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#071b 口に未の味

「嘘偽りのない(すみ)への素直な気持ちを、ありのまま聞かせて()()()です」


 俺の鋭い視線にも負けないほど、未も未で強い意思の色を帯びた瞳を俺に見せていた。

 怒り? ……いや、これは『覚悟』だろうか?


「こんなこと、もうやめよう」

「ダメですか……どうしたら成立するのでしょうか」


 いや、実はすでにほんの少しだけ成立してる。

 意識しないと感じないほどのかなり微弱な強制力だが、ちゃんと心に作用していた。

 もし『その口で』みたいに物理的な『対象物』を指定していたら、もっと強力だったことだろう。

 ――まあどっちにしても、俺にとって何の問題もない要求だ。

 抗うまでもない。

 何せ俺は、素直な今の気持ちをありのまま未に告げるだけだからだ。

 『もうやめよう』。それは何も嘘じゃない。


「兄さんの本当の気持ちが知りたいです。すべて知りたいです」

「ダメだ、未」


 そんなの全然中庸(ちゅうよう)じゃない。

 知らなくていい真実なんて、いくらでもある。


「本当は気持ち悪いんですよね?」

「え」

「本当の本当は……気持ち悪いって思ってるくせに」


 本人の意思すら無視して真実しか話せない今の未は、いとも簡単にそのナイーブな話題を口にしていた。


「思ってない。どうしてわざわざそんなこと聞くんだよ……?」

「そんなの決まってるじゃないですか……絶望したいからです」


 ――怖い。

 未の真実をこれ以上耳にするのが怖い、と心からそう思えた。


「では、こういうのはどうでしょうか……」


 未は決して止まらない。

 行きつくところまで行こうとしている。


「兄さんの誓約紙を見せて()()()です」

「……くそっ」


 それはアクイヌスとの一件ですでに検証済みだった。

 誓約として成立してしまう。


「……これが兄さんの……」


 一瞬、すべての誓約紙を出してこの建物の天井でも壊そうかと考えもしたが、別にそれで何かから逃れられるとも思えなく、結果的には未が求めているであろう辞典ほどの厚さのこの誓約紙aだけを大人しくポップさせている俺だった。


「ああ……なるほど……『差し出す』ですか」


 誓約に書かれている最初の一行目を確認し、未は俺が見たこともないような瞳の色でそうつぶやいていた。

 たぶんその色は『恍惚』という言葉が相応しい。そう感じた。


「お、おいっ」


 未はゆっくりと指先を俺の誓約紙へと伸ばす。

 最初の1ページ目はすでにびっしりと記載で埋められており、1枚、2枚……と空白を求めてページがめくられて行く。


 例えば、このまま部屋から逃げ出したらどうだろうか?

 確か強制力の発動って、対象者から認識されない場所まで逃れると解消されるはずだ。

 ――いや、無理か。

 それでなくても鍵が掛かっているから一瞬で逃げられない上に、そもそも身体能力で遥かに俺を凌駕する未相手に敵うわけがない。

 あっという間に力づくで抑え込まれてしまうに違いない。

 まあどっちみち、そのまま永遠に未と顔を合わせない逃亡生活なんて送ろうとも思えないしな……。

 そろそろ俺も諦めというか、覚悟がついてきたみたいだった。


「なあ、未」

「はい」


 見ればすでに空白部分に文字を入力しているその途中のようだった。

 視線は誓約紙の方角に向いたままそう端的な返事をする未。


「どういう文を入れるつもりだ?」

「もちろん真実だけを話してもらうようにするつもりです」

「わかった。好きにしろ」

「はい……嬉しいです」


 はあ、と一度息を吐いて思考を整える。

 交渉スタートだ。


「ただしそのままだと、ちょっと愚行になるぞ?」

「……そうなんですか?」

「たぶん深山との関係がこじれることになる」

「さすが兄さん……尊敬します。さっそく未にかかっている強制力へと働きかけているんですね?」

「ああ、そうだ。すべての真実をぶちまけると今の関係は維持できなくなる。それは深山への妨害に他ならないだろう?」

「レイカにとって不都合な真実が、兄さんの中にあるということですね?」

「そうだ」


 そこまで言って、ようやく未の視線が俺へと向いた。

 つまり入力を中断してくれた、ということだった。


「あ……消えた」


 たぶんそれは現在入力している途中の文章が一定時間の放置によって仮確定となり――同時に日本語として成立しない状態だったのだろう。

 結果、入力のキャンセルとなったみたいだった。

 もちろんこれで解決じゃない。

 求められてしまえば、何度でも未に差し出さなきゃいけないのだから。


「未が知りたいのは、何だ?」

「…………」


 しばらくの沈黙の後に。


「……兄さんの、本当の気持ち」


 そう未が答えた。


「それは、俺が今ここで正直に伝えてもダメなのか? わざわざ誓約に書く必要があるものなのか?」

「……必要あります。兄さんが口頭で伝えてくれた言葉が真実であるかは、どこにも保障されていません」

「ははは……よっぽど信用されてないんだなぁ」

「わかるわけないじゃないですか……わかるなら、こんなに苦しみません」


 未の瞳は少し泳いでいた。

 怒り……悲しみ。苦しみ。虚しさ。そんな色たちが複雑に混ざり合っているように見えた。


「じゃあ、こうしよう」

「?」

「未とふたりきりの時だけ、未のことに限ってなら……真実をすべて伝える誓約を書いていい。それなら深山にとっての不都合や妨害にはならないだろう」

「……」

「ダメか?」

「……何か兄さんには別の意図があるように感じてます」

「そりゃあるよ。誰に対してもどんな真実も伝えるようになっちゃったら、もうおしまいだ。誰との交渉も社交的な関係も維持できない。違うか?」

「ううん……違わないです。ごめんなさい。未は馬鹿でした」

「馬鹿じゃない。今はたぶん、未が平常心じゃないだけだ」

「兄さんのそういうところ…………大好きです」

「え。あ、ありがとう」


 EOEに入ってからは(たが)が外れたように過激なことを散々言われてきた俺だが、もしかしたら今の不意打ちが一番ドキッとしてしまったかもしれない。


「兄さんのそういうところ……憎たらしい……」

「おいおいっ、なんか飛躍がすごいなぁ!? どうしてそうなるっ!」

「だって」

「?」

「まるで……今、未の言葉にときめいてくれたみたいな顔をして……そうやってすぐ勘違いさせようとしてくる。いちいち頭にきます」

「…………」


 俺、そんなに顔にすぐ出る人間だったんだなぁ……。

 深山にもいつも悩んでる顔、観察されちゃうし。

 どんなに取り繕っても凛子にはやせ我慢は簡単に見破られちゃうし。

 俺って交渉事とか向いてないんじゃないだろうか?


「難しい顔してる……待ってて。今、どんなこと考えているか洗いざらいしゃべらせます」

「ははは……お手柔らかにお願いするよ……」


 行ったことなんかないからただの偏見みたいな勝手なイメージだが、世にある『啓発セミナー』なんかは各人が互いに赤裸々な告白を行い、それを受け止め合って自分を肯定するカリキュラムがありそうだ。

 つまり、傷の舐め合い。

 正直そういうの苦手なんだけどな……。

 物事にはなんでも『節度』ってあると思う。

 汚いものはどこまでいっても汚いし、ダメなものを無理に肯定する必要はない。

 いらない部分があるからこそ、必要な部分も生まれる。

 だから全部を相手に正直に伝える必要なんて、まったくないのに。

 全部を受け止めてもらう必要なんて、これっぽっちもないのに――


「はい、これで完了です」


 ――無理やり、その土俵に上げられてしまった。

 はてさて……どうなるのやら、これ。


『香田孝人は、LaBITとふたりきりの時のみ、LaBITへと心に思う本音と真実だけをただちに話さなければならない。』


 ……くそっ。誓約のレクチャーなんてしなきゃよかった!


「くそっ。誓約のレクチャーなんてしなきゃよかった! ……え、あ」

「どう?」


 悔しいが――


「悔しいが100点満点だよっ。完璧。この誓約文にはどこにも逃げ道がない」

「……嬉しい。じゃあ兄さんも……書いて?」

「うん?」

「一度さっきの文は消して、兄さんの手で、未の誓約に改めて同じ記述の内容を書き込んで()()()です」

「ぐっ……フェア、じゃないってか?」

「はい……兄さんが書いてくれたあの文は少し不完全でした」

「……わかった。なんか悔しいしな。しかし本当に思ったこと全部を自動的に口にしてるなこれ」

「楽しいです」


 誓約に踊らされている俺の姿を見てか、愉快そうな未の瞳が輝いてる。

 くそっ……!


「くそっ……!」

「兄さん、それ下品だと思います」

「ぐっ。わかってるよっ……口癖だからなかなか止まらないんだよっ」

「ほら……早く書いてください」


 待ちきれない様子で急かされてしまう。

 そんなに――


「――そんなに赤裸々なトークしたいのか……まあ俺も興味あるけど」


 ぱしっ、と口を手で閉じるものの時すでに遅し。

 未の瞳がさらにさらに輝ている。


「そういう未、可愛いなぁ……あー……止まらないぞ、これ」

「嬉しい……兄さんもすてきです」


 頭痛い。どう――


「――どうなっちゃうんだこれ。でもまあ大丈夫か」

「大丈夫なの……?」


 求められるまま未への誓約の再入力も完成。そろそろ覚悟も固まった。


「だって兄妹でそういうことはナシだって……俺、心の底からそう思ってるからね」

「そういうこと……って何のことですか?」

「もちろん、いかがわしい行為――はぁ……少しは抵抗しろよ、俺」


 不本意ながら、俺から一番タブーな案件を切り崩すことになった。


「まあいいか……どっちみち避けては通れない話題だ。少しは黙れ、俺」

「見てて面白いです、兄さん」

「そういう未は意外といつもと同じだな? ちょっとずるいぞ!」

「……それは兄さんが普段から内側で違うことを考えている証拠です」

「それは……確かに。ぐうの音も出てこないな」


 俺はしゃがんでいた宿屋の床から立ち上がる。


「こんなところでしゃがんでいるのも変だし、そこに座ろうか」

「そう言ってさり気なくベッドに連れて行く兄さんが腹立たしいです……」

「仕方ないだろ、ベッドしかふたりで座れる場所がないんだから」

「いかがわしい行為、とか言った直後で意識とかしないのですか……?」

「するよ。してるから誘っ――……ぐっ……」


 この状況になってから、初めて誓約に本気で抵抗する俺。


「え……誘ってるんですか……?」

「あーもー……強制本音トークとか本気で勘弁してくれ……やっぱりやめたい……でも未にはもう誓約のことバレてるから逃げられないんだよなぁ……参ったなぁ」

「兄さん、意識して違うことを考えようとしてますよね?」

「ぐ……はい」

「未のこと……誘ったんですか?」

「……」

「抵抗しますか。それって肯定と同じ意味ですよね?」

「……誤解しないで欲しい。意識する未の反応が見てみたかっただけだ」

「誘うけど応えない。酷い発想ですね……ドSの鬼畜ですか」

「悪かった……ごめん」

「興奮します」

「本当に身も蓋もないなこれっ!?」

「とりあえず座りましょう」

「あ、ああ……」


 最終的には未に促されてふたり並んでベッドの上に座ることになった。


「――興奮するんだ……?」

「そうですか、そこ、気になりますか」

「ぐ……い、いや……」

「どうなんですか? ちなみに未はぜひ聞いて欲しいと思ってます」

「未……その、落ち着いてるなぁ」

「ここまでベラベラとではありませんでしたが……誓約によって強制的に発言させられることには、もうずいぶんと慣れてますから」


 涼しい顔して目を伏せてそう語る未。


「綺麗だな」

「兄さん、思考がちょっと散漫過ぎじゃないですか? ……とても嬉しいですけど」

「悪い……俺は、その……あまりに慣れてなくて」

「それで、どうなんですか?」

「どうって?」

「まったく兄さんは自分に嘘をつくのが上手ですね……未が興奮すること、聞きたいんですよね……?」

「ぐっ……」


 無理だった。こんなの抵抗なんてできるはずがない。

 自分の意思に不本意な行為ならまだしも、何せ、これは自分が求めている本心そのものなのだから。


「聞きたい……っ……未がどんなことに興奮するのか知りたいっ……」

「兄さん……嬉しそう」

「やめてくれ……恥ずかしくて死にそうだ……」

「そういう兄さんに、興奮します」

「助けてくれぇ……」

「本音っぽいですね」

「本音だよ! なあ、そろそろ勘弁してくれないかっ?」

「……? 勘弁?」

「え? 何?」

「まるでいつか終わらせる前提みたいな話をしてることに強い疑問を感じている未です」

「え、永遠にこのままかよっ!?」

「当たり前です」

「…………助けてくれぇ……」

「そもそも」

「ん?」

「まだ本番すら始まってないと思うのです……今からギブアップしていてウチの兄さんは大丈夫なのかと未は心配してます」

「心配なら解放してくれよっ!?」

「本当につらそうになったら、止めます。安心してください……あ。不本意なことをついしゃべってしまいました」


 未は口にちょっと手を当てて、しかし余裕な瞳で言っている。


「ダメだ……正直勝てそうな気がしない……」

「勝ち負けではありません……ただ、素直になるだけです」

「素直ってレベルじゃないだろっ!? 強すぎだろ、未っ!?」

「強い……?」

「どうしてそんなに平然としていられるっ。リアルじゃいつも黙ったり怒ってばかりで、本心なんか全然見せないぐらいに完璧に殻に閉じこもってたくせにっ!」

「はい………………」

「?」


 突然黙り込む未。そして。


「泣きたい……どうして泣けないの? どうして未はこんなに異常なの?」

「言い過ぎた……ごめん。未は全然異常なんかじゃないよ?」

「……」


 未は一度、大きく息を吸って。そして。


「……本当に? 未のこと……気持ち悪くないの?」

「ああ……それが未の『本番』か」

「はい」


 俺も一度大きく息を吸った。


「いや、こんな覚悟を決めるような行為、まったく無意味だよな」

「……?」

「気持ち悪くなんかないよ。全然」

「……」

「それが俺の心からの真実だから、覚悟なんてまったく無意味だ。ただ、とってもデリケートな部分だから不用意な言葉で――うおっと!?」


 蛇足ばかりの俺の発言を制するように、突然未が俺に抱き付いてきた。


「その瞳…………発動した、のか」

「はいっ! と、とっておきっ……だけどっ、兄さん言ったから! ここぞって時に、迷わず使うべきだって教えてくれたからっ……!!」


 未の瞳は紅く燃えていた。

 それはもちろん、狂撃乱舞(バーサーカーモード)の輝き。


「嬉しいっ……うれ、しぃ……嬉しい、のぉ……っ……!!!」


 顔をくちゃくちゃにして大粒の涙を落とす未。


「……そんなに不安だった?」

「不安に決まってるじゃないのっ!!! 怖いっ、兄さんに気持ち悪がられてるって、いつもっ……いつもぉ……っっ……!!!!」

「そっか」

「あの時もっ……私、あんなことしちゃってぇ……っ……未のこと、もう嫌われちゃったってぇ……!!」

「……ごめん。嫌ってなんかないよ?」

「嫌ってよおおぉぉ……っっ!!!!!」


 それはほとんど、絶叫だった。

 取り乱し、泣き崩れる。


「さっさと嫌ってぇ……嫌って、大嫌いになってぇ……っっ……!!!」

「意味が……わからない」


 その相反するあまりに破綻した発言に、俺はまともに返事もできない。


「もうつらいのっ……兄さ、んにぃ……迷惑、かけたく、なくてぇ……っっ……絶望、させて、よぉぉ……っっ……!!!」


 上手く言葉が出て来ない俺。

 つまり今は心の底から戸惑うばかりなんだろう。


「ねっ、ねぇ……っ!? 未のこと、本当は嫌いなんでしょっ!?」

「……好きだよ。すごく好き」

「でもそれってぇ……兄妹って意味でぇ……っ、ほんとはぁ、気持ち悪い、えぐっ……よねっ!?!?」

「いや、もう何度も言ってるだろ? 異性として意識してる。魅力的で」


 もうここに『どうあるべき』という取捨選択は存在していない。

 ただありのままを告げるだけしかできないのだ。

 そこには正しいも悪いも何もない。


「――何度も……おかしな妄想をしそうになった」

「……っっ……!!」

「あ、おかしいってのはもちろん性的な意味でね……いや、いちいちそんな補足いらないか……ああ……この話……どこに行くんだろう。どうなっちゃうんだろう」


 一度、ちょっとした抵抗でそんな風に意識を逃がしてから。


「未がいけないんだ……なんでそんなに綺麗なんだよ……可愛いんだよ」


 俺も俺なりのやりきれなく、とても幼稚な心をぶつけた。


「未がこんなに可愛くなかったらこんなに悩まないのに……ああ、ごめん。ムチャクチヤなこと言ってるな、俺」

「ううんっ、嬉しいっ……嬉しい、よぅ……っ……!!!」

「――でも俺たちは兄妹だから。家族だから」

「えぐっ…………は、いっ……」

「ごめんな」

「ううんっ……ごめんねっ……にぃに……困らせてぇ、んっ、ごめんねぇ……っ……!!」


 ぎゅうううっ……。

 未が乱暴に俺のアンダーシャツを握る。


「――あっ……やだぁ……っ……」

「ん? もう終わっちゃう?」

「うん……終わっちゃうぅ~……」


 眉をハの字にして口をへの字にして表情豊かに未が嘆く。


「その顔、すごく新鮮だ。また見せて――」

「――んっ」


 そう言い切る前に、不意を突かれて唇を奪われてしまった。

 途端、口に未の味が広がる。


「えへへっ……にぃにと、しちゃったぁ……」

「こ、こらっ」

「……うん……またこんな変な未の顔も……見てね?」

「もちろん」

「――あ……もう……」


 それでまるでカーテンでも引かれたように、サッと一瞬で未の表情筋から力が抜ける。


「……」


 未はその一見すると冷酷とすら勘違いしてしまいそうな顔を隠すみたいに、俺のシャツへと埋めて黙ってしまった。


「どうした?」

「黙ってて」


 感情のこもっていない淡々とした言葉が即座に返ってくる。


「死にたいぐらい……恥ずかしい、ことぐらい……察してください……」

「こんなに可愛いのに?」

「いいから少し黙って…………恥ずかしい……恥ずかしくて死にそう」


 少しばかりの反撃ができて心が躍る俺だった。

 そうか。俺って――


「――俺って、こんなにドSだったんだなぁ」

「知って、ます……っ」


 大きな山場を乗り越え、話が綺麗にまとまった満足感が俺を包んでいた。


「めでたし、めでたし、と」


 しかし後に俺は思い知ることになる。

 まだここが、カリキュラムのほんの序盤であることを。

 こんな余裕の笑顔なんてしている場合じゃなかったことを。


「……未も毎日してます」

「ん? 何を?」

「兄さんを穢す、おかしな妄想を」


 人の心の深淵は、そんな浅いものじゃなかった。



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