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#069a フェアリーリング

 仮称『最果てのダンジョン』地下一階の洞窟は、俺の想像より遥かに広かった。

 進めど進めど、なかなか行き止まりなりゴールなりに到達できない。

 ……今さらながら、みーが半ば強引に案内を買って出てくれた理由を理解した気がする。

 敵が強いとかそれ以前に、ここで迷ったらなかなか出られないわけだ。


「……」


 洞窟内を奥へ奥へと進む俺たちは、不思議とみんな無言になっていた。

 それはもちろんモンスターに察知されないため――という理由もあるにはあるだろうが、少なくとも俺はちょっと違う。

 天井部分から滴る水や、洞窟内の風を切る音。

 どこかこもっている空気の臭い。

 薄暗く広がっていく空間の奥に潜む、無限と思える闇。

 微かに届く、モンスターたちの気配。

 ……一種異様なこの重い雰囲気に、すっかり俺は呑み込まれていた。

 恐怖とはまた違う。

 非日常の中で自然と五感が鋭く研ぎ澄まされていくような感覚だった。


「……ねえ、香田君」

「ん?」


 俺のちょっと前を歩いていた深山がランタンがわりのSS(シャイニングスター)を片手に持ったまま、寄り添うように俺の横に並ぶと、この静寂を壊さないぐらいの抑えられた声で話し掛けて来た。


「不思議な感じ……ここ」

「そうだね」


 深山も深山なりに俺と同様、この非日常的な空間から異様な雰囲気を感じ取っているようだった。


「――今にも妖精さんとか出て来そう……!」

「うん?」


 前言撤回。全然俺と違ってた。

 深山の大きな瞳がキラキラと輝いている。


「ほらほら、あそこにもフェアリーリングがあります……!」

「え? あ、ああ……菌輪きんりんか」


 この湿気の中でスクスクと育っているのだろう。

 深山が指さしたその先には、キノコがコケだらけの岩肌に見事な輪を作っていた。


「もうっ」


 ぷくっ、と頬を膨らませて深山が非難の視線を俺に送る。

 どうやら情緒(ムード)がないと言いたいらしい。


妖精の環(フェアリーリング)……か」


 どうしてそうなるのかの仕組みは知らないが、このまるで人為的と思えるぐらいの綺麗な輪を見て昔の人は、ここに妖精が躍っていると想像を膨らましたらしい。

 ……今さら言い訳がましいから口には出せないが、それはちょっと理解できるような気がした。

 妖精の環(フェアリーリング)が形成される条件というのは、つまりこんな人里離れた神秘的で閉ざされた空間だからなのだろう。

 『こんなところで誰が……?』そんな疑問から色々な想像を確かに掻き立てられそうだった。


「はい。あそこで妖精さんたちが躍ってるのかなって……!」


 童心に返る、ってヤツかな。

 こういうことを語る時の深山は、少しの幼さが垣間見れて愛らしい。

 どうにもデジタルな理屈屋の俺だが、その眠っていた感性が豊かな彼女の心によって叩き起こされるような気分だった。


「いいね。夢のある話だ」

「はいっ……!」


 俺の何の捻りもないそんなつまらない返事にも、曇らず素直な笑顔で応じてくれる深山。


「妖精はこんなじめじめしたとこで、だれもみてないのにわざわざ踊らないの~」


 ――なのに、背後のみーからのその冷めた一言で台無しである。

 いや俺も人のことはいえないけど。というか。


「ん? EOEに妖精っているの?」

「んーん。いーおーいーにはいないの~」

「……だよね」


 そう同意するには理由があった。

 EOEというゲームの仕組みから考えると、そういう存在が許される隙間があまりないのだ。

 リアルの姿が再現されるこのゲームではサイズの問題や宙に飛ぶという観点から考えてもプレイヤーの職業として妖精が選べるとはとても思えないし、モンスターとして登場させて殺すことが目的となると、本来の趣旨と違ってくる気がする。

 強いて言えばNPCなら登場も可能な気がするが、宿屋のあのやり取りを思い出すと……もはやそれは異世界の雰囲気を醸し出す風味フレーバー程度でしかないや。


「せめてドラゴンでも居たらいいんだけど」

「ひゃあ!? お兄さんどらごんごしょもうなの~!?」

「いやいや。このダンジョンに……じゃなくて、EOEの世界のどこかに居たらメルヘンかなって。な?」

「はいっ!」


 少し落ち込んで黙っていた深山に振ると、嬉しそうに返事してくれた。

 やはり深山の、ドラゴンに対する思い入れはちょっと格別。


「んむむむむ……」


 深刻に悩んでるみーだった。

 その反応からして、もしかしたら本当に居るのかもしれない。

 そしてとんでもなく強くて、全然メルヘンとは程遠いような阿鼻叫喚の地獄が展開されるのかもしれない。


「……ウサギは?」

「え」

「……ウサギは、いませんか」


 未が珍しく自分から他人みーへ話題を振っていた。

 というか半分ギャグだろ、それ。


「うさぎってどんなのなの?」

「ぴょんぴょんしてる……」


 ふたり共どこまでボケでどこまで本気なのかちょっとわからないが……とりあえず自分の頭に手を置いてウサ耳を再現している未。

 無表情なままそれをやってると、一周回ってちょっと面白いぞ。


「めげるどぎうす、みたいなの?」

「きっとそんな強そうなヤツじゃない」


 メゲルドギウス、か。語感だけでもう中ボスぐらいの迫力があった。

 きっと跳躍力があって聴覚も鋭いんだろうなぁ……それは超強そうだ。


「とりあえずいーおーいーにはうさぎ、いないの~」

「……残念」


 ウサギの女王様、平民がおらず王国を創れないと嘆いてらっしゃる。

 ……しかし。うーむ。


「兄さん……何ですか?」

「え、いや。大したことじゃないが」

「……」


 そんな興味津々な目を向けられてしまうと困ってしまう。

 どうしたもんかな。普段ならこんなこと決して口にしないけど。


「ふわふわのウサギに囲まれている未を思い浮かべたら、可愛いなって」


 実はさっき、ウサ耳を手で表現している辺りから思っていたことだ。

 あまりに未が他人他人と強調するからか……それともEOEで素直に心の中のことを話してくれるからか。俺も俺で未へ思うことを口にすることにあまり抵抗感がなくなっていることを自覚した。


「……いやらしい」

「台無しだな、おい」


 素直に話して損した!

 まるで腐敗した生ごみでも見るような目で睨まれてしまう。


「そういやウサ耳といえば。未、お前エルフ耳にしなかったんだな?」

「兄さん……それまったく意味不明です」


 最悪の悪魔である久保がエルフ耳だったことから察するに、たぶん最初のキャラメイクでそこは自由に選べられる項目だったのだと思う。


「そうか? 未の神秘的なビジュアルならすごく似合いそうに思うけど」

「…………」


 目を閉じ、黙られてしまった。

 そこまで情報がシャットアウトさると正直まったく読み取れない。


「未?」

「……やめてください。今さらキャラメイクとか無理なのに、そんなこと言われても迷惑なだけです」

「それはまあ……そうだけど」


 単なる雑談に手厳しいなぁ。

 相変わらず目を伏せたままなので上手く感情も読み取れない。

 淡々と言葉が続けられた。


「ほんと……いやらしい。いやらしい……」


 それからしばらく、呪文のように延々とそうつぶやいている我が妹だった。



   ◇



「――凛子っ、一匹逃げた……!」

「あいあいっ!」


 傷を負って脱兎のごとく逃げ去ろうとしていた、猪ほどの大きさのレベル12のモンスター『カムカム』を背後から射貫く凛子。

 10匹ほどの大群で現れた、太った犬みたいなこのモンスターの群れもこれで最後。

 みーの説明通り前回の『バッフィル』と比較すると驚くほど弱く、地下一階探査開始から二度目の戦闘はこうしてあっさりと終了した。


「誰かレベル上がった人はいるか?」

「……はい」

「お。未はこれでレベル10か……じゃあポテンシャル値――」

「――……筋力に入れておきました」


 ああもう、ほんっと俺の妹ってば聞く耳持たないロマン派の脳筋!


「あちゃ~……今回はなーんも落ちてなーいっ!」

「だから岡崎、お前はもうちょっと戦闘に加われ」

「うへーい」


 ……とはいえ、それもまあ仕方ないか。

 今回は特にチョロチョロと細かく動き回るモンスターだったから、岡崎は元より深山もまともに戦闘に加われず、ほぼ未が群れに飛び込んで仕留めるような形になっていた。


「あっ……香田君、香田君!」

「ん?」


 不意に呼ばれた深山の声に反応して振り返ると――


「――おお……」


 そこには古めかしい巨大な扉と石像がSS(シャイニングスター)の光によって照らし出されていた。


「はーい、一階くりあなの~!」


 扉の前までとててっと駆け寄り、両手を広げてみーが教えてくれた。


「もうか」


 時間はそれなりにかかったが、しかしたった二回の戦闘でゴールしてしまったな。

 ダンジョンとしては少々物足りない感じだが……まあある意味で理屈として納得できる側面もあった。

 出入り口付近となるこの地下一階では、例えばもっと地下深くまで潜る上級者も通りがかりにモンスターとエンカウントする理屈になる。つまり、ポップした端から討伐される可能性が高い。

 逆を言えばあまり人が立ち入らない地下深くに行けば行くほど、モンスターはうじゃうじゃと増殖している可能性が高い。


「……なるほど。自然と難易度が整えられるのか……理に適ってるな」


 付け足すと、元々このダンジョンの攻略をしていた古参の上級者は外のフィールドへと冒険の旅に出ているらしい。つまりこのダンジョンの攻略を現在進めているのは新規の初心者ばかりってことになりそうだから、浅い階層と深い階層ではモンスターの数は極端な差を生み出していることが予測できると思った。


「……っ」

「ん?」

「あ、いえいえっ!」


 また悩んでる顔マニアな深山にたっぷり熱っぽく観察されてしまう俺。

 いつか仕返しとしてこれみよがしに、あの悩殺おっぱいをじっくりと服の上から舐めるように観察してやろうか?

 ……いや。俺が恥ずかしくて無理だな、うん。


「みー。この石像って?」


 俺の背丈ほどの石像を指さす。顔が獣で、身体が人間の姿をしていた。

 ……どこかで見たような?


「回復ぽいんとなの~」

「あっ……出口にあるアレ、各階層ごとにあるのか!」


 まさに至れり尽くせり。

 EOEでは水も食料も必要ない以上、これなら極端な話、折れない心と安全な寝床さえ確保できればいつまでもダンジョンに潜っていられそうだ。


「は~い、いまから大切なことおしえますなの! 全員ちゅーもくなのー!」

「うん?」「え?」


 ぱんっ、と小さな手を叩いてみんなの注目を集めるみーだった。



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