#069b みー師匠のダンジョン講座
「は~い、いまから大切なことおしえますなの! 全員ちゅーもくなのー!」
「うん?」「え?」
とりあえずのゴールとなる地下一階の扉の前まで来たところで、ぱんっ、と小さな手を叩いてみんなの注目を集めるみー。
「回復ぽいんとあるからって、よくばっちゃだめなの。冒険者のみなさんは、ここではろぐあうとできないの!」
「……ログアウトできない??」
「あ、ほんとだっ!!」
凛子が俺の斜め後ろで驚きの声を出している。
「アイコンが灰色になってるし!」
「へぇ……」
どっちみち選べない俺ではあるが念のため操作モードに入って確認してみると、言うように確かに右下のログアウトのアイコン自体が灰色になっていて見るからに選択不可能であることを示していた。
「あと、だんじょんの外とちゃっともできないの~!」
「軽く隔離されているのか」
外部に救援を求めたり、あるいはアドバイスも得られないってことか。
いよいよこの洞窟の中で迷うのはかなり危険なことだと理解してきた。
「みー。じゃあ死んだらどうなるんだ?」
「ろぐあうとになるの」
「……? じゃあ問題ないような……ログアウトしたい時は自殺すれば同じってことになる」
「あ、あの……香田君……?」
「うん?」
少し言いにくそうにしている深山の様子に気が付き、まわりを見回すと全員からドン引きの顔をされていた。それこそ未にすら。
「へ?」
何か俺、変なこと言った?
「香田君……自分が死ぬことに……麻痺してませんか?」
「あー」
悲しそうに――いや、申し訳なさそうに深山が教えてくれて、それでようやく俺は自分のその感覚がおかしい自覚を持てた。
死にそうになったら自分からログアウトする……それがたぶんこのEOEにおいてのごく普通なプレイスタイルなのだろう。
だって、リアルの半分近くの痛覚があるのだ。
死ぬほどじゃないけど、痛いは痛い。そこから恐怖が生まれる。
だから、『自分からログアウトできない』というこのダンジョンは、通常のプレイヤーからすると恐ろしく厳しい設定なのだと遅まきながら理解した。
「もひとつありますなの!」
「もうひとつ?」
「しんじゃうと、入ったときまでぜーんぶりせっとなの~!」
「うっわ……」「うっひゃ!?」「きちーっ!!」
確かにそれ、ダンジョン物ではありがちな設定。
欲張ってどんなに経験値や金品を集めても、死んだら水の泡。
無事にダンジョンを出て初めてセーブが可能という例のアレである。
「あの……香田君。リセットって……?」
たぶん深山のことだからなんとなくは理解できているその上で、ゲームに不慣れだから念のため確認しているような感じだろうと思う。
「ああ。つまりこのダンジョンの中で死ぬとダンジョン内で得たあらゆるものが失われて、入る直前の状態まで強制的に戻されるってことだよ」
「えっ……時間戻っちゃうの!?」
「いや。時間は戻らないけどね」
「???」
なるほどね。
普段ゲームしていない人からするとすごく違和感ありそうだ。
時間は進むけど状態だけ元に戻るって……どう例えれば良いんだろ?
「ちなみに、なの」
「ん?」
どうやらまだ続きがあるらしい。
皆の注目が再びみーへと集まった。
「だれかがしんじゃったら、それでおしまいなの~!」
「……おしまいって?」
「だんじょんにのこってる全員もりせっとなの~」
「うっわ……」「全員っ!?」
これは想像以上に過酷だ。
誰かひとり死んだら連帯責任で、チーム全員がフルリセット。
マゾい……何このゲーム。超マゾいぞ!?
「……そういやEOEって廃人専用ゲーム、だったっけ」
最近どうも緊張感がない日々を過ごしていたからうっかりしていたけど、元々そういうゲームだって原口にそそのかされて始めたことを今さらながら思い出した。
そして改めて、なぜこんなにもこのダンジョンが過疎化してて、ほとんどのプレイヤーがフィールドで狩りをしているのか、ようやく真の意味でわかった気がした。
「古き良き初期EOEのマゾさがここに残ってるんだなぁ……」
マゾマゾしいマイナーなゲームが人気と共にエンジョイ勢を考慮し、次第にヌルくなるのは往々にして良くあることだ。
……しかし初期、か。そういった目で見ると扉や石像もどこか簡素な感じで、初期の開発費があまりない中で作られたモデリングなのかな、とかそんな余計なことまで想像を膨らませてしまう。
「なあ、みーはこのダンジョンを攻略したのか?」
「こーりゃく……みゃみゃみゃ……」
何をもって攻略とするのか、その判断に迷ってる感じがした。
「じゃあ質問を変える。最下階に行ったことはある?」
「あ、はいなの。もちろんなの!」
『もちろん』と来ましたか。
「さすがレベル341」
「みゃははは……褒められると恥ずかしいの」
「つまりゴールはあるんだね。そこでは何が待ち構えてるんだ?」
「…………」
蒼い目をぱちぱちと何度かまばたきさせて。
「……秘密なの~」
みゃははっと笑いながらそう答えた。
「本当に兄さんは愚かで無粋ですね……そんなの先に知ってしまったら、まったくつまらないじゃないですか」
「お、おう」
戸惑ってしまう。
それは未に鋭いことを言われた――とかじゃなくて、未が当たり前のように最下階まで行く前提の話をしていることに対してだ。
やる気なのか、我が妹よ。
言ってしまえばこのダンジョンは単なるレベル上げのための『手段』の場。
『目的』は大会で優勝……なんだけどね?
まあゲーマーとしては、ダンジョンに挑むより先に攻略サイトのネタバレ情報を読んでしまうようなその姿勢自体が許せないってこともあるのかもしれないが。
「とにかく、だれもしんじゃ、めっ……なの!」
「ああ、よくわかったよ」
そしてやっぱり俺はこのダンジョンに潜っちゃいけないって理解した。
最弱の俺がうっかり死んだら全員がフルリセットだなんて、足引っ張るどころの話じゃない。
「みー……」
「みゃ?」
「ありがとうございます。おかげですごく助かりました」
俺は心からの感謝と共に、自然と頭が下がっていた。
一度は断ったのに……それでも心配して案内してくれたことも含めて本当に頭が上がらない。
確かにこれらは、無駄な時間を費やさないためにも事前に知っておくべき情報だった。
「みゃみゃみゃっ!? お、お兄さんっ、お兄さんはお兄さんだからみーに頭なんて下げちゃだめなのっ!」
「ううん。感謝してます」
「みゃああぁ……こ、こまったの~……」
すっかり困惑と恐縮をさせてしまっている俺の行動だけど、他にお礼の方法が思いつかないのだから仕方ない。
「香田っ」
「ん?」
深々と頭を下げている俺の手をおもむろに取る凛子。
その手を。
「みゃっ」
「はい香田っ、みーちゃんになでなで!」
「え、ええっ!?」
みーの頭の上に運んでいた。
そんな最古参のレベル341様に、なんて慣れ慣れしい……。
「なでなで~?」
「……」
きょとんとしているが、しかし決して嫌がってる風じゃないみー。
たぶんこの人は見た目通りの年齢じゃなくて……それなりの年季と経験を重ねた凄腕のプレイヤー。
「なでなでしてくれるの~?」
――の、はずなんだけどなぁ!?
「わ、ひゃっ……」
結局は何かに流されるまま、まるで本当の幼女相手のようにそのまま頭を撫でてしまう意志薄弱な俺だった。
「く、くすぐったい、のぅ……!」
撫でられるのに慣れてないのか、ぴくぴくって身体を強張らせて半笑いでそんなことを言っている。
ついでに全自動的にツインテールもぴょこぴょこ動いていた。
「あ、あーっ、も、もういいのっ! お礼、いただいたの……!!」
「おっ」
テレ隠しにか、バッと俺の手から離れて自分の頭を両手で隠す可愛らしいみーだった。
「んむ。それは何てもったいないっ」
そんなわけのわからないことを言いながら、空いた俺のその手を自分の頭へとそのままちゃっかり置く凛子だった……何そのドヤ顔?
仕方ない。ついでだからまた撫でまわして骨抜きにしてやろう。
「みゃ、みゃみゃ……それじゃどうするのっ? お帰りにするの?」
「……そうだな。そろそろ地上に戻ろうか」
念のためみんなの顔を振り返り確認すると、全員が素直にうなずいてくれていた。
「んにゃふううぅぅんんっっ……!!」
あ、骨抜きになってる凛子は除いて。
「はい、ではお兄さん。ここのほーせきに、たーっち!」
「え? もしかしてそれだけで帰れる?」
「はいなのっ! ちなみに回復だけほしいときは、ちかくに立っているだけでしぜんと回復するの~!」
なるほど。だからみーは帰還可能なこのタイミングでダンジョンの厳しい仕組みとリスクを説明して『欲張ったらダメ』と教えてくれたのか。
「はい凛子、おしまい」
「うーっ……!」
不満そうな凛子の頭から手を離すと、人と獣のあいのこのようなデザインの石像に備え付けられた、ソフトボール大ほどの球状の宝石へとゆっくりと手をかざす。
ここからは昨日と同じ。
触れるその直前に視界全部が真っ白に――
◇
「――はい、ただいま~なの~!」
「おーっ!」「すっげ、すっげ!」
初体験の凛子と岡崎が叫んでる。
数分間のちょっと長めのエフェクトを挟み、俺たち全員は同時に白い真四角な建物があるあの石畳の広場に転送された。そしてやはり。
『通知:香田孝人 は体力が全快した!』
『通知:香田孝人 はステータスが回復した!』
左下にそんな通知も表示されている。
何度見てもここらへん、このゲームにしては気前が良いなぁ。
ギリギリまで挑んでも良いよ、っていう開発の声が聞こえてきそうだ。
「……って、うっそぉ! もう夕方ぁ!?」
岡崎が空を見て叫んでる。
突然暗闇の中から真っ白な世界に放り込まれ、あまりに眩しくて今までまともに周囲も見られなかったが……確かに外はそろそろ陽が沈みそうな空の色になっていた。
ダンジョンへ挑んだのが昼前ぐらいだったから……つまりかれこれ6時間以上は潜っていたことになるな。
岡崎は意外そうな発言をしていたが、個人的には『まあそれぐらいは経ってるよな」って感じだ。
「みー……改めてありがとう。こんな長い時間、付き合ってくれて」
「お兄さんはおとくいさまだからどういたしましてなの!」
「なら、また沢山ポーション買わないと!」
「みゃっ!? きのーのきょーで、まだぜんぜんつくってないのーっ!!」
「ははは。うん、じゃあ完成したら買いに来るから」
「はいなの~!」
特に意図したわけでもないが、それで綺麗に会話が終わったのでそろそろ撤収することにしようと思う。
「それじゃみー、今日はこれぐらいで!」
「はい、また遊んでなの~!」
「みーちゃん、またね!」「ミー、また……」「したらば!」
俺に続いて深山、未、岡崎と別れの言葉を告げる。
「みーちゃああぁんっ!!」
「りんこお姉ちゃーんっ!」
がしっ……!!
最後、まるで今生の別れのような感動的なお別れゴッコをしている微笑ましい凛子とみーのふたりだった。





