#067c 模擬戦
「じゃあ路線変更。一度テストしてみたいことがあるから、ちょっと付き合ってくれないか?」
「……テストしたいこと、ですか?」
眉を下げて、困ったように笑ってる深山がそう聞いてくれる。
「うん。大会で戦う前に一度『決闘モード』というのを実際に試してみたいんだ。この広場なら場所的に最適だろう」
「あ……はい!」
今回の更新時から、自由にこのモードは使える状態のはず。
あくまで5日後の大会はそのモードを広くプレイヤーに浸透させるための、一種のデモンストレーションに過ぎないのだ。
「どうだろ……承認ウィンドウ、必要なんだろうか……?」
俺の胸の中で静かに泣いてる凛子を抱えて頭を撫でながら、まずは操作モードを起動する。それから……少し迷ったが『NEW!!』という表示を見つけて『エクストラ』のアイコンを選び、その展開したエクストラウィンドウの中から『決闘モード』の項目を見つけ出した。
「へえ。色々な設定パラメータがあるなぁ」
大会で適用される痛覚の強弱やデス有無の他にも、参加人数、制限時間、フィールドの広さ、賭けの有無、模擬戦の有無、ログアウトの可否、降参の可否、アイテム使用の可否など選択できる項目は多岐に渡っていた。
「賭けもできるのか……ONにしてみよう」
つまり『決闘』と言うだけあって、勝敗によって互いに賭けたお金やアイテムをどちらかが総取りにできる感じだろう。
その真偽を確かめるためにもこれはテストしてみない手はない。
あとは……ログアウトの項目に一瞬変な期待を持ったが、たぶんこれは決闘途中にログアウトで逃げることが許されるか否か、という意味だろうな。
逃げた場合、賭けた金品は相手のものになりそうな気がする。
まあ念のためこれもONにしてみよう。
「模擬戦ってのは……決闘中のダメージなんかが終了後に帳消しとなるのかな? これもON、と」
もしそうなら深山の新規魔法のダメージ計測とかに使えそうだ。
「広さは仮に大会と同じ80mにしておいて、痛覚最低で非デス、と。まあ設定はこんな感じか」
最後に参加者の登録を俺と凛子vs未と深山のチーム戦にしておく。
岡崎は外側からの状況を観察してもらおう。
そして各種設定が整い、『確定』のボタンをアクティブにすると――
「あ~……ダメなのか。残念」
画面端と『確定』ボタンが点滅している。これは『承認ウィンドウで最終決定してくれ』という俺的に残念なサインである。
ログアウトやフレンド登録など、何度かトライした中で見慣れた画面だ。
「深山、ごめん。そっちから決闘モードにしてみて。ログアウトの設定は念のためオン。俺と凛子は参加者から除外で頼む」
「はい、わかりました!」
一度ゆっくりと目を閉じ、操作モードに移行している深山。
「未と岡崎、すまないけど実験に付き合ってくれ」
「へーい!」「……はい」
「香田君、用意が出来ました」
「じゃあ頼む」
「はいっ!」
深山の視線が一度、右下へと大きく動く。あれが承認ウィンドウの呼び出し動作。
段々と俺も視線の動きで相手が何の操作をしているか想像できるようになってきたな。
「おっ、きたきたぁ」「……了承」
どうやらふたりの視界には決闘モードを受けるか否かの表示が出ているのだろう。それを応じる動きをしていた。
「兄さん……これは?」
「これ、って何だ?」
「賭けの内容……とあります」
俺からは何も見えない空中を指さしながら、未がそう説明する。
「ああ、何でもいいよ。所持金でもアイテムでも」
「はい……わかりました」
小さくうなずいて未が視線誘導で何かベット品を設定すると。
「……っ!!」
深山が大げさにおののいた。そして。
「レイカ……受けてくれますか……?」
「…………ええ。受けます」
未のその問いに、少しぎこちない笑顔で応えている。
「?」
「にししっ……こりゃ~見ものだぁ!」
岡崎も笑いながら、どうやらそれを了承した様子で……そして決闘の準備が始まる。
「うわっ、とっ!?」「んきゃっ!?」
簡単に言うと、俺と凛子は見えない何か弾き飛ばされた。
――いや、強制的に移動させられた。
まるでアイススケートでもしているような地表を滑っている感覚。
凛子を抱えて立っているそのままの姿勢で、20mほど後方へと位置が自動的にスライドした。
「……壁?」
うっすらと輝く、光の壁が俺たちふたりの目前に発生している。
そしてその多角形の光の壁……まるで総合格闘技の檻のようなリングを彷彿とさせるその中に、深山と岡崎、そして未の三人が立っていた。
『3……2……1……』
淡々としたアナウンスが耳に届く。
聞いたことのある――そう、カプセルの中で聞こえてくる、あの女性の声だった。
『――デュエル・スタート……!!』
ビーッ、という機械音と共に掛け声が響き、こうして決闘モードが開始された。
「エムフレイムッ……!!」
「へ?」
開幕と同時に深山が確かにそう叫んだ。
同時に未の足元から轟々とした巨大な炎が吹き上がる。
「――……っ……!!」
そしてそれを無視するように未が炎の中から飛び出し、同時に。
「くっ……ぅ!!」
深山を、その手にしていたダガーで切りつけていた。
「お、おいおい……」
深山の腕が、今、確実に切り裂かれた。
鮮血のかわりに、赤い光の粉が散って舞う。
「エムフレイムバレッ――きゃあっ……!!」
深山が魔法を呼び出すより先に、未はさらに踏み込み返す刃で、確かに深山の肩口を切り裂いていた。
「み、深山さんっ!?」
いつの間にか凛子も茫然とした顔でその檻の中の戦いを見届けていた。
俺は無意識に目の前の薄っすらと輝く光の壁へと手をついて、どうにか中に飛び込めないかと力を入れていた。
――無理だ、びくともしない。
とてもじゃないが侵入なんかできそうにない。
「ちょ……お前たち、何、やってる……!?」
突然に始まったその鬼気迫る戦いに、俺たちは茫然となりながら眺めるしかできなかった。
「未っ、おい未っ……!! やりすぎだろ!?」
開幕の状況が深山にはあまりにも不利だった。
互いの間合いが近すぎた。
深山は何度も魔法を唱えようとするものの、それを封じるように未がダガーを走らせて切り付ける。
致命傷はなかなか与えられないものの、深山の全身は見る見る間に赤い光の粉を舞い散らせながら切り口を赤く輝かせていた。
「も、もうっ……!!」
堪らず深山が、未に背を向けて全力で後方へと駆け出す。
それを得物を構えながら無言で追い詰める未。さながら殺人の現場のような凄惨さがそこにあった――のだが。
「――なんて、ねっ」
「っ!!」
振り向きもせず、深山が逃げているそのままの姿勢で突如として後方へと倒れるようにジャンプした。当然、直前まで詰め寄っていた未と、頭部からモロに衝突することになる。
――ゴッ……と鈍い嫌な音が響いた。
たぶんそれは、頭蓋骨同士がぶつかり合う音。
そのままふたりは地べたへともつれ合うように転がり落ちる。
「っ……!」
レベルは深山のほうが1つ上だが、筋力は段違いで未が上。だから必然的にそれからは未が圧倒していた。
力任せに抵抗する深山を抑え込み、マウントを取って自分の身体を上から強引に被せる未。
深山はダガーを振り回されないよう、未の首に抱き付くようにくっついて、身体と身体を離さないようにするので精一杯の様子だった。
「あっ……」
だがしかし、それで得物を持つ相手を無力化なんて出来ない。
無防備なその深山の脇腹に、深々とダガーの刃が刺さった。
これで模擬戦の勝敗は決した。
「あはっ……ありがとう」
――ように見えた。深山のその笑顔が見えるまでは。
「シルバーマジック……ッ」
深山は身体を密着させ、脇腹にダガーを刺したままそう宣言した。
「っ!?」
その先の展開は……未も一度目にしている。
レベル20の巨大なモンスターを一撃に屠った、凛子に『戦術核兵器』とまで言わせたあの驚異の魔法が発動されようとしているのだ。
それを察知して未は慌てて離れようとするものの、時すでに遅しである。
「……其に下す……」
確かにそれは、いくら未の筋力でも難しい姿勢に見えた。
片手はダガーを握っているのだから空いているのは左手一本。しかもその左手はしがみつく深山を入れてふたりの体重を支え、地面へとつかれてる。
対して深山は両腕と両脚までからめて、ぴったりと未の身体へと密着していた。
深山としてはこの姿勢でほんの数秒だけ、抵抗すれば良い。
「っっ……!!」
ダガーを手放し、両手で深山の身体を引きちぎるように離した瞬間、勝負は今度こそ決した。
「――北の門より憤怒の守護者、此処にぃ……!!」
業火の炎が地表より噴き上がる。
ふたりの全身が炎に包まれる。
もちろん術者本人の深山には、一切のダメージは発生しない。
ただただ、ひたすら未の真っ白な身体が炙り焼かれるのみ。
「南の門より絶望の番人此処に」
「東の門より畏怖の番人此処に」
「西の門より慈悲の番人此処に」
次々と重なり、火柱がこの一点に集中して発生していく。
ほんの1mほどのごく狭い円を描き、四つの炎の番人が踊り狂う。
周辺の空気を集め、収縮しながら燃焼温度を飛躍させていく。
そして。
「爆、ぜろ……」
最後は深山も、虫の息だった。
たぶん数秒の……怖ろしく僅差の勝負だったのだろうと思う。
ダガーを離さず深山へ追加ダメージを負わせていたら、もしかしたら未の勝利もあり得たのかもしれない。
しかし現実は違う。つぶやくようにその詠唱が最後まで唱えられる。
「……四、門円陣……火竜……っ……」
六角形だった。
決闘モードとして仕切られているこの光の壁の形は、その地獄を思わせる壮絶な爆発によって不自然にせき止められている境界線を美しく浮き彫りにし、描き出されていた。
――こうして唐突に始まった深山と未の『模擬戦』という名の鬼気迫る死闘は、深山の辛勝で幕が閉じられた。
ちなみに何もしていないアリーナ席観戦者の岡崎は、いうまでもなく最後の爆風に巻き込まれて一瞬で蒸発したようだった。
「うっひゃあああっ、死ぬかと思ったぁ!!」
「あ、岡崎っ」
いつの間にか俺たちの横に、その岡崎と。
「……つまんない」
ふて腐れている瞳の、未の姿が現れていた。
もちろん髪の毛一本たりとも焦げたような跡はどこにも見当たらない。
『模擬戦』で本当に良かった。
「……はぁ……香田君、ただいまっ……」
光の檻が消え去り、深山がよろよろとした足取りで俺たちの元へと戻ってきた。もちろん深山も未から受けた攻撃の跡はすべて消え去り、きっと体力もスタミナもすべてがリセットされている。
……でもそういう話じゃなくて、もっと精神的な数値化されない部分で色々と削れたのだろう。
さっきまでの壮絶な争いを引きずった感じで、自分の髪を整えながら疲れた顔を隠し切れない様子だった。
「お、おかえり……どうしたの」
「えへへ……ちょっと」
何だよ、その『ちょっと』って!?
「レイカ……次は負けない……」
「約束ですからねっ?」
「…………はい」
よくわからない会話を交わしているふたり。
「香田君、香田君!」
「え。はい」
「決闘モードの賭けは、つまり誓約のようです。文章で入力が可能でした」
「……あ。つまり金品に限らず『約束』みたいなものも賭けできるってこと?」
「はい、その通りです!」
ようやくさっきまでの殺伐として空気から回復したのか、いつもみたいに優しく微笑んでる。
「それで未と、何の約束を賭けたの……?」
「ふふふっ、それは秘密ですっ」
ウィンクなんてしてみせて、ちょっとテレくさそうに笑って誤魔化す深山だった。





