るためのパスワードです」

「手が込み過ぎだろっ!?」

「仕方ないじゃないですか。どういう展開になるか当時はまったく不明だったのですから……」

「さっぱりわからない。というか未の事情はどうでもいい。今ここでDドライブ用のパスワードを聞かせろ。隠せないんだろ?」

「……仕方ないですね」

「ほら、言ってくれ」

「はい……――――――……です」

「は? え??」


 まったく聞こえなかった俺だった。

 それもそのはずだ。


「……もう一回言ってくれ」

「はい……何度でも。――――――……です」

「……ずりぃ。その発想はなかった」


 未は俺の耳を強引に両手で塞ぎながらパスワードを正直に話したのだ。


「なるほど、『伝える』ではなくて『話す』だからこれで成立してしまうのか……って感心している場合じゃない! 今度は自分の耳を死守しながら質問してやろう――……あっ」

「兄さんは事前に心の中でとても理路整然と考えながら行動しているんですね……カッコイイです」

「そのおかげで今、すっごくダサいことになってるだろっ!? 事前に作戦を口にしてたらどうやっても勝てないじゃないかっ」

「そういう、どこか抜けている兄さんも大好きです」

「ありがとうなっ!」

「まあどんなに抵抗しても、今の兄さん相手なら力でいくらでもねじ伏せられそうですが……」

「どうやら未も未で作戦だだ漏れ状態のようだな!」

「解説ありがとうございます。それでその未の予測に対して、何か反論はありますか?」

「くそっ……!」

「下品です」

「ほっとけ!」

「ああ……兄さんを力でねじ伏せる……興奮します」

「っ!? そんなギラギラした瞳で見られたら何となく身の危険を感じてしまうぞっ」

「その予感は的中しています。でも寝ている間にいたずらされるほうがすごく良いと思ったので、ぜひそっちでお願いしたいと思う未でした」

「解説どうも……何だろうな、このシュールな会話は?」

「さあ?」

「頭が痛い」

「未は楽しいです」

「本当に強いメンタルしてるなぁ……!」

「もう失うものはなにもありませんから。怖くないです」

「破れかぶれかよっ」

「兄さんって内心で結構頻繁にツッコミを入れているんですね……そういうのって可愛い、と思う未でした」

「取って付けたような解説をしやがって……わざとだろ、それ」

「バレてしまった、と未は驚愕しています」

「ははは……それを言うなら、未も意外と冗談を言うのが好きだよな」

「いいえ、まったく」

「即答で全否定されてしまった!」

「大好きな兄さんをからかうのが……楽しいだけです」

「それはどーも…………ちょっと嬉しいな」

「それを聞いて未も嬉しくなりました」


 ははは、と笑って話が落ち着いてきたことに気が付いた。


「なあ、そろそろいいか? もう未は満足か?」

「……少し物足りないです」

「マジか……助けてくれよ……」

「兄さんげっそりしてますね……さすがに気の毒になってきました。なので、これで最後にします」

「ああ、何だ? ……確かにもう失うものがないっていうか……何も怖くない感じになってきたなぁ」

「はい……嬉しいです」

「それで?」

「……兄さんの子供が欲しいです」

「…………」

「無言ですか。何も考えてないってことなんですか……?」

「絶句ってヤツだ」

「ダメですか?」

「……だから、兄妹でそういうこと、しないって断言してるだろっ? ほら、これ本心だってよーくわかるだろっ!?」

「その『そういうこと』って具体的に何だろうって、未は兄さんに確認したくなっています」

「未から切り出したくせにっ……く、くそっ、いかがわしい意味だよ、いかがわしい行為!!」

「表現からしてまだ抵抗してる印象ですが、まあいいでしょう……そうですか……未と……いかがわしい行為をしたくありませんか……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ。絶対わざと言ってるだろ! どうして解説的にならずそんなことをサラッと言えるのか秘訣を教えて欲しいぞっ!!」

「……誓約の中でお話するの、兄さんよりちょっとだけ先輩ですから。それより質問の答えから逃げないでください、と未は不満に感じてます」

「ぐっ」

「……さあ、聞かせてください」

「答え、知ってる、くせにっ……!」

「聞きたいんです……ぜひ」

「…………したいよ。未といかがわしいことしたい! でもしないからっ!! 絶対にしないからなっ!!」

「それはどうしてですか? やはり未のこと気持ち悪い――」

「だーかーらーっ! もう何度言わせる気だよっ!? 未は可愛い! 綺麗だっ! 愛しくて性的な目で見てしまう魅力的な女の子だからっ……!! もうヤケになるしかないだろ、こんなのっ!!」

「やはり兄さんの解説は自然で上手ですね……ありがとうございます。満足です。嬉しいです。興奮してたまらない気持ちになります」

「そ……それは、どーも……」

「でも、少し兄さんは勘違いをしているようです」

「勘違い?」

「兄さんとはリアルの世界では兄妹ですから……兄さんのその主張は一応納得しています。法律で禁止されている以上は仕方ないです……とうの昔にそこは諦めています」

「ごめん。話の流れがさっぱりわからない」

「ですから、未は……兄さんの子供が欲しいだけなのです」

「はい?」

「わからない兄さんに対して、少しイライラしている未です」

「たしかにそんな瞳の色をしているな」

「では逆に兄さんに問います。兄さんにとっての『いかがわしい』とは何ですか?」

「へ? そ、それは急にまた哲学的な……」

「具体的に何がいかがわしくて、何がいかがわしくない行為なんですか?」

「そ、そりゃ…………うーん? 挿入――いや、別にそれだけじゃないか。えーとつまり……性的に接触すること全般?」

「では今はまさにいかがわしいことしているんですね……いやらしい」


 俺の胸の中で抱きしめられている未が突然そんなことを言い出す。


「いやいや。それは『性的』ではないだろ?」

「なるほど……では性的な意味でなければ何をしても良いんですね。例えば――」

「――皆まで言わなくていいから。確かに……主観的な基準過ぎたな。すまない」

「そうです……性的な意識というものの境界線は曖昧すぎます。未にとっては好きな異性に抱かれている今が性的に感じないわけがありません」

「じゃあ前言撤回。子供を作る行為そのものか、あるいはそれに準ずる接触の全般がダメだってことにする」

「なるほど。それが兄さんのいういかがわしい行為の定義ですか」

「……なんか抜け穴がありそうで嫌だなぁ」

「しめしめと思う未です」

「とりあえず聞こうか。たぶん99%ダメって言うだろうけど」

「まず最初に結果ありきなんて、相手に失礼だと思います」

「1%残しているんだから贅沢言うな。それで?」

「接触しなければ問題ないんですよね……?」

「いや……もういい。なんか答えが見えた気がする」

「触れないぎりぎりの距離で、兄さんが未へと精――」

「――こらあああああっ!!!!」


 絶叫のような大声で未の声をかき消す。これもまた別に『話す』という本人の行動自体を直接は阻止していないから問題ない抵抗方法。


「受け止める側の未は自分で広――」

「――しつこいいいいっ!!!!」


 まったく挫ける様子もなく言葉を平気で続けている未。


「という感じで……その後は未が自分でどうにかします」

「涼しい顔で最後まで言い切る未の強情さには、本当に参ってしまう」

「また解説ですか」

「うっさい。全然ダメだ。それは子供を作る行為以外のなにものでもない」

「……ずるい」

「ずるいって、お前なぁ」


   ――こ、香田、大丈夫っ……!?


「あ」「っ……!」


   今、なんかすっごい叫び声聞こえてきたけどっ……!!


 扉の向こうから駆けつけてきた凛子の声が届く。

 おいおい……今の会話、まさか凛子に聞かれてな――……え。あれ?


「……」


 おお……声が! 声が勝手に出ない……!

 なるほど! 閉鎖された部屋の中は変わらず『ふたりきり』だが、こうして会話が聞こえる状況は俺と未の中で『ふたりきり』という認識を維持できないってことになるのか!


「凛子ありがとう! マジ助かったよっ」


   ほへ??


「……つまんない」


 露骨に不満の色を瞳表す未。

 とにもかくにもこれで長々と続いた濃すぎるふたりきりの問答合戦は、突然の幕引きと相成った。


「……」


 ……うーんと。


「助かった、という言い方は悪かった、ごめん」

「……はい」


 うつむく未の頭に手を置いて素直に謝ると。


「いや、これも違うな。足りない」

「?」

「愛しい未と深い本音の話ができて、すごく有意義だった」


 少しばかり心の壁とモラルが緩んでしまった自覚の中、最後にそんなことを告げてしまう。


「はい……!」


 それを受けて嬉しそうに輝く未の瞳。

 こうして一切の曖昧さを許さない第一回トンデモ告白大会は笑顔の中で無事に終了することができた。


「またお話しましょう……兄さん」


 俺はずっと先の未来まで、この日のことを忘れない気がした。



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