#068b 最果てのダンジョンB1F
「――うっひゃあ~! ふいんきあるぅ~!」
雰囲気、な。
岡崎が目の前にポッカリと開いた闇の入り口を見て声を上げると、まるで風呂場のようにそのアホっぽい声が響き渡る。
「そこの髪の毛ぴょんぴょんのお姉さん、しー、なの……!」
「は、うっ」
慌てて両手で口を塞ぐ岡崎だった。
「もうここは、怖いもんすたーが出てくるばしょなの~……」
ここはあの白い真四角な建物の中。
ステンレスみたいな扉を押して入った先にある洞窟の入り口で、少し湿ったむき出しの岩肌に手を置き、慎重に中の様子を探るみー。
……やっぱりこの人、優しいなってそう思う。
だってたぶん、本当は全然心配なんてしてないんだろうから。
レベル341は伊達じゃない。
おそらくこのダンジョンに巣食うあらゆるモンスターより、この人のほうが遥かに強いはずだ。
じゃあなぜこんなに慎重な様子で息を殺し、洞窟の奥の様子を伺っているのかといえば……それは、俺たちに見本を見せてくれているからに違いない。
『こうやって入り口から油断せずに侵入しなさい』と教えてくれている。
それを俺たちは、正しく受け取らなければいけない。
「凛子、SSを出してくれる?」
「え。あ、はいっ……!」
一瞬戸惑っている様子だったが、俺の意図を理解してすぐに応じる凛子。
アイテム欄からすぐにSSをポップさせて、暗闇をその明かりで切り裂いた。
「わ……べんりなの~……! それ、松明みたいにきえないの?」
「ああ。たぶん半永久的に光り続ける」
いざとなれば深山が炎も出せるし、ウチのチームは暗闇に強いな。
「じゃあ、しゅっぱつなの……!」
「ああ。いってらっしゃい」
「にゃ?」「ほへ?」「えっ」「……兄さん?」「コーダ?」
全員からほぼ同時に、一歩下がってひとり見送っている俺へと問質されてしまった。
「レベル1でなんの戦力にもならない俺が同行しても、ただの足手まといになるだけだろ? だから俺はお留守番」
「ヤっ! だめぇ!!」
「凛子。声が大きい……」
「うっ、くっ」
先頭に立っていたみーが、Uターンして俺の前まで戻る。
「たしかにもんすたーは、きほんてきにいちばんよわっちぃ子を襲うの」
「だろ?」
例外があるとしたら、最も弱い対象が極端に離れているか、あるいは他にヘイト集めているプレイヤーが居る場合……かな?
「だからお兄さんは、みーがかならずまもるの……! いっしょにもぐって、お兄さんのれべるをあげるの!」
「あ、いや、俺は――……」
レベル、上げられないんだけどな?
……そう言い掛けたけど、寸前で呑み込む。
レベル341の護衛なんてまたとない機会だ。確かにそれはさすがに安全だろうと思う。
ならばこの一度に限って、俺もダンジョンの中の様子を確認してみようかなと思い直した。
「……何から何まですみません。お世話になります」
「だめなのっ、みーに頭さげちゃったらだめなのーっ! お兄さんはお兄さんなのっ!!」
「…………うん、わかった」
さすがに礼節をわきまえ素となって頭を下げた俺だが、それを許してくれなかった。
どうやら幼女のロールプレイに徹底して付き合え、ということらしい。
それがご希望ということであれば、それに応じるのもまた礼儀かなと考え直す俺だった。
「あと、みー……しー……」
「はうっ!!」
ちっちゃな手でさっきの岡崎みたいに自分の口を塞ぐみーが微笑ましい。
「みーがせんとーいくの。らびっとお姉ちゃんがうしろ守ってほしいの」
「……うん」
この即興チームの隊列としては、先頭がみーで、その後ろに深山。
弱い俺と岡崎を挟んで後ろがロングレンジの凛子、最後に未というフォーメーションとなった。
「勘の良い岡崎は、主に左右の監視を頼む」
「おっけおっけ……!」
この布陣だとサイドアタックに弱そうなので、俺なりにフォローしてみた。
「凛子、SSは俺が持つよ。弓を撃つ時に邪魔になるだろ?」
「あいあい……!」
「あと深山。凛子からもうひとつSSを受け取って」
「はいっ」
さらに光源をもうひとつ増やしてみた。
これでより多くの影を消せるだろう。
……さしあたってはこんな感じだろうか?
「みー……それじゃお願いする」
「うん、みーにまかせてなのっ……!」
決して驕らないレベル341は、初めての俺たちにほど良い緊張感を与えつつ、洞窟の奥へと歩き始める。
――こうしてダンジョンの探索がスタートした。
SSに照らし出される湿った岩肌と、コケのような植物。
枝葉のように分かれる洞窟の先ひとつひとつに、手に持つダガーで進む目印を刻み込む。
なんだろう……妙な話ではあるが『ああ、今、ゲームやってるんだなぁ』なんて妙な実感を覚えていた俺だった。
◇
「――未っ、みーとスイッチ!」
「はい……任せて……!」
ダンジョンに踏み込んで早々、俺たちには手荒い洗礼が待ち受けていた。
……これはもしかしたら、入り口付近で騒いでいたからかもしれない。
入っていきなり30分もせず、全長5mはあろう巨大な首の長いトカゲのようなモンスター『バッフィル』のレベル25とさっそくエンカウントしたのだ。
始まりの丘のフィールド上とは違い、ヘイトをつけるまでもなく出会ったその瞬間に向こうからいきなり襲ってきた。
「ふっ……!!」
加速してからの跳躍――そして着地と同時にダガーで切りつける未。
『バッフィル』の全身に覆われている堅いウロコごと削り落すような強烈な一撃が入った。
「っ……くっ」
そんな煩い未を薙ぎ払うように太い尻尾が真横から襲い掛かり、未はダガーで受け止めつつも後方へと強制的に追い払われてしまう。
「――エムフレイム・バレット……!!」
すかさず交差するように深山の魔法が放たれる――が、素早い身のこなしでバッフィルはその火球を回避し、そのまま洞窟の岩壁へとよじ登る。
「そこぉ……っ!!」
もしかしたら回避されることを予測していたのかもしれない。
経験豊富な凛子がそのよじ登る無防備な瞬間を突いて弓を放った。
――シャアアァァ……!!
独特な鳴き声が洞窟に響き渡る。
決してそれは致命傷ではないが、しかし上手くウロコのない腕の関節部分に矢は突き刺さり、よじ登っていた岩壁から転落するバッフィル。
「……逃さない」
先ほどの模擬戦の経験が活きたようだった。
すかさず未が狂撃乱舞を発動させ、瞳をほのかに紅く輝かせながら一気に跳躍し、バッフィルのさらけ出された腹部へとダガーを突き立てながら着地する。
――それで実質、決着だった。
腹部に登った未が繰り返しダガーを両手で突き刺し、切り裂き、もがくバッフィルの抵抗を抑え込む。
「このっ……あははっ、このっ!!」
心が解放され、嬉々とした表情で未はめった刺しにしている。
そこに凛子の弓と深山の炎が襲い掛かり、バッフィルの手足が相当なダメージを帯びた。
最後は暴れもがくバッフィルの頭部に未のダガーが全体重を掛けられた状態で突き立てられ――……光の粉となって四散。
これにてバッフィル狩りは終了となった。
「未ちゃん、ナイスッ!」
「ふぅ……リンとレイカも」
「ええ!」
軽くハイタッチして、称え合う三人。
うーん……本当に頼れるうちの女性陣だ。
「みんなすごいの! はじめたばかりとは思えないの~!」
みーはバッフィルの初撃を受け止め、未とスイッチした後は俺の腕にしがみついてこうして戦線から外れていた。
もちろんこれは戦闘を譲って、俺の護衛に徹してくれたということだろう。
しかしそれにしても……。
「? お兄さんどーしたの?」
「あ、いや。ステキな武器だなって」
「みゃはははっ……はじめてほめられちゃったの~!」
嬉しそうにその武器――ただの葉っぱのついている枝、をぶんぶんと振り回しながらみーがテレくさそうに笑ってる。
「……ある意味ですごいな」
そのただの枝とこの小さな身体で、5mはあろうあんなモンスターの強烈な一撃を見事に受け止め、横に払った。
あれは物理法則を完全に無視した、目を疑いたくなるような光景だった。
レベル341……恐るべし。
「にししっ! いいねいいねぇ!」
隠れてた岡崎が、ひょっこり現れて自分の手柄のようにドヤ顔で笑ってる。
「こら。岡崎も参加しなきゃダメだぞ?」
「えっ……いやぁ、ぶっちゃけアタシってば役に立たないっしょ?」
「だからだよ。少しでも戦いに参加して岡崎も経験値を稼がないと、あの三人と差が開くばかりだぞ?」
「それはお兄さんもなの~!」
「俺は…………いや、その通りです。はい。面目ない」
レベルは上がらないけど、出来ることはもっと協力しなきゃな。
後ろから見て気が付いた点とか、もっと上手く声掛けしていくべきだった。
「うっひょー、お宝、お宝ぁ!」
「ん?」
会話から逃げ出した岡崎が、何か地面から拾い上げながらはしゃいでいる。
「何か落ちてたか?」
「これこれぇ!!」
俺に拾ったドロップアイテムを見せてくれる。
さっき未が削り落とした、バッフィルの大きくて硬いウロコだった。
「あ。それ、ひとつ5E.で買い取るの」
「マジでっ!? もっと拾う、もっと拾うっ!!」
まあ確かに500円玉が転がってるようなモンだもんな。拾わない手もないだろうから岡崎に回収は任せた。
「……なんか、岡崎ってさ」
「あん?」
「職業、盗賊とかのほうが良かったんじゃないのか?」
「にししっ、そうかもっ!」
まんざら悪くないらしい。嬉しそうにそう笑ってまた拾い集めの作業に戻っていた。
「三人ともお疲れさま。特に未に聞きたいけど……どうだ? ここで狩りはやれそうか?」
「……問題ないです。この調子ならまたすぐにレベル上がるし、武器が完成したらもっと下まで進めると思います」
「そっか」
淡々とした返事だけど……あれは未のやつ、相当に喜んでるぞ?
目を伏せて俺から顔をそむけてるのが逆に喜びを密かに噛みしめてるみたいで、反応として可愛い。
「凛子と深山は、必殺技を我慢してくれてありがとう」
「にゃははっ! 洞窟壊れちゃうからねぇ」
「わたしのほうは……正直、あのモンスターには四門円陣火竜、当たる気がしませんでした」
「たしかにそうかも」
かなり動きが素早いし、そもそも岩壁によじ登られちゃったらそれまでだ。
……ふーむ。補えるようなまた別の魔法も欲しくなってきちゃうなぁ。
創作意欲がどんどん膨らむ一方だ。
「なあ、みー。今のバッフィルってこの一階では強いほう? それとも弱いほう?」
またどこから襲って来るともわからない。
念のため周囲を警戒して見回しながら、みーに質問してみた。
「とーっても強いほう!」
「そっか。それを最初にやれたなら自信がつくな」
「じゃあ二階……このままいっちゃうのっ?」
「行かない行かない。そもそも地下一階までの約束だろ?」
「みゃはっ……うん、そうなの。その約束だったの~」
「ありがとう。ごめんね」
本当に付き合いの良い上級者だと思う。
その優しい気持ちに心から感謝する。
「じゃあこの地下一階、もうちょっと進んでみようか!」
「おうっ」「はいっ」「おーっ」「……はい」「おー!」
全員の掛け声と共に、俺たちはさらに奥へと進んだ。





