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#068a 弱き存在

「なるほどなぁ……今の戦い、すごく勉強になった」

「そう、なの?」


 きょとんとしている深山。

 誰もいない広場で行われた白昼での模擬戦を終え、俺はここから得た情報を反すうしながら噛みしめる。


「結果としては深山の勝利だったけど、実際の内容は未が圧倒してた。たぶんもう一度同じ設定で試合したら、未がほぼ勝つだろう」

「…………はい。今度は絶対に負けない」


 そうつぶやく未は、メラメラと瞳にリベンジの炎を灯している。


「未の敗因は、慎重になりすぎたところ。一気に間合いを詰めたまでは良いけど、あそこまで行ったなら『狂撃乱舞バーサーカーモード』で一気に押し切らなきゃダメだろう」

「……はい。もっとダメージ貯めてからって、出し惜しみしました」

「そうだな。つまり無意識にだが、深山を自分より弱い存在だと舐めていた」

「はい……そうだと、思います」

「結果論かもしれないが、ほぼ確定で勝てていた試合を逃したことは今後の反省として活かしてくれ。『ここぞ』という場面では、今度からはもっと積極的に使って行こう」

「はい」


 俺よりずっとゲームの駆け引きに精通しているはずの未が、それでも大人しく話を聞いてくれた。

 つまりそれぐらい、真剣に反省しているってことだろう。

 ……奇しくも感想戦みたいになってきたな。


「逆を言えば、1:9みたいな絶望的状況なのに機転を利かせて唯一の勝ち筋を引っ張り出した深山がすごい」

「はいっ!」


 振り返り伝えると、ぱあっ、と勝者に輝くような笑顔が宿った。


「香田……んっ!」

「え?」


 ただいまお姫様抱っこ中の凛子が俺の首に左手でしがみつき、右手で凛子を支えていた俺の手を取ると。


「ほら。深山さんにもちゃんとポンポンしなきゃ、ダメ!」

「あ、はい」


 そのまま深山のサラサラの髪の上に俺の手を運んだ。


「きゃっ」


 ……と言ってるが、まったく本人避ける気配はない。

 ただ凛子に言われてやっているだけではさっき凛子が言ったように『心がこもってない』感じになりそうなので、そのまま長い髪を解かすように長いストロークで何度も髪を撫でることにした。


「えへ……ありがとうございます」


 まんざら悪くないみたい。嬉しそうに深山がそう言ってくれた。

 止めるタイミングを失った俺は、しばらく深山の頭を撫でながら話を続けることにする。


「改めて思うけど、やっぱり近接系に間合いを詰められたら魔法使いは一発でアウトだな。今回、未の武器がダガーだったから致命傷にならず長引いたけど、大剣だったら最初の一・二撃で深山は倒されていただろう」

「……はい」


 それを言い訳として口にしない未も立派な姿勢だ。


「やはり主力の深山に敵を近づかせてはならない。そしていざという時のために、接近戦向きの魔法も揃えておくべきだと思い知った。だから、今のはすごく勉強になったよ」

「あ、あのっ、香田君っ……」

「ん?」


 深山の頬が紅く染まってて、ちょっと色っぽいな……とか関係ないこと考えてしまった。


「ごめんなさい……わたしも、勉強になりました……」

「というと?」


 そんな甘い吐息交じりにつぶやかないで欲しい。


「香田君の言う通り、長い詠唱は……実戦的ではありません、でした……」

「いや。今さら変えないよ?」

「え?」

「深山のこだわっていた様式美――いや、美学は貫こう。サークルドラゴンの詠唱には、利点も多い」

「もうっ……四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴン、ですっ……!」


 俺の撫でていた手を取り、それに頬ずりをしながら深山が微笑む。


「そのかわり俺から贈る今度の新規魔法は、超実戦的だからな?」

「はい……とっても楽しみにしてます」


 しまいにはその手のひらに唇まで重ねて軽くキスをする深山だった。


「うー……」

「おっと」「あっ」


 存在を忘れていたわけじゃないが……今まで黙っていた凛子が小さくそう唸ると、ぎゅっと俺を抱き締め一度首元に強く顔を埋めて。


「香田、ありがとっ……降りる、降りますっ!」


 自分から俺の腕の中を抜けた。少し前かがみになって、首にしがみ付いている凛子をそのまま地面へと降ろす。


「もういいの?」

「んっ、満足っ! ……子供みたいにして、ごめんなさい」


 深山へのささやかな反撃なのだろうか。最後の離れ際に、ちゅ……と俺の頬へと唇を押し当てて、そして凛子は俺を解放してくれた。


「はいはいっ、次は深山さんっ!」

「きゃっ!?」


 笑顔のまま、凛子が深山の背中を押して俺へと密着させる。

 大きな瞳を丸くして俺を熱っぽく見つめる深山のその反応は、不思議なほど初々しいものだった。


「うーっ! 観てたら私もなんだか燃えてきたぁ! 岡崎っ、私たちも試合やるわよっ!?」

「えー……やだよぅ。アタシまだレベル2だしぃ」


 まるでピッチャーみたいにぐりんぐりんと片方の肩を回しながら凛子が気合いの声を張り上げていると――


「あ、なにかと思えばお兄さんなの!」


 ――不意に幼い声が背後から届いてきて、それでまるで動画の一時停止のようにその動作がピタリと不自然に止まる。


「あ、みーか」

「お兄さん、きのうぶりなの~!」

「ひゃあああああぁぁぁ……っっっ!!!!」


 その最強にロリロリしい姿に、恐れおののく凛子ちゃん先生だった。


「みゃあお姉さんもこんにちはなの~!」

「はい、こんにちは~!」

「ちょっ、ちょっ、ちょ、ちょ……」

「らびっとお姉ちゃんも、おっすおっすなの~」

「……おっす」


 どういう挨拶だ、それは。


「それでお兄さん……きょうはどうしたの~? わざわざみーに会いにきてくれたのっ?」

「ははは。うん、昨日のお礼言いたくてね」

「ちょーっ!! こ、香田っ!! だからそういうのはあっ……!!!」


 凛子は社交辞令もいい加減にしろと言いたいみたいだが、しかしここでわざわざ『いや別にそういうわけでは……』と否定するような人間にはなりたくない。

 というか、心のどこかで『みーに会ってお礼を言えたら良いな』ぐらいは本当に思っていたことだった。


「お礼なんて、そんなそんな~。みーこそお財布ほくほくなの~!」


 いつものように謎のギミックで金髪のツインテールがぴょこぴょこと動いていた。あれも一種のエモーショナル・エフェクトなのかもしれない。


「ヤだっ……ヤだぁ……」

「凛子」


 両手で自分の頬の辺りを押さえ、ガクガクと震えて凛子がつぶやく。

 仲間相手なら良いが、他人様にそのワガママは――


「ヤだぁ……なにこの子っ、超可愛いっ……!!」


 ――取り越し苦労だった。

 よくわからないが凛子のツボにハマったらしい。


「ねーねー、お兄さん。このきれいなお姉ちゃんはだれなの~?」

「にゃはははっ、き、綺麗だなんてっ、う、上手いにゃあっ!!」

「…………りんこ。俺のパーティの大切な仲間だよ?」

「た、大切、とかぁ! やんやんっ!!」


 腰をくねくねして喜んでる珍しい感じの凛子だった。


「こんにちはーっ、凛子っていいますっ、みーちゃんっていうの? よろしくねぇっ!!」


 凛子は自分より小さなその子へと小さく屈んで、頭をなでなでしながら挨拶した。みーは、みーで。


「はいっ、よろしくなの~!」


 屈託のない無垢な笑顔でそう挨拶を返していた。


「――っっ……ヤだ、香田っ! 私、この子持って帰りたいっ……!!」

「気持ちはわかるけどダメだ」

「みゃはははー」


 むぎゅーってみーを抱きしめながら凛子がそう訴えていた。

 もはや拾った野良猫扱いである。


「……あのさ、コーダ」

「うん?」


 唯一会話に参加していない、一歩引いていた岡崎が俺へと背後から静かに近づき、そっと耳打ちする。


「なん……だろ……アタシ、すごーく警戒したい……」

「警戒?」

「わかんない……わかんないけど、ちょっち……嘘っぽい感じぃ……?」


 相変わらず岡崎の直感には恐れ入る。


「それ、あながち間違ってないと思うよ」

「ほぇ?」


 一度だけ岡崎の頭へと軽くポン、と手を置くと遠慮することなく抱きしめている凛子をみーから引き剥がした。


「ヤぁ……み、みーちゃあんっ……!」

「りんこお姉ぇちゃ~ん!!」

「こらこら、まるで俺が悪者だなっ」

「みーちゃん可愛いねっ! みーちゃん可愛いねぇっ!!」


 興奮気味に二度言ってる凛子。たぶん自分より弱く小さな存在を目の当たりにして愛着を深めているのだろうけど……ちょっと待ってほしい。

 見た目に騙されてはいけない。

 みーは、このEOE開始前からの最古参プレイヤーのひとりなのだ。

 つまり最低でも三年以上プレイしていることになる。

 しかもレベル341になるまで経験値を稼ぐって、相当なものだ。

 果たしてそんな凄腕の上級者が、この見た目通りの年齢なのだろうか?

 ……たぶん違う。

 あくまでこれは演技(ロールプレイ)

 だから過度に相手を幼女扱いするのもきっと失礼だし、このままじゃ何かを見誤りそうだった。


「……お兄さん、おこってるの?」

「え。あ、いや全然! ちょっと考え事していただけだから」

「はいなの~」


 やっぱり無防備に微笑む、みー。


「凛子。みーは1009歳なんだから失礼のないようにな?」

「ひょえっ!? 1009歳っ!!」

「えっへんなの~!」


 うん。相手の設定にあえて乗っているというこれぐらいが距離感として良さそうだ。


「それでそれで? ほかにはどんなご用でここにきたの~?」

「……ああ。みーに教えてもらったし、あのダンジョンでさっそくパーティの経験値を稼ごうかなって」

「わあっ、お役にたててうれしいの~!」


 ……くっ。見た目、に……騙されては、いけない。


「じゃあねじゃあねっ! みーがごあんないするの~!」

「あ、いや。せっかくだけど辞退しておくよ。ありがとう」

「…………そうなの?」

「ちょーっ!! 香田っ、みーちゃんがせっかく言ってくれてるじゃんっ!?」

「すまない」

「は、うっ!! あっ、いや!? 私、ごめっ、ちがうっ、ごめんなさいっ、こ、香田にそんな顔されちゃうとぉ……あううううぅぅ……!!!」


 なんか勝手に板挟みになって頭を抱えて苦しんでる凛子だった。


「じゃあじゃあ、一階だけごあんないでも……だめなの?」


 そんなうるうるした瞳で見上げられると、つらいなぁ……。

 昨日のポーション90%OFFもそうだけど、あまり手厚くしてもらっちゃ申し訳ないと思う。厚意に甘え過ぎになってしまいそう。

 ……いや。しかしここまで言われてしまうと、むしろ断るほうが失礼だろうか?


「…………そうだな。じゃあせっかくだし、ぜひ地下一階部分だけ初心者な俺たちの案内をお願いしてもらっても良い?」

「はいなのっ! 任せてほしいの~!!」


 またしてもぴょこぴょことツインテールが跳ねてる。

 例えこれが演技だとしても、やっぱり幼女からのお願いごとは最強なのだと思い知ってしまう俺。


「……」

「ん? 未、何?」

「……重度のロリコン」


 そして素直な俺の妹からの、久々の鋭い一言だった。



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