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#067b バーベキュー作戦

「――持続、でいこうか」


 大げさかもしれないが、まるで清水の舞台から飛び降りるような気分。

 俺は深山に対して、もう二度と戻れない重要な決定を下す。


「あ、はい……!」


 いっしょに開発を進めている彼女には一発で俺の意図が伝わったみたいで、そう力強い返事をもらえた。

 もちろんこの決定を先延ばしにできなくはないけど、それじゃ実験もできない。あと五日ほどしかないのだから、さっさと開発を進めて完成度を高めなきゃいけない。


「では……『持続』に入れます」

「頼む」


 貴重な深山のポテンシャル値をこうして費やしたんだ。

 無駄にしないためにも、新規魔法は絶対に完成させねばならない。

 ……うん、覚悟が決まった。こういうのも悪くない。


「んむ? 持続……? つまり魔法が発生している時間を長くするの?」

「ああ、そういうことになるな」

「あー、わかった! バーベキュー作戦っしょ!?」


 そう横から声を上げたのは岡崎だった。


「ほう、わかったのか? じゃあその心は?」

「深山姫の炎で、バーベキューみたく炙るぅ!」


 会話に参加できたのが純粋に嬉しいのか、良い笑顔でガバッとベッドに両手をついて間合いを詰める岡崎。


「さっぱりわからん! もっと具体的に聞かせてくれ」

「えー? うぅんとぉ……こう、敵をぐるーっと炎で囲んで逃げられないようにするじゃん? それからその炎を狭めてジリジリって炙る感じぃ?」


 それのどこがバーベキューなのかは謎。しかし。


「うーん。若干(しゃく)だが、悪くない作戦だ」

「にししっ、やったぁ!」


 素直に認め、岡崎の頭に手をポンポンと置いて褒めたたえた。

 ホーミングとかそういう『当てる』固定概念に縛られていたゲーム脳の俺がその段階に進むまで何時間も必要だった。

 それを『持続』というヒントがあるにしてもパッと思いつくのだから、岡崎の直感による取捨選択のセンスの良さは評価に値するだろう。

 ……そう、取り囲めばいい。

 それなら複数の素早い敵も取り逃がすことなく焼き殺せる。


「――ただし、現実はそう甘くない」

「そーなん?」


 事実、ここからが問題山積なのだ。


「まず、現実的にどうやって複数の敵を取り囲むかが問題だ。岡崎、どこが問題かわかるか?」

「ううん、さっぱりぃ!」

「そんな気持ち良い笑顔で素早く言い切るなっ」


 良くも悪くもリベラルで固執しない。

 あるいは自分に対して多くは求めない。それが岡崎のようだ。


「岡崎の『炎で取り囲む』という発想は敵がある程度集まっていることが前提の作戦だと思う。そういうイメージをしてなかったか?」

「あ~、してたかも!」

「でも実際、そんな都合良く集まってくれているとは限らないだろ。四方八方バラバラに位置していたらどうしようもない。もしたったひとりの敵相手に取り囲むような大掛かりな魔法を用意したら、他の敵から全力でその妨害をされるだろうしな」

「たしかにぃ! コーダ、あったま良いじゃん!」

「ははは。ありがと」

「うひゃっ」


 ポンポンと岡崎の頭へとまた何度か軽く手を置いて笑う俺。


「もうひとつ問題がある。今の深山は一度に多くの魔力を引き出すことができないんだ。つまりそんな大きな炎で一度に広範囲を取り囲めない。ある程度の攻撃力を維持しようとするなら、せいぜい2mぐらいの炎しか出せないだろう」

「じゃあ、その2mの炎を順番にダーッて並べたらいけるんじゃネ?」

「その間ずっと敵はその場で待っててくれるのか?」

「あっ……ううぅ~……囲まれる前に、隙間から逃げるかぁ」


 頭を抱えて泣きそうな顔をしている岡崎がちょっと面白い。


「だよな? もうちょっと付け足すと深山の魔法の射程はせいぜい20m程度なんだ。それに対して今度の決闘(デュエル)大会の会場(ステージ)は、幅80mもあるらしい。つまりよっぽど相手を端まで追い込んだりしない限りは、敵の全方位を取り囲むのが現実として難しい」


 強いて言えば、敵の目の前まで深山が接近してから周囲に炎を発生させれば射程の問題はクリアされるだろう。ただしその時は、当然ながら深山自身が無事じゃ済まない。それじゃまったくの本末転倒だ。


「じゃあバーベキュー作戦、全然ダメじゃんかよぅ!」

「まあそうだな。それだけだと40点ぐらいだ」

「やりぃ! 赤点回避ぃ!!」

「……40点で喜ぶなっ」


 普段の岡崎のテスト結果が透けて見えそうなその反応に苦笑いしか出ない。

 ちなみにどうでもいいが、ウチの学校は平均点の半分が赤点のボーダー。

 なので大抵の場合、30~35点ぐらいから下が赤点となるな。


「……うー」

「ん?」


 ふと見ると凛子が――いや。他の全員が面白くなさそうな非難の目で俺を見詰めていた。


「あれ? ごめん……??」


 いつの間にやら、すっかりベッドの上は針の(むしろ)


「香田ぁ……うー……私にもポンポン……っ!」

「え。あ、ああ、それか」

「心がこもってないっ」

「お、おうっ」


 それからしばらく、自称召使いに激しくポンポンしまくるご主人様だった。



   ◇



「――はい、到着」

「うにょんにょんにゃははぁ~ん」


 もうこれでもか!ってぐらい凛子の頭を撫で続けながら、俺は昨日訪れた路地裏を抜けた先にある石畳が続くこの広場に出た。

 午前中ということもあってか、やはり今日も人影すら特に見当たらない。


「にゃふううぅぅんんん」

「ほら凛子、そろそろ自分でちゃんと立って?」

「ヤぁ~……もっとべたべたするぅ~……」


 すっかり骨抜き状態の凛子は俺の胴体にしがみ付いてて、もうほとんどその小柄な身体を引きずりながら歩いているような状態だった。

 いつもなら『深山さんがいるから』と言って遠慮しているのに、今日はやたら積極的で内心ちょっと嬉しい。

 ……まあ丸一日会えなかったしな、それを挽回する権利があると思っているのだろう。決して悪い傾向じゃない。

 昨日の寝る前、『起きたらもっとお話をしようね』と交わしたあの約束のかわりだと考えて、しばらくこのままにしておこうと思う。


「っ!」


 ちらりと隣を歩く深山へと見やると、『あ、気にしないで!』と言わんばかりにその大きな目を見開いて何度も何度も首を横に振ってくれていた。


「ねえねえコーダ、ここはぁ?」

「ああ、うん。ここでみんなのレベル上げをしたいと考えてる。名称は――そうだな。仮に『最果てのダンジョン』とでもしておこうか」


 もちろん正式名称じゃないだろうけど、俺たちの間で通じるなら別にそれで問題ない。


「向こうに白い真四角な建物があるだろ? あの中がダンジョンの入り口になっている。右手側から回り込んで一番手前の、アルミかステンレスっぽい簡素な扉から中に入ってくれ」

「え。アタシひとりでぇ!?」

「いやいや。未と岡崎と……そして凛子も」

「ヤっ!!」


 ぎゅうううって俺のお腹にしがみついて顔を隠す凛子。

 超可愛いけど、とてもこの中の最年長とは思えない振る舞いだ。


「凛子」

「ヤー!」

「凛子、ほら」


 ちょっと強引に凛子の抱擁を解いて、少し屈み、彼女の顔を覗き込む。


「――おうっ」


 むぎゅっ、とそのまま首をロックするように抱きしめられてしまった。

 よっぽど寂しかったらしい。

 朝起きるまでは我慢してくれていたけど……目を覚ましたらまわりにライバルだらけで大ピンチ!みたいな感じになっちゃったんだろうか?

 実際は岡崎は頭数に入れちゃいけないし、未も論外。

 そして深山が自分から一歩下がっている以上、凛子は何も心配しないでいいぐらいにブッチギリの一番なのになぁ。

 ……俺が凛子を恋人にしたいって選んだの、もう忘れちゃったのだろうか?


「えーと」

「ヤっ」


 何か言おうとするだけで、この態度である。

 一瞬だけ『ちゃんとして』って叱ろうかとも思ったけど……違う、かな。

 これって実はすでに赤信号が点滅しちゃってる気がする。

 ならば凛子の心を安心させてあげるほうが先決だろうと、過保護かもしれないがそっち側に舵を切ることにした。


「ふきゃあっ!?」


 抱き付いている小さな凛子をそのまま抱え上げて。


「よっと」


 いつぞやのリクエスト通り、お姫様抱っこにしてみた。


「香田ぁ……香田ぁ……っ……」


 あ。喜んでくれているみたいだ。

 みんなから隠れるように俺の首元に顔を埋めて、そのままちょっと泣き始める凛子だった。


「嬉しー……よぅ……」


 ……うん、こういう泣き方なら心配はいらないな。


「じゃあ路線変更。一度テストしてみたいことがあるから、ちょっと付き合ってくれないか?」

「……テストしたいこと、ですか?」


 眉を下げて、困ったように笑ってる深山がそう聞いてくれた。


「うん。大会で戦う前に一度『決闘(デュエル)モード』というのを実際に試してみたいんだ。この広場なら場所的に最適だろう」



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