#070b 魔剣がないなら創ればいい
「――レディース・アーン・ジェントルメーン……ッ!」
二階に登りヨースケの部屋に入った途端、そんな掛け声。
……もしかして酔っぱらってる?
見れば彼が自分の胸に片手を置いて深々と仰々しいお辞儀をしていた。
それで服装がタキシードに蝶ネクタイだったら完璧だったのに。
「今宵ここに、我が『バリカタ』最高傑作――いや、EOE界最高峰の聖剣が誕生します! 皆さま、盛大な拍手でお迎えください……!」
「……拍手?」「え。するの……?」
パチ、パチパチ……と各人から、あまり心のこもってない拍手。
しかしヨースケはそれで充分らしい。自信満々な笑顔で伸ばした手からその『聖剣』とやらをポップさせ――
――ズガアアァンン……ッッ!!
「あ」
ひとつ、勉強になった。
手からアイテムをポップさせた際に何らかのオブジェと衝突した場合は、本人が手にする前からその場で速やかに具現化するらしい。
「は、はは……」
その『聖剣』とやらはポップさせた瞬間、見事に木製の天井に突き刺さっていた。
「うおっ、とととっ!?」
そして必然的にその自重に負け、床に落ちてくる。
とっさにヨースケは柄を両手で握り、受け止めようとするものの。
――ドバアアァンン……ッ!!
ヨースケの身体もろとも、床に倒れることとなった。
「いちちちち……っ……」
俺たちが目を白黒している中、恥ずかしそうに頭をポリポリと掻きながらヨースケは立ち上がると……床に倒れているその大剣へと手のひらを差し出す。
「こちらがご注文の品でございます」
それを俺が一目見た瞬間、まず最初に思ったのは『こんなの聖剣なんかじゃない!』だった。
まず何より情報として強烈だったのは、刃の色。
刃先の薄い部分まで石炭のような真っ黒な色でいて、しかし宝石のように光を強く反射して輝いていた。
原石でその素材感は理解していたつもりだったが……こうして刃として磨かれるとより一層の迫力を与えてくれる。
次に戸惑うのは、その大きさ。
未が書いた仕様書では『壊れないように耐久性を最優先』と前提を決めた上で『可能な範囲内で大きく』とだけ記入し、具体的なサイズでの指定はしていなかった。
その結果、目の前に現れたこの大剣の長さは……ざっと2m前後。
正確なことはわからないが、少なくとも俺の身長よりはありそうだった。
改めて思うが、これ、頭おかしい。
普通の剣は長くて1m程度だろうから、その二倍はあることになる。
……まあ長さはまだマシか。
それでなくてもアダマンタイトはべらぼうに重たい素材らしいのだから、果たしてコイツの重量が一般的な剣の何倍なのか、もはや見当もつかない。
そして最後に、その形状の異様さ。
色々なゲームで非現実的なヘンテコ剣なんかも数多く見てきた俺だが、しかしこんな異様なのは見たこともない。
片刃だった。
しかし峰が反ってなく直線なので日本刀のような印象は皆無。
そしてその片刃は柄側から次第に刃が細くなっている――まではごく一般的な剣の体をしているが、中腹からが急に怪しくなってくる。
というのもその中腹から先端に向けて再び刃の幅が広くなっており、最後はまるで短い鎌か牙のように真横方向へと急激に尖らせていた。
自ずとこの剣の重心は、通常の剣よりずっと先端側に位置していることになるだろう。まるでハンマーのようだ。
桁違いの重量とその尖った牙のような形状も合わさり、勢いよく振り下ろされた時の先端部分の破壊力は、もはやどんな強靭な盾をも貫くほどデタラメで凶悪な数字を叩き出しそうだった。
……もし勢いよく振り下ろすことができるなら、だが。
「どうよ! さ、この聖剣にさっそく名前をつけてくれないか!?」
「いや、ヨースケ……」
「ん?」
「これ、どこからどう見ても禍々しくて……『魔剣』だろ?」
「うん」「たしかに」
後ろの深山と凛子も激しく同意してくれていた。
「……ダーインスレイヴ」
「ん?」「お?」
俺の横をすり抜けて、未が床に落ちている魔剣へと手を伸ばす。
「くすっ……たしかにそれ、未ちゃんに似合っちゃうかも」
「名称が?」
「はい。たしか北欧の神話に出て来る『生き血を吸う魔剣』の名です」
それを知っている未も未だが、聞いてすぐに解説できる深山もすごい。
さすが博識というか、絵本作家のタマゴ。
そういや凛子の必殺技の名称の時にもチラッと思ったが、深山と未のネーミングセンスってちょっと近いものを感じるな。
「あいよ! じゃあ『ダーインスレイヴ』で登録――」
「……ううん。『魔剣ダーインスレイヴ』だから」
両手でゆっくりと魔剣を持ち上げながら未がぼそりとまたつぶやく。
血を流すほど強くなる狂戦士に、血を吸う魔剣か。
たしかにそれは未が手にするのに相応しい名称と思えた。
「――了解!」
たぶんアイテムクリエイトの通知ウィンドウを開きっぱなしで今まで待っててくれたのだろう。
未のその指定を受けてその場で名称の登録を済ませているようだった。
「ねえ……ヨースケ。これ、ちゃんとふたつに折れるの?」
「……っ!」
――おっと。思わず声を出しそうになった。
そんな無粋なことはしちゃいけない。
俺が知る限りだが……あれだけ毛嫌いしていた相手を自分から名前で呼んだことって、たぶん初めてだと思う。
なんとなくそこから、ヨースケへの感謝や尊敬が見て取れるようで兄としてこれ以上なく嬉しい瞬間だった。
「ははは、もちろんさ! そのトリガーを引いてごらん?」
きっとヨースケ本人もそれは充分に気が付いているだろうけど、それをおくびにも出さず受け答えをしていた。やるなぁ。
「……こう?」
あまりに形状が異様すぎて柄の部分まで観察が行き届かなかったが……ここにもユニークな細工がいくつかされていた。
まず、手を保護する意図なのか、ガードのようなものが握る拳を包むように存在している。細身の剣であるレイピアとかによく見られる形状だ。
そしてそのガードの中へ隠すように、人差し指で引っ張るような小さな突起が見える。
……なるほど。間違って当たって誤作動しないためにあのガードは存在しているのかも?
――ガチャ……ッ。
「おっ」
未が迷わずそのトリガーを引くと、そんな機械的なたぶん内部の留め金を外す音が微かに耳に届いた。
自重に負けるように刃の中腹部分から峰の方向へと少し割れ、同時に柄の部分がガードと共に90度ほど反時計回りに回転した。
「……? これ?」
「そう、そこをLaBITちゃんに確認したくてさ! どうだい? たぶんこの二つ折りにする本当の意味ってそれなんじゃないかなって想像して、ちょっと工夫してみたんだけど」
『ちょっと』どころじゃない。
それを設計するのはなかなか大変な作業だったろうと思う。
たぶん実現するのに、カギが掛かると回らないドアノブぐらいの仕組みが内部で必要そうだった。
「ちなみにロックが解除されて自由に回転することが可能なだけだから、別に回さなくてもトリガーを戻せばグリップは元の角度で固定されるよ?」
「…………」
「余計だったかい? いらないなら――」
「……ありがとう、ございます」
ぺこ。
小さくお辞儀をして感謝を表す俺の妹の姿を見て、真剣にちょっと泣きそうになっちゃった馬鹿なこの兄だった。
未、お前……成長したなぁ……!!
「ただ……これ、ちょっと手に当たりそう……こんなにいらない」
「ああ、フォロースルーの時にガードの先端が危ないのかな? じゃあ3cmぐらい削っておく?」
「ううん……もう少し膨らませれば大丈夫。あと、握るところをあとひと回り太くして欲しい」
「なるほどね、了解! いやぁ、このプロトタイプが着々と完成に近づいて行くなぁ!!」
なんかそのテンション、ちょっとわかる気がする。
俺も魔法が形になってきて実用化へとブラッシュアップしている時って妙に嬉しくなるし。
「後はどう? 気になる部分あればいくらでも修正するけど!」
「……とりあえずは、これで。あとは実際に使ってみて確認したい……」
「オッケー! じゃあ明日の朝までに急いで修正しておくよ!」
「はい……お願い、します」
両手から魔剣を放すと、またしてもぺこりと小さくお辞儀をする可愛い我が妹!
やべぇ、頭なでなでしたい!
欲しい物あればなんでも買ってあげたくなっちゃう!
「よっしよっし、もうひと頑張りだなっ! 香田、今夜も俺の部屋は勝手に使ってていいから!」
「あ、ああ」
俺の返事も待たずにヨースケは床に置かれた大剣を回収し、そのまま部屋を足早に出て行った。
……そういやどこにヨースケの工房ってあるんだろう? 今から追いかけて行ったら見学させてくれるかな?
「兄さん」
「――ん? 何?」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、未から絶妙なタイミングで結果的に呼び止められる形となってしまった。
「大事なお話があります……」
「俺と?」
「はい」
「……ふたりきりで?」
「はい」
わざわざそう切り出すってことは、やはりそういう意味か。
「大丈夫です……襲わないから」
「そんな心配してないってばっ、もちろんいいぞ?」
嘘です。ちょっと考えました。はい。
でもそういう返事をした――しちゃったのは、直前のヨースケへの敬意を払ったその謙虚な姿勢が大きかった。
『未の願い、なんでも叶えちゃうぞ!』みたいな気分だったわけだ。
「レイカ……構いませんか?」
「……はい。もちろん構いません」
「?」
なんか不思議なやり取りに感じた。
未が深山にそんな了解をわざわざ取り付けるなんて。
そして深山も深山で、そんな返事の仕方をするなんて。
「じゃあ香田君……わたしたちの部屋で先に待ってますね」
「あ、うん。頼む」
「え? あれ? えと……にゃははっ……じゃあ私もっ……!」
――パタン……。
凛子も空気を読んでか、深山を追いかけるように慌ててヨースケの部屋を出て行った。
「兄さん……大事なお話だから、鍵」
「え。あ、ああ……」
言われるまま、部屋の鍵を内側から掛けることにする。
はてさて。わざわざふたりきりになって……どんな話やら。
「とりあえず頭、なでなでするか?」
「……いりません」
「だよね」
「撫でるなら胸にしてください」
「しません、しません」
変な空気にならないよう軽い冗談というかジャブを出したのに、火の玉ストレートがカウンターで返ってきてしまった。
「……つまんない」
「そ・れ・で! 大事な話ってヤツはっ!?」
未のペースにわざわざ付き合う必要もないと、強引に会話を引き戻すと。
「……はい。先にパスワード、伝えておきたいと思います」
「パスワード……??」
唐突にそう切り出されてしまった。
「20130303」
「なにそれ?」
「ですから……パスワードです」
「だから、何の?」
「……」
なぜ、そこで黙る???
「突然どうした」
「しばらく……これでお別れです」
「え」
未は目を伏せ、静かにゆっくりと噛み締めるようにつぶやく。
「明日……剣を受け取ったら、兄さんとお別れしたいと思います」





