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#070a プロトタイプの胎動

「――ねえねえ香田、みーちゃんってソロなのかなぁ?」

「うん?」


 暮れなずむ夕焼けの空の下、路地裏を抜けて宿屋へと続く通りに出たところで俺を追随する凛子からそんな質問をされてしまった。


「……どうだろ。確かにひとりで露店開いてたけど」


 少し嫌な予感。

 会話の先の展開を考えると今から気が重い。


「じゃあさ、大会のチームに誘うのはどうかなっ!? まだあとひとり――」

「反対」

「えーっ!?」


 俺の即答に、凛子は不満そうな声を遠慮なく出していた。


「みーからそれを希望するなら大歓迎だけど、俺たちから誘うのはちょっと違うかなと感じてる」

「…………どーして?」


 ここで凛子が食い下がるのは少し意外だった。

 よっぽどみーのこと、気に入ったのかな?

 さっきで納得してくれたら良かったんだけど……しかし問われた以上、そろそろ覚悟を決める。


「先に伝えておくと……正直、俺も誘うことを少し考えたよ」

「でも、ダメなの?」

「確かにレベル341はこれ以上ないほどの強力な戦力になるけど、それって俺たちにとってのメリットしか無さすぎる。あまりにも分不相応な都合の良い願いかなって思ってさ」


 みーなら、お願いしたら大抵のことは応じてくれそうに感じた。

 でもだからこそ、一方的に利用するような関係にしたくない。

 つまり俺は俺でみーとの関係をとても大事にしているってことだった。


「それこそみーほどの戦力がこのチームに入っちゃったら、それはもう、実質『みーのチーム』になってしまうんじゃないのかな?」


 まあ、みー側にも明確なメリットがあってwin-winな関係を用意できるなら、それでも問題はないのだろうけど。


「うー……戦力、ってぇ…………私は純粋にみーちゃんのこと、仲間にしたい、なって……」


 予感的中。まあこういう方向の会話にやっぱりなっちゃうよなぁ。

 ここはきっと、とても大事な部分。

 だから誤魔化さずちゃんと丁寧に凛子と話そう。


「損得を越えた本当の仲間になるなら、傭兵みたいな大会用のチームメンバーとして誘うのは入り方が間違っていると思うよ。一方的に利用することになってしまう」

「そ、そんな一方的に利用、とかって……そんなことっ……!」


 ここから先は、完全に凛子にとって無自覚な話となるだろう。

 断言できるが決して凛子に悪意はない。

 ……でもだからこそ、最後までちゃんと言及するべきだとそう思った。


「凛子はさっき、みーを『()()のチームに呼びたい』って言ってただろ?」

「あっ……」

「それはダンジョンで頼りになったみーの戦っている姿を思い浮かべて言ったんじゃないのかな? だから『友達』じゃなくて『仲間』って表現を使った」

「…………はい、そ……です」


 俺の話の意図がちゃんと伝わったのだろう。

 凛子はたちまち自身の影が伸びる石畳の地面へとうつむいてしまった。


「じゃ、じゃあ……大会には参加しなくていいって――」

「みーはそれを聞いて、どう感じると思う? 凛子ならどう感じる?」

「……うー…………手伝いたいな、って思う……」

「だよね。こんなタイミングで誘ったばっかりに、無駄に疎外感を与えてしまうよ。あるいは、例え本心から利益のためじゃなくても結果的には利用してしまう図式になってしまう。だから今は誘うには状況が悪い」

「……ん」

「登録なんて関係ない。信頼で繋がっているならもうそれで充分に『友達』だろ?」

「…………はい」


 それ以上の言葉は全部呑み込んで、肩を震わせる凛子。

 だから俺も呑み込もう。


「ごめん。言い方が悪かったかもしれない」

「……ううん……私、こそ……ごめんなさぃ……」


 たぶん凛子は今、姉である『えくれあ』のことを思い出していると思う。

 少なくともこうして伝えている俺の脳裏には、ずっとアイツの姿が浮かんでいた。

 ずいぶんな差はあるけど、まさにあれこそ『一方的に利用している』という身近で具体的な例だからだ。


 きっと凛子とえくれあの関係も、最初からあそこまで酷いものじゃなかったはずだ。少しずつ少しずつ、凛子の厚意に甘えてエスカレートしていったに違いない。

 相手の厚意に甘えて一方的に得をするような図式というのは、とても甘美で……なかなか止められない。どこまでも続いてしまう。

 そして一方的に利用されていた側だった凛子もまた、きっとその時『NO(イヤだ)』と言い出せなかったはずである。優しくて、相手との関係を大事に思う人だから。

 みーも、きっとそんな優しい人だ。

 ――そう。与える側もまた『厚意』という損得を超越している動機ゆえに、なかなかその関係からの脱却が難しくなる。

 結果、悪循環のスパイラルが続いてしまう。

 そうならないための秘訣はたぶん『一方的に得をする側から求めない』という、ただそれだけ。

 ……まあそんなの当たり前か。

 この図式を例えばボランティアに置き換えたとして。

 『なあそこのアンタ、俺のことをボランティアしてくれ!』なんて自分から図々しいことを言うのは非常識極まりない。

 もちろん生きるか死ぬか、みたいな非常時ならなりふり構ってられないのだろうけど……今の俺たちは決してそこまで追い込まれている危機的状況でもない。

 結局は、与える側からの『何か手伝えることはありませんか?』というような提案でのみ、この図式は健全でいられると俺はそう思う。


「……んぐ、っ……」


 さっきの凛子の思考は意図せずあまり良くないベクトルに進みそうになってしまっていた。もしそれを本人から気が付いてくれたなら幸いだ。

 それなら、気が重い話をした価値がある。


「頑張って、みーから『入っておけばよかった!』なんて言わせられるぐらいの魅力的なチームにしような?」

「……えぐっ……うんっ……」


 ボリューム感のある凛子の髪に手を置いて、わしゃわしゃとわざと乱暴に撫でた。


「そして深山、ごめん」

「えっ、は、はいっ!?」


 右隣に一歩引いて歩いていた深山へと振り返り、謝る。


「たぶん深山を救うために手段を選ばないなら、みーをなんとしてもチームに引き入れるべきだと思う。なのに勝つための追及に徹さず、甘いことを言う俺を許して欲しい」

「ううん、ううんっ! わ、わたしは…………」


 少し不自然と思うぐらいの沈黙の後に。


「香田君がわたしを救おうとしてくれている……その事実だけで、もう幸せです」


 そう小さな声でつぶやいて、静かに微笑む深山だった。

 俺もそれに無言でうなずいて受け止めた。


「じゃあ……帰ろうか」

「はい……!」「ぐすっ……うんっ……」


 泣いている凛子の頭に手を置き、遠慮している深山の手を引き、岡崎と未を連れて俺たちは宿屋へと歩を進める。


「――……これは驕り、だろうか」


 茜色に染まる雲を眺めながら、俺は自分に小さく問う。

 元々昨日まで、みーというプレイヤーは俺の思い描くチーム構想の中に存在していなかった。その選択肢すらなかった。

 だから何も予定は狂っていない。

 俺たちのチームで……俺の創る魔法で、優勝を獲得する。

 今はこのプランのために必死に積み重ね、築き上げているその最中だ。

 勝算はある。

 決して、絶望的な状況ではない。

 相手の厚意に甘えて分不相応な願いを必死に要求なんてしなくても、成立するはずなんだ。


 ……でも、なぜだろう。

 俺の心の奥底に『俺が深山を救いたい』という幼稚な動機がどこかにあるような気がして仕方なかった。

 みーに、おんぶにだっこで救ってもらいたくない。

 俺が救わなきゃダメなんだ。

 ――そんなことを考えている幼い自分を否定しきれなくて。

 だからこそ気が重くなったし、後ろめたくて『ごめん』と俺からも謝ってばかりだった。

 大丈夫か?

 自分の都合に囚われて周囲が見えなくなってないか?

 バランスは取れているか?

 俺はちゃんと、中庸(ちゅうよう)であるだろうか……?


『俺が俺がって……酔ってない?』

『いかにも囚われのお姫様を救うナイトみたいなお話よね?』


 ふと、母さんの核心を突く言葉が不意に蘇った。

 まったく今さらボディブローみたいにじわじわと効いてくるなぁ。


「まあ違うと思うよ……たぶんね」

「香田君?」


 俺のそんな独り言に反応する、右となりのお姫様だった。


「俺は騎士(ナイト)じゃなくて、一般市民(パブリック)だってこと」

「?」


 そう。俺が深山を救うんじゃない。

 深山の救われる道を創るのが、俺なんだ。

 市民らしく裏側で、慎重に。

 奇跡を信じたりせず地味で、堅実に。


 ――そのために、()()()()()()()()に抜かりなく進めて行こうと思う。



   ◇



 宿屋の前まで来る頃には、もうすっかり陽が落ちて薄暗くなっていた。

 奥の酒場ではすでに活気づいており、今日もお酒というステータス異常を嗜む大人たちが早くも集まっているようだった。


「はーい、到着っとぉ」

「あ、待った!」


 岡崎が待ちきれない様子で中に入ろうとするが、その後ろ姿を慌てて呼び止める。


「ほい?」

「ちょっと寄りたいところあるから待っててくれ」

「へーい」


 相変わらず『どこに寄るの?』みたいなことをいちいち確認せず、ありのまま受け止める岡崎だった。


「――こんばんは」

「らっしゃい。チェックアウトかい?」


 不思議そうにしている凛子と深山に説明するより先に、すぐ目の前にあるカウンターへと向かって話しかけることにした。


「いや、部屋を追加で借りたい。空いてないかな?」


 男心としては嬉しい限りだけど……しかし今朝のようなベッドの上の団子状態が連日続くというのはいかがなものかと思う。

 例えばもう一部屋でもあれば、深山と凛子、未と岡崎がそれぞれ同じベッドに寝て、俺がヨースケの部屋で雑魚寝――とかいう選択肢も生まれる。それならもうちょっと各人が落ち着いて寝られる状況になるだろう。

 あんな調子じゃ毎朝、未に唇を奪われかねないしな……。

 だからこうして問い合わせてみるわけだ。


「アンタは運が良い。ひと部屋だけなら空いてるぞ」

「……へ?」


 あれ? この応対って確か、初回と同じ。

 …………もしかしてこの答え方って単なるテンプレで、単純に繰り返し受付に行くことで何部屋でも同時に借りられるってことか?

 一瞬、ひとり一部屋……なんて考えもしたが、さすがに贅沢が過ぎるだろうか。最低でもウチの財務大臣の認可が必要そうだ。


「一部屋一泊10E.(エリム)だ。ビタ一文まけねぇから値段交渉は勘弁してくれよな」

「じゃあ五日分、借りたい」

「まいどあり。前金で50E.(エリム)な」


 当然のようにここまで前回とまったく同じな店主の反応。


「凛子。払ってもらえる?」

「うー……」

「えっ?」


 やはり人間は一味違うなぁ……とか改めて感心してしまう。

 なぜかご機嫌斜めな凛子の反応だった。


「その部屋……香田がひとりで寝るの……?」

「いやいや! 俺ひとりだけ別部屋とかそんな贅沢しないからっ!」


 そりゃまあ、俺だけ男だからその発想も必然といえば必然なんだろうけど……そんなもったいないことするわけがない。

 俺なんかそこらへんの床で充分だ。なんなら外の草むらでも構わない。


「……じゃあ、深山さんとふたりでちゃんと寝てくれるのぅ……?」

「り、凛子ちゃんっっ!?!?」


 それに激しく反応していたのは、ここのところ自重気味な深山だった。

 思わずびっくりして深山の顔を見ると。


「な、なななっ、なんてこと言うのっ!!!」


 ――もう、耳まで真っ赤。

 普段が色白なだけに、深山が赤面するとコントラトでやたら目立つ。

 人ってここまで赤くなるんだなぁ……とまた妙な感心をしてしまった。


「はぁ? 何を今さらいってんの、深山さん???」

「ほんとそれ」


 俺も凛子のそのツッコミには同意せざるを得ない。

 深山とふたりきりで寝るなんて、過去何度あったことか。


「だ、だってぇ……っ!! こ、ここっ、ホ――宿屋、だもんっ……!!」

「はぁ?」

「あー」


 今、密かに『ホテル』って言い掛けて……それで思い出す。

 そういや少なくとも深山にとっては、こういう宿泊施設でいっしょに寝るってのは野宿とは全然違う意味合いになってしまうんだったな。


「……じゃあ凛子、いっしょに寝る?」

「あー! あーっ!!」


 こういうの、珍しい。

 今度は深山が涙目で手をバタバタさせてる。


「にゃははっ……えと……超うれしー……けど、辞退しますっ」

「うん、そっか。困らせること言ってごめんな」

「ううん、ううんっ……!」


 微妙な顔をしてる凛子の頭に手を置いて、ひとまず謝ることにした。

 実は内心、ちょっと思うことがあるけどね。


「――おい、どうした? キャンセルか?」

「あ、いや」


 そういやカウンターのNPC(オジサン)を放置したままだったな。


「にししっ、じゃあアタシが払っちゃおっと!」

「お」

「確かに50E.(エリム)だな。毎度。じゃあこれが部屋の鍵だ。301号室になるぞ」


 横から岡崎がぴょこっと飛び出して来てお金を支払うと、そのまま部屋の鍵を受け取っていた。


「ちょーっ!? お、岡崎が香田と寝るのはダメーッ!!!」

「いやいや」「いやいや」


 岡崎と俺がシンクロして手を左右に振って否定する。


「――ま、サークラセンパイのいびきがうるさくて眠れないっていうならぁ? コーダなら……泊めてあげてもいいけどぉ?」


 駄犬、牙を剥く。

 久しぶりにちょっと悪そうな顔をしてほくそ笑む岡崎だった。


「だ、だだ、だめだからねっ……!?」

「真に受けるな、凛子」

「にししっ……アタシの部屋、アタシの部屋~っ!」


 部屋の鍵を片手に、ひとりで嬉しそうに階段を駆け上って行ってしまった。

 まったくもって想定外な展開ではあるけど――なるほどね。

 見逃していたが、これはこれで大事かなと感じた。

 唯一パーティに含まれておらず、深山とも微妙な距離感の後ろめたい岡崎には自分の落ち着ける居場所がしばらく存在してなかったのだ。

 だからこその、あのはしゃぎようなのだろう。

 今頃は即行ベッドの上へとダイブしているに違いない。うん。


「……じゃあどうしようか。ヨースケの部屋が空いていれば未と凛子はそこで寝てもらって、深山に俺たちの部屋のベッドを使ってもらえば……解決か?」

「兄さん」

「うーん。いや、岡崎の部屋に凛子を入れてもらうのは可能なのかな?」

「兄さん」

「それとも、いっそあと一部屋追加したほうがいいのか?」

「兄さん」

「未……悪かったよ。でも街中でダガー取り出すのはどうかと思うんだ」

「兄さん」

「……はい、なんですか」

「そこは、兄妹水入らずで解決です」

「赤の他人が何を言ってるんですか?」

「…………都合の良い時だけ、ずるい」

「お前が言うな、お前が!」


 そう。最もあり得ないのが未との一夜だろう。

 そんなことするぐらいなら、岡崎の部屋に転がり込んだほうが遥かにマシだ。


「昔はいっしょに寝たのに……つまんない」

「だーかーらーっ。LaBITさんは赤の他人なん――」

「――お、いたいた! 香田、待ってたぜ!」

「あ」


 まさに助け船。

 入り口前で騒いでいた俺たちの姿でも見えたのだろう。

 奥の酒場からヨースケが酒を片手に出てきて声を掛けてくれた。


「待ってた? ……って、もしかして」

「ああ、注文の剣のプロトタイプが完成したのさ!」


 『たった一日で』という表現は適切なのだろうか?

 ゲームで例えば素材を元に武器を制作するなんてのは、ちょっとした制作中を表すデモを挟んでほんの一分たらずで完成してしまうのがほとんどだ。

 それから比較すると『一日もかかって』なんだけどね。

 逆にリアルからすると鉱物を溶かすところから始まって、やたら複雑なギミックのある超巨大な大剣を作るなんてのは……たぶん設計図を引くところから数えて早くて一ヶ月は必要な気がした。

 そっち側基準でいうと『たった一日で』なわけだ。


「そういうわけで、ちょっとおれの部屋に寄ってくれよ!」

「そりゃもちろん! な、未?」

「……はい」


 後ろの未がまったくの無反応だったのでちょっと心配になって話を振ったけど、そんなのただの杞憂だった。

 その紅い瞳は子供のように期待に満ちて輝いていた。


「じゃあ、さっそくお披露目タイムだ!」


 ヨースケが親指を立てて、歯を見せながら笑う。



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