#007 はじめてのこうしょう
「よう。オレらの獲物を横取りして食った経験値は美味かったかい……?」
「それは……悪かった、な」
彼がリーダー格なんだろうか?
レベル6の軽装の戦士風な男が遠慮なく無警戒に俺へと歩み寄る。
そりゃそうだ……こっちは最低レベルなんだ。しかもひとり。警戒するほうが難しい。
「え。なにヤンさん、このままヤっちゃう流れ?」
「マジか……」
少し遅れて後ろふたりも追いかけてくる。
さて。どうしたものか……なんて気取った言い回しをしているが、すでに俺の足は細かく震えていた。
だって、俺、最弱だし……初心者だし。
もっと言えばひとりだし、今の戦闘で精根も尽き果てそうだった。
こんなの、どうやったって、敵うはずもない。
つまり――
「おいおい……穏やかじゃないなぁ。正直、そっちが狩ってる途中だったなんて知らなかったし、勘弁してくれよ」
――なんとか口先だけで、この事態をやり過ごす必要があった。
最悪、隙を作って逃げ出すしかない。
「うっせぇよ、レベル1の……なんだそれ、『一般市民』ってぇ?」
「うはっ。マジで?」
「……初めて見た……」
「っ!」
内心、かなり動揺する。
……あれ? 相手の職業、確認する方法ってあるのか……?
慌ててその可能性に気が付き、試しにレベル6の相手を操作モードでアクティブにしてみる。
『・チャットを開始する』
『・フレンド申請をする』
『・ブックマークする』
『・詳細ステータスを表示する』
……これか。
「何、チェック入れてんだよ? ああ?」
どうやら視線の動きでバレバレらしい。
まあそれはいい。相手もやってることだ。
『職業:狩人』
……ああ、そんな職業もあったっけ。
確か素早さと筋力が中途半端な印象で、1秒でスルーした職業だ。
「――んで、どうするよ? おたくさんって、痛いめ見ないとわかんない系?」
「……はぁ」
そういうそっちは、いわゆる原口系なのか。
どうやらちょっとやそっとじゃ見逃してくれないみたいだ。
覚悟を決め、全意識を集中して――
「初心者丸出しだろ、それ」
――ハッタリをかますことにした。
「はぁ……?」
「まだわかんないわけ? まあ初心者なら、仕方ないと思うが」
ほら、考えろ、考えろ。
っていうか……考えて、俺に突破口を示して欲しい。
「今すぐブッ殺すぞ? おい?」
「……」
そう甘くはないか。
多少行き当たりばったりだが、俺から取り繕うことにする。
「――まず、それがダメ」
「はぁ?」
先制で意味深なことを言って、話のテーブルに引っ張り込んでみた。
殴りに来られたらそこで負けの戦いがここに始まった。
「本当にそう思うなら、話し掛けずに背後から襲うべきだったろ? 今もそうだ。わざわざ威嚇してる。それは暗に――」
「うっせぇな! じゃあ今からヤってやるぜ!!」
ドラマの主人公みたいにはいかない……。
そうこちらの都合よく会話は進まなかった。
「――いいけどさ。せめて気が付きなよ?」
「ちっ……何だよさっきから勿体ぶってよぅ? ビビってんのかぁ?」
いや、まあ、そんなんだけど……それでも引き下がれない。
ゲーム上ではあるが、文字通り生き死にが掛かってる。
恐怖と緊張で強張ってる頭を無理してフル回転させた。
「どうして俺が今、レベル最低だと思う?」
「はぁ?? それはお前が弱っちぃ初心者――」
「――そっち3人でも倒せなかったモンスターをひとりで倒す、初心者?」
精一杯の笑顔を作って、首を傾げて見せた。
ぎこちない表情になったが、それはそれで苦笑いっぽくなって悪くなかった。
「あっ……あれっ、おかしいよ、それっ!?」
「ぁん? どーした、ノムラ」
「レベル5のラウラダをひとりで倒してるのに……まだレベルあがんないって、そんな訳ないよっ!?」
あぁ……助かった。そういうのが欲しかった。
「そりゃまあ……わざと上げてないだけだし?」
「ヤンさん、コイツ変だって……初期装備も全部捨てて、素手って!?」
「ああ。そうだな? どういう意味かわかるか……?」
「はあ……??」
……どういう意味なんだろうか。
俺も今、この瞬間に必死に続きを考えていた。
「――2週目」
それが俺の出した苦しい答えだった。
「2週目でヌルいから、装備なしの縛りでプレイしてんの……はぁ」
いわゆる『強くてニューゲーム』ってやつだ。
クリアデータを引き継いで、最初から無敵状態で遊べるアレだ。
このゲームに2週目とかあるか知らないが、それはたぶん向こうも同じ。
レベル5とかなら、きっとプレイしてまだ数日とかかもしれない。
俺はそういう博打に出た。
「でなきゃ、こんな一般市民とかデフォの最弱職業わざわざ選ばないって」
「はぁ? 2週目っ!? んーなの聞いたこともねーよっ!!」
……そうですか。MMOでクリアとかあり得ませんか……。
さて、どうしたもんか。
「ヤンさん……それ、たぶんクラウンっ……!」
「は? ノムラわかるように話せっての!!」
「どこかで聞いたことあるんだ、3位のクラウンの報酬って……転職が出来るって……!」
「さ、3位だとっ……!?!?」
あー……あの、200万円もらえる人、ね……。
そりゃ数千人のピラミッドの、ほぼ頂点にいる神様――あるいは悪魔みたいな存在ってことになる。それに乗らない手は無かった。
「ご明察」
会心のドヤ顔。決まった……?
「へぇ……そのクラウン、今、持ってるってわけだ……?」
「……」
……決まったどころか、大失敗だった。
「はっ……ははっ。そりゃ傑作!」
今さら引き下がれない。嘘に嘘を積み重ねまくることにした。
「転職のクラウンは使用と同時に消えてなくなるのも知らんのか?」
「はぁ? 称号だろ? 消えたら翌月どーすんだよっ?」
……あ、ヤバ。
「だからさぁ……1回限りなんだって。特殊効果が。でなきゃ仲間で使いまわしやり放題じゃん? クラウンの価値、ある? それ?」
苦しいだろうか。
「チッ……その上から目線、気に食わねえ……!」
一応、説得成功、なのか?
論点が突然飛躍してくれた。
「やめとけ、やめとけ……俺が悪かったってことでいいからさ。な?」
「そこまで言われて、今さら……引き下がれるわけ、ねぇーだろがよ……」
「ヤンさんっ、ほ、ほんとにやるのっ!?」
「おいおい……勘弁してくれよぉ……」
微妙にパーティ3人の足並みが狂い始めてくれていた。
もうひと押しだろうか?
「できれば初心者殺しとか、したくない。そっちはわからないだろうが……正直、3人を瞬殺できるだけの差がある」
「はぁ!? ハッタリかましてんじゃねえーよ! レベル1は1だろがよ!? 実際さっきも、たかだかレベル5のラウラダ相手に必死だったろがっ!!」
「……」
う。それは……そう、だなぁ。
急いで空いた穴を塞ぐ努力をしてみる。
「――なあ……『アナザー』って知ってるかい?」
もはや、なりふり構っていられない。
聞きかじりだろうが何だろうが、あらゆるモノをフル活用するしかなかった。
「はあ??」
「いっ……!!!?」
そう言って跳び上がるように強烈に反応したのは、ちょっと太ってる魔法使いのノムラ君。
絶対に君ってプレイする前にwikiとか読破するタイプだろ。
ありがとう、俺、物知り博士の君のこと嫌いじゃない。マジ助かる。
「ヤンさん……ほんとにマズイって……『アナザー』って……」
「何だよ、あぁん? 最強魔法とか言うなよ? 腹抱えて笑うぜ??」
「もっと最悪だよぅ……アナザーってのは……その――」
……何だろう。俺もいつの間にかノムラ君の話に集中してた。
「――相手の誓約紙に、直接干渉できる超レアアイテムだよぅ……」
「はあああ!? 何だそりゃ、完全にチートじゃねえかよっ!?!? じゃ何か、アイツがオレの誓約紙に『奴隷になれ』ってそれ使って書いたら――」
そこで俺に注目が集まった。
精一杯に、微笑んでおく。
「――っっ……!!! ヤバイ、ヤバイってぇ!!!」
「なあヤンさん……マジここは引いたほうがいいって……」
どうやら望ましい展開にすることが出来た。
内心でホッと胸を撫で下ろす。
「どーせ……そんなのハッタリ、だろぅ……?」
……ダメですか。そうですか。
あぁ、どうしてこういう人種って、後先考えてくれないかなぁ……。
「はぁ……しかたないな――」
「っ!!」
これ以上の博打はしたくないけど……奥の手、行ってみようか。
「――じゃあさ、これでどうだ?」
そう言いながら、俺は誓約紙を取り出した。
「……」
見せたくない文があるなぁ……どうしようか。
とりあえず、一番下に『嘘が言えない』と手短に入力して。
「これ、見えるかい?」
とっさのアイディアで、誓約紙を半分に折って、下半分だけを見せた。
「……嘘が、言えない、だと?」
「そう」
相手が読んだことを確認して引っ込めると同時に、親指で消しておく。
OK。りんこほどじゃないけど、それなりに自然にいけた。
「そう。今の俺は、嘘が言えない。その上で改めてハッキリ伝えようか」
大一番である。
一度会話を切ると、大きく深呼吸して。
「俺はお前たち3人に、絶対に勝てる自信がある。瞬殺できるほどの実力差だ。その上で、一方的な初心者殺しなんかやりたくないと思ってる。そんなのぶっちゃけ気分が悪いだけだ」
一気に、淀むことなく言い切った。
「それでも抵抗するなら、使うぞ……『アナザー』を」
「ひいっ……!!」
とどめの台詞を言い放つ。
これでダメなら、もうお手上げ――
「やらせねえええ――っっっ!!!!!」
「っっ……!!!!??」
――逆効果だった。
向こうは恐怖のあまり『アナザーを使わせる前に潰す』という思考に走った。
キャラ自体は最低レベルだから、力でどうにかなると踏んだわけだ。
「死ねぇぇ……っっ!!!」
とても俊敏性最低の俺なんかじゃ反応できないほどの速度で踏み込み、その必要以上に長い剣を横に払おうと大きく振りかぶっている目の前の男。
ああ……これでチェックメイトか。
難しいものだな、交渉で相手をコントロールするって……。
――ブオオッッ……!!!
「っ!?」
「うくっ!?」
観念して死を覚悟した次の瞬間、俺と狩人の男との間に、炎が突然噴き出す。
男はとっさに身をひるがえしていたが、少し肌を焦がしていた。
同時に俺も、髪先を焦がす。
「お、お前っ……今、何を、したっ……!?」
「え、えええ――っっ!? なんでっ!! なんで『一般市民』なのに魔法をっ、呪文も無しでぇ!?!?」
一番驚いていたのは、後ろのノムラ君だった。
そりゃそうだ。彼は魔法使いだ。
筋力や体力なんかの多くのステータスを犠牲にして、それでようやく専門職として得られる恩恵が、『魔法』という強大な力。
それを……職業以外の人間が使ったりしたら、驚かないわけがない。
「ハッ……だから、言っただろっ……? 2週目だって、さ……?」
内心、俺こそドキドキで、上手く話せない。
しかし相手はそれどころじゃないらしく、今さら疑う余裕はなさそうだった。
「チート過ぎ、だろっ……!!!」
「さ。もうわかったろ、見逃すから――」
手のひらで『去っていいよ』とジェスチャーを示して、これで終わりと思った。 しかしその瞬間だった。
今までの全てが崩壊するような、最悪の事態になったのは。
「――ごめんごめん、ようやく追いついたわ」
「……っっ!?!?」
男たちの背後から、大きな帽子を被った、見るからに魔法使いという風貌のひとりの女性がそう声を掛けながら歩み寄ってきた。
「ぁ……」
最悪だ。
3人と思っていたのは……ただの思い込みだったと、今さら気が付いた。
そりゃそうだ。馬鹿か、俺!?
4人パーティが基本のゲームだろ! どうしてそこを疑わない!!
「……で、何やってるのよ? もしかしてわたしの出番?」
心が震え上がる。
今さら1対3が1対4になっても、状況はさほど変わらない。
そういう話じゃない。
「……っ」
今の炎は、どう考えたってあの魔法使いが出したものだからだ。
つまり――……ハッタリがバレることはもう、免れない。
その瞬間、嘘で塗り固めていた全てが瓦解する。
「おい」
「…………あ、いや、これはっ……」
怒りで硬直してる狩人の男へと、それでも俺は必死に取り繕う。
思考もほとんど機能してなくて……もう、しどろもどろな言い訳しか正直できそうになかった。
「――ねえ、香田君。こいつら火あぶりにしちゃってもいいわけ……?」
「へっ?」
今、何て??
「チッ…………帰るぞ、お前たち……っ……!」
これで幕引きとなった。
それぐらいに、彼女の突然の登場は天秤を明確に傾けさせていた。
完全に男たち3人の背後を取っていることが、とてつもなく大きい。意図せず挟み撃ちの形になってるからだ。
「ソロじゃないじゃん……!」
「ぶっちゃけ僕たち、命拾いしたと思うっ……!」
最大に警戒した様子で狩人を先頭に男3人が、南に位置する俺と北に位置する女の魔法使いとの間――東の方角へと小走りに去って行った。
「――……は、はぁ……」
魂が口から抜け出そうだった……。
たかがゲームで、こんなに緊張したの……生まれて初めてかもしれない。
訳もわからず暴力を浴びた昨晩なんかより、ずっと長い時間、緊張した。
「ふ、ふあぁぁぁ…………ど、どうにかっ……なった……ぁ……」
それは、対面にいる魔法使いの女性にとっても同じようだった。
彼女は大きな帽子を両手で押さえながら、その場で地面に座り込む。
そりゃそうだ。彼女もレベル1。俺と同じ最低のレベルで――……あ、いや。だからこそ成功したのか。これがレベル3とかなら逆に失敗していたかもしれない。
「香田君、大丈夫?」
「っ! あ、ああ……大丈夫だけど……」
「え?」
きょとん、としている目の前の魔法使い。
彼女の動きに合わせ、帽子からはみ出している大きなリボンがぴょこんと動く。
俺の警戒の空気を少し察知したらしい。明らかに戸惑っている様子を見せる。
「……初めまして。香田です」
彼女がすでに俺の名を呼んでいる通り、画面には互いのネーム表示がすでに出てるけど、それは挨拶として関係なかった。
「え。あ、はい。えと、このゲームでは『ミャア』って名乗ってますみゃあ!」
それはもしかして、ギャグかキャラ設定のつもりだろうか。
「……ミャアさんありがとう。助かった」
「いえいえ~! みゃあみゃあ!」
腰ほどまで伸びてる淡い栗色の髪を揺らせながら、両手を左右に振り回す彼女。
見るからに愛くるしくて、無害に思う。でも。
「――その上で、失礼だけど確認させてくれ。どうして助けてくれた……?」
「え」
本当にずいぶんと失礼な物言いだった。助けてもらったのは事実だ。
「そ、それは香田君が見るからに大変そうで……助けたいな、って!」
「そうか。それは感謝するよ」
でも……それでも、俺は疑う。
それがこの世界に来て数少ない教訓のひとつとして、得たものだからだ。
もう、同じ過ちを繰り返すわけには行かなかった。
「え。ちょ、ちょっと? 香田君!?」
ゆっくり俺は、武器を手にした。
同じく最低レベルの彼女には、こんな武器でも充分有効だろう。
「無礼を許してくれ。でもまだ俺は、あなたを信用することは出来ない」